手のひらの雪。




 12月24日は金曜日でクリスマス…。
 けど、俺はクリスマス色に染まった街から隔離された場所…。つまりバイト先のタバコの煙が蔓延しちゃってる雀荘で、クリスマスソングじゃなく牌を混ぜる音を聞いていた。
 代打ちのバイトってのは用事があって席を立たなきゃならないヒトとか、人数が足りないトコとかに呼ばれて打つのがシゴト。だから、それなりに経験と腕がないとできないけど、勝ちが続いて名前が知れてくると別のシゴトも入ってくる…。
 その筋のヒトの縄張り争いのケリだとか土地の権利をめぐる争いだとか、そういう大きな賭けに代理人として牌を打つ代打ち。
 賭けるモノが大きい分だけ報酬も大きい…、でも負けは絶対に許されない…。
 べつにそんな勝負をしてみたいって思ってたワケじゃないけど、俺は出雲会に入ってた間、そういう裏の仕事で牌を打ってた…。
 

 『おい…、今度のアンタの相手はヤバイからやめといた方がいいぜ』
 『ヤバイってなにが?』
 『確実にアンタより強いって言ってんだよっ』
 『ああ…、そういうコトね』
 『悪りぃ事は言わねぇから、賭けてるモンもデカイし命が惜しいならやめとけ』
 『うーん、そう聞いたら、逆にますますやめられないかなぁ?』
 『もしかして強い相手とやって、自分の実力を試すつもりか?』
 『もし、そうだとしたら?』
 『アンタみたいに相手の実力も見ずに、ただ強い相手とやりたいって粋がってる内はプロじゃねぇ…、所詮アマだ。いずれ自分で自分を潰すハメになる』
 『けど、相手が強くても負けないなら問題ないっしょ?』
 『・・・・・まさか、本気でそう思ってるわけじゃねぇだろ?』

 『さぁ?』

 その時はそう答えたけど、ホントは実力を試したいワケじゃなくて、たぶん勝つか負けるかわからないギリギリ感ってヤツ好きだったのかもしれない。背中に拳銃を付き付けられてる時と似たカンジの…、ギリギリした感じが…。
 目の前にある卓に牌と一緒に賭けてるモノも相手の命も、そして俺の命もちゃんと乗ってる。だから牌を打ってる時だけは、自分の鼓動が動いてるのをカンジた。

 生きてるってコトを…。

 俺の鼓動がちゃんと動いてるのなら、もしも生きてるのなら…、
 卓に乗せて賭ける事だってできるし、いつかの日の猫のように内臓を撒き散らすコトだってできる。けど、鼓動が動いてなかったら生きてなかったら何もできない…。
 だからたぶん俺はいつか来る日のために、あの猫のように内臓を撒き散らす日のために…、生きてるってコトを感じたがってたのかもしれなかった…。
 でもそれは…、ホントにそうだったのかどうかは…、
 出雲会やめて稗を打つコトがただの日銭稼ぎのバイトになった今じゃ、生きてるのとオンナジくらい不確かでわからないコトだったけど…。
 

 『俺は…、久保田さんに生きて・・・・・・』


 そんなコトを考えてると、どこか遠くで誰かの声が聞こえた気がして…、出待ちしながら雀荘の汚れた窓から外を見る。そしたら窓に書かれた雀荘の名前が邪魔してあまり見えなかったけど、そこからはクリスマス色に染まった街並みが見えた。
 ココに来たのは昼過ぎだけどすでに辺りは薄暗くて、やけに街のあちこちに飾られてる電飾が明るく見えるのはそのせいで…、
 その電飾とクリスマス色に染まった街並みを見てると、無意識に手が汚れた窓ガラスへと伸びる。そして伸ばした手が窓ガラスの汚れを拭き取ると、良く見えるようになった街の上にある空から…、
 ひらひらと白いモノが舞い落ちてくるのが見えた…。


 『明日はなんとなくだけど…、雪とか降るといいよな…』


 昨日、そんな風に言った声はさっき聞こえた声とは違ってる。
 でもそれは良く聞く声で…、そしていつも一番近くで聞く声だった。その声は雪が降るといいなって言っただけで明日がクリスマスなんて一言も言ってなかったのに、雪が降ってるのを見てたら帰りたくなる…。
 けど、帰りたいのは雪が降ってるからじゃなくて、同じように空から降る雪を眺めているかもしれないヒトが…、
 俺が帰るのを待っててくれるヒトがいるからだった。

 「ちょっと、久保田さん…っ。あっちのお客さんが呼んでますよっ」

 窓から外を眺めてるとフロア係のバイトしてる大平が俺に向って、すれ違いざまにそう言う。だから、おシゴトをするために呼んでる客の所に行って、代わりに牌を打つために席に座った。
 でも、そうしながらも気になるのは牌の流れじゃなくて、しかも生活費を稼ぐためのバイトなのに今は早く終ってくれるなら勝敗なんてどうでもいいと思ってる。
 出雲会から抜けて目立たないようにするために強い相手とやらなくなって、代打ちがただのバイトになったはずだったのに…、気付かない内に前よりも賭けるコトに興味がなくなって生きてるってコトも確認しなくなっていた。
 俺もいつか、内臓を撒き散らして死ぬ…。
 それは今も変わりないはずなのに…。

 ジャラ・・・、ジャラジャラジャラ・・・・・・

 まるで答えはないとでも言うように、牌の混ざり合う音が聞こえる。牌は何度も何度も卓の上に並べられては、また壊されて混沌と混ざり合っていた…。
 でもその音を聞きながら、俺の目の前に並べられてるのは牌だけで…、
 いくら見つめても卓の上にはそれしかない…。
 それに気づいた俺は近くを通りかかった大平の腕を掴むと、強引に俺の座ってた席に座らせる。そして、手に灰皿を持ったまま驚いてる大平の肩を軽く叩いた。

 「悪いけど、代打ち頼むわ」
 「えっ!?く、久保田さんの代わりに俺がっすか??」
 「確かオタクって、前に代打ちしたいって言ってなかったっけ?」
 「た、確かに言ってたっすけど、まだ無理っすよっ!!」
 「でも、代打ちしたいってコトはそれなりには打てるでしょ?」
 「まぁ…、それなりには…」
 「じゃ、何事も経験ってコトで」
 「…って、えぇぇぇっ!! マジっすかっ!!!」
 「うん」
 「も、もしかして、帰りたいのはクリスマスで彼女が待ってるからとか…」
 「いんや、待ってるのはカノジョじゃなくてネコ」
 「ね、ネコぉぉぉっ!?」 
 「ま、ガンバってね」

 「うわぁぁっ、ちょっとマジでネコで帰んないでくださいよっ!!」

 大平が叫んでるのを聞きながら、雀荘の出口に向う。すると店長が不機嫌そうに俺の方を見たけど、見逃してくれたみたいで何も言わなかった。
 下へと続く古い階段を下りて街に出ると黒いアスファルトが少し白くなってて、それを踏むと頭の上に雪が舞い落ちてくる。だから、空を見上げてヒラヒラと落ちてくる雪を眺めてみると、なぜか昨日の夜、隣で気持ち良さそうに眠ってたネコの顔を想い出した…。

 「今、帰るから…」

 そう呟いて歩き出しながら伸ばした手のひらには、何かを賭けるための牌じゃなくて…、空から舞い落ちてきた白い雪の結晶がある。その雪を壊さないように手のひらの中に包み込むと、俺はマンションに着くまでに通るケーキ屋を頭の中でチェックし始めた…。














 「へーっ、マジで雪降ってんじゃんっ」
 
 今日は雪が降ったらいいなぁってなんとなく思ったりはしてたけど、マジで降ると思ってたワケじゃない。だから、ゲームしてる途中でホントに雪が降ってんのに気付いた時、セーブもないでコントローラーを放り投げてベランダに出た。
 でも、まだ降り始めだから雪はどこにも積もってなくて、どこも白くなってない。
 視界の中で白いのは、空からヒラヒラ降ってくる雪と俺の吐く息だけだった…。
 だから、どれくらい降ったら街が白くなるくらい雪が積もんのかなぁとか、そんなコトを思いながらベランダに寄りかかると下から吹いてくる風がすっげぇ冷たい。けど、次に空を見上げると雪が降ってるのに、なぜか自分が上に登ってくカンジがして…、
 なんかソレが不思議でちょっと眺めてたら、すぐにでっかいクシャミが出た。

 「首痛ぇし、マジでめちゃくちゃ寒っ!!」

 上を見てれば首が痛くなるし、雪が降ってんだから寒いのは当たり前…。でも、それがわかっててもベランダでクシャミしてんのは、雪が降ってんのを見てるとなんかちょっとだけワクワクするせいだった。
 降り始めた雪は次から次に降ってきて少しずつ街を白くしていくけど、ここからそれを眺めてるのはやめてベランダから出ると窓を閉めて部屋に戻る。それは、今日の俺には雪を眺めてるよりも他にするコトがあったせいだった。

 今日は12月24日でクリスマス…。

 だから、雪が降ってて寒いのに部屋の中じゃなくて外にいる。
 雪を眺めるためじゃなくて、クリスマスらしくクリスマスケーキを買うために…。
 今日も久保ちゃんはバイトに出かけたし、やっぱいつもとなんにも変わらねぇけど、ケーキを買ったら少しはクリスマスらしくなる気がする。でも、それはべつにクリスマスを祝いたいからじゃなくて…、ただちょっとだけクリスマスしたいってだけだった。
 けど、そんな風に思ったのは雪が降ったからじゃない…。
 ずっと前に内容はサスペンスだったけど、ツリーが飾ってあって雪が降ってる映像の映ってる映画を見た時に…、なんとなくクリスマスとかしたことあんのかって久保ちゃんに聞いてみたら、今まで一度もしたコトないって言ったからだった…。
 
 『ホントに今まで一回もしたコトねぇのか?』
 『うん』
 『じゃ、サンタは?』
 『来たコトないよ』
 『ふーん…』
 『サンタは良いコのとこしか来ないらしいし?』
 『なら、久保ちゃんは悪いコなのか?』
 『来なかったってコトは、そうなんじゃない?』
 『それじゃ…、たぶん覚えてねぇけど俺んトコにも…』

 『時任のトコにも?』

 その時のコトを思い出しながら右手を見ると、黒い手袋の上に落ちた雪は反対の手よりも雪がはっきりと白く見える。けど、ずっと探してる手袋ん中にあるかもしれない真実は、雪みたいに白いとは限らなかった…。
 こんな手になっちまったのが…、もしも・・・・・。
 そう考えかけて軽く頭を振ると、少しだけ視界が歪んで眩暈がする…。
 でも、そのまま目を閉じないで雪が舞い落ちてくる灰色の空を睨んだ。
 
 「なんにもわかんなかったら…、ただ痛ぇだけだもんな…」

 白い息を吐きながら空を睨んでると、右手が少しだけズキズキしてくる…。けど、そのままぎゅっと手のひらの雪を握りしめて、クリスマスケーキを買うために走り出した。
 クリスマスつってもカミサマはいねぇし、どんなに待ってもサンタは来ない。
 でも、それでもクリスマスすんのは一緒にクリスマスしたい誰かがいるからで…、
 一緒にケーキ食いたいヤツがいるから、俺はクリスマス色に染まった街を走ってる。
 そして…、帰る場所があるからこんな風に走って行ける…。
 それだけでなんか…、右手の痛みも忘れちまうくらいうれしかった…。
 
 一人じゃないってコトが…、すごくうれしかった…。

 ケーキ屋やパン屋に並んでるケーキをじーっと眺めて回って、どれを買うか物色してるとイチゴの乗ったフツーっぽい感じのヤツとか、もっと凝った感じのヤツとか色々ある。
 俺はあんま甘いの好きじゃねぇけど、久保ちゃんは甘いの好きだし…、
 イチゴが乗ってんのもウマそうだけど、チョコもウマそうだから捨てがたいっ。
 そんなカンジで眺めて回りながらちょっち悩んでると、ケーキの真ん中にサンタとトナカイがいるケーキがあって、そのサンタのぼーっとしてるトコが誰かに似てた。トナカイはキリッとしたカオしてんのに、サンタはケーキの上に座ってぼんやりしてるカンジでじっと見てると笑えてくる。
 だから、不思議なカオしてこっち見てる店員に手招きして、笑いながらボケたサンタの乗ったケーキを指差した。

 「この眠そうなサンタのヤツくださいっ」

 そう言うとボケたサンタのケーキは、真っ白な箱の中に入れられて俺の手に渡される。だからそれを持って店を出たら、いつの間にか辺りが暗くなってた。
 すぐ帰るつもりだったのに、思ったより迷ってた時間が長かったのかもしれない。それに思ったより遠くに来ちまったし遅くなっちまったから、もう久保ちゃんはバイトが終わってウチに帰ってるかもしれなかった。

 「やっぱ…、連絡はしとくか…」

 雪降ってるし心配してるかもって思って、ポケットに右手を突っ込んで入れてきたケイタイを出す。でも、ケイタイをかけようとした瞬間に、俺のいる歩道の反対側から車道を越えて真っ直ぐこっちに向かって歩いてくるヤツがいるのに気づいた。
 しかも、そいつは俺と同じように白い箱を持って、さっき買ったケーキに乗ってるサンタみたいにちょっとぼーっとしたカオしてタバコをくわえてる。俺がケイタイをポケットに収めて手を振ると、そいつのぼーっとしてたカオがやわらかく優しくなった…。

 「久保ちゃんっ!!」

 俺がそう呼んで笑いながら白い箱を見せると、久保ちゃんも笑いながら俺に向かって白い箱を見せる。そして近くでカオを見合わせて二個も食い切れねぇって言いながら、二人で声を立てて笑った…。
 二人で食うには二個のケーキは、当たり前に多すぎる。でも、買いすぎで食い切れねぇのになんか一人で走ってた時よりも、なんかすっげぇうれしかった…。
 クリスマスの日に二人で同じコト考えてて…、
 俺の手にも久保ちゃんの手にも、二人で食うためのクリスマスケーキがあって…、
 ホントに良かったって…、スゴク思った…。

 「なぁ、久保ちゃん」
 「なに?」
 「どーせだから、今日は思いっきりクリスマスしねぇ? せっかくケーキあるんだし、チキンとかシャンパンとか買って…っ」
 「おまけにクリスマスツリーも飾って?」
 「そんで、枕元にちゃんと靴下も用意しとけよ。カミサマはいねぇけど、サンタは良いコとかそうじゃないとかじゃなくてさ…、たぶん…」
 「たぶん?」

 「すごく好きなヤツとか…、すごく大事なヤツのトコに来るはずだから…」

 俺がそう言うと久保ちゃんはケーキを持ってない方の腕で、俺の頭を抱きしめて自分の頭を横からくっつける。だから、久保ちゃんがどんなカオしてんのかは見えなかったけど、触れてる部分があったかくて…、なぜか上から降ってくる雪の白さが、ちょっとだけ目に染みてきて…、それを隠すために目を閉じながら俺もケーキを持ってない方の手で久保ちゃんのコートのすそをぎゅっと握りしめた…。
 
 「だったら…、お前も靴下ちゃんと用意しときなね?」

 耳元で優しくそう囁く声がして、額に暖かくて柔らかい塗れた感触が雪と一緒に降ってくる…。その感触をカンジながら再び目を開けて見上げた空は、灰色じゃなくてたくさん降ってくる雪の色に染まってた…。
 ずっと空を見上げていると、また上へ上へと登っていくカンジがしたけど…、
 久保ちゃんのコートをぎゅっと掴んだまま、うっすらと少しだけ積もった雪を踏みしめる。そして空を見上げるのをやめて踏みしめた雪を見ると、同じように久保ちゃんの足も雪を…、硬いアスファルトを踏みしめてた…。

 「帰るぞ、久保ちゃん」
 「帰ろう、時任」

 同時に言ってまた顔を見合わせて笑って…、それから一緒に足元の白い雪と黒いアスファルト踏みしめる。そうしながら、いつの間にか久保ちゃんのコートのポケットの中で握りしめ合ってた手はスゴクあったかくて…、
 だから、もしかしたらホントのプレゼントはもう…、
 握りしめ合ってる手の中にあるのかもしれないって…、そんな気がした…。


 ・・・・・・・・・・・メリークリスマス。


 空から舞い落ちる白い雪よりも穏やかで優しい…、暖かなぬくもりを…、
 誰よりも一番大切な…、誰よりも一番大好きな君へ…。
 
 

 やっと…、やっとクリスマスです(/□≦、)
 もうかなり過ぎてしまいましたのですが、
 メリークリスマスなのです〜〜〜っっvv
 
 ★:゜*☆※>o('ー'*)Merry*Christmas(*'ー')o<※☆:゜*★

 今年もクリスマスできて本当に良かったですvv
 ほややんなのですvv(T-T)

 
 ★おまけ劇場へ→。∠(*゜∇゜*)☆


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