注意・チョコの日を読んでから、お読みくださいませです。
カレーの日。
2月14日のバレンタイン…。
その日にチョコを時任に渡そうとか、そんな風に初めから思っていたワケじゃない。けど、見知らぬ誰かにチョコを渡されながら、自分に好きだと告げてくる声をぼんやりと聞いている内に、なんとなくそんな気分になって好きだと一言だけ告げてみたくなった。
それは今まで返事とか答えとかそんなのを求めてるワケじゃないから…、何も求めてないから言わないでいたはずなのに…、実はまったく逆のワケだったことに気づいたせいかもしれない。ホントは答えを返事を求めて期待してるから、失った時の痛みを予測して踏み出しかけた足を…、開きかけた口を閉じていた…。
そんな臆病な自分を自嘲しながら…。
わざと目立つテーブルの上にチョコを置いて、中身が見えないようにカードを差し込んだのはイタズラじゃなくて、俺が俺自身とした賭け。時任がカードを見たら閉じていた口を開いて、見なければ閉じたままでいるつもりだった。
でも、そんな風に賭けなんてしてても、俺の中で何かが変わったワケじゃない。ただホントに何も求めていないなら…、迷うこともなく好きだと告げられる…。
失った時の痛みなんて、べつに予測する必要はないと…、
なんとなく…、そう思っただけだった。
ソファーに座るとバサッと朝刊を広げて、タバコを一本くわえる。
それから朝刊を読みながら、くわえたタバコに100円ライターで火をつけた。
本日は晴天…、朝刊にはいつものように事件や事故が載ってて異常ナシ。ベランダのスズメの声を聞きながら、午前十時の空気を灰色の煙と一緒に吸い込んで視線を新聞から上に向けると、窓から入ってくる光がやけに眩しく見えて目を細めた。
拳銃の引き金が錆びついていくような…、平和で平穏な空気の中で出かけた欠伸を押し殺すと廊下から足音が聞こえてきてドアが開く。そして、この部屋の空気に似合った少し眠そうな声が聞こえてきた…。
「くぼちゃーん…、ハラ減った」
「鍋のカレーは?」
「・・・・・・昨日からカビ生えてんぞ」
「あぁ、そう」
「…って、冷蔵庫の中身もポカリとコーラだけじゃんかっ」
「うーん、貧しい食生活だぁね」
「とか言いながらっ、のん気に新聞なんか読んでんじゃねぇっ!!」
「なんで?」
「な、なんでってっ、あのなぁ…。冷蔵庫の中身がなくて、朝っぱらから部屋に食いモンがなんにもなかったってコトは俺だけじゃなくて…っ」
「うん?」
「久保ちゃんもハラ減ってるってコトだろっ!!!」
寝起きで髪の毛がぼさぼさになってる時任にそう言われて、右手で自分のハラを抑えてみる。すると、さっきまで空腹感なんてカンジてなかったはずなのに、急にハラが空いてきた気がするから不思議だった。
俺がハラを抑えたまま黙ってると、飽きれたようなカオした時任の口から小さなため息が出る。けど、その小さなため息を聞くのは悪い気分じゃなかった。
なに笑ってんだよって怒鳴られて…、
手から新聞、そして口からタバコを奪われて灰皿で火まで消されて…、
それでも悪い気分にならないし、怒る気分にもなれない。
でもそれは空腹感と違って当たり前で、少しも不思議だとは想わなかった。
「とーにーかくっ! 餓死する前に食料の買出しに行くぞっ!」
「餓死する前まで、ねぇ。それなら、あと一週間くらいは持ちそうだけど?」
「俺様の場合は三分で餓死するっ!!」
「ふーん、ならカップ麺できる前に餓死しちゃうんだ、お前」
「へっ?」
「お湯を注いで三分間…、せっかく待ったのにご愁傷サマ〜」
「だあぁぁっ、さっきのは間違いっ!! 実は五分だってのっ!!」
「じゃあ、どん兵衛は五分だから買えないねぇ…」
「・・・・・・とかってっ!!」
「なに?」
「そう言ってる間に、五分になっちまうじゃねぇかっっっ!!」
時任はそう怒鳴ると、俺の腕を引っ張って玄関に向かう。そして俺は時任に引っ張られるままにドアを開けて外に出て、タバコの煙の代わりに少しずつ春らしく暖かくなってきた空気を肺へと送り込んだ。
暖かくなってはきたけど、まだ空気も風も冷たい…。その感じが気持ちよくて軽く伸びをすると、いつもより少しだけ早く起きた時任は小さな欠伸をした。
そうしながら二人でコンビニに向かう…、平和で平穏な一日の始まり。ハラが減ってる俺たちは自動ドアを開けて、空腹を満たすためにオレンジ色のカゴを一つだけ持って店内へと入った。
「よしっ、食うぞっっ」
「じゃなくて、買うぞ…じゃない?」
「買って食うんだから、どっちでもいんだよっ」
「そうなの?」
「そーなのっ!」
そんな風に話して顔を見合わせて笑ったりしながら、二人で一つのカゴの中に食料を入れていく。時任が凝ってるお菓子を箱買いしようとするのを俺が止めて、俺が面白いカンジの味のしそうな新発売の商品に手を出そうとすると時任が止めて…、
そうしながらも結局、俺が時任の凝ってる菓子を時任が俺が買いたかった新発売のヤツをカゴに放り込んでレジに到着した。
「コレ…、買うなって言ってなかったっけ?」
「そっちこそ、買うなって言ってたじゃんかっ」
時任はそうブツブツ言いながら、俺が清算してるのを待ってる間にもう少しだけ店内を見ながら歩き始める。けれど、ブツブツ言いながらもうれしそうで…、それを見てると胸の奥に暖かい何かが広がっていくカンジがするから…、
だからたぶん…、もしかしたら俺も似たようなカオをしてるのかもしれなかった。
「356円のお返しですね…、ありがとうございましたっ」
レジでお金を払って店員から商品の入った白いビニール袋を受け取って、時任の姿を探すと近くの棚をじっと見つめているのが見える。だから、帰るよと伝えるために近づいたけど、時任はそれに気づかないくらい何かを考えている様子だった。
時任が見てる棚に並んでいるのは、クッキーやマシュマロやチョコ…。
しかも、それはキレイにラッピングされてる。
そして、今日は3月15日・・・・。
昨日が何の日だったのか、俺はソレを見て初めて思い出して…、
それから、一ヶ月前にあったバレンタインのコトを思い出した。
何も求めていないなら…、迷うこともなく好きだと告げられる…。
そう想ってバレンタインにかこつけてした…、俺が俺自身とした賭け…。
けれど、賭けの結果もわからないままに、俺は玄関で時任の背中に向かって思わず腕を伸ばしていた。何も求めていないから好きだと告げようとしていたのに…、引き止めるように逃がさないように抱きしめていた…。
『ゴメンって言うくらいならココにいろって…っ、ずっと一緒にいろって言え…っ』
一緒にいるだけでそれだけで十分で…、けれどそれだけじゃ足りなくて無意識に抱きしめてる力が強くなる…。胸の奥から吐き出すように告げてしまったコトバは、ぎゅっと握りしめてきた時任の手と伝わってきた振動に包まれるように揺らされて…、
抱きしめたぬくもりの中で眠るように微笑みながら目を閉じると、足りないモノなんて何もない気がした。時任が何を言ったのか何を伝えたかったのかはわからなかったけど…、それで十分で…、だからホワイトデーコーナーの前で悩んでくれてる時任の頭を優しく撫でた。
「帰るよ、時任」
「・・・・・・」
「時任?」
「あ…っ、うん…」
そう言って一緒にコンビニを出たけど、まだ時任はホワイトデーを忘れてたコトを気にしてるのか眉間に皺が寄ってる。さっきまでハラ減ったって騒いでたのに、今はそれも気にならない様子だった。
話しかけてもうわの空だし、なんとなく悩んでるのが別のコトのような気もしてきて時任と一緒に俺も色々と考え始める。でも部屋に到着してドアを開けると、時任は悩みが解決したのか明るい顔になった。
「カレーにはカビ生えちまってたけど…、まいっか…っ」
「…って何の話?」
「こっちの話」
「まさか、カビの生えたカレーを食うつもりとか?」
「なっ、なんで俺様がカビの生えたカレー食わなきゃなんねぇなんだよっ!!ハラ壊すだろっ!!」
「ふーん…、ならいいけどね」
俺はそう言うと、先に入った時任の後に続いて玄関に足を踏み入れる。すると、好きだと告げた日のようにリビングへと向かう時任の背中が見えた…。
もう一ヶ月前のコトだけど、さっき想い出したせいか腕の中に抱きしめた感触も背中を見るとリアルによみがえってくる。だから、あの日のように遠くなっていく背中に向かって腕を伸ばしたくなった。
けれど、あの日と違うコトが起きて伸ばしかけた俺の腕は下へと落ちる。それはリビングに行こうとしていた時任が、なぜか俺の方を振り返ったからだった。
「あの…、あのさ・・・・・・」
時任は何か言おうとして口を開いて、けれどそれだけ言ってまた口を閉じてしまう…。でも、さっきまで悩んでたコトはわからなかったけど、らしくなく少し緊張したカオをした時任の言いたいコトはわかるような気がした…。
『好きだよ・・・・・』
2月14日に言った俺の言葉…、たぶんそれに答えようとしてくれてる。立ち止まって振り返って…、無いモノをねだるように腕を伸ばそうとしていた俺と向かい合って…、
いつもと変わらないフツーの日に…。
けれど、俺の言葉と同じ言葉が時任の口から出たとしても、想いがすれ違うように言葉の意味もきっと微妙にすれ違ってる。それがわかっているから逆に時任の口から出る同じ言葉を聞くのが…、少しだけ痛かった。
でも…、痛がりで怖がりの俺には、これくらいが丁度いいのかもしれない。
これ以上は何も求めてないし、これくらいならまだ耐えられるかもしれない…。
まだ、たぶん大丈夫…。
けど…、きっと・・・・・、
・・・・・・・・・・そんなのはウソだ。
ココロの奥から聞こえた自分の声に、沈んでいた思考の淵から時任と向かい合ってる今に…、現実へと引き戻される。すると少し離れていた時任が、いつの間にか俺のすぐ目の前に来ていた。
だから、どうしたのかと聞こうとしたけど、そう言いかけた俺の唇は柔らかい何かに塞がれて話すコトができなくなる…。一瞬だけ触れて離れていった柔らかい何かの正体は、当たり前に考えるまでもなくわかっていた。
けれど、わかっていても思考が上手く回らない…。
柔らかい感触だけがリアルに唇に残っていて…、けれどそれがリアルであればあるほど現実が遠くなる。もしかしたら、目の前にいる時任がニセモノじゃないかって、そんな気までして確認するように手を伸ばそうとしたけど…、
手も身体も硬直したまま動かなかった…。
すると、そんな俺の様子を見た時任は、カオを耳まで赤くして声を立てて笑った。
「すっげぇっ、マヌケな顔っっ!」
ぼーっと突っ立ってる俺の顔を指差して、そう言って楽しそうに笑う時任は触れた唇のワケを何も言わない。でも、触れた唇から熱が全身に広がっていくような気がして、俺はあの日のように後ろから捕まえるようにではなく…、
ゆっくりと腕を伸ばして時任を正面から抱きしめた…。
目の前にある現実を抱きしめるように…。
けれど、その瞬間に二人の間から同時にグウゥゥ〜っという音が二つ響いてきて、時任と俺はお互いのハラの音を聞きながら真剣な顔で見つめ合って…、
それから、次にお互いの顔を見つめながらプッと吹き出して笑い出した。
「だっせぇーっ、マジでマヌケすぎるっ!!」
「ま、でも…、らしくていんでない?」
時任はやっぱり時任で、そして俺もやっぱり俺で何も変わらない。 でも並んで歩きながら手を繋いで…、それから少しずつ近づいて触れ合っていくのをカンジながら…、
俺はコンビニの白いビニール袋を片手に、時任と一緒に濃いセッタの匂いとカレーの匂いがかすかに残るリビングに足を踏み入れた。
明日のコトとか失った時の痛みとか、そんなのを考えるのじゃなくて…、
なんとなく今日の晩メシはカレーにしようとか…、そんないつもと同じありきたりのコトを考えながら…。
ううー…。
い、今更…、ホワイトデーです(滝汗)
けれど、あのまま終われなかったので書きました。
もう四月も半ばなのですが、書くことができて良かったです(T△T)
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