チョコの日。




 俺的にはまだ朝だったけど、時間的には昼な時間に起きたらテーブルの上にラッピングされた小さな箱が置いてあった…。

 片手にコーヒーの入ったマグカップを持って、あくびしようとした瞬間にソレを見つけたら、出かけたあくびが途中で止まる。それはラッピングされた箱にプレゼントっぽくリボンがかかってたせいだった…。
 けど、俺がこんなモンもらった覚えはねぇし買った覚えもない…ってコトは、もしかしなくても置いたのは久保ちゃんしかいない。つまり誰かにもらったプレゼントを、久保ちゃんがテーブルの上に置いたって事だった。
 
 「そーいえば、今日は二月十四日だったよな…」

 始めは誕生日でもねぇのに、なにプレゼントなんかもらってんだよ…っとかブツブツ言ってたけど、キレイにラッピングされた箱を見てて今日が何の日だったのかをやっと思い出す。でも、思い出したからってどうってワケじゃない…。
 ただ義理だか本命だかしんねぇけど、久保ちゃんがバレンタインにチョコをもらったってだけの話だった。
 
 「だからっ、なんだっつーの」

 俺がわけわかんねぇコトいいながら、コツンと指先ではじくとそんなに強くしたつもりはねぇのにチョコの入った箱がわずかに動く。するとなぜかちょっとだけドキッとして、あわてて動いたチョコを元の位置に戻した…。
 そして思わずリビングを見回しちまったけど、やっぱり久保ちゃんはいない。チョコがあるってコトは、朝から行くって言ってたバイトからは帰って来てるのかもしんねけど、またどっかに出かけたみたいだった。
 それを確認して軽く息を吐くと、近くにあったリモコンでテレビをつけてみる。でもソファーに座ってテレビを見初めても、なぜかテーブルに置かれてるチョコが気になった。
 なんでかって…、そんなのはわかんねぇけど…。
 けど、テレビを見ながらコーヒーを飲み終わった瞬間に、偶然に見たソファーの横で気になるワケを発見する。俺が見つけた気になるワケ・・・、それはソファーの横に置かれてる紙袋の中にあった。

 「やっぱ、もらってんのは一個だけじゃねぇじゃんかっ」

 俺は女の知り合いとかあんまいねぇし、もらえなくて当たり前ってヤツだけど、久保ちゃんは俺の知らない知り合いとかもいっぱいしそうだし…、
 その分だけ、チョコもいっぱいもらってそうで・・・、
 だから、テーブルの上の一個だけってのが納得いかなかったんだけど…、
 でも、それは気のせいじゃなくてホントのことだった。
 ソファーの横で見つけた紙袋の中には、チョコが詰め込まれていっぱい入ってる。だから、それで納得なカンジで置いてあるチョコを気にする必要なんかなくなるはず…。
 けど、逆に紙袋ん中のチョコを発見したら、もっとテーブルの上のチョコが気になって…、俺はちょっちイライラしながらキッチンに行くと、洗ってない皿とかが入ってる流しの中にコーヒーカップをガチャッとわざと音を立てて突っ込んだっ。

 「だからっっ、それがなんだってのっ!」

 気になってんのは、久保ちゃんがいっぱいもらってるとかそんなのじゃない…。それだけはわかんのに、コーヒーカップを突っ込んだ時にした食器の音がやけに耳障りでイライラが強くなった。
 こーいう時に限って久保ちゃんは帰って来ねぇし、だからテーブルの上のチョコは置かれたまんまだし…っ、俺はイライラをぶつけるように軽く冷蔵庫を蹴る。そしたら冷蔵庫の角が運悪く小指の先に当たって、涙が出そうになるくらいかなり痛かったっ。

 「くっそぉっっ、なんで俺様がこんな目にっっ!!」

 俺に蹴られた上に怒鳴られた冷蔵庫は白い…。だから、ココロん中で俺の小指が痛いのも冷蔵庫が白いのも久保ちゃんのせいにしたけど、冷蔵庫は俺に蹴られて怒鳴られる前からもともと白かった。
 でもそれも久保ちゃんのせいにしたまま、またリビングに戻ってソファーじゃなくてイスに座るっ。そして、イライラの原因なってるカンジのテーブルの上のチョコを眺めた。
 すると、チョコの入った箱を包んでる包み紙の間になんかが挟まってるのが見える。だから、それを包み紙の間から取り出そうとしたけど…、すぐにメッセージカードだって気づいて取り出すのをやめた…。
 見る間でもなくカードに何が書いてあるのかわかるし、当たり前にそれを見ていいのは俺じゃない。だから取り出すのをやめて…、もうチョコを気にすんのはやめようって思って座ってたイスから立ち上がった。
 けど…、なんとなくテーブルの上のチョコと紙袋の中のチョコを見比べてみたら…、イライラしてるワケがちょっとだけ…、ほんの少しだけわかってくる。ソファーの横の紙袋の中にいっぱいチョコが置かれてんのに、これだけテーブルの上にトクベツみたいに置かれてて…、だからたぶんイライラして気になんのは…、

 それが、イヤでたまらなかったからかもしれなかった…。

 他のチョコと一緒じゃなくて、トクベツな位置に置かれてるチョコ…。
 そんなのはたぶんなんのイミもねぇし、ただフツーに置いてるだけに決まってる。
 なのに…、そう思うのにそれに気づいたら…、このチョコを久保ちゃんに渡したのがどんな名前でどんなヤツなのか…、カードに何が書いてあんのかが気になってきて…、
 もう気にすんのはやめようって思ってたはずなのに、またゆっくりと俺の手がチョコに向かって伸びてく…。
 何も知りたくないのに…、知りたくて…、
 見たくないのに見たくて…、伸びてく手を止めらんなかった…。
 もしもカードに書かれてんのが好きとかそんなのじゃなくて、なんでもない言葉ならホッとすんのか…、それともそれでもイライラが止まらないのかどうかはわからない。でも、カードを掴むと指先にはイヤなカンジと…、罪悪感に似た何かがあった…。
 
 「・・・・・大事なモンならしまっとけばいいのに、こんなトコに置いてる久保ちゃんが悪りぃんだからなっ」

 そんな風にまた全部を久保ちゃんのせいにしてムッとしたカオで、ぐちゃぐちゃな嫌なキモチのままでカードを包装紙からゆっくりと引き出す…。
 そしたら、今日はバレンタインなのに好きなヒトに好きだって言う日なのに…、一番好きなヒトじゃなくて嫌いなのは誰なのかがハッキリとわかる…。それは久保ちゃんにチョコを渡したヤツじゃなくて、こっそりカードを開いた自分だった…。
 けど、そんなイヤなキモチでカードを開いたのに・・・・、
 ムカムカしてイライラして…、それが止まんないのに・・・、
 ソコに書かれてた文字は俺が想ってたのと…、ぜんぜん違ってた…。
 

 『・・・・・時任へ』


 メッセージカードにはそれだけ書かれてて…、他にはなんにも書いてない…。
 でも、それを書いたのが誰なのかすぐにわかる。
 誰も来ない二人暮しの部屋のテーブルにチョコを置けるヤツは、俺以外には一人しかいないし…、書いてある文字は少しクセのある見慣れた文字だった…。

 「な、なにチョコなんか買ってんだよ…っ。俺も久保ちゃんも男だし、基本的にはこーいうのはオンナがするもんだし…、だいいちっ、こんなコトしたってマジでハズいだけじゃんか…」

 そう言ったけど…、ホントはスゴクうれしくて…、
 それから、あんなキモチでカードを開いたコトをスゴク後悔した…。
 バレンタインなんて俺には関係ねぇし、久保ちゃんがチョコ買うなんて思ってなかったってのもあるけど…、カードなんか見ないで久保ちゃんが帰ってくんのを待って…、それからカードを開きたかった。
 イヤなキモチじゃなくて…、うれしいキモチで…。
 でも、指先にイヤなカンジが残って消えてくれなくて…、今はチョコを開けて食う気にはなれない…。だから、そのままカードを閉じて元の位置に差し込んだ。
 そして、イヤなカンジが残ってる指先を折り曲げてぎゅっと強く手を握りしめる。
 すると…、玄関のチャイムがピンポーンと鳴った…。
 
 「時任…、開けてー…」

 リビングから廊下に出ると、聞きなれた声が玄関の外から聞こえてくる。だから、いつもみたいにブツブツ文句言いながら玄関を開けると、そこにはコンビニ袋を持った久保ちゃんがのほほんと立ってた。
 格好もコートとか着てねぇから、やっぱバイトからは帰ってきててコンビニだけに行ってきたカンジ。でもまだなんかイライラしてて、俺はおかえりも言わずに久保ちゃんに背を向けてリビングに戻ろうとした。
 でも、その瞬間に後ろから腕が伸びきて…、後ろじゃなくて前で白いコンビニ袋がカサッと音を立てる…。それはコンビニ袋を持った久保ちゃんの手が前に回ってきてて…、伸びてきた腕が俺を抱きしめてたせいだった…。
 「時任」
 「…なんだよ」
 「ラーメン買ってきたけど、塩とトンコツとどっちがいい?」
 「・・・・・・トンコツ」
 「なんか不機嫌そうだけど、なんかあった?」
 「べっつに」
 「ふーん、そう」
 「…久保ちゃん」
 「なに?」

 「・・・・・・・・・・バーカっ」

 今日はバレンタインなのに、俺の口から出たのはそんな言葉で…、
 ホントはチョコくれてサンキューとか、そーいうフツーのコト言いたいのに言えない。
 後ろからぎゅっと抱きしめられてると、久保ちゃんは外から帰ってきたばっかのになんかあったかくて…、振り返ってぎゅっとあったかいのを抱きしめたくなんのに…、
 久保ちゃんにぎゅっと抱きしめれれば抱きしめられるほど、なんか胸の奥になんか詰まって苦しくてできなかった…。
 でも抱きしめてくる腕を離したくなくて…、伸ばした手で久保ちゃんの袖をぎゅっと握りしめる。すると、久保ちゃんが袖を握りしめた俺の手に自分の手を乗せて…、同じようにぎゅっと握りしめた…。
 「うん…。俺ってバカだから…」
 「な、なに認めてんだよっ、ジョーダンに決まってんだろっ」
 「でも、ホントのことだし?」
 「そうじゃなくて…っ」
 「たぶんバカだから…、ずっとこうしてる…」
 「え?」
 
 「お前がココにいたくなくなっても…、ずっと…」

 久保ちゃんはそう言うと…、次に「だから、ゴメンね」って言う。
 けど、だったら俺も久保ちゃんにゴメンって言わなきゃならなくなる…。
 抱きしめられても抱きしめられなくて…、なんに言えねぇのに…、
 帰ってくんなって言われても…、ずっと緒に居たいから…、
 ずっと…、一緒にいるっとソレしか考えらんねぇから…。
 
 ・・・・・・久保ちゃんとココで二人で。

 でも、そう想っててもゴメンなんて言いたくないし聞きたくない。
 ゴメンなんて言うために一緒にいるんじゃない…。
 だから…、俺は振り返るかわりに袖を掴んでた手を離して、上から握りしめてくれてた久保ちゃんの手をぎゅっと握りしめた。

 「ゴメンって言うくらいならココにいろって…っ、ずっと一緒にいろって言え…っ。その方がもっと…、ずっと一緒にいられるに決まってんだろ…っ、バカっ」

 自分はなんも言えねぇクセに、めちゃくちゃなコト言って…、
 久保ちゃんじゃなくて、ホントにバカなのは俺の方で…、
 なのに、久保ちゃんは俺がそう言うと「うん・・・」って小さくうなづく…。
 そして髪に頬をくっつけて軽くキスしながら、俺の言えなかった言葉を言った。

 「好きだよ、時任…。ずっと…、いつまでも一緒にいたいくらい…。言葉だけじゃ足りなくて…、メッセージカードには何も書けなかったけどね…」

 好きって言葉だけじゃ…、ぜんぜん足りない…。
 けど、抱きしめ合っててもソレはきっと同じかもしれなくて…、
 だから、言えない気持ちが握りしめた手から伝わるように、離さないでぎゅっと握りしめながら…、言えなかった言葉を声には出さずに口ずさむ…。すると、その振動が久保ちゃんに伝わったみたいで、なに言ったのかはわかんねぇはずなのに…、
 久保ちゃんが微笑んだのが、なんとなく抱きしめてくれてる腕から握りしめ合ってる手から伝わってくるのをカンジる…。そしたらイヤなカンジが消えて、胸の奥がちょっとくすぐったくて…、それからあったかくなった。
 
 「チョコ…、サンキューな」
 
 あったかい腕に抱きしめられながらやっと声に出して言えた言葉は、そんな言葉だったけど…、 ココロん中ではべつの言葉を言ってた気がする…。
 でも、それはバレンタインだからじゃなくて、たぶんいつもで…、
 だから、いつかバレンタインじゃないフツーの日に、何もないありきたりの日に言えなかった言おうってそう想った…。
 

 チョコじゃなくて…、久保ちゃんの作ったカレーを食いながら…。




 うう…、書きかけて消滅したのとは、まったく違ったお話になってしまいました(涙)
 うわーんっ、ダメダメなのです(/_<。)めそめそ。
 やっばり、その時にしか書けなかった言葉とか色々とあったりなので、
 消えてしまうとなかなか難しいです…。
 でも、書くことができて良かったです(泣)
 

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