あの星空に願いを…。
  〜後編〜





 「おいっ、そっちにそれらしいのいたか?」
 「いいや…」
 「くっそぉっ、なめた真似しやがってっ!」
 「けど、顔もはっきり覚えてねぇし、どうやって探すんだよ?!」
 「そんなの俺が知るかっ!」
 
 久保田と時任が騒ぎの起こったグラウンドに向かうと、まだバレー部が爆竹を投げた上に盗みを働いた犯人を探していた。
 しかし誰も顔をはっきり見ていないせいか、まだ犯人を見つけた様子はない。一人くらいは顔を覚えていても良さそうだが、誰もぼんやりとしか覚えていないらしかった。
 騒ぎを起こした犯人達は、まず一番最初のグループが店に爆竹を投げ込み、その次のグループがその場にいた生徒達が爆竹の音に気を取られている隙に店から焼きそばとたこ焼きを盗んで…、最後のグループが目くらましのために別な方向からまた爆竹を投げたらしい。今の時点で犯人についてわかっていることと言えば、荒磯の生徒ではなく部外者だということだけだった。
 部外者と判断したのは犯人が浴衣も制服も着ていなかったからのなのだが、そういう基準でしか判断できなかったのは…、誰もがさすがに生徒全員の顔は覚えられないからである。
 時任はこの状況を見て久保田と顔を見合わせと、バレー部のキャプテンをしている高柳という三年の男子生徒に声をかけた。
 「おい、犯人の顔を誰も覚えてないってのはマジなのか?」
 「マジに決まってるだろっ。覚えてれば、こんな苦労せずにすぐに見つけてるぜ」
 「そっか…。でも、犯人の服装くらいは覚えてんじゃねぇの?」
 「それは確かに覚えてるけどさ。犯人と同じ服を着たヤツも、どんなに探しても見つからないんだよっ」
 「もう学校の外に逃げちまったとか?」
 「その可能性は少ないと思うぜ。校舎の方に走ってったのは見たし、まだそれらしいヤツを見たって目撃情報がないってことは中にいるってことだろ?」
 かなりムッとした表情でそう言うと、高柳は犯人の捜索状況を知らせに来た部員に体育館の方にもまわるように指示を出す。どうやら、店の準備を放り出してバレー部は全員で犯人探しをしているようだった。
 けれどそれはバレー部だけではなく、他の生徒達も突然に起こった事件にざわざわと騒ぎ始めている。
 そんな辺りの様子をじっと見ていた久保田は、手がかりもないまま犯人を探しに行こうとした時任の肩に手を乗せた。
 「ちょっとストップ」
 「…って、なんで止めんだよっ。早く捕まえねぇと、犯人に逃げられちまうだろっ!」
 「ん〜、そうかもだけど。逆に騒げば騒ぐほど、逃げられちゃうかもよ?」
 「はぁ? 逃げられるってなんでだよ?」
 「騒ぎが大きければ大きいほど、それにまぎれて逃げ出せるっしょ? 爆竹なんか使わなくても簡単にね」
 「じゃあ、もう逃げちまってる可能性もあるってことか…」

 「さぁ、どうだろうねぇ? 案外、どこかで高見の見物でもしてるかもよ?」

 のほほんとした調子の久保田の言葉に、時任がムッとした表情をして黙る。
 一生懸命に飾った笹を折られた上、どこかでこの騒ぎをその犯人が見物しているかと思うと犯人を探すために走り出したい気分になった。
 けれど、そんな気分になっても走り出さないのは、肩に久保田の手が置かれたままになっているからで…、
 前に向かって走り出すなら、どんな時でも手を振り切るのではなく…、
 
 一緒に走り出したかったからだった。
 
 相方で、コンビなら…、一緒にいなければ意味がない。
 けれど、二人でいるのが当たり前のようにそう呼ばれているから一緒にいるというのではなく、相方だとそう決めたのは時任自身だった。だから一緒にいたいと思ったのは、一緒にいようとそう決めたのは誰のためでも誰のせいでもない。
 久保田を好きだと…、大好きだと思っている自分のためだった。
 時任が肩に置かれたままになっている手の暖かさを感じながら久保田の方を見ると、久保田も微笑んで時任の方を見る。
 すると久保田は、コツンと軽く自分の額を時任の額にくっつけた。
 「七夕祭りが中止になって犯人がつかまるのと…、犯人を逃がして七夕祭りが中止にならないのとどっちがいい?」
 「どっちがって…、なんでそんなの選ばなきゃなんねぇんだよ?」
 「このままだと、犯人探しと笹が折られたことを理由に生徒会本部が祭りを中止。もしも祭りをやめないで続けたとしても、人ゴミの中から犯人を見つけるのはかなり難しいっしょ?」
 「・・・・・・」

 「どっちにする?」

 久保田は額をくっつけたままそう聞くと、じっと答えを待つように時任を見つめた。すると時任はその視線から少しだけ顔をそらせて、少し考え込むような表情をしたが、すぐに視線を再びあげて久保田の瞳を真っ直ぐに見返す。
 けれど、その瞳にはすでに少しの迷いもなく…、空から照りつける真昼の太陽よりも鮮やかな表情で時任は笑っていた。
 その瞳をまぶしそうに見つめ続けながら久保田が目を細めると、時任は手を伸ばして自分の肩に置かれている手をつかんで強引に上にあげさせる。
 そうしてから、手をつかんでいる方とは反対側の手を同じように上にあげると、パシィィンと勢い良くその手とタッチした。
 「どっちかじゃなくって、どっちもに決まってんだろっ。無理かどうかなんて、やってみなきゃわかんねぇじゃねぇかっ」
 「どっちもダメになるかもしれなくても?」
 「そん時はそん時だっつーのっ。ダメかもって考えてやらないより、やってから後悔した方が何倍もマシだろっ」
 「・・・・・うん」
 「だから行こうぜっ、久保ちゃんっ」
 「どこへ?」

 「生徒会本部っ!」

 時任はそう叫ぶと、久保田の手を離して校舎の方に向かって走り出す。
 すると、久保田も時任の横に並んで走り出した。
 犯人探しは未だにバレー部を中心にして行われていたが、まだ犯人が見つかった様子はない。そんな騒ぎの間を縫って二人が生徒会本部にたどり着くと、中からは桂木の怒鳴り声が聞こえてきた。
 一緒に犯人探しをしていると思っていたが、どうやら七夕を中止しないように松本を説得するために本部に来ていたらしい。聞こえてくる話の内容からすると、松本はすでに七夕の中止を決定してしまっているようだった。
 「笹が折られた上に窃盗まで起きたとなると…、やはり中止せざるを得ないな。七夕よりも犯人を捕らえることが先決だ」
 「だからっ、執行部で必ず犯人は捕まえてみせるって言ってるじゃないっ」
 「それまでの間に、ケガ人が出ないという保障はできるのか?犯人は爆竹を持っているが、持っているのがそれだけとは限らないだろう?」
 「そ、それは…」

 「七夕祭りは中止にする」

 松本は桂木の意見を聞き入れずにそう決定を下したが、その瞬間に勢い良く本部のドアが開けられる。すると、室内にいた全員の視線がドアの方に向いたが、そこには犯人を探しているはずの時任と久保田が立っていた。

 腕に執行部の証である、青い腕章をつけて…。

 二人は同じ執行部である桂木を挟むように松本の前に立つと、七夕祭りを中止させまいとがんばっていた桂木の背中を軽く叩く。
 すると桂木はムッとした顔をした後、うれしそうに…、少し照れくさそうに笑った。
 今も祭りを壊そうとした進入者をバレー部だけではなく、執行部や他の生徒達も一緒になって必死で探しているのも…、
 それだけ祭りの準備をがんばっていたからに違いなくて…、
 七夕祭りは園芸部の主催だったが、すでに園芸部だけではなく笹に飾り付けをした執行部や…、グラウンドで屋台を作っている生徒達や…、

 そして…、短冊に願い事を書いたみんなの祭りだった。

 久保田が難しい顔をしている松本の方を見ると、松本は何か嫌な予感でも感じたのか額に汗を浮かべていた。できるだけ不祥事を起こしたくないと思っている松本だったが、久保田が相手では桂木のように一筋縄ではいかないに違いない。
 松本は中止ということを今度は久保田に告げようとしたが…、それよりも早く久保田が口を開いた。
 「犯人を捕まえたかったら、七夕祭りをした方がいいと思うけど?」
 「それは、どういう意味だ?」
 「みんなで願いゴト書いた短冊飾ったら、犯人がわかるかもってイミ」
 「まさか…、飾ると願いが叶うからだとは言わないだろうな?」
 「さぁ?」
 「・・・・・・・・誠人」
 久保田の返事を聞いた松本は、難しい表情のまま眉間にシワを寄せる。
 本気で短冊の願い事が叶うと思っているとは思わないが、久保田の口元だけに笑みを浮かべた表情からは本気なのか冗談なのか判断することはできなかった。
 しかし、いくら笹に短冊を飾ろうと思っても、笹が折れてしまっているので飾ることができない。けれど、久保田は余裕の笑みを浮かべたまま、松本に向かってある提案をしたのだった。

 











 『ただいまより、園芸部による七夕祭りを開催します。生徒の皆さんは短冊を持って、グラウンドに集合してください』

 その放送が校内に流れると、暗い顔をして生徒会室の片隅でぶつぶつと一人言を言っていた藤原の肩がビクッと揺れる。
 爆竹の騒ぎで笹のことは忘れ去られたかに思われたが、やはり七夕祭りと言えば笹に短冊。中止されるかと思われた七夕祭りは、やはり行われることになってしまったようだった。
 ひそかに中止されることを藤原は祈っていたが、やはりその願いごと天には届かなかったようである。けれど笹は藤原が折ってしまっているので、短冊を飾ることができないはずだった。
 
 「ま、まさか…、今から犯人探しをするとか…」

 藤原は最悪の事態を想像して、そのあまりの恐ろしさにブルブルと頭を振る。
 わざとじゃなかったんだと自分で自分に何度言い聞かせても、やっぱり笹を折ったことを正直に言うことができなかった。
 しかし、放送が流れてからしばらくすると…、生徒会室の窓から何か聞き覚えのある音が聞こえ始める。するとその音を聞いた瞬間、藤原は自分のしたことを忘れて窓に向かって走り出す。思わずそうしてしまったのは、窓の外から聞こえてくる音が、あまりにもたくさん鳴っていたからだった。
 
 リリーン…、チリリーン……、チリリ……ン…。

 たくさんの…、たくさんの音が窓から聞こえて…、
 高く低く重なり合う音が、まるで音楽のように夜空に響いている。
 藤原が窓を開けると…、そこから見えたのは屋上から下にある青く茂っている桜の木に向かって…、何本も何本も結ばれたヒモにつけられている風鈴と短冊だった。
 夜風に吹かれて揺ら揺らと揺れるたくさんの風鈴と短冊が…、いつの間にか出ていた月の光に照らされて、ひらひらと色鮮やかに舞っている。
 願いごとの書かれた短冊は…、笹の葉には飾られていなかったが…、

 遠く遠く…、どこまでも続く夜空の果てまで願い事が届きそうだった。

 藤原がその光景に見入ってると…、生徒会室のドアが勢い良く開いて、青い腕章をつけている時任と久保田が入ってくる。
 どうやら…、本当にこれから犯人探しが始まるようだった。
 藤原はぎゅっと拳を握りしめると、笹を折った犯人が自分だということを久保田と時任に告げようとする。
 だが、そうする前に時任が藤原の前に一枚の短冊を差し出した。
 「願いゴト…、もっかい書けよ」
 「もっかいって、なんでですか?」
 「お前の書いてたヤツ、笹が折れた時にぐちゃぐちゃになってたからさ…」

 「・・・・・・・けど、それって時任先輩の短冊じゃないんですか?」
 
 差し出された短冊を見ながら藤原がそう言うと、時任は強引に藤原の手に短冊を押し付けて、久保田とともに再び入ってきたドアに向かう。
 するとなぜかチリリンと鳴り続ける風鈴の音が…、藤原の胸に痛く響いた。
 何も言うことができないまま藤原がその後ろ姿を見送ると、今度は同じく腕章をつけた桂木がドアから生徒会室をのぞき込んでくる。けれど藤原の顔を見てため息をついた桂木は、時任とは違って藤原が笹を折ったことをなぜか知っている様子だった。
 「バカねぇ…、そんな泣きそうな顔しなくても、わざとじゃないって信じてあげるわよ」
 「・・・・桂木先輩」
 「けど、あやまる気があるなら、時任にはちゃんとあやまっときなさい」
 「・・・・・・それは」
 「まさか…、なぜかなんて聞かないわよね?」
 「・・・・・・・」
 「あやまらないで後悔するのは、あたしじゃなくてあんたなんだから…、その短冊に願いごとを書く前に考えなさいね」

 「・・・・・・・はい」

 藤原は桂木にそう言われて、時任に渡された白紙の短冊をじっと見つめる。
 そこにはまだ願いごとは書かれていなかったが…、もしかしたら、もうそこにはたくさんの願いと想いがあるのかもしれなかった。
 沈んだ表情で藤原が唇をかみしめると、桂木がその頭を軽く叩いて補欠と書き加えられた腕章を藤原に渡す。
 まだ、正式な部員にはなれていなかったが…、やはり補欠でも藤原は執行部だった。
 桂木に引きずられるようにして、藤原もたこ焼きと焼きソバを盗んだ犯人に公務を執行するために向かう。
 藤原は桂木に引きずられて生徒会室を出ると、ポケットに短冊をしまい込んだ。
 そして、廊下にも響いている風鈴の音に耳をすませながら…、
 「赤い折り紙の飾りって…、すごく不恰好だったのにキレイ見えたんですよね…。不恰好なのにキレイって、そんなのはヘンに決まってるのに…」
と、誰に言うでもなく呟く。
 すると、それを聞いていた桂木は、何も言わずにわずかに星の出た夜空を窓から見上げた。都会の空には星はあまり出ていなかったが、それでもいつでも空の上には夜空があって…、
 夜空を流れる…、白く輝く天の川がある。
 たくさんの想いを届けようとするかように鳴り続ける風鈴の音は、藤原の耳にも、桂木の耳にも…、そして犯人探しに向かった時任や久保田の耳にも届いていた。

 「良くこんな短時間で、風鈴がこんなたくさん集まったよなぁ」
 「運良く近くの店で、売りモノ貸してもらえたしね」
 「けど、壊したら弁償だろ?」
 「そん時はそん時…、でしょ?」
 「…って、マネすんなっ」
 
 二人はそんな会話を交わしながら、松原達と打ち合わせした通りの順路で校内を巡回していたが、まだ犯人らしき人物の姿は見つかっていない。けれど、生徒達は七夕祭りのためにグラウンドに集合しているので、今は校舎内には人影はないので、人探しをするにはもってこいの条件だった。
 犯人がグラウンドか校外に出てしまっていたら巡回は無意味だが、久保田はまだ犯人が校内にいると確信しているようである。
 ただ目立ちたくて騒ぎを起こす目的で来ているのなら、おそらく生徒達がグラウンドに集合した時点でまた何か行動を起こしてるかもしれないが…、
 短冊の飾り付けが終わっても、犯人達が騒ぎ出す様子はなかった。
 時任は辺りをキョロキョロと見回しながら歩いていたが、久保田はさっきから前だけを向いている。どうやら犯人がどこにいるか、久保田には目星がついているようだった。
 「なぁ?」
 「なに?」
 「マジで校内に犯人がいんのか?」
 「たぶんね」
 「けど、誰も校舎ん中に残ってねぇじゃんっ」
 「残ってないかどうか、まだ体育館の裏もあるしわからないと思うけど?」
 「体育館の裏?」
 「犯人の目的考えると、そこが一番あやしいかもねぇ?」
 「あやしいって…、なんで久保ちゃんが犯人の目的知ってんだよ?」
 「べつに知ってるってワケじゃないけど、自分の欲望に素直そうだなぁって…」
 「はぁ?」
 「ここに来た時、晩メシ食ってなくて腹減ってたとしたら? だったら、真っ先に食べモノ狙うかも?」
 「・・・・ドーブツ」

 「ま、ニンゲンもドーブツだしね?」

 久保田がそう言って廊下を渡った先にある体育館を指差すと、階段の辺りに焼きソバやたこ焼きが入っていたらしい透明なパックがたくさん落ちていた。
 どうやら本当に腹が減っていたらしく、中身が残っている様子はない。
 その残骸を眺めながら体育館の入り口に近づくと、久保田はゆっくり腕を伸ばして時任の肩を軽く抱き寄せた。
 「な、なにすんだよっ」
 「食欲を満たしたドーブツは、次になにすると思う?」
 「なにって…、ニンゲンの欲望っつったら寝るコトじゃねぇの?」
 「それもあるけど、まだ寝るには早い時間帯だしね? もっとべつなコトしたくなるんじゃない?」
 「ぺ、べつなコトって…」
 久保田に肩を抱き寄せられて、そう耳元で囁かれて…、時任はそう言いながら少し顔が赤くなった。そんな時任の様子を見ていた久保田は、微笑みながら腕に力を入れて更に自分の方に時任の身体を引き寄せようとする。
 だがそうしようとした瞬間に、体育館の裏から女の子の悲鳴が聞こえてきた。

 「行くぞっ、久保ちゃんっ!」
 「うーん、あと一歩」
 「…って、そ、そんなこと言ってる場合じゃねぇだろっ!」
 「はいはい」

 久保田の腕から抜け出して時任が悲鳴の聞こえた場所まで行くと、かわいい浴衣姿の女子生徒が二人…、同じ荒磯の男子生徒六人に囲まれていた。
 女子生徒は腕をつかまれて泣きそうな顔をしているし、雰囲気も緊迫していて穏やかではない。時任は近くに落ちていたサッカーボールを、女子生徒の腕を掴んでいる男子生徒に向かって蹴った。

 「これでも食らって、とっとと寝やがれっ!!」
 
 時任の叫び声とともに飛んだボールは、勢い良く男子生徒の顎に命中する。すると女子生徒達は、飛んできたボールに男子生徒達がひるんだ隙をついて逃げ出した。
 これから第二の欲望を満たそうとしていた男子生徒達は、目の前に現れた時任と久保田に鋭い視線を向ける。二人がしている腕章を見ても、公務執行の常連である大塚のように少しもひるんだりはしなかった。
 それどころか、正義の味方のようにいきなり現れた二人の内、それほど強そうに見えない時任の方を見てニヤニヤしている男子生徒もいる。その欲望を含んだ視線になめるように見られて、時任は不快そうに顔をしかめた。
 だが、リーダーらしき男が軽く腕をあげると、敵意をむき出しにしていた男子生徒達の間の緊迫した空気が少し緩む。もしかしたら爆竹を投げる作戦も、このリーダー格の男が指示したのかもしれなかった。
 「腕は確かにつかんでたかもしれねぇが、俺らはべつに何もしてないぜ」
 「べつになにもって…、焼きソバとたこ焼きをただ食いしやがったヤツが、なにもしてねぇワケねぇだろっ!しらばっくれんのもたいがいにしやがれっ!」
 「その犯人は部外者って話で、ココの生徒の俺らには関係ないだろっ。それに風紀委員か何か知らねぇけど、あんたらにそこまで疑われて言われる筋合いはねぇんだよっ」
 自分を荒磯の生徒だとそう言い切った男は、時任に向かって鋭い視線を投げると、仲間を引き連れてこの場から離れようとすた。だが、男の言葉を聞いていた久保田と時任は、お互いの顔を見合わせる。
 そして立ち去ろうとしている男の方を向くと、ニッと不敵に笑った。
 「荒磯で俺らを知らないってのは、モグリの証拠だぜっ」
 「俺らが風紀委員に見える時点で、かなりね?」
 「特に、美少年でアイドルの俺様の名前を知らないのは重症だよなぁ?」
 「そうねぇ…。自分から、ココの生徒じゃないって告白したってカンジかも?」
 そう言いながら久保田が腕を伸ばし、時任が指をバキバキ鳴らしてウォーミングアップを始めると、その迫力に押されて荒磯の生徒に変装していた他校の男子生徒達の表情が少しずつこわばってくる。二人対六人で圧倒的に優位に立っているはずなのに、男子生徒達はすでに戦う前から気合いで負けてしまっていた。
 「あらためて自己紹介してやるから、ありがたく聞きやがれっ!」
 「べつに名乗るほどのモノじゃないけどね?」
 「久保ちゃんっ」
 「はいはい、時任クンから自己紹介どーぞ」
 「荒磯高校の治安を守る天下無敵の正義の味方っ、ビューティー時任と・・・」
 「ラブりー久保田で〜す」
 
 『どーぞ、よろしく』
 
 最後の言葉がハモッた瞬間に、久保田と時任の本日の公務執行が開始される。
 多勢に無勢だったが、時任の拳も久保田の蹴りの切れも思わず見惚れてしまいそうになるほどよかった。
 久保田はひょいひょいと器用に攻撃を避けながら、相手が疲れて攻撃が止んだ瞬間に鋭い蹴りを入れ…、時任の方は派手に動き回りながら、相手を倒すことよりも戦うことを楽しんでいるかのようにあくまで正面から攻撃する。
 二人の攻撃の仕方はそれぞれ違っていたが、自然に役割が決まってしまっていて…、久保田は一人でもやれると判断したのか時任の戦いを見守る体制に入っていた。
 生き生きとした様子で戦う時任は、その表情も動きも見ていると気分がいい。
 多少、危険な体制になっても余裕の表情で、攻撃をかわしていく流れるような動きは攻撃をしている時と同じように見事だった。
 まるで猫を思わせるようなしなやかな動きに翻弄されて、あっという間に人数は六人から一人になる。
 けれど、すでに相手は二人の圧倒的な強さに戦意を喪失してしまっていた。
 「や、焼きソバ代はちゃんと払うっ! だからもうカンベンしてくれっ!!」
 「焼きソバだけじゃなくて、たこ焼きもだろ?」
 「うっ…、たこ焼きも払う…」
 「あと、散らかしたゴミを片付けるついでに、七夕祭りの後の校内清掃もよろしく〜」
 「チリ一つ残すんじゃねぇぞっ」

 「うううっ…、マジでもうしねぇから許してくれっっ」

 こうして荒磯高校七夕祭りは無事に開催されたが…、結局、盗みを働いた六人とその六人と藤原の証言で大塚がからんでいたことが発覚して…、
 その六人だけではなく大塚達も、バレー部の監督の元、真夜中まで学校の清掃を続けたらしい。
 笹を折った犯人だけは最後まで見つからなかったが、時任が久保田と一緒にグラウンドで夜空と短冊を眺めていると…、
 なぜか藤原が後ろから、小声で時任に向かってあやまったようだった。
 時任があやまった藤原を不審に思いながらも、くっきりと綺麗に月の浮かんだ夜空を…、たくさんたくさん飾られた短冊を見上げると…、
 短冊ではなく赤い折り紙で作った飾りを久保田がポケットから出して、屋上から桜の木に向かって伸びているヒモにゆっくりとつり下げる。すると、ぐちゃぐちゃになってはいたが…、その飾りは短冊と一緒に風を受けてゆらゆらと揺れた。
 「久保ちゃん…」
 「ん?」
 「サンキューな」
 「・・・うん」
 時任が赤い飾りを見ながら少し照れくさそうに笑うと、久保田が軽く風に乱れた時任の髪を撫でる。けれど、そうしている内にまた風が吹いて、せっかく久保田が治した髪を乱した。
 時任は久保田の手を振り払わずに、そのままチリリン…とグラウンド中から聞こえてくる涼やかな音に耳を済ませながら…、空気が汚れて天の川の見えない星空を見上げる。すると明るい月だけがやけに大きく見えて…、時任はじっとその温度のない、けれど優しい光を見つめていた。
 「あのさ…、短冊持ってる?」
 「持ってるけど?」
 「だったら、今からつるしてくんない?」
 「べつにいいけど…、どしたの急に?」
 「俺の短冊は藤原にやっちまったけど…、なんとなくさ…」
 「なんとなく?」

 「初めっから短冊は一枚で良かったかもって…、そう思ったから…」
 
 時任がそう言ったように…、七夕の夜空を眺める二人の手には一枚の短冊しかなかった。けれど本当は一人一人が…、それぞれの願いを書くのかもしれなくても…、
 たった一つだけあれば、二人分の願いが叶う…。
 お互いの願いごとは言ってなかったけれど…、それでも短冊は一枚きりで…、それで十分だってそんな気がした。
 どんな時でも…、きっと願い事は一つだけだったから…。
 久保田が近くのヒモに短冊をつるすと、何も書かれていない短冊が風鈴の音にあわせるようにして揺れる。けど、何も書かれていないはずの短冊には…、ちゃんと二人分の願いごとが書かれていた…。

 二人分の想いと…、願いを込めて…。

 鳴り続ける風鈴の音と…、色鮮やかに舞う短冊の色が心に染みていくような気がして、時任が同じように夜空を見上げている久保田の顔をそっと盗み見る。すると、久保田も同時に時任の方に視線を向けた。
 周りにはたくさんの生徒達がいてキスすることも抱きしめ合うこともできなかったけれど、風鈴の音と一緒に切なさと愛しさと一緒に感じながら…、
 七夕の日に、美しい川に阻まれて会えなかったかもしれない二人のようにではなく…、一緒にいることが当たり前のいつもの二人のように…、

 天の川の見えない星空の下で…、二人はぎゅっと手を握りしめあっていた。



 ううううっ…、やっと終わりましたのです…(*ノ-;*)
 もう、かなり七夕すぎてしまっていて涙です(泣)
 最後まで読んでくださって、本当にありがとうございますです<(_ _)>v多謝v
 そして、企画に参加してくださった方v本当にとてもとても感謝ですvv
 書いてくださった短冊は、実はトップの笹ではなくvv
 荒磯高校のグラウンドに飾らせて頂いてしまいましたvv\(^▽^)/
 ふ、藤原君が折ってしまって…(冷汗)←おいっ。
 ・・・・・・さ、笹に飾れなくてごめんなさいです(涙)


 遠くどこまでも続く星空に願いが届きますように…、祈りを込めて…。

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