あの星空に願いを…。
〜前編〜
七月七日は七夕で短冊に願いごとを書いて、笹の葉に飾る…。
それは誰もが知っている七月の行事だが、学校行事やお祭りでもない限りは、なかなか笹を飾って短冊に願い事を書く機会というのはないのかもしれなかった。
荒磯高校でも去年までは七夕の行事は行われていなかったが…、園芸部がどこからか大きな笹をもらってきたことから、生徒会本部に七夕祭り開催の申請が急きょ持ち込まれることになったのである。
生徒会長である松本は、笹に短冊と飾りを飾って夜に星を眺めるくらいならいいだろうと許可を出したが、やはり祭りの警備のために、校内の治安を守る執行部の面々が本部に呼び出されることになってしまったのだった。
「執行部員全員で七夕祭りの警護を頼む。 行事が行われるのは時間帯が時間帯のため、いつもよりも厳重に…」
本部のふかふかの絨毯の上に立っている執行部員を前にして、そういつものように会長のイスに座った松本が七夕の警護について話をしていたが…、
補欠部員である藤原がさりげなく久保田の腕に手をからませようとしたため、時任の蹴りが松本の言葉をさえぎるように派手な音を立てて炸裂した。
「うがっ!!! な、なにすんですかっ!!!」
「久保ちゃんにくっつくなっ、万年補欠のブサイクのクセにっ!!」
「ぶ、ブサイクは時任先輩の方じゃないですかっ!」
「ブサイクっ、ブサイクっ、ブサイクっ!!!」
「くうっっ、連呼されると更にムカツクっ!!!」
「てめぇが自覚するまで、何万回でも言ってやらぁっ!」
「じゃあ僕は何億回でも言ってあげますよっ!!」
「だったら俺は何兆回も言ってやるっ!!」
「うううっ、なら僕は……っ!!」
高校生と言うより小学生と言った感じの二人のケンカに、近くにいた桂木のこめかみがぴくぴくと痙攣する。だが、二人を止められる位置にいる久保田は、何もせずにのほほんとした様子で立っていた。
それがますます桂木のこめかみを痙攣させ、いつの間にか手には白いハリセンが握られている。そしてそんな桂木を見た相浦が人差し指で十字を切り、室田が額に冷や汗を浮かべ、二人の横にいた松原はきょとんとした顔でそんな様子を見守っていた。
「こ…、このっ、ぶさいくコンビがっ!!!!!」
バシィッ、バシィィッ!!!!!
桂木のハリセンが頭に炸裂すると、時任と藤原が同時に床にしゃがみ込む。
音の響き具合からして、かなり痛そうだった。
松本はそんな執行部を眺めていて、ポーカーフェイスは崩していないがあまりの凄まじさに固まってしまっている。しかし、そんな松本の横にいる橘はいつもと同じように、抱きたい男NO.1の妖艶な微笑みを浮かべていた。
「だ、誰がブサイクコンビだっ!!! こんなヤツと一緒にすんなよっ!!」
「そうですよっ、ぶっさいくな時任先輩なんかと一緒にしないでくださいっ!!」
「て、てめぇっ!!」
「いい加減にしないと、カオに油性マジックでブサイクって書くわよっ!!!!」
普段は静かな生徒会本部に、叫び声とハリセンの音がこだまする。
どうやら、この執行部員の面々には生徒会室にいようと本部いようと、たいして変わりはないらしかった。
松本はしばらく言葉を失って固まってしまっていたが、なぜかいきなりビクッと身体を震わせて復活する。実は復活することができたのは、横に立っている橘が松本の尻をセクハラ親父のように手で撫でたからだった。
撫でられた松本は少しだけ橘の方をにらんだが、その視線はかなり弱い。
やはり…、松本は攻めではなく受けのようだった…。
七夕の警護のことで集まった執行部だったが、こんな調子でいつまでたっても話は終わらない。しかし、尻を撫でられたことで復活した松本が咳払いしたことによって、再び本部にそれらしい雰囲気が戻ったため、再び警護についての話になった。
「他校の生徒や部外者が、校内に入らないようにくれぐれも注意するように。 こういう時には、学校同士のいざこざが起こりやすいからな…」
「つまり、絶対に問題は起こすな…という訳ね」
「端的に言えばそうだ。夜に問題を起こすと後がうるさい…」
「なら、昼間にすれば?」
「・・・・・と、いいながら、実はただ単に面倒臭いと思ってるだけだろう?」
「さぁ?」
にらみ合う時任と藤原の間で、久保田が飄々とした顔でそう言う。
だが、その表情からは本当はどう思っているのかさっぱりわからなかった。
同じように絶えず微笑みを浮かべて時任を見つめている橘も、その表情からは何を思っているのかはわからなかったが…、
瞳だけが獲物を狙うように、妖しい色を浮かべている。
すると、その視線から時任を隠すように、久保田はさりげなく一歩前に出た。
一瞬だけそんな久保田と橘の視線がぶつかって火花が散ったが、その火花は運悪く、時任を出し抜いて久保田に抱きつこうとした藤原を直撃する。
藤原は火花を受けて、なぜか燃えるのではなく凍り付いて床に倒れた。
「あんたって…、やっぱりそういうキャラよね」
それを見た桂木がしみじみとそう呟いたが、凍りついた藤原は言い返すこともできずに涙を絨毯の上に激しく流していた。
今まで本部に呼ばれるとろくなことがないが…、やはり今回も嫌な予感がする。
桂木は七夕をすることにした松本の決定を聞きながら、小さく息を吐いた。
「七夕をするのはかまわないけど、どうせなら決定する前に呼んで欲しかったわ」
「呼んだとしても、決定は変わらないが…」
「気持ちの問題よ」
「なるほど…、次回から善処しよう」
「善処してくれるのはうれしいけど、どうせ善処するなら、時間外手当も善処してくれないかしら?」
「最初から、それが目的か…」
「七夕だって聞いたら、急に暑くなってきた気がしただけよ」
「・・・・・わかった、その件も善処する」
桂木と松本の会話を久保田と橘以外はぼーっとして聞いていたが、実は桂木は松本に時間外労働である七夕の警備をする変わりに、生徒会室にエアコンをつけることを要求したのである。執行部は時任が校内の備品を公務のたびに派手に壊しているために、エアコンは夢のまた夢なくらい赤字続きだった。
桂木は松本会長からエアコンの設置を約束させると、ハリセンをぎゅっと握りしめてキリリと表情を引きしめる。七夕の夜の警備もエアコンがかかっているとなると、やはり気合いの入り方が違っていた。
「さあっ、気合い入れて七夕の警備をするわよっ!!」
「ま、マジでやんのかよ?!」
「当たり前でしょっ!!」
「えー…、せっかくの七夕なのに警備イヤですよっ」
「藤原…。今、なんか言った?」
「い、いやだなぁ、何も言ってませんよっ。空耳ですよっ、空耳っ!」
そんな感じで決定した荒磯高校七夕祭りは、執行部の警備の元、開催されることに決定したのだった。
「あっ・・・・、言われた通りに作ったのになんか途中で切れるじゃんかっ、コレ」
「うーん…、普通は全部つながってるはずなんだけどねぇ?」
「そんなん知るかっ」
「ま、それなりに見えるし、べつにいいと思うけど?」
「…って、それなりってなんだよっ、それなりってっ!」
「まあまあ」
そんな会話が聞こえてくる体育館では、園芸と執行部、そして生徒会本部と合同での七夕祭りの準備が始まっていた。実は荒磯高校七夕祭りは園芸部で主催されることになったが、園芸部員の人数が少ないので執行部は警備だけではなく、飾りつけから呼び出される羽目になったのである。
だが、巨大な竹に飾る飾りを作っている時任は、さっきから飾りというよりも折り紙の切りクズを作成していた。
本人はちゃんと言われた通りに切っているつもりらしかったが、切ってから折り紙を広げてみると…、なぜか妙な部分が切れている。そのため、作られた飾りのほとんどが飾り用の箱ではなく、ゴミ箱行きになりそうだった。
「飾りじゃなくてゴミを作るなんて、さすがガサツな人は違いますよねぇ〜、久保田せんぱーい」
「誰がガサツだっ! どさくさにまぎれて久保ちゃんに触んなっ!! 藤原のクセにっ!!」
「ガサツな人にガサツって言って何が悪いんですか?」
「なにぃっ!」
「どっちが飾りを作るのがうまいのかは…、ほらっ、並べてみれば一目瞭然ですよねぇ?」
しばらくの間、時任と藤原は言い合いを続けていたが、そう言いながら藤原が自分が作った飾りと時任が作った飾りを並べると…、時任は何か言いたそうにしていたが、自分の飾りを見て黙ってしまう。それは藤原が言った通り、並べてみると時任の作った飾りの不恰好さが目立ってしまっていたからだった。
言い返したいのに言い返せない時任は、ゴミ箱に捨てるために不恰好な自分の飾りに手を伸ばす。
だが、時任の手が飾りに届く前に、横から伸びてきた手が飾りをつかんだ。
「キレイすぎるより、不恰好な方が手作りっぽくていんでない?こういうのって、手作りってトコに意味あるっしょ?」
久保田はそう言うと、時任の作った飾りに笹につけるための糸を通す。
すると、糸をつけられた赤い折り紙で作られた飾りがわずかな風を受けて、久保田の手元でゆらゆらと揺れた…。
風を受けて揺れるその飾りは相変わらず不恰好だったが、糸をつけられるとそれなりに見えるから不思議で…、
藤原もそれ以上は、時任の飾りについて何も言わなかった。
時任が自分の飾りを見た後に久保田の方を見ると、久保田は微笑みながらその飾りを時任の手に渡す。すると、時任はゴミ箱に捨てずに、作られた飾りが入れられている箱の中に入れた。
「今度は、もっとちゃんとしたヤツ作ってやるっ」
「じゃ、今度は何色?」
「・・・・青っ」
久保田の手から空色の折り紙を渡された時任は、ざくざくと再び飾りを作るためにはさみで切り始める。すると、そんな時任達の様子を見ていた桂木は、なぜかうちわを持ってバタバタと自分をあおいでいた。
そしてその近くでは、なぜか松原が竹刀ではなく刀を構えている。その刀は、一見おもちゃのようにも思えるが、実はザクッと鋭い切れ味の本物の刀だった。
「行くぞ、松原」
「武士たる者っ、いついかなる時でも万全の体制でいなくてはならないっ。よって、合図は無用っ!」
「そ、そうか…」
「一撃必殺っ!!」
そう叫んで刀をカチリと音を立てて構えた松原の前に、室田が落とした折り紙がひらひらと舞い落ちる。すると、その折り紙の前で松原の刀がヒュンッと音を立てて空を切った。
切っ先が見えないほど高速で小さな軌跡を描くと…、刀は再び松原の持っている鞘の中にカチリと収まる。見た目には空気を切ったようにしか見えなかったが、刀が鞘に収まると同時に折り紙が花びらのようにパラパラと舞った。
そして床に落ちた切り残された部分を室田が拾うと、折り紙は手をつないだ人の形に切れている。
そんな松原の妙技を見ていた園芸部員達は、松原の妙技に思わず拍手していた。
「…ったく、あれを笹に飾るんだってこと、わかって拍手してんのかしら?」
拍手をしている園芸部員達に向かって桂木がそう言ったが、それを聞いていたのは松原達の近くで地道に長い輪の飾りを製作していた相浦だけだった。
相浦は飾りの製作が始まった時から、細く切った折り紙を一つずつ丁寧につなげていっていたので、もうすでにずいぶんな長さになっている。
しかし、最後の一つをつけようとした瞬間に、長くなった飾りが何かにぐいっと引っ張られてブチッと見事に切れた。
「だ、誰だよっ! こんなトコにワナ張ったのっ! 引っかかってこけちまったじゃねぇかっ!!」
相浦が叫び声が聞こえた方を見ると、長い飾りにひっかかったのか飾りにまみれてしまっている時任がいた。
時任はぶつぶつとそう怒鳴ると、自分にからまった飾りをブチブチと切る。しかし、相浦は別に時任を捕らえようとして罠を張ったわけではなかった。
けれど、こけた時任の服のすそが軽くめくれあがっていて、そこから見える素肌を見た瞬間になぜか自分の方が罠にかかった気分になる。
相浦は転んでいる時任の方に歩いて行って、起き上がるのを手伝うために手を伸ばそうとしたが…、
それよりも早く、後ろから伸びてきた腕が時任の身体を引き上げて立たせた。
「ネコを罠にかけるなんて、ホント動物愛護団体に訴えなきゃねぇ?」
「誰がネコだっ、誰がっ!!」
時任をさりげなく後ろから抱きかかえている久保田に、動物愛護団体に訴えられそうになった相浦は、ちぎられた飾りを手に凍り付いている。久保田の視線のあまりの冷たさに、今日の夜は七夕祭りだが、夜になる前に星になってしまいそうだった。
そんな感じで時任の不恰好な飾りや、松原の人型飾り、そして相浦の切れた輪飾りをつけた笹は見事に完成したが…、
やはり飾り付けのメインは願い事の書かれた短冊である。
短冊は全学年に配られていたが、つけられるのは祭りの夜になっていた。
飾り付けを終えた園芸部や生徒会本部…、そして執行部にも短冊が配られると、時任は青い短冊を手に、同じように短冊を持っている久保田の方を見た。
「願いごとって、いきなり言われても思いつかねぇよな」
「そうねぇ…」
「けど、願い事って誰にすんだよ? やっぱカミサマ?」
「織姫ってお姫サマと、そのコイビト」
「・・・・・・マジで、そんなヤツに願い事すんのかよ?」
「二人が年に一度、会える日だからってコトらしいけど?」
「どーいう根拠だよっ、ソレ」
七夕は、年に一度しか会えない二人に向かって願い事をする。
だが、二人が願いごとをなぜ叶えなくてはならないのかはわからなかった。
もしかしたら何か理由があるのかもしれないが、一年に一度会える日に、他人の願い事をかなえている暇はなさそうである。時任は手に持っている短冊をじっと見つめたが、まだもらった時のまま白くて何も書かれていなかった。
晴れ渡った青い空が夜空に変わるまでにはまだ時間があったが、七夕に参加する以上は短冊をつけることになるので何か書かなくてはならない。
藤原はあらぬ妄想を抱きながら即座に『久保田先輩とラブラブになれますように』と書いていたが…、
その短冊は…、なぜかほかの短冊と一緒に笹に飾られることはなかったのだった。
戻 る 中 編へ
|
|