楽園。





 朝、起きたら…、おめでとうを言われた。

 完全に忘れていた、自分が産まれたという日。
 その日に、珍しく俺より早起きした時任は、なぜか上機嫌で俺の寝顔を初めて見たなんて言って笑う。そして、今だぼんやりとして覚醒しきってない俺に、今日は誕生日だから、して欲しいコトがあったらしてやる…と言った。
 時任ができるコト限定で…。
 だけど、時任にして欲しいコトは、なかなか頭には浮かんで来なかった。

 「なぁ、マジでなんかねぇの?」
 「うーん、じゃあ洗濯するとか? メシ作るとか?」
 「・・・・・ソレって今日じゃなくても、いつも交代でやってんだろ」
 「あー…、そうね。けど、それくらいしか思いつかないし…」
 「肩タタキとか?」
 「俺って、そんなにお年寄り?」
 「なら、えーと…、うぅ…」

 して欲しいコトが浮かばない俺を見つめながら、時任は浮かない顔になる。
 上機嫌だったのが、まるで花がしおれていくようにションボリとして…、
 何ができるかって考え込んだまま、視線を俺の顔から白いシーツに落とした。

 「あのさ…」
 「うん?」
 「ホントは何かプレゼントとか、買おうかなって思ったんだけど…、良く考えたら俺が使ってる金って、久保ちゃんのだろ?」
 「まぁ、そう言われればそうだけど、別に気にするコトないんじゃない? 俺のモノはお前のモノ、俺のモノは俺のモノで…」
 「良く似た言葉を聞いたコトがある気ぃすっけど、微妙に違っててなんだかわかんねぇーっ」
 「だから、気にしなくていいって」
 「気にするっ」
 「なんで?」
 「だってっ、久保ちゃんのモノを久保ちゃんにあげても、プレゼントになんねぇじゃんっ!」

 そう言って口を尖らせる時任は、いつも以上に幼く見える。
 実際の年齢が何歳かなんて知らないけど、たぶん高校生よりも下ってコトはないだろう。なのに、時任の表情や仕草は無邪気で素直すぎて、時々…、どこか幼い子供を思わせた。
 だから、子供にするようにポンポンと撫でるように頭を軽く叩いてみる。
 すると、時任は子供扱いするなって言って、ますます口を尖らせた。
 
 「自分がフケ顔だからって、威張んなよ」
 「・・・・・・・フケ顔って、威張れるコトだっけ?」
 「い、1コ年取ったって意味で言っただけだってっ」
 「そんな風には、聞こえなかったけど?」
 「気のせいっ、気のせいっ! だから、そんなコトよかっ、して欲しいコトを早く考えろよ」

 時任は冗談っぽく笑いながら、早くって言ったけど…、
 その笑顔は、どこかほんの少しだけ寂しそうだった。
 そして、時任にそんな顔をさせてるのは、間違いなく俺で…、
 だけど、やっぱり特別して欲しいコトなんて浮かばない。
 不思議なくらい…、何も浮かばなかった。
 だから、お前がおめでとうって言ってくれただけで十分だし、うれしいから…と、ありがとうと礼を言う。でも、時任はそれでも納得がいかないみたいで、小さく唸りながら首を傾げた。

 「一緒に居るのに何もして欲しいコトねぇって…、そんなのアリかよ」
 「うーん、まだソレにこだわる?」
 「だってさ…」
 「うん?」
 「なんかソレって、必要ねぇみたいじゃんか…」
 「必要ないって何が?」
 「・・・・・・・・・・」

 あぁ…、そっか・・・・・。
 時任は黙り込んだまま、何も答えなかったけど…、
 それでも、時任の言葉は俺に耳に届いていた。
 だから、俺は目が覚めたのにベッドから起き上がらず、手だけを伸ばして時任の腕をぐいっと強く自分の方へ引く。すると、不意を突かれた時任が、うわ…っという声と共に俺の上に落ちてきた。

 「じゃ、一緒に寝てくれない?」
 「・・・・・・・・は?」
 「だから、して欲しいコト」
 「え、あ…っ、えぇぇっ!?」
 「俺と寝て?」
 「う、うぅ…っ」
 「イヤ?」
 「そ、そ、そっ、そういうのは心の準備ってものが…だなっ」

 俺がいきなり要求した…、して欲しいコト。
 ソレを聞いて戸惑う時任の耳は赤くなってたから、たぶん顔も真っ赤。
 倒れた拍子に俺の胸に顔を埋めちゃう格好になったから、慌てて顔をあげてジタバタ暴れてる。
 この状況はちょっと腹筋がヤバくなりそうなほど、オモシロイ。
 子供子供してるし、そういうの鈍感そうだし…、
 だから、まさかそういう発想をすると思ってなかった俺は両腕で時任を抱きしめて押さえ込み、笑いを噛み殺しながら、時任の耳にふーっと息を吹きかけてみる。すると、時任はぎゃーっと色気のない悲鳴をあげた。
 でも、それと同時に俺の腹筋も壊れちゃって…、
 もうほんっと・・・・、タマンナイ。

 「えっ、あぁっっ!!! 何笑ってんだよ…ってっ、まさかっっ!?」
 「うん、まぁ…、お前がソレでいいなら、俺もソレでいい、よ?」
 「笑いながら言ってんなっっ!! フツーに寝るだけなら、早くそう言えよっ!悩んで損したじゃねぇかっ!!」
 「一応、悩んでくれたんだ?」
 「きょ、今日は久保ちゃんの誕生日だしっ、して欲しいコトって言ったのも俺だしなっ」
 「あーあ…、だったら俺も損しちゃったかも」
 「…って、何が?」
 「さぁね?」

 さっきは時任が答えなかったけど、今度は俺が答えない。
 すると、今度は口を尖らせる代わりに頬を膨らませて、時任は上向きに姿勢を変えてベッドの俺の横に寝転んだ。
 それから、天井を見上げて一つアクビをすると、一言…、狭いと呟く。
 なのに、狭いベッドから起き上がらずに、時任はさっきとは違う静かな…、落ち着いた声で俺に話しかけてきた。

 「して欲しいトコってさ。結局、いつもしてるコトと変わんねぇじゃん。メシ作んのも洗濯すんのも、こうやって一緒に寝てんのも…」
 「だから、いいんじゃない? いつも通りで」
 「プレゼントはいらないってコトか?」
 「いらないんじゃなくて、毎日もらってるカンジかも?」
 「・・・・・・・・」
 「今日はおめでとうも言ってもらえたし…、こうやって、お前とベッドで寝転んでるのも悪くないしね?」
 「悪くないってコトは、いいってコトか?」
 「いんや、最高」
 「だよな」

 そう言って小さく笑う俺の声と、時任の声…。
 それが部屋に混じるように響くのを聞きながら目を閉じる。
 すると、二度目のアクビが横から聞こえてきた。
 時任のアクビは朝なのに、とても眠そうなアクビで…、
 ホント、起きたばかりなのに聞いてると眠くなる。
 俺は常に不眠症だから、いつも眠いんだけど、コレは少し違う。
 すぅ…っと何かに吸い込まれていくような、全身から力が抜けていくような眠さだ。たぶんだけど、このまま眠ったら…、ヤクザのおじさん達が襲ってきたり、天災が起こったりしても、すぐには目覚められそうもなかった。
 ココは俺らの住処だけど、安全ってワケじゃない。
 けど、横にある存在が…、聞こえてくる吐息が俺を泥沼のような眠りに誘い込もうとしている。こんな風に眠るのはいつくらいだろうと…、うつらうつらしながら考えて…、
 俺はぼんやりとした頭の中で、もしかしたら羊水の中から出て初めてかもしれないと、良くわからない答えにたどり着いた。

 「ねぇ、時任」
 「ん〜…?」
 「・・・・・・俺はもしかしたら、生まれたくないのかもしれない」

 もう、とっくの昔に生まれてるのに…、寝ぼけているような…、
 けれど、口に出せば胸に満ちていく言葉。
 狭いベッドで二人眠る羊水の中から…、生まれたくない…。
 破水して生まれてしまったら、もうこんな眠りは訪れない。

 やがて…、赤い海の中で眠るまで…。

 けど、そんな俺を時任の手が、俺の腕を掴み強く引き寄せる。すると、俺達はまるで羊水の中で向かい合う双子のように、ベッドの上で向かい合う。
 でも、羊水の中で目を閉じたまま探り当てた手は、黒い皮手袋の感触で…、俺は無意識に重く苦しい息を吐いた。
 羊水の中でも溶け落ちるコトのない、現実。
 それを感じた瞬間…、俺は自分で自分についたウソを知る…。
 何もして欲しいコトがないなんてウソだ。
 ただ叶わないから口にしないだけだ。

 だから羊水の中に…、最後の楽園を求めて目を閉じる。

 けれど、そんな俺と向かい合っていた時任は、獣化した右手と人間の左手で怖がりな俺の手を包み込むように優しく握りしめて…、
 大丈夫だと何度も何度も、繰り返し囁き…、
 鼻の頭に何か柔らかい感触が触れて、俺が思わず目を開けると…、 
 そこには俺の手を包み込む手と同じ優しさと温かさの滲んだ…、時任の笑顔があった。

 「こうやって、ずっと手ぇ握ってるから…。だから、久保ちゃん産まれた時、最初に見るのは俺だし…。俺が産まれた時、最初に見るのは久保ちゃんだから安心して産まれて来いよ」
 
 向かい合う片割れの手から、声から伝わる優しさも温かさを…、
 胸の奥で抱きしめながらも、俺は心の中でウソツキと呟いた。
 でも、それでも握りしめた手を離せなくて…、俺は…、
 言葉の変わりに、言葉にならない想いを噛みしめながら…、

 目の前にある唇に・・・・、子供みたいなキスをした。



 久保ちゃんっ、お誕生日おめでとうっ!!!!!vvvv
 な、なのに、暗いお話になってしまってすいません(-_-;)
 書いている内に、こんなカンジになってしまいました…。
 でもでも、お祝いしたいキモチも、ラブもめいいっぱい込めてますvv
 
 ヽ(〃'▽'〃)ノ☆゜'・:*☆オメデトォ♪


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