失楽。





 「ふぁあぁぁ〜〜…」

 朝じゃなくて、たぶん昼くらいだけど、俺は眠りから覚めて目を開く。そして、まだ半分くらい寝てる頭を起こすみたいに、ベッドからゆっくり起き上がって、二度目のアクビを噛み殺した。
 そんで、着替えずに寝起きのまんまでペタペタと素足で廊下を歩いて、とりあえずリビングへ向かう。けど、やっぱ…ってなカンジで、そこには誰も居なかった。
 机の上には、いつものメモ書き。
 バイトに行ってくるって、ただ、それだけ…。
 まぁ、それでも無いより有るだけマシだし、どこに行ったかわかるし…、
 バイトなら待ってりゃいいだけだし問題ねぇけどさ。
 起きた時に誰もいねぇってのは、なんか慣れない。
 別に珍しくもないのに…、ヘンな話だけど…。
 う〜〜…、マジで誰もいないのがイヤって、ガキみてぇだよな。
 久保ちゃんには、死んでも言えねぇ…っ。
 落ち込んだワケじゃねぇけど、なんとなく、心の中でそう叫びガックリと肩を落とす。でも、すぐに気を取り直して、ベランダから見える晴れ渡ったキモチのいい青空を見た。

 「よしっ、とりあえず顔洗ってメシにすっか…」

 腹が減ってはなんとやら、バスルームで顔を洗った俺は今度はキッチンに向かう。そして、食パンを一枚取り出すとトースターの中に入れた。
 つまり、コレが俺の朝メシ兼昼メシってワケ。
 けど、食パンだけじゃなぁ…、ついでに目玉焼きでも作っかな…。
 すきっ腹を軽く撫でながら、フライパンをコンロに乗せる。
 そんでもって、卵を取り出すために冷蔵庫を開けた。

 「あ〜〜…、そういや、昨日の夜で牛乳切れてたっけ」

 冷蔵庫を開けて卵を取り出しながら、ふと気づいたのは昨日のコト。
 夜、急に飲みたくなって牛乳飲んだ時、パックの中身が無くなった。
 まだ、新しいのも買って来てなかったから、このままだと牛乳ナシで食パンと目玉焼きを食べるハメになる。朝、買いに行こうとは思ってたけど、トースターにパンを突っ込んで、フライパンをコンロにかけた状態で…となると、ものっすごくメンドい…。
 くそー…、こんなコトなら、夜飲まずにガマンすりゃ良かった。
 こーいうのって、後悔先に立たずってヤツ?
 けど、俺が再び肩を落としかけた瞬間、冷蔵庫の中にある無いはずの牛乳のパックが目に入る。最初、アレ…、飲んだ時に捨ててなかったっけ?と思ったけど、良く見るとパックの蓋が開いてない。
 もしかして・・・・、新しいヤツ??
 けど、昨日までは冷蔵庫に無かったよな…、絶対…。
 なのに、今、冷蔵庫の中に入ってるとしたら、可能性は一つだけ。
 いっつもコーヒーばっか飲んでて、牛乳なんてあまり飲まないヤツの仕業。
 バイトに行く前にわざわざ…、自分の飲まない牛乳を買って来るなんて、ほんっと…、なんつーか…、たまんねぇよな、こーいうのっ。べつになんでもねぇコトなのかもしんねぇけど、カオがなんかヤバい…っ!
 
 「…ったくっ、いちいちマメすぎんだよっ、バーカッ」

 ココロにもないコトを口にして、手でパタパタと顔をあおぐと反対側の手で持ってた卵を落としかけたっ! うわっ、もうヤバすぎじゃねぇかっ!!
 久保ちゃんのアホたれっ!
 アイツがクシャミとかしそうなセリフをブツブツと呟きながら、それでもカオがいつまでも緩んだまま治らなくて…、仕方ねぇから鼻歌なんか歌ってみる。割った卵がフライパンでジューっと焼ける音を聞きながら、ドラマの主題歌とか流行ってる歌とか色々と歌って、パンの焼ける匂いにすきっ腹をぐ〜っと鳴らした。
 目玉焼きは完成…っんでもって、焼けたパンにバター…、
 その上に目玉焼きを乗せて、コップに牛乳を入れる。
 よっしゃっ、カンペキっ!
 パンと目玉焼きのパーフェクトな焼け具合と、久保ちゃんが買って来てくれてた牛乳に更に機嫌を良くした俺は、それを手にリビングにあるイスに座る。そして、食パンを食べながら、テーブルに置かれていたリモコンでテレビをつけた。
 
 「天気予報は見なくても晴れだろうけどな〜…」

 そんな呟きを漏らしながら牛乳を飲むと、テレビで今日のニュースが流れ始める。久保ちゃんみたいに新聞読まねぇから、一日一回はニュースぐらい見るようにはしてんだけど、一日の起こる事件って思うよりもずっと多いんだよな…。
 WAがあってもなくても、世の中ってのは物騒だ。
 前に久保ちゃんにそう言ったら、のほほんとしたいつもの口調で、いつの時代も人の世ってのはそんなモンでしょ?…って返事が返ってきた。

 『人間、二人居れば争いも憎しみも生まれる。そんでもって、三人居れば災いが生まれて、四人いれば世界が滅んじゃうかもね?』
 『…って、ベツに滅んでねぇし、今、世界に人間何億人いると思ってんだよ?』
 『人間集まったり増えたりするとロクな事が起こらないって、ただの例え話』
 『でも、そーいうコトもあるかもしんねぇけど、生まれんのは争いとか憎しみだけじゃねぇだろ。だから、俺らだって他の奴らだって…っ』

 『・・・・・・・ま、それはそうかもだけどね』

 久保ちゃんが何を思って、そんなコト言ったのかわからない。
 けど、ニュースを見てて事件のない日が無いってのは事実で…、
 パンを食べ終わった俺は、両手で牛乳の入ったコップを包むように持ちながら、テレビ画面をじーっと見つめる。すると、出雲会系の組員が射殺されたってニュースが流れて…、俺はわずかに息を詰めた…。
 この事件は俺らには関係ねぇ…。
 でも、次に流れる時もそうだとは限らない。

 そして…、いつか、もしかしたら…。

 そこまで考えかけて…、突然、右手に走った痛みに、俺は強引に思考を停止させられる。くそっ、久保ちゃんの買ってきた牛乳、零しちまったじゃねぇか…、もったいねぇ…。
 痛む右手を左手で押さえて机に突っ伏すと、手から滑り落ちたカップから、ゆっくりと絵を描くように白い牛乳が広がっていくのが見えた。
 それはまるで…、俺の胸の奥に広がってくモノに似てて…、
 俺は自分のカオが、らしくなく歪むのを感じる。
 こんなのなんでもねぇよって笑おうとして失敗して、軽く唇を噛むと右手の痛みが激しくなってきた。

 「・・・・人間二人居たらって、んなワケねぇじゃん…。少なくとも俺らはそうじゃねぇって…、お前だって、言わなくてもわかんだろ?」

 そう…、少なくとも・・・・・、
 生まれた日に、俺から毎日プレゼントもらってるなんて言った久保ちゃんと、そんな久保ちゃんの手を握りしめて眠った俺の間には…、
 握りしめた俺らの手のひらの中に、そんなモノは生まれない。
 世の中に事件が溢れてても、何が起こっても…、
 久保ちゃんと暮らす、この部屋だけはそんなモノは届かないって…、
 絶対にそんなモノに壊されてたまるかってんだっ。

 「ぜってぇ、負けねぇ…っつっても、俺様は天下無敵だし久保ちゃんも俺の次くらいに無敵だし、負ける気しねぇけどなっ」

 そう言って強がりじゃなく、へへ…っと笑うと、激しかった痛みがやっと治まってきて…、ほっとした俺は軽く息をつく。そうしながら、視線を零れた牛乳から窓へと向けると、青い空が目に痛いくらい眩しかった。
 ココは…、久保ちゃんと暮らす、この部屋はあったかい。
 あったかくて気持ち良くて、ずっと眠っていたくなる。
 
 あの日みたいに…、久保ちゃんの手を握りしめて…。

 だれど、どんなに眠ってたくても、ちゃんと目を開かなきゃダメだってわかってる。そう…、だって俺らはもう生まれちまってるから、生きてくために目を開いて前を見なきゃならない。
 右手がどんなに痛んでも、目を開いて今を見つめて…、
 それから隣を・・・・、久保ちゃんを見つめて…、
 あぁ、でも…、ソレってなんか最高だよなって、口に出さず想って笑った。
 久保ちゃんが生まれて、俺が生まれて…、
 そんでもってココに二人で居てって、そんな奇跡みたいな展開を起こしちまった俺らの強運に、笑いながら乾杯したい気分になる。だから、俺は乾杯するかわりに、二人が生まれたコトを祝してバースディソングを口ずさんだ。

 「ハッピバースディ…、トゥ〜ユ〜♪ ハッピバースディ、トゥ〜ユ〜…♪」

 そう歌って次にハッピバースディディア、俺と久保ちゃん〜って無理やり続けようとしたけど、ふいに廊下へと続くドアが開く音がして止まる。色々と考え事して気づかなかったけど、ま、まさか侵入者…っ!
 バイトに出かけた久保ちゃんが帰ってくるには早すぎるっっ!
 そう瞬間的に思った俺は、勢い良くドアを振り返り身構えるっ。
 けど、開け放たれたドアの前に立っていたのは…、久保ちゃんだったっ!!

 「お、お前っ、バイト行ったんじゃなかったのかよ!?」

 思わず身構えちまって、なんか恥ずかしくて、そう怒鳴る。
 すると、久保ちゃんは、あー…と言いつつ右手で後ろ頭を掻きながら、代打ちのバイトがキャンセルになったと、早く帰ってきた理由を話した。

 「代打ちの依頼人が勝負の前に、相手から鉛玉食らったらしくてね。今日になって、いきなりドタキャン」
 「…そいつ、無事なのか?」
 「さぁ? どうだかね」

 そんな久保ちゃんの言葉に、さっきのニュースが頭を過ぎる。
 事件も事故も人の死ってヤツも…、遠いようでとても近くて…、
 俺は記憶を失くしてたどり着いた、まるで唯一残された楽園のような場所で、まるで罪に犯されたみたいな右手に拳を作り力を込める。この場所を失いたくないけど、たぶん、この場所を俺達が奪うのは、この右手…。
 でも、それがわかってても、この右手は他の誰のモノでもなく、俺の右手でしかない。どんなに目を閉じても夢にならない現実だ。
 けど、コレは久保ちゃんの右手じゃないから…、
 俺はゴメンって…、きっと俺が何もかも壊しちまうからとあやまろうとした。
 なのに、まるで謝ろうとしてたコトをわかってたみたいに、久保ちゃんは俺の前に白い箱を差し出す。そして、俺が歌いかけてたバースディソングの続きを歌い始めた。
 
 「ハッピバースディ、ディア〜、時任〜…♪ ハッピバースディトゥーユ〜♪」

 聞いてると体温が上昇してくるほど、低くて甘い声…。
 そんな声でそんな風に歌われて、俺は赤くなった顔を誤魔化すように、俺の誕生日は今日じゃねぇっつーかわかんねぇし…っと、少し不機嫌なカンジの声で言う。すると、久保ちゃんはいつもの調子でのほほんと、うん、知ってると言いつつ、強引に俺に白い箱を受け取らせた。

 「それは知ってるんだけど、コレ、買う時に誕生日用ですかって聞かれちゃってね。ん〜、まぁ、ついついっていうか、プレートに名前とか書いてくれるしロウソクもつけてくれる言うし、タダならもらわなきゃ損かなぁって…」
 「損かもってお前なぁ…てか、つまり、この箱の中身ってもしかしなくても…っ」
 「そう、今日開店の洋菓子店の限定チョコケーキ。でもって、プレートとロウソクついてるから、バースディケーキでもあるってワケ」
 「んな理由で、バースディケーキにすんなよっ。フツーでいいだろっ、フツーでっ!」
 「まぁまぁ、別にいんでない。お前もバースディソング歌いながら、俺が帰ってくるの待っててくれてたし、ね? たぶん偶然なんだろうけど、正直、ドアを開けた瞬間に歌が聞こえた時、ちょっと驚いた」
 「驚いたのは俺の方だってのっ。う、歌ってたのは気まぐれっつーか、なんつーか…、まぁ、そんなカンジだけど…」
 
 出来すぎた偶然に、べっつにケーキが欲しくて歌ってたワケじゃねぇとか、机にケーキの箱を置きながら小さくブツブツと言い訳してみる。そしたら、久保ちゃんは俺の置いたケーキの箱の蓋を開けて、上に乗ってる生クリームの飾りを一つを指ですくって俺の口に押し付けた。

 「うん、決めた…」
 「き、決めたって、何が?」
 「お前の誕生日」
 「はぁ!? な、なんでっ」
 「なんでって、俺にも言わせてよ…、おめでとうってさ。毎年、一方通行じゃ片思いみたいで、寂しいデショ?」

 そう言った久保ちゃんは、微笑みながら俺におめでとうを言う。そして、買って来てくれたプレートにも誕生日おめでとう、時任って同じ言葉が書かれてて…、
 なんか、不意打ちにプレゼント貰ったみたいな俺は口元に押し付けられた甘いクリームを舐めながら、不覚にも目の奥が熱くなってくるのを感じた。
 あぁ…っ、もうっ、マジでなんか心臓に悪ぃし…っ!
 なんで、コイツはケーキのコトといい、牛乳のコトといいっ、いっつもこうなんだよ…っ!!
 目の奥も胸の奥も熱くて、俺は頭をぐりぐりと押し付けるようにして、久保ちゃんの胸じゃなくて背中に回り込んでしがみつく。そうしたのは、みっともなくグチャグチャになってる顔を見られたくなかったから…。
 口から飛び出しそうなほど、心臓がバクバクしてんのは…、
 もしかしたら、気づかれたかもしんねぇけど、それでもいいっ。
 とにかく、ぎゅっと抱きしめたくて、俺はカオまで赤く熱くなってくるのに耐えながら、両腕を久保ちゃんのカラダに回した。

 「チクショウっ、好きだ…っ!」
 「…て、好きはうれしいけど、なんでチクショウが付くの?」
 「そういう気分っ!」
 「じゃあ…、俺も気分で…」
 「久保ちゃんも気分で?」

 「・・・・・愛してるよ」

 ・・・・・・・ったくっ、信じらんねぇっ!!
 ますます心臓がバクバクして、カオが赤くなっちまった俺は、久保ちゃんにぎゅっと抱きついたまま離れられなくなって…っ、
 そんな俺に気づいてる久保ちゃんが小さく笑うのを聞きながら、俺もだっ、バカっとか後で恥ずかしさのあまり後悔しそうなセリフを叫んだ。
 
 ・・・・・・二人きりで…、そんな楽園で。

 そこから追い落とされる日を、楽園を失う日を右手にカンジながら…、
 それでも、俺は失うためじゃなく、失わないために右手を伸ばす。
 伸ばして大切なモノを掴んで、壊さないように優しく抱きしめて…、
 すると、そんな俺の手を久保ちゃんが握りしめ、柔らかい感触が手の甲の辺りに当たった。

 「この右手となら、俺はどこへでも行けるよ…。天国でも地獄でも、お前の手とならどこまでもね…」

 ココは二人きりの楽園…。
 いつか追い落とされる…、失楽していく世界。
 けど、そんな世界が何よりも大切で愛おしくて…、俺は口の中のクリームの甘さが消えるまで、世界を抱きしめるように久保ちゃんを抱きしめ続けた。



 時任っ!!お誕生日おめでとうっ!!!!vvO(≧▽≦)Ovv
 ・・・・・・・って、もうとっくに過ぎてたりするのですが(号泣)
 どうしても書きたくて書きましたっっvv

 (/>ー<)/‥∵:*:☆*゜★。::*☆オメデトォー!!vv

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