結婚の条件.12




 空が青く青く澄み渡っていて、それを見ると目が痛いくらいだった。
 最近暑い日が続いているが、今日は風があるのでそうでもない。
 白い建物に沿うように植えられた木々の間を擦り抜けて吹いてくる風が、ザザァっと音を立てて吹き抜けていくと、久保田はぼんやりと小さく息をついた。
 そんな風にぼんやりと一人ベンチに座っていると、ここ数日、空を見るような余裕もなかったことに気づいて苦笑する。
 こんなに穏やかな気分になったのは、本当に久しぶりのような気がした。
 まだ胸の中に痛みは残っていて完全には消えていなかったが、時任が部屋に自分の腕の中に戻ってきたことで不安定だった心が平穏を取り戻しつつある。
 時任が手の届くところに、自分の傍に、隣にいるだけで、それだけでもう十分だった。
 抱きしめてその体温を感じることができたら、それだけで何もかもがどうでも良くなった。
 唯一で絶対。
 時任の代わりなんて考えられないし、そんなモノはいらない。
 時任しかいらない。
 それを身をもって実感してしまった今、久保田は本当に時任のことを手放せなくなっていた。
 「ゴメンね、時任。ホントにもう、離れられなくなっちゃった…」
 自嘲気味にそう呟くと、吸っていたセッタを横にある灰皿でもみ消す。
 もうじき、病院で手の治療を受けている時任が戻ってくるはずだった。
 本当は久保田も一緒に行くと言ったのだが、時任がどうしても一人で行くと言ったので、こうして病院の外に置かれているベンチで待っているのである。
 時任はおそらく、久保田に余計な心配をさせたくなくてそう言ったのだろう。
 『平気だから』
 そう言って泣きはらした目で笑った時任に、久保田は待ってると言って微笑み返した。
 こんなに世界が光に満ちていて、吹いてくる風も穏やかで、気持ち良くて、そんなのでいいのだろうかと久保田が思っていると、ポケットに入っている携帯が鳴った。
 「はい?」
 見覚えのない番号だったがとりあえず出てみると、あまり聞きたくない声が聞こえてきた。
 『もしもし』
 「何か用?」
 『ご挨拶ですね。やはり僕の声は聞きたくありませんか?』
 「聞きたい声じゃないなぁ、特に今日は」
 『…確かにそうかもしれませんね』
 苦笑しながらそう言った橘からは敵意は感じられなかったが、やはり微妙な緊張感が携帯の向こう側から漂ってきている。久保田はチラリと病院の入り口に目をやった。
 「用事ないなら切るけど?」
 『時間は取らせませんから、切らないでいただけますか?』
 「話があるなら手短にね」
 『今、どこにいらっしゃるんです?』
 「病院」
 『…そうですか』
 橘は久保田が病院にいることを知ると、苦しそうな声になった。
 時任が怪我をすることになった原因が自分にあるからである。
 けれど橘も久保田も、そのことにはあえて触れなかった。
 一度触れてしまえばただではすまないことを、二人とも知っていたからである。
 おそらく久保田は、どんな復讐をしたとしても橘を許すことなどできないだろう。
 本当ならば、一時的に時任を奪われた時の傷がまだ完全に完治していない久保田と電話で話すことは危険だったが、あえて橘は今電話してきていた。
 実はそれには、ちゃんとした理由があったのである。
 その理由には、松本が関係していた。
 『なぜなんです?』
 唐突にそう言った橘に何か心当たりがあるのか、久保田は凍てついた笑みを浮かべる。
 もし、ここにいたらとてもこの先の言葉を続けることはできなかっただろうが、幸運にも橘は今はここにいなかった。
 『てっきり僕は、本当に貴方が婚姻届を売ったと思っていたのに…、なぜなんです?』
 そう橘が言葉を続けると、久保田はとぼけたような口調で、
 「何の話?」
と、言った。
 けれど橘の言うように、松本の婚姻届は売られてはいなかったのである。
 久保田が帰った後、橘は慌てて婚姻届が売られた先に出向いたが、そこにいたのは松本の婚姻届を出す予定の女性ではなく、松本本人だった。
 『売らなかった理由はなんです?』
 「やだなぁ、副会長。俺ってそんなに悪人っぽく見える? 俺が関係ない松本巻き込むワケないでしょ? しかも借りもあるしね」
 『だったら何のためにあんな真似を?』
 「別に」
 『貴方は僕に復讐したかったんじゃないですか? それなのに、僕と副会長を引き合わせるような真似までして、これではまるで…』
 「まるで何?」
 『まるで僕と会長を…』
 橘が戸惑ったように言いかけた言葉を飲み込む。
 実際、久保田のしたことは復讐ではなく、橘と松本の間を取り持ったような感じだった。
 婚姻届が売られたと聞いて、らしくなく慌てて、冷静な仮面を脱ぎ捨てて来た橘を見た松本は、
 『今の橘の方がいつもの橘より数倍好きだと…、そう思うよ』
と、優しく笑ったのである。
 それは、橘のプロポーズを断わって以来の松本の笑顔だった。
 『知らない誰かと結婚するくらいなら、お前の方がいいに決まってる』
 『…会長』
 『けど、俺はやはりお前と結婚してやれない。世間体とか家族とか、地位とか名誉とか、そういうものも大切なんだ、俺は』
 『はい、わかってます』
 『それでも橘と一緒にいたいと願ってしまう俺は、やはり強欲すぎるのだろうな』
 『…いいえ。貴方にフラれて、別な相手にすぐ心変わりしようとする僕が不純なだけです』
 お互いに一番ではないかもしれないが、それでも好き合っていた。
 こうして結婚という予想外の出来事で一度気持ちはすれちがったが、今回のことで二人の関係は一応修復したのである。
 だが、そのきっかけを作ったのは久保田だった。
 『…もしかして、貴方は僕を憐れんでるんですか?』
 「俺にそう思われるのって屈辱?」
 橘の問いに対して、久保田が相変わらずおどけたような調子でそう言う。
 すると橘は深く息をついた。
 『・・・・・今、わかりました。貴方は僕をさげすんで憐れんでるんですね、高い場所から』
 「・・・・・・・」
 『僕には復讐する価値すらないと、それを思い知らせるためにこんなことを…』
 「どう思おうとアンタの勝手だけどね」
 『…復讐された方が良かった。貴方と対等ですらなかったなんて、そんな風には思いたくはありません』
 気づいた事実にプライドを傷つけられた橘がそう言うと、久保田はクスっと声を立てて笑った。
 「そんなに復讐されたい? されたいなら遺書くらい用意しとかなきゃねぇ?」
 『久保田君』
 「俺の目線に、俺の隣に立てるのはこの世でたった一人。俺に何かを感じさせるのも、想わせるのも一人だけ。だから、対等だなんてアンタに気安く言われたくないなぁ。あんまり言うと、遺書を書くヒマすらなくなっちゃうかもよ? 橘副会長」
 沈黙している橘にかまわず、それだけ言うと久保田は携帯を切る。
 そうして再び病院の入り口を見ると、そこには治療を終えた時任が立っていた。
 「なに、電話?」
 そう言いながら近づいてくる時任の手には、包帯が巻かれている。
 その包帯の白い色が痛々しくて、久保田はすうっと目を細めた。
 「うん、間違い電話」
 「ふーん」
 「怪我はどうだった?」
 「神経とか傷ついてなくて平気だった。ちょっとだけ縫ったけど、すぐに抜糸できるって」
 「そっか」
 「うん」
 久保田の視線を感じて時任が包帯を巻いた手を反対側の手で隠すと、久保田は腕を伸ばしてその手を取る。そして、自分の指と時任の指を絡めて軽く握りしめると、ベンチから立ち上がった。
 「帰ろっか?」
 そう言って顔を覗き込んできた久保田に、時任は黙って頷く。
 時任の表情が少し沈んでいたのは、一緒に帰るのは帰る場所が同じだから当たり前なのに、今は当たり前じゃないようなそんな気がしていたからだった。
 二人で同じ道を歩いていたのに、気づかぬ内に暗くなって道がわからなって。
 繋いでいた手が離れて、伸ばしても手が届かなくなって。
 そんなことが起こってしまう可能性がふと頭をよぎって、小さな不安が胸を刺す。
 絶対にありえないなんて、そんなふうには言い切れなかった。
 自分から伸びる長い影と、その隣に伸びる久保田の影を見ながら時任が歩き始めると、久保田もゆっくりとした歩調で歩き始める。普段ならば、時任が嫌がるのでとても手など繋いでは歩けないが、今日の時任はおとなしく久保田と手を繋いでいた。

 もう決して離れないように…。

 絡められた指から伝わってくる体温を時任が感じていると、なぜか突然久保田が立ち止まる。
 時任がどうしたのかと思って見ると、久保田の視線は道端に咲いている白い花に注がれていた。
 何枚にも優雅に綺麗に重なった花弁が、陽の光を受けて更に白く目に映る。
 こんな場所に咲いているのが不似合いなその花は、おそらく何処かから種か何かが飛んでくるかどうかして、それで自生したような感じだった。
 「花が咲いてるね」
 「…キレイだな」
 「そうだね」
 風が花を揺らせ、それから時任と久保田の髪を頬を撫でる。
 次第に強くなってくる風が、まるで二人の想いを心をかき乱していくような気がした。
 傍にいたくて誰にも渡したくなくて、恋しさと愛しさが胸の中で吹き荒れる。
 まるで嵐のように吹きつける風の中でしばらくそうして白い花を眺めていたが、ふいに久保田が時任の頭に繋いでいない方の手を伸ばした。
 「久保ちゃん?」
 時任が久保田の名前を呼ぶと久保田はそれには応えず、時任の頭を自分の方に引き寄せ、そして、手を繋いだ方の手はそのままに、自分の頬を風に乱れた髪の毛に寄せる。
 抱きしめていないのに、まるで抱きしめられているような感じがして、時任は握られている手に少し力を込めた。
 「結婚のコト考えた時、始めに頭に浮かんだのはマンションのコトとか、預金のコトとかそういうことだったんだよね。俺に何かあったら、そういうのが時任に渡るようにするために、結婚しようかなって」
 「・・・・・俺はそんなの嫌だっ!」
 久保田の発言に時任が驚いて声をあげる。
 すると久保田は、時任の髪の毛に軽くキス落とした。
 「けど、ホントはそんなのただの言いワケ。結局俺は、時任がそばにいてくれるなら、どこにも行かないって可能性が少しでも増えるならって思ってた。結婚なんて意味ないし、法律やカミサマに一緒いようって、そう誓うなんてくだらないって口では言いながら…」
 「…けど久保ちゃんは、結婚したいヒトが俺の他にもいたんだろ?」
 吹き荒れる風に押されるようにそう時任が少し強張った表情でそう尋ねると、久保田は優しく時任の頭を撫でる。しかし時任は、それを振り払って久保田の顔を見つめた。
 「もしかして、ずっとそれ気にしてたの?」
 「・・・・・・・」
 「俺に誰かと一緒にいたいなんて思わせたのは、時任だけだよ?」
 「でも…」
 「信じられない?」
 そう言った久保田の真剣な瞳は、ウソをついているようには見えない。
 時任は久保田の瞳をじっと覗き込むと、そのままゆっくりと近づいて、自分の額を久保田の額にくっつけて目を閉じた。
 「一緒にいて、こんなに近くにいてさ。それでも不安だなんて、そんなの久保ちゃんもおかしいって思うだろ?」
 「不安なのも、そんな風に時任のココロを痛くさせたのも俺のせい。手の怪我も…。だから時任はおかしくないよ。…不安にさせてゴメンね、時任」
 久保田は、哀しそうな顔をして目を閉じたままでいる時任の唇に自分の唇を寄せると、感触を確かめるように唇を合わせる。そして音を立てて短くキスすると、今度は離れていく久保田の唇を追いかけるように時任が久保田にキスをした。
 キスしてキスされて、想いが深くなるようにキスも深くなっていく。
 いつの間にか久保田の腕が時任の身体を抱きしめ、時任の手が久保田の首に絡みついた。
 吹き止まない風の中で、心の中に吹き荒れる嵐に決してさらわれないように、お互いを抱きしめ合って、求め合って、想いが心を身体を溶かして…。
 恋しさが愛しさが苦しく哀しく胸の奥に染みていく。
 傷つけたくないのに傷つけて、傷つきたくないのに傷ついて、それでも最後に残ったのは傍にいたい、ずっとずっと傍にいたいという想いだけだった。
 「…時任」
 久保田は時任から唇を放して、その潤んだ瞳を真っ直ぐ見つめると、まるでゆるやかに花びらを開いていく花のように微笑む。
 すると時任が、泣いているようにも微笑んでいるようにも見える表情を浮かべた。
 そんな表情を浮かべる時任は、いつもの時任とは雰囲気が違っていたが、まるで道端で白く美しく咲き誇っている花のように綺麗に見える。
 必死に久保田を見つめようとする瞳が、表情の印象とは違って強さを感じさせた。
 久保田は恭しく時任の右手を取ると、胸の辺りまで持ち上げた。
 「永遠も幸せも何もかも誓えないし、時任に何もあげられない。ただ、傍にいたくてそれだけ願って、束縛して閉じ込めて、俺は時任を壊してしまうかもしれないから…。けど、もう俺から逃がしてあげられない。時任がどんなに俺から離れたいって思っても」
 「…久保ちゃん」
 「でも、そんな俺のコト許してなんて言えないし、言わない。傷つけても壊しても、後悔なんてしないし、どんなコトをしてもどんな手を使っても、汚いって罵られても誰にも渡したくないから、時任のコト」
 久保田がそう言うと、時任は左手で久保田の頬にそっと触れる。
 その頬は、長い間風にさらされていたので冷たくなっていた。
 「傷つけて壊そうとしてんのは俺の方かもしんないのに、なんで自分ばっか責めんの? どんなコトしても、どんな手使っても、久保ちゃんと一緒にいたいって思ってんのは俺の方なのに…、俺も一緒なのにさ。なんでそんな哀しいことばっか言うの?」
 「・・・・・・」
 「傷つけて傷つけられても、壊して壊されても…、それでもいいじゃん。俺も久保ちゃんも後悔しないなら一緒にいてもいいって、そうじゃねぇの?」
 「時任は後悔しないでいてくれる? 俺と一緒にいたコト」
 「そんなのするわけねぇじゃんっ、絶対っ!」
 時任の強い瞳が、さらに強く久保田を真っ直ぐ見つめてくる。
 時任らしい強さと潔さが眩しくて、久保田は目を細めた。
 来ないかもしれない明日より、ないかも知れない未来よりも確かなものが目の前にある。
 久保田は時任の手の甲に唇を落すと、決意と意思を込めて時任を見つめ返した。
 「時任」
 「久保ちゃん?」
 「俺と結婚してください」
 突然の久保田のプロポーズに、時任が驚いて目を見開く。
 もう逃げたりしない、一緒にしようとそう心に誓っていたが、まさか久保田にプロポーズされるとは思っていなかった。
 一緒にいられれば十分だと思っていたからである。
 信じれらない気持ちでまじまじと久保田を見た後、時任は再び溢れ出した涙を拭くこともせずに嬉しそうに笑った。
 「はい」
 時任が短くそう返事すると、久保田も嬉しそうに笑う。
 二人はお互いを見つめたまま笑い合うと、短く触れるだけのキスをした。
 「帰ろうぜ、久保ちゃん」
 「うん、途中で買い物してね」
 「コンビニ?」
 「いんや、宝石店」
 「なんで、んなトコ行くんだよ? なんか買うものでもあんのか?」
 「指輪」
 「あっ…」
 まだ風は吹き荒れていたが、時任も久保田もその風を気にして立ち止まったりはしなかった。
 たとえ嵐が来ようとも、手をつないでいればはぐれたりしない。
 一緒にいたいと、一緒にいようと願うならその手を放さず、心と身体を抱きしめなきゃらならない。 
 放したら最後、離れたら最後、二度とその手を繋ぐことも、暖かな身体を心を抱きしめることもできなくなってしまうから…。
 「今日だけは手をつないてでいい?」
 そう久保田が尋ねると、時任は顔を赤くして、
 「…いい」
と、頷いた。
 二人はいつものように並んで、しっかりと手を繋いで歩き出す。
 その前方には見慣れた街並みと、青く綺麗に澄んだ空が広がっていた。






 今日は日曜日だというのに、荒磯高等学校は朝から騒がしかった。
 休みだというのに、なぜか登校してきている生徒がいるのである。
 その生徒達は何かの準備をしているらしく、慌しく廊下を行ったりきたりしていた。
 「室田っ、花は?」
 「あ〜、さっき玄関に届いてたぞ」
 「藤原っ! そんなトコでグズグズ泣いてないで、花を中庭に運びなさいよっ!」
 「ううっ、久保田せんぱ〜い…」
 「さっさと行けっ」
 「な、なにも蹴ることないじゃないですかぁぁ」
 「うるさいわねっ!」
 中庭にはすでに椅子が並べられ、体育館から演説台が運び込まれている。 
 藤原が運ぶように言われた花は、とても一人で運べる量ではなかったので、結局、室田と松原が手伝って移動することになった。
 花は中庭に飾るために、桂木が花屋に注文した品である。
 式典か何かでも行うような雰囲気で準備されていく中庭を校舎の二階の窓から眺めながら、松本はそばにいる橘にぼんやりと、
 「本当に結婚するんだな」
と、呟いた。
 すると橘は苦笑しながら、松本の横から外を見る。
 そこには慌しく結婚式の準備を進める執行部員達の姿があった。
 「学校でなんて、あの二人らしいですね」
 「五十嵐先生の提案らしいがな」
 「良く許可がおりたものです。先生の手腕というばかりでもなさそうですが…」
 そんな風に二人が話している間にも、準備は着々と進んでいく。
 赤い絨毯がひかれ花が飾り終わると、かなりそれらしくなった。
 ここで今日、時任と久保田は結婚式をする予定になっているが、まだ二人の姿はここにない。
 松本と橘は式に呼ばれて学校に来ているのだった。
 「残念だったな、橘。時任と結婚できなくて」
 「焼いてくださってるんですか?」
 「別にそんなんじゃない」
 松本は橘の言葉を否定したが、表情がそれを裏切っている。
 そんな松本を見た橘は松本に向かって微笑みかけた後、苦しそうな瞳で再び中庭を見つめた。
 「久保田君から時任君をうばえるなんて、本気で思っていたわけじゃありません」
 「だったらなぜ、あんな真似をした?」
 「結局、僕はただ久保田君に勝ちたかっただけなのかもしれません。久保田君は僕をライバルとして認めてはくれませんでしたが」
 「橘。誠人と対等に並べるのは…」
 「知ってます。久保田君にも言われました。僕では役不足だと」
 「あいつの視界には、時任しか入っていないし入らない。これから先も…、たぶんな」
 「ええ、本当にそうですね…」
 今日は快晴で、橘と松本が見上げた空には雲一つなかった。
 本当は天気予報では雨の予想だったが、天気が一日ずれたようである。
 結婚式の出席者は最小限ということで、執行部メンバーと松本と橘、そして五十嵐と三文字が呼ばれていた。本当ならば両親や親戚が参列するところなのだろうが、二人ともそんなものとは一切縁がない。
 久保田は一応そのことを説明したが、その場に時任はいなかった。
 時任がそういうことを不審に思わないくらい、そんなものと縁がなかったからである。
 そんな二人の様子を見た桂木は、
 「ホントに二人きりなのね…」
と、哀しそうに松原に呟いたらしかった。

 「な、なんだよコレっ!!」

 順調に結婚式の準備が進む中、保健室に呼ばれた時任は五十嵐に向かってそう絶叫した。
 学校に来るということで、時任も久保田も制服で登校してきていたが、さすがに結婚式で制服のままではあんまりなような気がする。
 二人が制服で来ることを予測していた五十嵐は、二人のために衣装を用意していた。
 「せっかく準備したんだから着なさいよっ」
 「ぜってぇ、ヤダっ!! いいじゃんっ、制服のままでっ!」
 「暴れてないでとっとときやがれっ、このクソガキっ!」
 五十嵐が用意したのは女物の真っ白なチャイナドレスだったのである。
 普通にウェディングドレスも考えたのだが、それは時任が絶対に嫌がって着ないだろうということで、桂木と相談してチャイナドレスに決定したのだった。
 「なんで久保ちゃんが男物で、俺が女物なんだよっ!」
 「アンタは花嫁でしょうがっ!」
 「だれが花嫁だっつーのっ!!」
 どうも時任は、自分が花嫁ということに納得がいかないらしい。
 結婚すると言っても、時任は男なのだから当然と言えば当然なのかもしれないが…。
 「いい加減に観念なさいっ!!」
 「ぎゃぁぁっ!!!」
 ジタバタドタバタしつつもどうにか時任の着替えが終わると、今度は化粧に取り掛かる。
 準備が終わらないと結婚させないと五十嵐に脅され、暴れ疲れた時任はぐったりと五十嵐のするがままにされていた。
 「なによっ、この化粧のノリの良さっ!」
 「俺様の肌と、ババアの肌とじゃ美しさが違うからなっ」
 「きぃぃっ、憎たらしいっ!」
 「永遠にくやしがってろっ!」
 「なぁんですってぇっ!!」
 言い争いを展開しつつも、五十嵐の手によって時任に化粧がほどこされていく。
 そうしている内に次第に静かになってしまった時任に、五十嵐は優しく声をかけた。
 「泣いたらだめよ。化粧がくずれるから」
 「…なんで俺が泣かなきゃなんねぇんだよ」
 「幸せになんなさいよ、時任」
 「…言われなくったってなるっての」
 「そりゃそうよね、久保田君と結婚するんですもの」
 「五十嵐」
 「なによ?」
 「…サンキュ」
 時任が小さな声で照れくさそうに礼を言うと、五十嵐は嬉しそうに微笑む。
 久保田のことを好きだったが、時任のこともやはり気に入っていて、二人に幸せになってほしいと、五十嵐は心から祈っていたのだった。
 時任の化粧が終了すると、その出来栄えを見るために執行部メンバーがバタバタと保健室に入ってくる。花嫁とは言っても、時任は男なのでからかい半分に来たのだったが、全員が時任の姿を見た瞬間、絶句していた。
 「えっ、マジで!?」
 「ホントに時任?」
 「化ければ化けるもんだなぁ…」
 「女としては、ちょっと複雑よねぇ」
 ノースリープの白いチャイナドレスに、同じ色の腕まである手袋。耳にはピアスが嵌められていた。
 チャイナドレスはスタイルが良くなければ着れないが、その点、時任はかなり細身な上にスタイルもいいので、チャイナドレスがピッタリと合っている。化粧は薄く目立たない程度にされていたが、それでも十分なくらい綺麗だった。それに加えて髪が短いままなのが、可愛い印象を与える。
 時任はみんなにマジマジと見つめられて、顔を真っ赤にした。
 「じろじろ見んなっ!! 俺は見世物じゃねぇっ!!」
 そんな風に怒鳴っていたが、これほどの出来栄えとなればやはり見つめてしまっても仕方がない。
 全員が信じられない気持ちで時任を見ていると、ガラッとドアが開いて、時任と同じく着替えを終えた久保田が保健室に入ってきた。
 「お邪魔しまーす」
 「あらぁっ、久保田く〜ん。思った通り素敵だわぁ〜」
 「そりゃどうも」
 久保田は襟の詰まった白い学ランにも似た感じの服を着ている。耳には時任とは違う感じのピアスがつけられ、やはり手には白い手袋が嵌められていた。
 白を着こなすのはなかなか難しいのだが、久保田には白がピッタリと似合っている。いつもより迫力があるのは気のせいではなく、久保田の視線をまともに受けてしまった時任は、瞬きを忘れたかのようにぼーっと久保田を見つめてしまっていた。
 「準備できた? 時任」
 「う、うん」
 「それじゃあ、こっちにおいで」
 時任が久保田に呼ばれて歩いて行くと、久保田は時任の右手を手に取った。
 重なる手と手。
 手袋を通しても伝わってくる暖かい体温。
 小さな声で時任が久保田を呼ぶと、久保田は優しく微笑んで時任の額にキスした。
 「誰にも見せたくないくらいキレイだよ、時任」
 「俺様は宇宙一の美少年だから当たり前だってのっ」
 「うん、宇宙一の花嫁ってカンジだねぇ」
 「花嫁って、誰がっ」
 「時任に決まってるデショ?」
 「・・・・・やっぱ俺って花嫁?」
 「うん、もう完璧」
 ガクッとうなだれた時任をエスコートして久保田が保健室を出ると、執行部メンバーも五十嵐も慌ててその後を追う。
 今日の良き日に、二人の結婚式に参列するためだった。
 中庭に出てそれぞれが着席し、橘と松本が席に着くと、演説台に三文字が立つ。
 神父の役目をするためだった。
 「な、なんか緊張してきた、久保ちゃんは?」
 「ぜんぜん」
 「…だと思った」
 二人が結婚行進曲に合わせてバージンロードを歩いて行くと、全員がそれを起立して迎える。
 時任は緊張して顔がこわばっていたが、久保田はいつもと変わらない様子だった。
 やはり、こういう時でも久保田が緊張することはないらしい。
 ゆっくりと二人が三文字の前まで到着すると、参列者が着席した。
 三文字はこういう役を引き受けてしまったことを後悔しているらしく、額に汗が流れている。
 だが、あきらめて開き直ったのか、
 「まあ、当たり前だか、こういうことは不慣れなんで略式ってことでよろしく頼むよ」
と言うと、結婚式の始まりを宣言した。
 はっきり言って結婚式の真似事のようなものなので、一応三文字は聖書を持ってはいたが、内容など知るはずもない。
 三文字は一つ咳払いをすると、参列者に向かって、
 「この結婚に意義のある者は前に出なさい」
と、決まり通りに呼びかけた。
 だが、やはり立つ者はいない。
 五十嵐が隣に座っている藤原に立たないのかと聞いたが、藤原は泣き笑いみたいな顔をして首を横に振る。すると五十嵐はそうねと言って、藤原の背中を軽く叩いた。
 もし、藤原がここで意義を唱えても、久保田は藤原の方を向きはしない。
 悲しいがそれは紛れもない事実である。
 三文字は誰も動かないのを確認すると二人に一歩前に出るように言い、すうっと息を吸い込むと目の前に立つ二人に向かって口を開いた。
 「では新郎、久保田誠人。汝はこの者、時任稔を妻とし、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しい時も、死が二人を分かつまで、お互いを愛し、ともに歩むことを誓いますか?」
 「はい、誓います」
 三文字の誓いの呼びかけに、久保田がよどみなく答えた。
 時任がそっと久保田の方を見ると、久保田も時任の方を見て柔らかく微笑む。
 そんな二人を見た三文字は、軽く咳払いすると、先程と同じことを時任にも問いかけた。
 「では新婦、時任稔。汝はこの者、久保田誠人を夫とし、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しい時も、死が二人を分かつまで、お互いを愛し、ともに歩むことを誓いますか?」
 「はい、誓います」
 時任も久保田と同じく、少しも迷うことも躊躇することもなく返事をする。
 この先、どんなことが起こるかもしれないが、そんなことは問題じゃなかった。
 また不安に心を揺らされて、苦しさと痛みに泣き叫ぶこともあるかもしれないが、一緒にいることができるなら、そうあることができるならそれでいい。痛みよりも苦しみよりも、お互いを想う恋しさと愛おしさの方が何倍も勝っていた。
 久保田から時任へ、時任から久保田へ指輪の交換が終わると、久保田が時任の頬を両手で包む。
 参列者である執行部の面々や五十嵐、松本、橘が見守る中、二人は誰よりも近くで見つめ合っていた。
 「絶対に手を放したりしないって誓うから…」
 「うん」
 「だから、俺のそばにいて」
 「俺も誓うから、だから絶対に…」
 時任の言葉は、久保田のキスに阻まれて最後まで聞こえなかった。
 神様じゃなくて、自分自身の心と想いに一緒にいることを誓って、二人がキスを交わす。
 目を閉じて、手を伸ばして、気持ちを想いを重ねるように。
 言葉では足りない想いを伝え合うかのように…。
 晴れ渡った空の下、明るい光に照らされた二人は、みんなの手によって飾られた柔らかい花々の香りに包まれていた。

 「願わくば、この者達に永久の愛と祝福を…」

 三文字がそう告げると、まるでそのタイミングを待っていたかのように、学校のチャイムが辺りに鳴り響いた。予想していなかったことに、全員が驚いて周囲を見渡す。
 その音は教会の鐘の音には程遠かったが、なぜか胸の奥に響いてくるような感じがした。
 「もしかして、泣いてるのか?」
 俯いてしまった桂木に相浦がそう言うと、桂木は両目を慌ててこすって顔をあげる。
 けれど桂木の瞳には涙が溜まっていた。
 「別に泣いてなんかないわよ。ただ…」
 「ただ?」
 「ホントにずっと二人でいてくれたらいいなぁって、そう思っただけよ」
 「あの二人なら大丈夫なんじゃない?」
 「そうね、…そうよね絶対」
 それぞれの想いが、チャイムの音とともに降り注いで満ちていく。
 時任はチャイムの音を聞きながら、じっと青空を見上げていた。
 いつもと同じ強い瞳で…。
 久保田はそんな時任の手を再び取ると、指を絡めてその手を握りしめた。
 「行こうか?」
 「行こうぜ、久保ちゃん」
 時任が久保田の呼びかけに答えて、ニッと笑う。
 二人は赤い絨毯の上を、お互いの手をしっかりと握りしめたまま走り出した。
 「ちょっ、ちょっと二人とも待ちなさいよっ!!」
 「こらっ! 時任っ、久保田君っ!!」
 五十嵐と桂木が怒鳴ったが、二人は止まらない。
 二人を止めようと、松本と橘をのぞいた全員が後を追って走り出した。
 「これ以上、見世物になってたまるかってのっ!!」
 「今日はどうもありがとね」
 「俺らは帰るから」
 「後はよろしく〜」
 時任と久保田は顔を見合わせて笑うと、こっそりとあらかじめ置いておいた荷物を持って逃走をはかる。二人とも足がかなり早いので追いつくのは至難の業だった。

 「写真だってまだ撮ってないのよっ!!」
 「撮られてたまるかぁぁっ!!」
 
 結局、全員が二人に振り切られてしまい、結婚式はドタバタしたままで終わってしまった。
 けれど、この時に撮り損ねたかに思われた写真は、その後しっかりと二人の部屋に飾られることになる。
 その写真は、式場に行く前に松本の手によって撮られたものだった。



 うわぁぁぁん(号泣)
 終わりましたっ、終わりましたです〜〜〜(;O;)
 く、苦しかったですっ(滝汗)
 もうっ、何も語れないくらい(涙)
 
 えっとあの…、結婚式の服とかのイメージは、GIFTの所にあります、梅ノ木様のイラストvより拝借させていただいておりますデス〜〜(汗)う、梅ノ木様っ勝手にすいません〜〜〜<m(__)m>
 けれど、こ、こんな所であやまっても仕方ないような、気が…。
 どうしようっ、どうしよう\(゚ロ\)(/ロ゚)/!!
 あ、後で(←おいっ)あやまりにお伺いせねば〜〜〜(滝汗)
 と、慌ててたのですが、きょ、許可を頂いてしまいましたぁぁヽ(^。^)ノvvv
 ホントにホントにどうもありがとうございますっ!!許可いただけて幸せですっ!<m(__)m>

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