降り積もる雪のように.8
警察がホテルに到着すると、すぐにパーティー会場は警察によって封鎖されてしまった。
会場内にいた招待客は全員が容疑者になるため、地元からの来た人間もホテル内のロビーに待機させられる。その中にいた執行部も、やはり他の招待客と同じようにロビーにいた。
島には小さな駐在しかないので、突然起こった事件に慌てて応援を呼んだようである。
だが、それでもパーティーの招待客全員から事情徴収するのは大変に違いなかった。
大島社長に関係の深い人物から事情徴収にロビーから呼び出されていたため、凶器のボーガンのあったテーブルのそばにいた執行部や小城はかなり待たされている。
時任はロビーの片隅で、セッタを吹かしている久保田と一緒にロビーをじっと眺めていた。
そうしていると招待客達の行動が良く見えたが、誰もが警察の取調べにイライラしているらしく似たり寄ったりである。自分が疑われることを恐れているのか、誰もが早く帰りたがっていた。
「まったく、招待状が来たからと参加してみてやれば、こんなことに巻き込まれて非常に不愉快だっ」
「一体、なんなのかねっ。私は疑われるようなことは何もしておらんぞ」
「本当にどうにかならないのかしらっ、早く帰りたいわっ」
「うううっ、もうなんなのよっ!」
このパーティに参加していたのは、シーパレスの建設に関わった人々か島の住人、そして大島社長の親族である。しかし今回の建設に関しては反対意見が多かったらしく、こんなものを建てるから殺されたりするのだと言う声もあちこちから聞こえてきていた。
時任はさっきからそんな会話に耳をなんとなく聞いていたが、その顔は不機嫌とまではいかないまでも微妙なものになってしまっている。
自分には直接係わり合いのないことでも、目の前の光景はあまり気分のいいものではなかった。
さっきからじっとロビーを見ていたが、黙っていられなくなったらしく時任が目の前に設置されていた鉄製の灰皿をガンッとわざと音を立てて足で蹴る
するとその音にロビーにいる人々が驚いて、辺りが一瞬にして静かになった。
「な、なんなのよっ、あの子?!」
「ああ、ミステリーツアーの参加してるっていう高校生だろう?」
「近頃の高校生は野蛮だし、何を考えてるのかわからないから怖いわ」
「まったく、これだから最近の若い者は…」
しかしその効果も長くは続かず、すぐに再び辺りがざわめきに包まれる。
何か言ってやりたい気がしていたが、近くにいる桂木に睨まれて時任は黙ってそのまま立っていた。
殺されたのが予想していた楢崎でなく大島社長だったので、執行部は小城を見張ってはいない。
だが、やはり時任はまだ小城のことを気にしていた。
時任が視線をロビーの中心から少しずらすと、そこには蘭と楢崎が一緒にソファーに座っているのが見える。
気のせいかもしれないが、楢崎と話している蘭の顔色が少し悪いような気がした。
「・・・・・なんか様子がヘンだよな」
そう時任が呟くと、隣りにいた久保田が短くなったセッタを灰皿で揉み消す。
その口からは、まるでため息のような白い煙が吐き出されていた。
だが時任は、蘭と楢崎の方を見ているので気づいていない。
楢崎は憂鬱そうな顔をした蘭に向かって、楽しそうに話しかけていた。
「さぁ、どうだろうねぇ」
「蘭もヘンだけど、楢崎のヤツが急に機嫌が良くなってんのもおかしいじゃんか…」
「何かいいことでもあったんじゃないの?」
「その何かってなんだよ?」
「欲しかったモノが自分の手に入ることになったとか?」
「なんだよ、ソレっ」
時任がイライラした様子でそう聞いても久保田はそれ以上は何も答えない。
そうしている内に事情徴収の順番が回ってきて、小城や他の高校が呼ばれた後に執行部も呼ばれた。
時間を短縮するためなのか全員が一度に呼ばれたが、名前と学校名と住所を聞かれて全員が素直に答えたが、警察官は時任と久保田の住所が同じことに疑問をもって眉をひそめる。
兄弟だというのなら話はべつかもしれないが、やはり高校生の男二人がマンションの同じ部屋に住んでいるのは不審に思われてしまったようだった。
「時任君…、君のご両親はどこに住んでるのかい?」
「なんでそんなこと聞くんだよっ、関係ねぇだろっ」
「調べればすぐにわかることだから、素直に話した方がいいから」
「だったら勝手に調べろよっ」
「調査に非協力的だと、いいことにはならないよ」
「ちゃんと事件のことは話すんだから、協力はしてんだろっ!」
しつこく素性を聞いてくる刑事に、時任が腹を立ててそう怒鳴る。
しかし刑事は少しも聞いていない様子で、再び時任に同じことを質問しようとした。
一つの大きなテーブルに並べられた椅子に座って一緒に事情徴収を受けている桂木達も、二人が一緒に暮らしている理由をしらないのでじっと時任の言葉に耳を済ませている。
時任は答えたくても答えられないので、テーブルの下の膝の上でぎゅっと握りしめていた。
事件に関係のないことだから答える必要はないと思ってはいても、答えられるのが当たり前だという感じで言われてしまうのは少し心の奥の何かに引っかかる。
なおも話すように迫ってくる刑事に時任がぐっと耐えていると、横から手が伸びてきた手がきつく握りしめた手の上にゆっくりと乗せられた。
「こんなヒマな質問してるってコトは、もしかしてそれらしい容疑者がまだつかめてなかったりします?」
時任が乗せられた手を見て次に隣りを向くと、久保田が目の前に刑事に向かってのほほんとした口調で話しかけていた。
刑事はその声に反応して、時任の方から久保田の方に視線を移す。
そんな刑事に久保田は感情の読めない笑みを浮かべて、手を時任の上に乗せたままで話を続けた。
「大島社長を殺す動機は今の所は、遺産目当て、島を荒らされた恨み、ワンマン社長ぶりがこうじて恨み買ったってトコだけど、凶器に使われたボーガンからも矢からも指紋はなかった。それにくわえてボーガンの近くにいたのは恨みの一番なさそうな俺らだしねぇ?」
「し、質問以外のことは答えなくてもいいからっ」
「事件のコト話してるつもりなんですけど?」
「聞きたいのはそういうことじゃないんだよ」
「誰かがボーガン撃った気配がしなかったかっていうなら、それはありませんよ。小城高校の参加者の皆さんと同じでね」
「だが、君らは凶器の見つかったテーブルを囲むように立っていた」
「けど、俺らの中に大島社長が死んで得するヒトっていましたっけ?」
久保田が最初と変わらずにのんびりとした口調でそう言うと、室内にいた2人の刑事の内、さっきからずっと窓辺に立って外を見ていた方の刑事が久保田の方へと向き直る。
その刑事は鼻のしたに髭を生やしていて、ちょっとクセのありそうな人物だった。
「君はそうやって動機がないと決め付けているが、本当にそうだと思ってるのかね?」
「さぁ? そう考えるのがフツーかなぁって思っただけなんで」
「見た目はそうであってもだっ。君らの中に大島社長となんらかの関わりがあるかもしれないだろう?」
「関わり、ねぇ?」
「そう、たとえばっ、たとえばだがっ…、君が大島社長殺害の依頼を受けてホテルに侵入した殺し屋の可能性がないとは言い切れないじゃないかっ」
「はぁ…」
そんな風に髭の刑事が久保田に向かって言っていると、事情徴収をしていた刑事が少し慌てたような様子になる。普通の高校生に向かって、殺し屋という発想はあまりにも突拍子がなさ過ぎた。
殺し屋かもしれないと言われてしまった久保田は気のない返事をしていたが、髭の刑事はそれも気にならないようで更に話を進めようとする。
するとさすがにまずいと思ったのか、もう一人の刑事がこれ以上の問題発言を止めに入った。
「も、杜刑事っ、ここは俺一人でやりますから、貴方は現場にでも行っててくださいっ」
「何を言うんだ、高本くんっ。現場を見ることはもちろん重要だが、目撃証言を集めて犯人を割り出すことも我々の大事な仕事の一つだろうっ」
「あっ、うっ、いや、それはそうですけども…」
「しかも、自分のことを何も話せないヤツがいるという所が実にあやしいっ」
「し、しかしですねぇ…」
今は事情徴収をしていたはずだが、いつの間にか刑事同士が言い争っている。
そんな杜刑事と高本刑事を見た桂木は、肩をすくめてそんな二人をあきれたような顔で見ていた。
緊迫した雰囲気で行われているかに思えた事情徴収は人数が多いこともあるが、おそらくこんな感じで中断されているせいで遅くなっているに違いない。
だがしばらく争いをしていた二人だったが、ふとあることに気づいた杜刑事がピタリとそれを中断した。
「ん? よく見れば、君は確かどこかで見たことがある気がするが…」
そう言って杜刑事がじっと見つめていたのは、さっき殺し屋呼ばわりをした久保田である。
それから杜刑事は記憶をたどるようにじっと考え込んだ後、右手の拳で左の手のひらをポンッと打った。
「ああっ!君は葛西刑事の…」
「どーも」
「いやぁ、はははっ…」
「俺って殺し屋に見えます?」
「一体、何のことですかな?」
どうやら杜刑事は、誰かを通して久保田のことを知っていたらしい。
不気味に微笑み合う久保田と杜刑事を見た執行部員達は、なぜか警察に顔が効く久保田に少し驚いていた。そんな中、ずっとおとなしく座っていた相浦はそろそろじっとしているのが辛くなってきたのか、この隙に大きく伸びをしながら隣りの室田に話しかける。
すると室田は、事情徴収中にもかかわらず居眠りをしていた。
「おいっ、室田…っ、起きろって…」
「…ぐ〜」
「寝るのはさすがにまずいだろっ」
「うっ、うう…」
かなり深く寝入っていたらしく、室田は相浦の声に反応したものの唸るだけで目を開けない。
刑事にばれる前に起こそうとした相浦は、室田の身体をゆさゆさと揺すった。
すると室田の身体がぐらっと揺れて、更にその隣りにいる相浦に向かって倒れかかる。
椅子から落ちることはまぬがれたものの、室田は完全に松原の肩に頭をあずける格好になっていた。
「…重い」
「・・・・・・あ?」
「こんな時に居眠りするとは、精神修行が足らないようですね、室田」
「・・・・・・っ!!」
松原の声に室田がバチッと目を開けて、恐る恐る自分の寄りかかっているものを見る。
するとそこには、重い室田に寄りかかられてかなり怒っている松原がいた。
室田は額に汗を浮かべていたが、なぜかその顔は真っ赤になっている。
だが、そんな様子に少しも気づいていない松原は、パッと足で室田の椅子を払い倒した。
「うわっっ!」
「眠いのなら、立っているのが一番ですっ」
身体だけではなく精神修行も怠らない松原は、当然のようにそう言って室田を立たせた。
だが長身な上にがっちりとした室田が背後に立っていると、なんとなくその気配が気になって仕方がない。
椅子に座ったままの相浦は、背後に立っている室田の方にチラチラと視線を送っていた。
「なんで俺の後ろに立つんだっ、室田。なんかめちゃくちゃ暑苦しいっ」
「いや、なんとなくだが…」
「どうせなら、松原の後ろに立てよっ」
「それはムリだ…」
「どうして?」
「り、理性の問題が…」
「…き、聞くんじゃなかったっ」
そんなやり取りが執行部内で行われている頃、久保田だけではなく時任のことについても容疑は晴れたようで、杜刑事と高本刑事の二人ともさっきより少し話しやすくなる。
時任も親のことやどうして久保田と暮らしているかを聞かれないとわかると、すうっと握りしめていた手から力を抜いた。しかし、まだ久保田は時任の手を上から握ったままでいる。
少し赤い顔をして上目遣いで睨んだ時任を、久保田は優しく微笑みながら見つめていた。
まるで恋人のような二人の様子に杜刑事は鈍感らしく気づいていないが、横にいる高本刑事はそれに気づいている。高本刑事は口を半開きにしてじーっと見つめ合う時任と久保田を眺めていたが、それを見た桂木がいつものように深々とため息をつきながらハリセンを構えた。
「こんな時になに見つめ合ってんのよっ、あんた達っ!!」
「時任先輩っ、僕の久保田先輩から離れてくださいっっっ!!!」
「アンタはジャマっ!!」
「うわーっ、何するんですかぁぁっ!!」
結局、桂木のハリセンの餌食になったのは時任でも久保田でもなく藤原だった。
妙な疑いをかけられる事態は久保田によって回避されたが、やはり問題はまだ残っている。
それはここにいる全員が小城を見張っていたが、凶器であるボーガンが見つかったにも関わらずそれを撃った気配を感じていないということだった。
爆発の音に驚いたということもあったが、それでもやはりパーティの始まる前から何かが起こると心の準備をしていたため、誰もが瞬間的に小城の動きを追おうとしたようである。
電気が再びついてからそれぞれが居場所の確認をしていたが、誰も動いていないようだった。
「まったく、一体誰が撃ちやがったんだっ」
どうやらテーブルの近くに撃った人物がいないらしいことを知ると、頭を激しく片手でかきながら杜刑事がそう怒鳴った。すると電気が消えた時のことを思い出していた時任が、杜刑事ではなく高本刑事の方に向かって質問をする。それは犯人が誰かということはではなく、その前にあった爆発のことだった。
「それはそうと爆発はどこだったんだよっ。爆発したカンジしねぇけど?」
「爆発音は確かにしたようだったけど、本当に爆発したのは電気室だけでそれもかなり小規模だったんだよ。すぐに予備電源に切り替わったから支障がなかったようだけど」
「じゃああの音はなんだったんだよ?」
「あの音は会場にある放送室を使って、爆発音を流しただけだったからね」
「…だまされたってコトか」
「大島社長の元にはここを爆破するという脅迫状が事前に来ていたから、それがこのことを指していたのかもしれない」
高本刑事の言うように、爆発音は放送室から会場に流されたものだった。
放送室の鍵は何者かによって壊されており、従業員はパーティーの準備に追われていて誰一人としてそれに気づいてはいないようである。それと同様にボーガンが下までテーブルクロスに覆われている机の下に隠しているのを見た者もいなかった。
爆発音の入っていたテープは、120分テープでその中の一部だけに爆発音が入っている。停電が同時に起こったのは、その音が流れる時間と爆発の時間がピッタリと合っていたからだった。
あの時間にパーティー会場から出たのは、蘭一人だけで後の招待客は会場内から出ていない。
高本刑事から簡単に状況の話を聞いたが、やはり誰にも犯人はわからなかった。
「爆破予告と殺人事件ねぇ?」
久保田がそんな風に呟いてはいたが、まだまだこの事件に決着がつくような気配はない。
こうしてなんとか事情徴収を終えると、執行部は杜刑事達について再び現場に行くことになったのだった。
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