降り積もる雪のように.1




 車窓から外を眺めると、流れるように過ぎていく防音壁の切れ間に海が見えた。
 乗っているのは新幹線なので揺れはほとんど感じられないが、窓の外だけを見ていると今から遠くに行くという実感が少し沸いてくる。
 修学旅行でもないのに、今日この日のために昨日準備した荷物は座席の上に入れてあった。
 この車両の中には様々な人が乗っていたが、やはり集団で乗った上に騒いだりしたらやはり目立ってしまう。しかし、この車両にはそんな集団が四組も乗っていた。
 四組もというのはかなり不自然だが、わざわざなんの集まりかなどと尋ねる者はいない。
 そんな四組の集団の中の一つにいた時任は、横にいる久保田の目の前に差し出された手に乗っているコーヒーを引ったくって飲んだ。
 だが、実はそのコーヒーは藤原が久保田のために買ったものだったのである。
 「あ゛〜っ、それは久保田先輩のなのにぃぃぃっ!!! なにすんですかっ!!」
 「ケチケチすんじゃねぇよっ、オマケのクセにっ!」
 「僕はオマケじゃありませんっ!」
 「招待もされてねぇのに来るヤツはオマケに決まってんだろっ」
 「ぐっ・・・・・。と、とにかくコーヒー代返してくださいよっ。新幹線のコーヒーって高いんですからっ!」
 藤原はそう言うと、お金を返せとばかりに時任の前に手を差し出す。
 だが時任はそんな藤原を見てもお金を返そうとせず、残りのコーヒーを飲みながら隣りにいる久保田の方を見た。
 すると久保田はその気配に気づいて、さっきから読んでいた本から顔を上げる。
 実は久保田の読んでいる本は、いつも読んでいる文字の詰まった本ではなくマンガだった。
 「久保ちゃん、コーヒー代…」
 「…ってっ、なんで時任先輩が飲んだのを久保田先輩が払うんですかっ!!」
 久保田に向かって当然のことのようにコーヒー代を出すように言った時任に、藤原がぐっと拳を握りしめて叫ぶ。だが久保田は、自分が払うのが当然ようにポケットからサイフを出した。
 「コーヒー代いくら?」
 「た、タダでいいですぅ…」
 「あっそっ」
 「ううっ、なんで僕が時任先輩にコーヒー買わなきゃいけないですかぁぁぁっ」
 まさか久保田にコーヒー代を払えとも言えず、藤原はキッと時任の方を睨みつける。
 だが、時任は涼しい顔をしてコーヒーを飲みながら、久保田が持っているのと同じマンガを取り出してパラパラとめくり始めた。
 良く見るとそのマンガを持っているのは時任と久保田だけではなく、この車両にいる同じ年代くらいの四組の中にいる全員が持っている。しかしオマケという時任の言葉通り、藤原だけがそのマンガを持っていなかった。
 時任と久保田のいる席の通路を挟んで横の席に桂木がいたが、実はそのマンガを読んでいたので、いつものように騒いでいる二人を止めるのを忘れている。
 そのためはた迷惑なことに藤原と時任の争いは、新幹線が出発してからずっと続いていた。
 実は桂木の隣りの相浦と後ろにいる松原と室田は止めようかどうしようかと、ハラハラと二人の様子を見ていたが、桂木のように止めなれていないので止めるタイミングが計れずにいる。そのため今回の二人の争いは新幹線に乗っている間中、続いてしまうのかもしれなかった。

 「あっ、何か欲しいモノがあったら僕が買って来ますよ?」
 「じゃあ何か菓子買って来い」
 「アンタには言ってませんっっ!」

 そんな風に二人の争いが続行されていると、偶然、通路を通りかかった子供が、執行部員が読んでいるマンガの表紙に書かれているキャラクターを見て大声で一緒にいた母親にそのマンガの題名を告げる。
 その題名はかなり有名なので、おそらくその名前くらいは誰もが聞いたことのあるマンガだった。
 アニメのテレビ放送も1996年1月8日放送以来、今日までずっと続いていていることからもその人気がどれほどのものかはわかる。
 その物語に出てくるのは、見た目は子供でも中身は高校生の探偵、そしてその幼馴染である女の子と父親であるダメ探偵。

 そう、藤原を除いた執行部全員が読んでいるマンガのタイトルは『名探偵コナン』だった。
 
 しかしいくら『名探偵コナン』が有名でも、執行部員が全員で新幹線に乗りマンガを読んでいる状況は不自然すぎるが、実はマンガのタイトルを見ればすぐにその理由がわかる。
 執行部員が読んでいるマンガのタイトル『JR 鷺ノ鳥島ミステリツアー』と書かれていた。
 つまり全員でJRが企画して行っているミステリツアーに参加しているのだが、実はこのツアーは行き先である鷺ノ鳥島に出来たレジャー施設のオープン記念で行われたものなのである。
 このミステリーツアーはもちろん有料で行われるが、第一回目はPRも兼ねて全国から抽選で選ばれた四組のグループだけが無料で島に招待されることになった。
 応募は高校生限定で行われたので、選ばれた五組は同じ高校に通う者のグループということになる。なぜ高校生限定になっているかと言えば、それはこの『JR 鷺ノ鳥島ミステリツアー』がそういう設定になっているせいだった。
 マンガの中でも同じように全国から応募された中から選ばれた高校生のグループが、今から向かう鷺ノ鳥島に招待される。
 そしてその選ばれた高校の中に、主人公であるコナンが毒薬で子供にされる前に通っていた高校のミステリ研究会も含まれていた。ミステリ研の部員達はミステリーツアーで犯人とトリックを当てることができたグループに商品がもらえることを知り、幼馴染である毛利蘭にコナンこと工藤新一の行方を尋ねる。だが新一は薬のせいで小学生に戻り、コナンとなっているためそれを知らない蘭にも行方がわからなかった。
 どうしようかと蘭が悩んでいるところに、友達の園子が新一の代りに蘭が出るように進める。
 そして研究会のメンバーも新一の幼馴染ということで乗り気になって、結局、蘭はどうしても着いていくというコナンを連れてミステリーツアーに参加することになった。
 初期設定はこんな感じにストーリーが進んでいくのだが、当然だが登場人物の名前はさすがに今回参加したメンバーの名前にはなっていない。
 熱心に始まりから事件が起こるまでを読んでいた桂木は、殺人の起こった現場の図解を見ながら少し肩をすくめた。
 「実は推理がどうとかというよりも、あたしはホテルと料理の方が気になるのよねぇ」
 「そのセリフ…、酒と料理の違いはあるけどさ。コナンに出てくる小五郎に似てないか?」
 「……ふふふっ、どうせだからここで完全犯罪にチャレンジするのも、いいかもしれないわねぇ?せっかくミステリーツアーに参加してるんだし…」
 「あはは…、じょ、冗談に決まってるだろっ。そ、それに殺される前にハガキ書いた分だけ楽しまなきゃ損だしなっ」
 「なに? なんか文句でもあんの? 当たったんだからいいじゃない」
 「うっ…、まぁ、それはそうだけどさ」
 相浦が言っているように、桂木はこのミステリーツアーを当てるため、部員に毎日応募用のハガキを書かせていたのである。実際、執行部全員で書いたハガキの枚数は百枚を優に越えていた。
 ハガキをもっとも多く書いたのは藤原だったが、ジャンケンで負けてしまったために留守番にされてしまっている。だがしかし、久保田と旅行という夢のために藤原は自費でついて来ていた。
 自費を払ってまで追ってくる執念深さは、さすが藤原というべきかもしれない。
 
 「久保田せんぱーいっ、ビール飲みませんかぁ〜」
 「飲むわきゃねぇだろっ! これでも久保ちゃんは立派に未成年なんだっつーのっ!」
 「べつに立派ってワケじゃないんだけどねぇ? ただの未成年だし」
 「…とか言いつつ、ビール飲んでじゃねぇよっ!」
 「あれ、バレてた?」
 「い、いつ買ったんだ、ソレ?」
 「さあ、いつだったっけ?」

 そんな感じで賑やかというより騒がしい執行部一同を乗せた新幹線は目的地に向かって進み、『鷺ノ鳥島ミステリーツアー』は始まりを告げた。
 季節は夏ではなく秋なのに、これから海に囲まれた島に向かうのはどうかという気もするが、今回のツアーは海で海水浴やスイカ割りをすることが目的ではない。ここに集まっているメンバーはいつも難事件を冴え渡る頭脳で解決する探偵のように、用意された謎を解くために集合していたのだった。
 







 「はいっ、それでは、『鷺ノ鳥島ミステリーツアー』に参加の皆様は、ツアー参加証であるバッチをつけて集合してくださいっ。これから全員で港に向かって船に乗船します」

 こういったツアーにはガイドがつかないことがほとんどなのだが、今回は特別にツアーガイドが一名ほどついて来ることになっている。案内役であるガイドは、参加者全員が降り立った駅の構内の新幹線口に立って待っていた。
 野島と名乗るガイドは全員にバッチを配ると旗を持って、島に向かう船に乗せるためにツアー客を案内する。どこまで連れて行かれるのかと思ったが、実は駅から船の乗り場までは徒歩で数分の位置にあった。
 その後に続いて歩きながら、高校生達は自分達のグループで話したりしながら港に向かって歩く。
執行部員達も同じように港に向かって歩いていたが、参加者の中にいる一人の男が久保田と並んでいた時任のそばに寄ってきた。
 「あんたらどこの学校?」
 「…べつにどこでもいいだろっ」
 男は馴れ馴れしく話しかけてきたが、時任はムッとした様子でそう言う。
 そんな時任の様子に同じくムッとした男は時任の肩を掴もうとしたが、肩に触る直前で横にいる久保田がその手を捕らえた。
 「聞きたいコトあるなら、自分の方から名乗るのが礼儀ってモンでしょ?」
 「あ、ああ…、わかったよ…」
 眼鏡越しの久保田の視線の迫力に押されて、男はおとなしく頷いた。
 そして時任も久保田もべつに聞きたいと思っていないのに、男は手を離されると自己紹介を始める。そんな男を同じ高校のグループが見ていたが、その視線はあまり良い感情を含んでいるようには見えなかった。
 おそらく時任に話しかけてきたのも、自分のグループに居づらかったせいかもしれない。
 男のグループもやはり六人いたが、執行部が桂木一人なのに対して半分である三人が女の子だった。
 「俺の名前は楢崎一馬。高校は小城高校で学年は三年生…。他に聞きたいことあるなら、なーんでも答えてやるぜ」
 「べっつに何も聞きたくねぇっ」
 「冷てぇなぁっ、せっかく同じツアーだから友達になろうかって思ったのによぉっ。とりあえず名乗ったんだから、そっちも名前言えよっ」
 馴れ馴れしく話しかけてくる楢崎に不機嫌な顔をしながらも、時任は名乗られたので仕方なく名乗り返す。すると横にいた久保田も同じように自分の名前を名乗った。

 「名前は時任、ガッコは荒磯高校で三年っ」
 「同じく久保田で、以下同文…」

 短すぎる自己紹介だったが楢崎は、名前がわかったということで満足したようだった。
 だが時任は自己紹介をしても、この楢崎と仲良くする気は微塵もない。
 馴れ馴れしいというのもあったが、楢崎はどことなく嫌な感じのする男だった。
 見かけの方は久保田ほどではないにしても背は高いし、顔の方も格好良いとは言えないまでもそれなりに整ってはいる。しかし持っている雰囲気が軽すぎるせいか、どこかどう見ても胡散臭い男としか見えなかった。
 「あの楢崎って男には、あまり近寄らない方がいいかもしれないわね…」
 「でも、それほど警戒しなくてもいいんじゃありませんか? 一緒に行動する訳ではありませんし」
 「まぁ、それはそうだけど…。せっかくの旅行なんだからトラブルだけはゴメンよっ」
 「学校じゃないですから、大丈夫だと思います」
 「ホント、そう願いたいわ…」
 桂木と松原がそんな会話をしている間に、全員が港に到着する。
 するとガイドの野島は全員がついて来ているのを人数を数えて確認すると、港に停泊しているニ艘のレジャー用ボートの前に立った。
 「えっとここから船に乗りますので、『鷺ノ鳥島ミステリーツアー』の方はこちらのボートに順番に乗船してください」
 そう野島が言って指差したボートに、楢崎のグループと執行部のメンバーが船に乗り込み始める。
 そして隣りに停泊していた船に、後の二つのグループが乗り込んだ。
 船にはミステリーツアーの旗がついていたので、おそらく船はツアー用に用意されたものなのだろう。JRから送られて来たミステリーツアーのパンフレットには、港から島までボートでクルージングと予定に書き込まれていた。
 プレゼント企画とはいえ、ツアーの予定はかなり豪華に組まれている。
 ツアーバッチの無い藤原はボートに乗船することが不可能かと思われたが、料金をちゃんと払うということで了解を得て乗ることに成功していた。
 
 「やりましたっ、僕も久保田先輩と一緒に行るんですぅ〜〜っ!!」
 「てめぇは留守番だっっ!!」

 こうして、真っ青な海と空そして少し肌寒い風に吹かれながら、ツアー客は鷺ノ鳥島に向かった。
 この時藤原はボートに乗れたことを久保田に抱きつこうとして時任に蹴られながら喜んでいたが、実はこの後で何度も乗ったことを後悔することになるのである。




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