改善計画.1




 「時任」
 「・・・・なに?」
 「今から、購買に昼メシのパン買いに行くんけど…」
 「俺は行かない」
 「そう…、じゃあ一人で行ってくるから」
 「だったら、ついでに焼きそばパンとメロンパン」
 「了解デス」
 「・・・・・・・・」
 「他には何かある? ・・・ご主人サマ?」

 「・・・・・・・べっつに何もねぇよっ!」

 事の発端は8月25日…。
 その日から、時任の機嫌は悪いままで治らない。
 しかも、それは久保田限定だった。
 クラスメイトが話しかけると笑顔で答えてくれるが、久保田が話しかけると途端にムッとした顔になる。何が原因でこんな風になってしまったのかはわからないが、どうやら一方的に時任の方が久保田の事を怒っている様子だった。
 しかも、もうそんな状態が二週間以上も続いている。
 そのため、あんなに仲が良かった二人が…っ、
 あんなにラブラブでバカップルだった二人が…っっ!!
 と、学校中が二人の話題で持ち切りだった。
 それは二人が所属している執行部も同じで、部員達はいつもと違う時任と久保田を眺めてはこうなった原因を話したりしている。けれど、一番わからないのは不機嫌にも関わらず、常に久保田をそばに置いている時任の事だった。
 「今の二人は相方…っていうよりも、ご主人様と犬ってトコかしら?」
 桂木がそう言うと近くにいた相浦が、購買で買ってきたパンを久保田から受け取る時任を見つめる。そして、次に吸おうとしたセッタを時任に取り上げられ、少しだけ困ったように軽く頭掻いているを久保田を見てうーんと唸った。
 「前々から思ってたんだけどさぁ。ほんっと久保田って時任に弱いっていうか、弱すぎるっていうか…」
 「惚れた弱みってヤツじゃないの」
 「ほ、惚れた弱み…」
 「何が原因でこうなったのかは知らないけど、可愛さ余って憎さ百倍ってカンジにならなきゃいいけどね」
 「でも平気そうっていうか、むしろ喜んでやってるように見えるし、久保田ならそんな事ないだろ?」
 「・・・・・さぁ、それはどうかしら?」
 「え…っ」
 不吉な事を言った桂木を、相浦がぎょっとしたような表情で見ている。すると、時任が久保田に向けていた不機嫌そうな視線を二人に向けてきた。
 「なに、さっきからコソコソ二人で話してんだよっ!!」
 「何って別に? ただ主従ゴッコじゃなくて新婚さんゴッコだったら、いつも通りだし誰も不思議に思わないのにって話してただけよ」
 「な、何勝手にわけのわかんねぇコト言ってんだっ。新婚…じゃなくてっ、主従とかそんなの始めからしてねぇっつーのっ」
 「だったら、どうして久保田君がアンタの犬になってんの?」
 「・・・・そんなの俺が知るかよっ!」

 「だそうだけど、どうなの久保田君?」

 二人の仲がギクシャクし始めた日から、何度聞いても知らないと理由を話そうとしない時任から久保田へ桂木が話題を振る。だが、久保田も同じように何度聞いても理由を話そうとはしなかった。
 久保田は桂木に向かって軽く肩をすくめると、イスに座っている時任の横から背後に移動する。そして、ゆっくりと身を屈めると相変わらず不機嫌そうな時任の耳に唇を寄せてから、桂木の問いに答えた。
 「さぁ、なんでだったかなぁ?」
 「・・・・・っ!!」
 「悪いけど、何回聞かれてもご主人サマの許可がないと言えないんで…」
 「み、耳元でしゃべんな…っ!」
 質問したのは桂木のはずだが、久保田はわざと時任の耳に囁く。どうやら、犬のように服従しているように見えても、完全にというワケではないらしかった。
 耳がくすぐったくて時任が怒ったとように怒鳴ると、久保田は妖しく微笑む。
 だが、そんな久保田の表情は後ろにいるので、時任には見えていなかった。
 「さ、さっさと離れろっ。離れないとウチに入れてやんねぇかんなっ!」
 「・・・・わん」
 冗談なのか本気なのか、時任から離れながら久保田が犬らしい返事をする。すると、時任はなぜか少し困ったような表情になった。
 一見、いつも以上に俺様な態度を取っている時任が久保田を困らせているように見えるが、今、困った顔をしているのは時任…。
 そんな二人の様子を見た桂木が不審そうな顔をすると、そのタイミングに合わせたかのように何者かが生徒会室のドアを勢い良く開けた。
 「今日こそっ、あの野蛮人の魔の手から僕が助けてあげますからねっっ!!!待っててくださいっ、久保せんぱぁぁあいっっ!!!」
 「…って、誰が野蛮人だっ!この万年補欠っ!!」
 「なーんて、アンタに言われる筋合いなんか無いですよ。僕の久保田先輩を犬みたいにこき使ってっ、主従プレイなんて強制してるヤツに…っ!」
 「うっせぇっ!俺が久保ちゃんをどうしようと、てめぇには関係ねぇだろっ!!」
 「久保田せんぱーいっ、こんな野蛮人の言う事なんて聞く必要ありませんよっ! こんなヤツはほっといてっ、素直で可愛い僕と一緒に…っ」
 「とか言いつつ、久保ちゃんに触んじゃねぇっ!! このヘンタイっ!!」
 「ヘンタイなのは主従プレイしてるアンタの方だろっ!!」
 「なにぃいぃぃーっ!!」
 久保田を挟んで言い争いをしているのは、時任と万年補欠の藤原。だが、この二人がこんな風に言い争いをするのは日常茶飯事で別にめずらしくはない。
 その証拠に桂木はハリセンを握りながらも、何もせずに呆れ顔で二人の様子を見ている。そして、いつものように久保田も自分の腕にまとわりついている藤原を放置していたが、今日はご主人様である時任が視線で離れろと言ってきたのでそうもいかなかった。
 
 『藤原から離れろ』
 『了解…』

 睨みつける時任の視線と、その視線を受けて微笑む久保田の視線。
 二人の視線が絡み合った瞬間に、久保田がしがみついている藤原から強引に自分の腕を取り戻す。すると、藤原は「そ、そんなぁ〜」っとダーッと情けなく涙を流しながら床に膝をつき、そんな三人の様子を見ていた桂木はやれやれとため息をついた。
 「確かに相浦が言うように喜んでやってるみたいだし、主従だろうと新婚さんだろうと有害な事に変わりはないみたいね」
 桂木がそう呟くと、久保田が桂木の方に視線を向ける。そして、まだ藤原と言い争いを続けている時任の横で、いつものようにのほほんとセッタをくわえた。
 「だったら、いつもみたいにハリセンで天誅?」
 「しないわ。今日、やったら番犬に返り討ちされるだけよ」
 「そうなんだ」
 「そうでしょ?」
 「かもね」
 桂木と久保田がそんな話をしていると藤原との言い争いが終ったのか、時任が座っていたイスから立ち上がってドアに向かう。けれど、いつものように後ろを着いて行こうとした久保田を、振り返った時任が止めた。
 「・・・・久保ちゃんはココにいろ」
 「なんで?」
 「ワケなんてどーでもいいだろっ!」
 「・・・・・だぁね」
 「・・・・・っ」
 ご主人様の言う事には無条件で従う…。
 久保田は犬らしい返事を返したが、時任はその返事が気に入らなかったらしく、ますます不機嫌そうに顔になった。だが、何か言いたそうに口元を動かしても、結局、何も言わずに時任は一人で生徒会室を出て行く。
 そして、そんな時任を久保田は黙って見送った。
 何も言わずに…、じーっと時任の背中を見つめながら…。
 その姿はどことなく、ご主人様に置いてけぼりを食ってしょんぼりしているようにも見えた。もしも本当に久保田が犬で耳や尻尾がついていたとしたら、両方ともしょんぼりと下を向いているに違いない。
 時任がいなくなったのを良い事に復活した藤原が腕にまとわりついてきたが、久保田は藤原の方を見もせずにドアを見つめていた。
 
 「まったく…、素直じゃないんだから」

 見回りから戻って来た松原と室田にご苦労様と声をかけた後、桂木がため息混じりにそう呟く。だが、それが誰に向けた言葉なのかはわからなかった。
 なぜか相方ではなく、主従関係になってしまった時任と久保田…。
 不機嫌な時任と…、微笑む久保田…。
 実はそのきっかけは8月24日…、正確には25日…。

 久保田に向かって時任が言った一言から始まったのだった。
 



               季節小説部屋へ         次  へ