注意* 連載となっておりますので、
     先にwhite snowをお読みくださいませですv<(_ _)>





















A to Z







「外傷と呼べるものはこの後頭部のこぶくらいで、
 後は特に治療は必要ないと思われます」
「じゃ、くぼちゃんが記憶を失くしたのは…」
「そうですね、おそらくは…」
「そうか……」


俺は目の前のちょっと…いやかなり胡散臭い中国風の服を着こなした
男とその男と少し眉間に皺をよせた時任を見比べて苦笑いを浮かべた。


「ねぇ、時任」
「ん?」
「そろそろ説明、してくんない?」


あの後、とりあえず病院へ行こうという時任に連れられて
やってきたのが中華街の一角にあるこの寂れた一軒家だった。
ちょっとしたお店のようだが、一体何を取り扱っているのか
妖しげなものが店頭に並んでいた。


「説明って?」
「ん〜、ここがどこで、おれがなんで記憶を失くしたのかとか…
 知ってるんでショ?」
「…………」
「時任?」


黙り込んでしまった時任の肩に後ろから胡散臭い男が手を乗せる。


「時任くん。ここは私から…」
「いや、いい。俺が言う」
「そうですか?」
「ここは病院だ」


後ろの男の言葉に一つ頷いた時任は俺に向き直るなり開口一番そう言った。


「う〜ん、なんて言うか…ちょっと、無理があるような…」


整った施設があるわけでも、機材があるわけでもない。
町医者がもっていそうな医療道具とそれなりの診察室めいたものはあっても
ここが通常の病院であるとお世辞にも言い難い。


「おまえにはちょっとした『ヤクガイ』ってのがあって、
 その詳細をコイツ…ヤブ…ヤブ先生しか知らないからっ」
「薬害?…藪先生?」
「だから、いつもここにおまえは来てたんだ。俺が怪我した時も
 風邪引いた時もおまえはここに連れてきてくれてた…」
「そう…」
「だから、もし、これから何か体の調子が悪くなったらコイツ頼れよ?
 かなりうさんくさいけど、払うものを払ったらちゃんとしてくれるからさ」
「……さっきから酷い言われようですねぇ」


後ろで苦笑いを通り越して参観日に子供の発言を見守る親のような目で
時任を見つめていた藪先生が俺に向き直った。


「二度目ましてですね、久保田君。
 私は君と時任君の主治医をさせて頂いている
 ……ヤブ………鵠と申します。何か体に不調をきたしたらご連絡下さい」
「アリガトウゴザイマス」
「んじゃ、とりあえず家に帰ろうぜ。邪魔したな」


ペコッと鵠さんに軽く頭を下げると、薬を受取った時任が
俺へと向き直りながらニッと笑った。
その時任の背にちょっと間をあけてから、


「時任君…本当に…いいんですか?」


鵠さんは静かな口調でそう言った。
視線を俺から床に落とした時任が、俺の背中を押しながら戸口へと向かう。


「行こうぜ、くぼちゃん」


ぐいぐいっと押されながら、後ろを振り返ると、
なんとも言えない…という言葉が本当にあてはまるような
複雑な顔をした鵠さんが立っていた。


「時任君……」


戸口の正面で、後1歩踏み出せば外に出れる…その場所で
時任は扉に手をかけたまま、






「いいんだ、くぼちゃんが無事なら。俺はそれでいい」





鵠さんの方をやはり振り向かず、時任はそれだけ告げると


「行くぜ、くぼちゃん。俺様腹減った…ファミレス寄ってこうぜ」


俺の手を引いて鵠さんのところを後にした。






「で、誠人は何も覚えちゃいないんだな?」
「そうなんだよ、おっちゃん」
「あの〜、もしもし」
「んだよ」
「説明、してもらえる?」


ファミレスで軽くおなかを満たした俺は時任に導かれるまま歩を進め
たどり着いた場所は小さな1軒屋だった。


表札は『葛西』。


「なんだ、時坊。誠人にまだなんも説明してねーのか?」
「いや、おっちゃんの目の前でした方が楽でいいかなーって」
「なんだそりゃ」
「ここはくぼちゃんの家。ま、性格にはおっちゃんの家なんだけど」


時任は鵠さんの時と同じように俺に振り向いてそう言った。
どうやら目の前の葛西さんは俺の保護者のようなものらしい。
俺はなにか理由があって親元では暮らしていなくて、この葛西さんの
元で暮らしているとかそういうことを時任は説明しているようだった。

だが、さっきからその説明を聞きながら何か胸に嫌な感じが過ぎる。
なぜだかわからないけれど、笑っている時任を見ると胸が騒ぐ。
笑っているのに…本当に楽しそうな顔をしているのに…。


「で、詳しくは俺も聞いてねーから知らなねーんだよ。
 その辺はこのおっちゃんに聞いてくれ」
「おい、時坊。そりゃ…」


説明の途中で眉間に皺を寄せた葛西に時任はぽんぽんとその腕を
軽く叩いていた。
うーんっと考えるそぶりをして眉間を指で揉みながら、
葛西は小さくため息をついた。


「俺は、おまえも誠人も大事なんだがな…」
「悪ぃな、おっちゃん」
「おまえはどうするんだ?」
「ん?俺?俺は自分の家に帰るけど?」


その一言に葛西はさっきよりも尚深く眉間の皺を寄せた。


「時坊……」


少し責めるような口調でその名を呼ぶ。
時任は葛西に向かって笑ってみせると一歩一歩後ろに下がる。


「おっちゃん、くぼちゃんのことヨロシクなっ。
 本当は今日くらいはついていてやりて〜んだけどさ、
 俺、洗濯物取り込み忘れてて、明日雨だって言うしさ
 何度も洗いなおすの面倒じゃん」
「おい、時坊っ!」
「くぼちゃん」


葛西の言葉を遮って、時任は俺の前で歩を止めた。


「ん?」
「記憶失くした原因さ…」
「え?」
「俺の、せいなんだ……」
「時任?」
「今朝、目が覚めたら…雪が降ってて…
 どこまでもどこまでも降り続いててさ、マンションの外見たら
 真っ白で…雪だるま作りたいって俺がわがまま言ったんだ」
「雪だるま?」
「うん」
「くぼちゃん、全然興味なさそうだったんだけど、
 俺がムリヤリ連れ出して…二人で遊んでたんだけどその途中で…」
「途中で?」
「……俺が雪に足取られちゃってさ…それ庇おうとして
 変な体制になって、ゴンッて………」
「…………だから、コブ?」
「うん」


自分の記憶を失くした原因がそんなちゃっちなものだったとは
さすがの俺も言葉を失くして佇むことしかできなくて…


「だから、おれのせいなんだ……全部、俺のせいなんだ……
 ごめん…ごめんな?くぼちゃん」


だけど、そんな理由にも関わらず時任は泣きそうな顔で俺に謝った。


「いや、間違いなく俺がただのマヌケでしょ、ソレ」
「……俺がムリヤリ連れ出さなきゃこんなことにはなってない」
「う〜ん、なんていうか…時任はそれでケガしてないんだよね?」
「え?」
「俺が一応庇ったみたいだけど、おまえはケガしたの?」
「……くぼちゃんが守ってくれたから…」
「そっか…だったらいいや」
「え?」
「おまえが無傷なら、俺はそれでいい」


俺がそう言って時任の頭をぽんぽんと叩くと、時任の大きな黒い目から
ぽろっと涙が零れ落ちて…俺はまたその涙に目を奪われた。


「どうしたの?」
「なんでもね〜よ」
「そ?」
「ああ…でも…」
「でも?」
「ごめん……」


そう言って時任は俺の肩に額を乗せて背中に腕を回した。


「時任?」
「……早く…早く元気になってさ……」
「ん?」
「……早く元気になると…いいな」
「元気は元気なんだけどネ?」
「ばぁ〜か。記憶もないくせに元気なわけあるかっ」
「…まあね」
「なぁ……」
「ん?」
「目瞑ってくんねぇ?」
「目?」
「そう、目」
「こう?」


言われるがまま、目を瞑る。


「俺がいいって言うまで、絶対に目を開けるなよ?」
「何?」
「いいから、くぼちゃんは、ハイって言えばいいんだよ」
「ハイハイ」


笑いながらそう返事をすると、時任が笑った気がした。
俺の体から時任のぬくもりが離れて、それが少し切なかったけれど、
次の瞬間、唇に暖かな温もりが触れて
吃驚して目を開けると、そこには大粒の涙を浮かべた時任がいて
次の瞬間、時任は俺の脇をすり抜けて駆け出していた。


「時任!」


思わずその背を追いかけようとしたところを後ろから葛西さんに
手を取られた。


「誠人。今のおまえには時坊を追いかける資格はねぇっ」
「葛西さんっ」


掴まれた腕を振り払おうとするも、それ以上の力で押さえつけられて
思わず葛西さんを思いっきりにらみ付けた。


「俺の腕も振り払えねぇ奴が今の時坊を支えられると本気で
 思ってるのかっ、おまえはっ」
「……え?」
「頼むから…早く思い出せ、誠人」
「葛西さん…」
「じゃないと、おまえも時坊もだれも幸せにはなれん…」
「どういう…」
「来い。話をしてやる、おまえたちの話をな」


そう言って、葛西さんは掴んでいた腕を離して家へと俺を促した。




next?



2005.5.1 水生様



トップへ戻る。