勇者妻9

 ガバァァァン!

 ズバッ。

 ドゴバァン!

 ザグッ。

 ドゴォオン!

 ズバッシュ。

 ゴガァ!

 戦闘終了。擬音だけで表現できる私たちの戦闘は、圧倒的なものだった。
 最初に私の爆裂魔法であらかた仕留め、残りをヒイロが殲滅に移る。そのさい私は魔法で援護。完璧な戦闘だった。
「自然破壊?」
 このやろ……。
「わ、私、ちょっと手加減するのが苦手で……」
 半分は本当だ。私は魔力が人並み以上に高い。だから、ちょっと気張るだけでかなりの爆発を起こしてしまう。
 まぁ半分はストレス解消だけど……。
「ふーん。怖いね」
 ヒイロは相変わらず笑顔で言う。こいつの口の悪さは生まれつきか?
「も、もう。いじめないでよぅ」
 こういうときは恥ずかしがってみせるのがいい……らしい。
 さすがに『いじめ』の『じ』を『ぢ』に変えるようなことはできないが。
「僕にはそんな勇気無いよ」
 ピキィィィ!
 これさえなければ一緒にいても問題がないんだけど……。
 間違いなくコイツは毒舌家だ。本当なら怒鳴ってやりたいところだが我慢我慢。
「ひどいよ!」
 拗ねて見せてやる。しかし決して声を低くしたりせず、可愛い声色を保つ。
 女の子はこうじゃなくちゃいけない。さらに頬をふくらませようかとも思ったが、羞恥心のある私はそこまでできない。
「あ、怒ったの? ごめんごめん。機嫌直してよ」
 真剣味の無い謝り方をしてくる。うむうむ、久しぶりにテキスト通りの返しだ。
「知らない!」
 顔をプイッと背けて歩き出す私。何やってんだかとは思うが、こういうやりとりが必要らしい。
「拗ねないでよー」
 ちょっとばかり無視してやろう。すぐに機嫌を直してやるのもおもしろくない。
「もういい歳なだからさぁ。大人になろうよ」
 ……殺す! ぜってぇ殺す! もう我慢できん! 爆裂魔法で木っ端微塵に……。

 ガサガサガサガサ!

 ちょっと危ない考えに終止符を打つ物音。
「敵っ?」
 ヒイロの表情に緊張が走る。だけど魔物独特の気配みたいなものが感じられない。
「だ、誰か。助けて……」
 続いて聞こえてくる女の声。声色だけでも体調が万全でないのが窺えた。
「どうしたんですか?」
 ヒイロが駆け寄ると同時に独特の気配。こんどこそお出ましだ。
「伏せてぇぇぇ!」
 私は慌てて声を張り上げる。
 いきなり大声で叫ばれれば、体が反応してしまうものだ。それが戦闘慣れしている人間なら尚更。
 ヒイロと、おそらく助けを求めてきた女の体が地べたに張り付く。まるで打ち合わせていたかのような絶妙なタイミングで私の右手から炎の球が発射され、駆け抜けていく。
 もしヒイロ達が伏せなければ、確実に当たっていたコースを。
「爆裂!」
 ヒイロ達に被害が及ばないであろう距離まで走ったところで炎の球に念を与える。

 ドゴワァァァァ!

 爆ぜる炎の球。独特の気配の主に命中したかどうかは確認できないが、少なくともヒイロが戦闘の準備をするのに充分な時間は稼げたはずだ。
「下がっててください」
 ヒイロは、伏せていた女にそう声をかけて剣を抜く。
「バッファローが三!」
「了解」
 うーむ。私たちはすでにツーカーの仲になりつつあるようだ。ヒイロは私が欲しいと思った情報を何も言わないのに、簡潔に提供してくれる。
 しかし、バッファローか……。簡単に言えば突進してくる牛だ。
 まぁ木々が多いおかげですごい勢いで突っ込んでくると言うことはないが、その力や侮れない。前に戦ったオオカミとは比べものにならないくらいでかいし。
 でもお昼ご飯はちょっぴり豪華になりそうだ。
 もちろん冗談だけど。
 ヒイロがバッファローの意識を自分にひきつけている間に私は再び炎の球を作り上げる。
 今度は爆発するアレではなく純粋な炎の球だ。威力は乏しいが、念を入れたら爆発するというような、ややこしいイメージを与えなくていいので、簡単に作れるから連射も可能。援護射撃にはもってこいだろう。
 それ以前にあの混戦状態の場所で爆発を起こそうものなら、ヒイロも無傷じゃ済まないしね。
「つぇい!」
 気合いを込めたヒイロの剣が走る。その度にバッファローの体が切り裂かれていく。もちろん私の炎の球もポコポコと命中しており、確実に三匹のバッファローを追いつめつつあった。
「斬!」
 さすが私のパートナー。戦闘を終了させる最後の一撃は、例の風にのって斬る、アレだった。
 いつ見ても華麗だ。手放しでほめることができる。
 異例の速さで斬るために返り血を浴びることもない。斬られた敵が血を流すのは、彼が風から降りたときだ。もちろん七色の輝きを放つ剣も汚れていない。この華麗さに惹かれてしまい、ヒイロに恋をする女もいるのではないだろうか?
 私はそんな単純じゃないけどね。
「すごい……」
 明らかに女の声。私の声じゃない。ということは……。
 私は思いだしたように(というか本当に忘れていた)助けを求めてきた女の方に視線を向けた。女は腰が抜けたようにへたり込んだままだ。
 歳は私よりも何歳か上だろう。二十歳を過ぎた辺りから出始める、少女とは違う、女独特の雰囲気をたっぷりと醸し出している。
 顔は中の上の上あたりかな? 私より整っているかもしれない。後ろに束ねた髪型もよく似合っている。ま、総合的な魅力は私の方が上回ってるだろうけど。
 服装はというと、何というかまぁ、ノースリーブにミニスカート。さすがに羞恥心はあるのか、ミニスカートの下には膝までしかないスパッツをはいている。後はブーツだけ。
 よく言えば軽装。確かに色気は増幅できるかもしれないが、場所を考えてほしいものだ。腕、足共に露出しているのは感心できない。男を捕まえにきたのならまだしも、戦場に赴く格好じゃない。
 でも男を捕まえに来たとしてもなんか中途半端だ。ミニスカートの下は下着をそのままつけてた方がセクシーなんじゃないの? ま、そこまではやったらただのバカだけどね。
 ……そういえば声からして怪我をしていたはずなのだが。怪我なんてどこにもない。どうしたのだろうか? もしかしたら私の勘違いかもしれないから、そんなことはどうでもいいのだが。
 今一番特筆すべきは表情だろう。高揚した頬、潤んだ目…。どうやらコイツは単純な女のようだ。
「ふぅ……。大丈夫ですか?」
 ヒイロは女のことを忘れていなかったようで、一息ついてから声をかける。
「え、ええ。傷は自分の魔法で治したから……」
 なるほど。一端に魔法を使えるってわけね。それなら軽装というのも少しだが頷ける。
「立てますか?」
 そっと手を差し延べるヒイロ。おうおう、歯でも光りそうな雰囲気だぜ。おっと、のんびり鑑賞してる場合じゃない。
「もう少し休んでからの方がいいんじゃないの? 自分の傷を癒す魔法はかなりの疲労を伴うから」
「あ、ああ、そうか」
 私の言葉でヒイロが手を引っ込める、そのせいで手をとろうとしていた女の手が空を切る結果となった。
 おいおい、引っ込めることは無かろう。可哀相に女はバランスを崩してちょっと焦っている。
「あ、も、もう大丈夫だから。立たせてくれると嬉しいんだけど」
 女は遠慮がちに言う。その言葉を受けたヒイロは、再び手を差し延べて女を立たせる。
 その女は立つ途中でちらりと私の方に視線を向けた。
 あんたの言葉は余計なお世話だったわよ。
 そんな感じがする好意的ではない視線だった。
 ……うーむ。こいつ、性格はあまりよくないようだ。
「ありがとう。助かっちゃったわ」
 笑顔で言う女。
 作り物だな。性格の悪い私にはわかってしまう。ヒイロは気づかないだろうけど。
「いいえ。大したことはしてませんよ。それよりお一人で旅をしてるんですか?」
 私が年上だと思っていた時と同じか、それ以上の丁寧な言葉で喋るヒイロ。口調もゆったりとしていて、知的な感じがしないでもない。優等生っぽい感じかな?
「う、うん。連れがいたんだけど……」
 ははぁん、見捨てられたな。雰囲気からすぐに察することができるが、敢えて口には出さない。
 ズバリと言ってしまうのはあんまりだろう。
「もしかして見捨てられたんですか」
 ズバリだった。
 おーいヒイロくーん。直撃を受けた女は顔をひくつかせている。
「う、うう……」
 女の目に涙が溜まる。うわ、もしかして泣いちゃうの?
「え? 本当に見捨てられたんですか?」
「うわーん」
 おいおい、いくら何でもトドメを刺すことはないだろうに。そりゃ泣くって、そこまで言われたら。


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