勇者妻10

「もう、ヒイロ! なんてこと言うのよ」
「え? 僕が悪いの? 悪いのは見捨てた人たちじゃないか」
 うーむ、一理ある。でもそういう問題でもないのだ。
「あ、あの、そんな泣かないでください」
 何で私が慰め役にならなきゃならんのだ。そう思いながらも必死でなだめようと試みた。私は優しい女の子なんだからね。
 懸命になだめたつもりだったが、彼女が泣きやんだのはそれから数分後。
「あ、ご、ごめんなさい。ひっく……、ちょっと取り乱しちゃって……」
 ……ていうか、コイツ。ヒイロが慰めに来るまで泣き続けていたみたいだ。ますますいけ好かない。
「すいません。僕が悪いんですよね?」
 ヒイロが頭をポリポリとやりながら謝る。まだちゃんとわかっていないようだが。
「ううん、あなたの言うように悪いのは見捨てた人の方よ。4人で行動してたんだけど……。数匹のバッファローに襲われて……。逃げる途中で私が躓いちゃって」
「はぁ、そのまま見捨てられたんですね」
 だからさぁ。
 ヒイロの辞書にデリカシーという文字は無いようだ。女はその言葉にまた顔をひきつらせるが、今度は泣くまでには至らない。
「酷い人たちがいるんですね」
 取り敢えず優等生の台詞でも吐いておこう。一応会話に入っておかないとね。二人だけで話をされても困るし。
「えーと、取り敢えず名乗り合いましょうか。名前がわからないと呼びにくいですし」
 おお、ヒイロ君。なかなか良いことをいうではないか。確かに女と表現し続けるのは、厄介だ。
「僕はヒイロ・ブレイブっていいます」
「私はユリア・シピア」
 名前を聞く時は自分から名乗る。そして面目をもたせるため名乗りは男性からさせる。基本よね。
「あ、私はクリスティーナ・フランネクス。クリスでいいわ」
「クリスさんですか」
 私はオウム返しに言う。クリスでいいとは言っているが、どう見ても年上なので、さん付けをしておいた方がいいだろう。
「で、これからどうするんですか? ここからだとどこの転送陣もかなり距離がありますよね」
 ヒイロはいきなり核心をついたことを言う。確かにここがいつまでも安全とは限らない。グダグダと話をしている暇はないだろう。
「え、ええ……。そうね……。
 どうしようかしら」
 それはこっちの台詞だった。
 ……やっかいなヤツを拾ったもんだ。
 ヒイロも、もちろん私だってこのまま『はいさよならって』ことはできない。それは、死ねと言っているようなもんだから。残念だがこの女にここで生きていけるだけの能力はない。
 となると、やっぱり転送陣まで送ってやらなきゃならなくなるわね。
 ふぅ……。あーあ、憂鬱だわ。それにこのままこの女が一緒に旅を続けたがる可能性だってある。そうなったらさらに厄介。厄介どころじゃなくて大問題だわ。
「よかったら、転送陣まで一緒に行きませんか?」
 私がいろいろと考えを巡らせている内にヒイロが話を切り出す。やはり避けられない事態のようだ。後はこの女が居着かないようになんとかするしかない。
「本当? ああ、よかった。一人で心細かったのよ」
 おいこら! ヒイロの手を握るな。ただ嬉しくてやっているのなら目を瞑れるが、明らかにこの女からは別の意図が感じられる。
 間違いない。この女はヒイロに取り入ろうとしている。取り入って居着こうって腹だ。
 態度や、口調からわかる。
「いや、当然ですよ。あなたにはここを一人で進める実力はありませんからね。見殺しになんてできません」
 うわ、キツ。
 うーん。ヒイロが今まで一人だった理由がわかってきた。クリスの方も引いてしまっている。
「なんてこというのよヒイロ」
「ううん、いいのよ。本当のことだから」
 私の弁護の言葉によって自分を取り戻したのか、しっかりとした言葉で言う。……何となくイヤな感じな言い方だった。
 でも……、私もこんな口調で話してるのよね。うーん、ちょっぴり自己嫌悪。でも私には崇高な夢がある。この女とは違う……はずだ。
「でも、ただ守ってもらうわけじゃないわ。私も一応、水の魔法を使えるから足手まといにはならないつもりよ」
 そう言ってウィンク一つ。
 うげぇ。
 うーむ、人の振りみて我が振り直せとはよくいったものだ。いかに私が恥ずかしいことをしてきたかがわかる。
 ……でも、こんなのを望む男がいるから仕方ないのよね。女は……、男に媚びへつらわなきゃ幸せにもなれないのよ。女は弱いんだもの……仕方ないことなのよ。
「ユリア、難しい顔してるけどどうしたの?」
 ヒイロの言葉によって現実に引き戻される。ああ、いかんいかん。こんな時にこんなことを考えている場合じゃない。
 ……しかし、ヒイロは変なトコで鋭い。私の表情の細かな変化まで指摘してくる。
 そのうえデリカシーがないのだから、もう救いようがないのだ。でも、なぜか嫌悪感は抱かないのよね。
「う、うんちょっとね」
「もしかして、食べるかどうか迷ってたとか?」
 は? ヒイロの質問に私はクエスチョンマークを浮かべてしまう。
 食べるかどうか?
 そういえば、考え事をしてたとき、私の視線はバッファローの死骸に向かっていた。さらに言えば、私の魔法によってところどころ焼けているので、何ともいい匂いがしている。ミディアムレアな焼き加減になっているのかもしれない。
「魔物化してる生き物を食べるとお腹壊すんだよ」
「うーん、美味しそうなのになぁ……って、食べないわよ!」
 ゲ、無意識の内にノリツッコミをしてしまった。ちょ、ちょっと地がでちゃったかもしれない。け、けどまぁ、許容範囲内よね。ヒイロもクリスも和やかに笑ってるし。
 でも、三枚目的な役回りになるとは不覚だ。ヒロイン道からちょっぴり脱線してしまったかもしれない。
「でも、美味しそうな匂いだから、この匂いを嗅ぎながらお昼ご飯を食べようか?」
 ヒイロの言葉によって和やかな雰囲気は、音を立てて崩れ去った。
「あはは……」
 笑ってごまかそうとしたが、彼は既に荷物から昼食を取り出し始めていた。


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