勇者妻8

「ヒイロ? まだ寝てるの?」
 私はドアを強めにノックしながら声をかける。
 しかし私のパートナーは返事を返さない。寝ているのだろうか? まさか昨日のアルコールが残ってるなんてことはないでしょうね。それだけは勘弁してほしい。
「おはよっ」
「うひゃっ!」
 思わず悲鳴を上げてしまう。突然後ろから肩を叩かれたからだ。
「あ、驚かしちゃったかな?」
 このちょっと調子の外れた声は……。私はその存在を確認するために後ろを振り向く。
「もう、驚かさないでよヒイロ……」
 本当よ。一歩間違えれば、『ギャー』とか、『うおぅっ』とかいう可愛くない悲鳴をあげちゃうところだったじゃないの。ああ……、『うひゃっ』で済んでよかったわ。
「ゴメンゴメン。そんなに驚くなんて思ってもみなかったからさ」
 完全に予想外だったからね。
 今までの男は私より先に起きたことなんて無い。私の中で、男は自分より遅く起きるという公式が成り立っていたのだろう。コイツが今までと違うタイプだってことを忘れてたわ。
「ううん、気にしないでよ。それより調子はどう?」
 酒が残ってるなんて言わないでよ?
「え? 何でそんなこと訊くの?」
「だって……」
 あることに気付いて言いかけていた言葉を途中でやめる。
「昨日のこと覚えてる?」
「昨日のこと? うーん。そういえば夕食の後の記憶があやふやなような気がする」
 たちが悪いタイプだ。
「あ、そうだそうだ。お酒を飲んでからの記憶が……」
 それさえ自覚してくれれば充分だろう。
「ヒイロはお酒、弱いみたいね」
 くすりと笑う私。ちなみにくすりと笑うのは結構難しい。嘘だと思うならやってみるがいいさ。
「うーん……。何かあったの?」
「ふふ、秘密」
 私は人差し指を口に当てて言ってやる。よくある可愛いポーズの一つだ。
 腕に鳥肌が立っているがヒイロには見えないだろう。もし見えてしまったら、可愛いポーズから気色悪いポーズになってしまう。
「まさか僕に変なことをしたんじゃないよねぇ?」
 ……どうしてそういう発想になれるのだろうか? 普通逆だろうが。
「さぁてどうかな? おもしろかったなぁ……」
 悔しいのでさらにからかってやる。
「え? え? 何が?」
「秘密」
「き、気になるよ」
「秘密」
 私は何とかの一つ覚えのごとくその言葉を繰り返しながら、朝食をとるべく外に出ようと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 ふふ、困ってる困ってる。何か初めてコイツを困らせたような気がする。ずっと調子を狂わされっぱなしだったからなぁ……。ちょっとした優越感に浸ってしまう。
「秘密」
「ふーん、言えないようなことしたんだね」
「ひみ……」
 言いかけて止める。
「ちょ、ちょっと、言えないようなことって、私が何をしたと思ったのよ?」
「秘密」
 ……やられた。
 私はコイツに勝てる日が来るのだろうか。

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