勇者妻7

 ……なぁにが、液状の宝石よ? 自分で考えてて恥ずかしかったわ本当に。もしかしてあのシャンパン。自白剤でも入ってたんじゃないの?
 え? なぜかって?
「アハハハ、何だか体が宙に浮いてるみたいだなぁ……」
 私の背中で訳のわかんないことほざいてるにヤツに原因があるに決まってるじゃないのよ。
 たった一杯。たったの一杯よ? 飲んだ途端喋る喋る。もうそれこそマシンガントークと称するに相応しいくらいよ。しかも一通り喋ったら満足げに一息ついて寝ちまいやがんのよコイツ!
 ……ああ、美味しいお酒のはずだったのに……。
「なぁんか、ユラユラするぅ……」
 呂律が回ってない。ここまでお酒の弱い人間は初めて見たわ。
 うう、か弱い女の子が男をおぶって宿屋の部屋まで運ぶなんて……泣けてくる。
「ユリア〜」
「はいはい、何よ」
 無視を決め込もうと思ったけど名前を呼ばれたら答えなきゃ仕方がない。あ、そういえば私の口調、お姉さん口調に戻ってる。
「勇者になってみせるからね!」
「はいはい。期待してるから、今日はもう休みましょ」
 酔っぱらってからは、勇者の話ばかりしている。子供の頃は勇者ごっこばっかりして遊んでただの、勇者の本ばっかり読んでただの……。
「本当?」
「本当よ。だからね。今日はもう休みましょ。明日は早いんだから」
「うん。わかった! お休みユリア!」
 ……スースー。
 元気な挨拶と共に即安らかな寝息を立てるヒイロ。
 私の背中で寝ろとは一言も言ってねぇ。
 ま、酔うとスケベになるヤツとか、怒りっぽくなるヤツとかよりはマシだけどね。
「んしょっと。」
 あ、私、かけ声かけて階段上ってる。お、おばさんくさい……。でも、コイツに比べたら私なんておばさんに見えちゃうのかもね……。
 ……どうしてコイツは少年のまま、大人になれたんだろう? 屈託のない寝顔の青年を見ると、そんな考えが生まれる。これが男と女の違い?
 だから女は……。
 な、何考えてるんだろ。このことは何度も悩んで、自分の中で決着をつけたじゃないのよ!
 ……このボウヤに感化されちゃったのかな。
 そうこうしてるうちにヒイロの部屋に着く。私とヒイロは別室をとっているので、ヒイロを寝かせると自分の部屋に向かった。

 何だろ。このムシャクシャした気持ち。自分の部屋のベッドに横になった途端に、言いようのない不快感が襲う。心にしこりがあるようなそんな感じだ。
 ……やだな。こんな気持ちのまま寝ると嫌な夢を見るんだよね。でも、寝なければ仕方がない。ヒイロにも言ったとおり明日は早く出る予定なんだから。
 私はシーツにくるまり瞼を閉じる。でもやっぱり不快感は消えることは無かった。


 いつものメンバーでいつもの遊びをする。私もみんなも無邪気に遊んでいる。
 でも、私はちょっと普通じゃなかった。女の子と遊ぶことはなく、男の子とばかり遊んでいたから。だって、私のしたい遊びは男の子しかしないから。
「魔王め! 俺の伝説の剣で倒してやる」
 子供らしい単純な台詞を言って木の棒を構える、勇者役のアル。
「ふはははは! やれるものならやって見ろ」
 魔王役のトムが、声を低くして言う。しかし、所詮は変声期前の少年。迫力など全然ない。
「負けるな勇者!」
「頑張って勇者様」
 それ以外の役、勇者の仲間達が口々に勇者を激励する。本来なら別に必要のない役だが、人数が多いときは仕方なくこの役がつくられる。少女の私もその中にいる。
 くだらない遊び。
 勇者ごっこ。
 でも私は、女の子とするおままごとなんかよりも、ずっとこっちの方が好きだった。たとえごっこでも、勇者になれるんだから。
「ええーい!」
「うぐわぁぁぁぁぁ!」
 今まさに、勇者が魔王を倒す。と、いっても木の棒で魔王を叩いただけなのだが。
「わ、私は再び蘇る。ふはははは」
 さすが仲間内の中で一番魔王役がうまいトムだ。やられる演技はなかなかのもの。落ち葉をばらまいて、霧に変化したのを表現しているのも泣かせる。
「おおー! やったぞ、勇者!」
「信じてたわ勇者様」
 勇者に駆け寄る、勇者の仲間役の私とマイク。
「これで平和は守られた! 伝説の剣を剣塚に戻そう!」
 アルが木の棒を地面に突き刺す。これは勇者役交代の儀式だ。これによって勇者役が他の人に移る。そのためにみんな勇んで木の棒の元に駆け寄った。
「ジャーンケーン」
「ポン!」
 トムもマイクもパーだった。私は、チョキ。……やった。勝った。
「わーい! 次の勇者は私だぁ!」
 私は満面の笑顔を浮かべて木の棒を抜こうと手をかける。
「ちょっと待てよ!」
 制止する声。私は驚いて木の棒を掴んだまま声の主に視線を向けた。
「おまえは勇者をやっちゃダメだ」
 さっき魔王役をやったトムだった。いや、そんなことはどうでもいい。
「何で? ジャンケンで勝ったでしょ?」
 そうだ。せっかくジャンケンで勝ったのに、勇者をやっちゃダメだなんておかしい。私は精一杯声を張り上げて抗議する。
「だって、おまえ女だろ? 勇者は男なんだぜ?」
「なにそれ?」
 私はトムの言っている意味がわからなかった。
「勇者は男しかなれないんだぞー。知らなかったのかぁ?」
 確かに私の中での勇者のイメージはいつも、男の人だった。
 ……そういえば、本の勇者も全員男だ。
「何で? 伝説の剣で魔王をやっつけた人が勇者なんでしょ?」
 私は私が持っている知識をフル動員させて反論する。
「何でもだよ。勇者は男しかなれないんだ。女の勇者なんていねぇもん!」
 子供は残酷だ。トムはただ、勇者役がやれなかったのが気に入らなくてそんなことを言ってしまったのかもしれない。
 しかし、そんな言葉でも私の心には刃物のように突き刺さってしまう。
「そんなことないもん! 私、勇者になるもん!」
 私は木の棒を抜いて、剣のように構えて見せる。
「さぁ魔王、僕がこの剣で倒してやるぞ!」
 女の勇者がいないと言うことを否定しようとしているにも関わらず、男の声を真似している自分。
 滑稽すぎる虚栄。だけど興奮している私はそんなことに気づかない。勇者になることを夢見ている少女は、必死に勇者になろうとしている。だけど同じく子供だった友人はそんなことに気が回らない。
「女に倒される魔王なんていないよ!」
 トムだけでなく、マイクまでそんなことを言う。
「ひどいよ! 私ジャンケンに勝ったんだよ!」
 条件さえ満たせば誰にだって勇者になれるはずだ。だから私だって……。
「女勇者なんて変だよやっぱり!」
「そうだそうだ! 女が勇者なんてやったらつまんねぇよ!」
 アルまでもその中に入ってくる。きっと私がムキになっているから、ただ単にからかっているだけなのだろう。
 でも、そんな言葉でも夢をうち砕くことができる。この三人と会う前から夢見てきたものをうち砕くことができる。
「変なこと言ってないで、早くジャンケンして魔王役を決めてよぉ!」
 必死に叫ぶ少女。砕かれた夢を元に戻そうと必死だ。
「イヤだよー! やっぱり女となんか勇者ごっこはできねぇもん」
「そうだな、何か飽きてきちゃったし。俺ん家に行って、他の遊びしようぜ」
「オッケー! んじゃ、行こうぜ」
 三人が逃げるようにして走り去っていく。
「待ってよ……」
 叫んで呼び止めようとしても声が出なかった。嗚咽の声しか漏れなかった。
 言い返せないのが悔しかった。
 勇者になりたいと思っていたけど……。勇者になった自分を想像できなかった……。
 悲しかった。
 どうしようもなく悲しかった。
 涙が止まらなかった。
 信じられないくらい泣いていた。自分の涙で溺れてしまうんじゃないかと思うほどに泣いていた。


 目が覚めた。
 最悪な目覚めだった。
 怖い夢ならばホッとする。嬉しい夢ならば残念に思う。どっちでもない、過去の夢。イヤな過去の夢だった。
 過去の夢は、どんなに恐ろしい夢よりもイヤなものだ。恐ろしい夢は所詮幻。目覚めればホッとしさえする。でも過去の夢は違う。確かに昔その事実があった。その記憶が思い起こされるきっかけを与えられる。
 女は勇者になれない。はっきりと知らされたのはあの時だった。私は泣き叫びながら家に帰ってお母さんに訊いた。『女は勇者になれないの?』と。
 返事はなかった。お母さんは無理に笑顔を作っていた。私の夢を壊したくなかったのだろう。
 しかし、その笑顔が何を意味しているのか、幼い頃の私でもわかった。
 しばらく涙が止まらなかった。
「ふぅ……」
 一息ついて身支度を整え始める。
「昔のことだ」
 自分に言い聞かせるための独白。
 叶えられない夢は見ない。見ても虚しさだけしか残らないから。そのことに気が付いたのだ。あの三人に感謝しなくちゃいけないのかもね。
 そう。夢は叶えなくちゃ意味がない。夢見がちな少女のままでは終わらない。私は勇者の妻になって富と名声を手に入れる。そして一生遊んで暮らす。
 新しい夢。
 現実でも見れる夢。今の私の夢だ。私は夢を叶える女になる。
「おっしゃ!」
 自分の両頬に張り手をピシャンといれ、気合いを入れる。今日も一日頑張ろう。私は夢追い人なんだから。


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