勇者妻6

 いやぁーこんなに美味しい夕食は久しぶりねぇ!
 私は鴨のソテーを一口ぱくりとやりながらそんな気分に浸る。
 なぜこんなに機嫌がいいかって? そりゃ前に座っているパートナーが掘り出し物だったからよ。
 あれからも何回か敵に遭遇したが、剣技のエキスパートのヒイロ。そして魔法のエキスパートのユリアちゃんの2人にかなう敵はいなかったってワケ。出遅れてたと思ってたけど、夜になる前に次の転送陣に着いたし。
「ちょっと奮発しただけあって美味しいね」
 ヒイロがスズキの蒸し焼きをつつきながら訊いてくる。そりゃあもう。
「うん」
 本当に美味しいので、わざわざ演技する必要は無い。ニコニコ顔で頷く。
「でもこんなちゃんとした所で夕食をとったのなんか久しぶりだなぁ。どうしても路銀が心配になっちゃうから」
 これも同感だ。仕事をしていない私たちの唯一の収入が、使用可能になった転送陣の数に応じて貰える報奨金なんだから。
 勇者志望者や勇者の手助けをする者には、あまり多いとは言えないが報奨金が毎日与えられる。だが、もちろん勇者志望者です! と、名乗るだけでは報奨金は貰えない。使用可能な転送陣の数が最低でも11以上にならなければいけないのだ。つまりそうなるまでは、完全に自腹だ。
 だけど11以上になったとしても、貰えるのは雀の涙ほど。3食分の食費に足りるか足りないくらい。
 しかし私たちに必要なのは食事だけではない。武器、防具の維持費。宿泊費。もともとの金持ちならいざ知らず、私みたいに一般家庭で育った人間には相当辛い。そんな訳で、私たちはみんなほぼ例外なく切りつめた生活をしているのだ。今は使用可能数が33になり、3食きちんととっても余裕でお釣りも来るのだが、今までの癖が抜けなくてついケチってしまう。悲しい性よね。
 でも、ま、40以上になったときの報奨金はかなりのもので、これが目的で女戦士が参加するくらいだ。私もそうなれば悲しい性とも決別できるだろう。多分だけどね。
「たまにはいいでしょ? 今日は私とヒイロが出会った記念すべき日なのよ?」
「その割には普通のレストランだけどね」
 一言多いのよ。
「つい貧乏性が出ちゃうのよね」
 しかし、私は寛大だ。彼の一言にも冗談で返せる。
「それは僕も一緒だよ。気が合うのかもね」
 うむうむ。なかなかいい感じの会話だ。私はヒイロより早く食べ終わらないように気を使いながら食事を進める。
「……ねぇヒイロ」
「何?」
 私にはちょっと確認したいことがあった。これは今までパートナーになった男には全員に訊いてきたことだ。
「ヒイロは勇者になったらどうする?」
「喜ぶよ」
 ……こういう返事が返ってくる時もあるので私は別に驚かない。
「具体的にどうするかは考えてないの?」
「……うーん。考えてないかなぁ」
 山菜御飯をモグモグと咀嚼しながら答えてはいるが、真剣に考えた末に出した答えのようだ。
「とにかく、勇者になりたい。勇者に近づきたい。ってだけでこの道に進んだから」
 こんなことを照れなく言えるのは、少年のような人格のおかげだろう。
「そっか……。そうだよね」
 満足のいく答えだった。
 勇者になってからのことを考えている男は野心家だ。最近は自由奔放タイプが多いので仕方がないところもあるだが、せっかくの夢見る少年タイプだ。野心家じゃない方がいい。野心家だった場合、妻になったとしても得られる富は少ないからね。
 その点勇者になることだけを考えているタイプは、実際に勇者になってからは欲が薄くなることがほとんど。妻のいいなりなんてことが少なからずある。
 ……こんなこと考えてるなんてつくづくイヤな女よねぇ。私も。
「勇者になってからかぁ……」
 ヒイロはまだ悩んでいるようだ。よっぽど真面目なんだろう。
 ……ここまでだとさすがに罪悪感を感じるが仕方がない。私は夢追い人なんだからね。夢を見るだけで終わらない夢追い人なんだから。
「そんな真剣に考えなくてもいいよ。ちょっと気になって訊いただけなの」
 思いつきの言葉で繕う。
「ハハハ、そういってくれると助かるよ。僕、考えるのは苦手だから」
 本当に脳天気な男だ。イライラするぐらいね。
「うんうん、考えすぎは良くないよね」
 考えすぎはよくないとはよく言うが、考えすぎないようにするなんてできるわけがないと思うんだけど。……私以外の人はできるのかしらね。そんなことは訊いたことがないからわからないけど……。
 おっと、思考がいらぬ方向に進んでるわ。修正しないと。
「さて、ヒイロはお酒飲める?」
 ヒイロが頼まないので遠慮していたが、私は嗜む程度には飲む。ちょっと物足りなかったし、話題を変えるには丁度いいだろう。
「うーん、わかんないや。飲んだことないから」
 ……ここまでとは。法律でも飲んでいいと言われる歳なのに飲んだことがないとはね。こりゃまたビックリ。
「興味ないの?」
「うーん、別にこれといって。高いからね」
 まぁね。普通の飲み物よりは高いけど。
「じゃ、飲んでみない?」
 ちょっとおもしろそうだ。
「うーん」
 渋ってはいるが、絶対に嫌と言うほどではないらしい。こいつが酔うとどうなるかってのも見てみたいし、もっと押してみるか。
「つきあってよ。一人で飲むのもなんだしさ」
「そうだね。いいよ」
「やったぁ」
 うわっ。私ってばポーズをとって喜んでいる。どんなポーズをとっているかは各人で想像して欲しい。
 ヒイロから了解を得た私はちょっと高めのシャンパンを注文する。本当はウィスキーが飲みたいんだけど、いきなりウィスキーはちょっと酷だろう。いいシャンパンなら悪酔いもしにくいし。
 程なくしてシャンパンとグラスが二つ運ばれてくる。そういえばシャンパンなんて久しぶりかも。

 トクトクトクトク……。
 シュワワワワ……。

 グラスに注ぐ音もまた良し。そしてその外観は、まるで弾ける液状の宝石。うーん。我ながらいい表現。
「へぇ……。サイダーみたいだね」
 ……いきなり下等な表現をするな。
「そうね。じゃ、改めて。これからの二人に」
 グラスを持って前に出す私。ヒイロは最初は意味がわからなかったようだが、やがて思いついたように、慌ててグラスを持つ。
「伝説を求める冒険者達に……」
 おおっ! 言うねぇ……。気の利いた台詞も言えるんじゃないのよ。
「乾杯」

 チンッ!

 グラスがぶつかり合う乾いた音が響く。なぁんかちょっといいムードかしらん? 考えてみれば出会いも運命的だったかもしれない。今日は美味しくお酒が飲めそうね。
 私は素直に浮かべることのできた笑顔のまま、グラスを傾け液状の宝石で喉を潤し始めた。


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