勇者妻5
転送陣から出ればもうそこはデモンズ。戦場だ。 障気にあてられた動物や精霊は、凶暴化して魔物と呼ばれる存在になる。しかも剣塚に近づくにつれ、障気も濃くなっているので、より強力な魔物が住まうこととなる。 私たちがいるのは丁度中間地点という辺り。そろそろ油断していたら真っ先にやられてしまうことになる。 勇者を目指すと言うことは命を代金の代わりに宝くじを買うようなものだろう。私は勇者になるということを今までは結構軽い口調で語ったと思うが、ちゃんと厳しいところは厳しい。 弱い者、運のない者は死ぬ。憧れだけでは生きてはいけない世界なのだ。その点ヒイロは問題ないかと思う。ここまで一人で進んできたのだから。それも遅くないペースだろう。私は先頭グループと肩を並べていたはずだから。 だがしかし、出発が昼過ぎになっていたので、私たちは先頭グループからは少し遅れをとっているだろう。少し急ぎ足で進むか……。 「この島って進んでも進んでも同じような景色だよね。もううんざりしてきたよ」 ヒイロはジェスチャーも加えて、うんざりだということを強調した。 それは私も同感だったので素直に頷く。デモンズは全体が樹海のような構造をしており、前を向いても後ろを向いても背の高い木だらけだ。幸いコンパスは使えるので永遠に迷い続けるようなことはないかと思うが、魔物はどこから襲ってくるかわからない。 ガサッ! 一時の方向から物音。そして独特の気配。噂をすれば何とやらってヤツかしらね。 ヒイロもしっかりと気がついているようで剣を抜いている。水晶でできている彼の剣は、木々の間から僅かに零れる光をしっかりと受け止め、七色の光を放っていた。 さて、お手並み拝見ってところかしらね。 ちなみにこれまでに得た彼の情報では、魔法はあまり得意ではなく、剣を主体とした戦いをするらしい。魔法属性は風。 魔法属性というのはその人が扱える魔法の種類のことだ。この世界の魔法は4種類の属性に別れており、火、水、風、地に分けられている。 魔法とは人に眠る魔力を使って精霊を生み出し、イメージを与え具現化し、操る技。精霊とはなんて事のない炎と水と風と地の素となる存在。本来はそこら中にある。そこにも、どこにも、ここにも。何かのきっかけで炎となり、水となり、風となり、土となったりする訳だ。 しかしイメージ能力でどうにかできるのは自らが生み出した精霊だけで、人はその精霊にイメージの力できっかけを作り操る訳だ。すごい達人になると、そこら辺の精霊にイメージを与えて魔法を使うらしいけどそんなの見たことが無い。 ま、でも普通に使う分なら、ちょっと鍛錬すればほとんどの人間が使用可能。そして一人の人間が使える魔法属性は一種類のみ。どれが使えるかは生まれたときに決まっている。種類の多い性別みたいなもんかしらね。 この魔法は私生活でも活用されているのだが、やはり戦闘で使うのが多いだろう。相手が精霊の場合は、魔法でないと傷つけることができないし。 ちなみにこの場合の精霊とは、障気がきっかけとなり、意志を持ち、魔物と化した精霊の事を指す。障気だらけのこの島には、そういった精霊が多い。 だから、勇者を目指す者にとっても、魔法が得意か否かは重要なポイントになってくる。しかしながら、パートナーが魔法を得意とするならば、不得意でもさほど問題ないだろう。 魔法が不得意なヒイロのパートナー(仮)の私はと言うと、かなり得意だ。 属性は火。魔力は結構高いらしいし、精霊を魔法として使うために必要となる、イメージ能力に関しては、人並みはずれているとのことだ。魔法学校で言われたのだから太鼓判を押せるかと思う。 そんなこともあって私の戦闘能力は上の中ってところかしらね。あくまで自己評価だけど。 余談だが火の属性と風の属性の2人は、属性占いだと相性がいいらしい。 「ノームが二、オオカミが四……。」 おっとと、呑気に属性占いのことなんて気にしている場合じゃなかったんだ。ヒイロの言葉によって現実に引き戻される私。 さてと、木の陰に潜んでいた魔物は、私たちに感づかれてしまっていることがわかっているらしく、目の前に姿を現したみたい。 ノームとは地の精霊のこと。岩でできた男とでも表現すればいいだろう。オオカミとは犬に似たアレ。障気をたっぷり吸ってしまっているためかなり凶暴化している。 「ノームは私に任せてもらっていいわよ」 「そうだね。どっちかといえば精霊の方が苦手だから」 私たちが言葉を交わしているときもヤツらはジリジリと近づいてきている。数的には大したことがないが油断は禁物。 私は自分の魔力より精霊を生み出し、それにイメージを与える。イメージを受けた精霊が、炎の球体へと変化すると、それを両手に仕込んだ。 ヒイロはというと、精霊を生み出しているようだが、何に使うかは分からない。 ……取り敢えずヒイロのことはおいといてノームをぶち倒しちゃおうかしらね。ノーム二匹なんてすぐだ。ヒイロの戦いっぷりを見るのはそれからでも遅くないだろう。 タンッ! 誰が起こしたかどうかはわからないが、地面を蹴る音。それが戦いの合図だった。 一気に間合いを詰めるヒイロとオオカミ達。逆にノームは後退しながら石のつぶてを撒き散らす。私はそれらとほぼ同時期に左手に仕込んだ炎の球体を放った。 臨戦態勢に入っているヒイロとオオカミの間をすり抜けノームの元へ進んでいく炎の球。それが撒き散らされた石のつぶてとかち合う。 「爆っ!」 私の気合いを込めた声と共に爆ぜる球体。その爆発は、石のつぶてをかき消すには充分の威力を持っていた。 私はその爆発が収まらないうちに、右手に仕込んだ炎の球も放つ。先程ととは比べものにならないほどの猛スピードで飛んでいくソレは、次の攻撃に移る時間を与えぬまま、二匹のノーム元に辿り着いた。 「滅っ!」 一つ目よりも激しい爆発を起こす球体。言葉を変えたのには深い意味は無い。ま、言葉通り、ノームは二匹とも滅したみたいだけどね。 ……さて、一仕事終えたところでヒイロの方へ視線を移す。どうやら私を気遣って、というよりも、一発目の炎の球体に恐れをなしたのだろう。私から随分と離れた所で戦っていた。 ヒイロは無傷。オオカミは三匹にその数を減らしている。 おー、なかなか。 見る限りではヒイロの方が優勢のようだ。オオカミの俊敏な動きで繰り出す攻撃を難なくこなし、攻撃の機会を伺っている。ヒイロが動くたびに、輝き方を変える水晶の剣が幻想的だ。 魔法を使っている形跡は無いようだが、使う必要がないから使わないのか、使えないのかまでは微妙なところで、判断できない。 「斬っ!」 私と同じようなかけ声が響く。 ……一瞬だった。 剣を構えたままヒイロが動く。 キラキラと光のプリズムを残しながら薙がれる剣。そこに何もなかったかのようにスムーズに。しかしながらその剣が薙いだそこには、オオカミが存在している。いや、存在していたと表現すべきか? 両断されているオオカミはもう絶命しているだろうから。 速い。 ヒイロの剣技を見た私の素直な感想。一瞬。本当に一瞬だった。それにしても速すぎるような……。 「せいっ!」 再び水晶の剣が煌めく。 「あ!」 私はあることに気づいて目を疑った。ヒイロが攻撃に移るために必要な動作を行っていなかったからだ。 ヒイロは踏み込んでない。 あれだけの速さで動くのだ。強く踏み込む必要があるはずだ。それなのにその動きが省略されていたのだ。 「つえぃ!」 考えがまとまらないうちに再びヒイロの威勢のいい声が響いた。 私は目を凝らしてヒイロの一挙一動を見守る。 やはり踏み込む動作をしていなかった。まるで何かに動かされているように見える。そしてそのスピードはやはり尋常ではない。 ドサッ! 跳んでいる所を斬られたオオカミが地に落ちる音が耳に入る。 今ので4匹目だ。この音は戦闘終了の合図でもあった。 ほとんど血の付いていない水晶の剣を布で拭って鞘に戻すヒイロ。そんな動作をもジッと見ていたためか、少し照れたように頭をポリポリと掻いた。 「どうしたの? ジッと見てるけど」 「う、うん。ちょっと見とれちゃったかも」 歯の浮くような台詞だが、あながち嘘でもない。彼の剣技は派手さは無いものの、無駄な動作が無く、美しいという形容がしっくりとくる。さらにあの水晶の剣を加えるとちょっとした芸術と表現できるかもしれない。 「そんな大げさなものでもないよ」 「そんなことないって、すごいすごい」 ヒイロは謙遜しているようだがかなりすごいだろう。4匹のオオカミを倒すのに3分とかかっていない。今まであった戦士の中で一番とまではいかないが、かなりの実力者だといえる。 「ユリアの方がすごいよ。あんな強力な魔法が使えるんだから」 強力な魔法? 私は気軽に使いこなせるので、そう表現されると違和感を感じるが、魔力が弱い人にはそう思えるのだろうか。 「そうかな? ヘヘヘ」 謙遜しあうのも何なのでちょっと照れたりなんかしてみる。 「多分ね」 何かコイツの言葉ってトゲがあるのよね。 「それより!」 そう、それよりだ! ずっと気に掛かっていることを早くはっきりさせたい。 「踏み込まないで間合いを詰めてたでしょ? どんな技を使ったの?」 「え? 風にのっただけだよ」 そんな私とは対照的に、ヒイロは何食わぬ顔出言う。 曖昧な表現だった。しかし、鋭い私にはそれだけでも理解できる。 『風にのった』 その表現を人間に使うことはあまりない。そんなことは特殊な状況下でなければできないからだ。しかし彼の魔法属性は風。風を操れるのだからのることも可能だ。 つまり風にのり、自分を運ばせたわけだ。 「僕って魔力が低いから、魔法で決定的なダメージを与えるのは難しいんだよね」 魔力が弱いからそういう発想ができるのだろう。魔力が高い私は、魔法でいかに敵にダメージを与えるかということしか思いつかない。 それに、風に自分を運ばせるというのは、イメージしにくい。しかしそれを使うことができるのだから、イメージ能力の高さはかなりものだろう。 私は今まであった男達には無い才能を彼の中に感じた。こりゃ本当に掘り出し物かもしんないわ。 |