勇者妻4

「ヒイロ・ブレイブっていうの?」
「ええ」
 ヒイロ・ブレイブ。それが少年の名前だった。
 何とまぁ…勇者になりそうな名前じゃないのよ。名前負けしてなきゃいいけど。
「ヒイロ君か……いい名前ね。」
 私は頼んだホットチョコレートを一口飲んでからお約束の台詞を口にする。基本よね。
「ヒイロでいいですよ。ユリアさん」
 ヒイロ君は丁寧な言葉で言ってから、アイスティーをストローで啜った。余談だが、こいつのアイスティーにはガムシロップが鬼のように入っている。
「じゃ、私もユリアでいいわよヒイロ。それに敬語も使わなくてもいいわ。疲れるでしょう?」
 呼び方や話し方によって親近感が変わるのは間違いない。となると名前を呼び捨てで呼び合うのがベターだろう。
「でも年上の人に……」
 やっぱり抵抗があるようだ。多分私も同じことを思うだろうし、無理もない。
「年上っていってもきっとそんなに変わらないわよ。私二十歳だもの」
 見たところコイツの歳は十六か十七辺りだろう。
「二十歳……?」
 そのヒイロ君はというと、私の歳を聞いた途端、頭に?マークを浮かべる。
「どう……したの?」 
「じゃあ、同い年だったんだ」
 は? 今度は私が?マークを浮かべる番だった。
「同い年?」
 同い年ってことは……こいつも二十歳? その童顔ぶりや一つ一つの仕草からしても、どう見てもそうは見えないんだけど……。
「まさか同い年とは思わなかったよ。もっともっと上かと思った」
 んだとぉぉぉぉぉぉ?
 私は思わず怒鳴りそうになったが我慢する。感情を押さえ込むのは私の得意技だからね。
 しかし……笑顔で毒舌を平気で吐くヤツねぇ。それに様子から察すると本人に自覚がなさそうだ。
「失礼ね。そんなに老けて見える?」
 私はやんわりと言い、可愛い仕草で拗ねてみせる。
 おえっ……、気持ち悪ぅ。
 可愛い仕草で拗ねている自分に吐き気を催すが、私は可愛く可憐な少女なのだ。ごれぐらいはしてやらなくては。
 私がこんな風にしているのには訳がある。勇者だけでなく、勇者の妻にも傾向があり、私の著書『勇者の傾向と対策』にこうあるからだ。少年タイプの勇者の妻となる女性は、可愛く可憐で純情な子が大多数を占める。
 こいつは二十歳なので、本来なら青年タイプになるのだが、こいつの場合は少年タイプでいいだろう。ちなみに自分が年上だった場合と年下だった場合にもまた違って……。って、今はいいわね。
「とても二十歳には見えない」
 コイツは……。お得意の爆裂魔法でぶっ飛ばしてやろか?
「でも老けてるわけじゃなくて大人っぽいんだと思うよ」
 一応フォローになってるわね。ま、ガキの戯言として受け止めといてあげましょ。
「そう? ま、そう言われれば悪い気はしないけど……」
「単純なんだね」
 殺す! 絶対殺す!
「どうしたの? なんかすごい顔してるけど」
「え? ああ、うん。気にしないで何でもないのよ」
 危ない危ない。つい地が出てしまうところだった。
 突然だが私は性格が悪い。自覚してないヤツよりはマシでしょ? だから男を捕まえるためには仮面をつける必要があるのだ。そのおかげか、可愛い女の子を演じさせたら右に出るものはないと自負できるほどになっていると思う。実際何人もの男を騙してきたからね。
「ところでヒイロも勇者を目指してるの?」
 何かコイツと世間話をすると、イライラしてくるからいきなり核心に迫ってみる。
「も……ってことは、ユリアも?」
 何いってるのコイツ?
「私もって……やだ、女は勇者になれないでしょ?」
 そうなのだ。女は勇者になれない。なれるのは男だけだから。
「……そうだっけ?」
「そうよ! 変なこと聞くのね」
 本当に変なことだ。
「う〜ん……。何だかユリアが勇者になりたがってるような気がして……」
 ……何だコイツは? 私が勇者になりたがってる? 何を言ってるのよ……。そりゃあなりたくなかった訳じゃないけど……。
 はっ! 話がわき道にそれまくってる! どうもこいつは私のペースを狂わす。
「そんなことあるわけないでしょ。それよりヒイロは勇者を目指してるってことよね?」
「うん。僕の夢だからね勇者になるは……」
 ヒイロ少年は目をキラキラと輝かせて少し誇らしげに言う。
 くぅ眩しいぜ! 間違いない! 夢見る少年の目だ!
 こいつは夢見る少年タイプで間違いないわね。夢見る少年タイプの勇者はここ500年じゃ二人しか出てないけど、今年辺り当たってもおかしくない。

 さっきから青年タイプとか少年タイプとかいう単語が出てきているが、これは『勇者の傾向と対策』の中で分けられている、勇者タイプのことだ。勇者タイプは年齢により大きく三つに別れ、少年タイプ、青年タイプ、中年タイプとなる。
 最近多いのは自由奔放な青年、中年タイプの実力派だ。自由奔放というのは文字通り、大義名分やら正義やらとかよりも、私と同じように一発狙いみたいな感じで勇者を目指すタイプだ。実力派とはもちろん戦闘能力が高いということ。
 さて、その中の自由奔放タイプなのだが、出始めたのは転送陣などの設備が整い、剣塚までの道のりがそんなに困難ではなくなった後期からだ。
 転送陣だけでなく、賞金なども正式に懸けられていなかった最初の頃、いわゆる初期は、夢見る少年、青年タイプか、真面目な少年、青年タイプに絞られていた。
 夢見るタイプは、勇者になることを夢にして突き進むタイプ。大義名分やら正義やらを重んじるのが真面目タイプ。どちらも自由奔放タイプとは比べものにならないくらい意志が強い。意志が弱かったら、何の見返りもなしに、1ヶ月も休みをとるのもままならない状況下、決して易しくない剣塚への道は進めないだろう。
 でも正式に勇者が崇め奉られるという状況になった中期。バクチ精神をもった者が、名乗りを上げ始めた。そして色々な設備が整えられてきた今現在。つまり後期に至るというわけ。

 ……夢見る少年タイプかぁ。今が旬の自由奔放タイプじゃないから却下かなぁ……。
 でも戦闘能力を見てみないことにはわからないわね。最近は競争率が高いため、実力のない者はほぼ勇者になる確率がないから。……切り捨てるのは実力を確かめてからでも遅くないわよね。もしかしたら実力者かもしれないし。
 夢見る少年タイプの実力者も、後期にはちらほら出てきているし。
「ヒイロは一人旅?」
「うん。ずっと一人だよ」
 一人旅の男というのも結構重要な条件だ。
 私は必ず男と2人コンビで旅をする。人数が多いと結構問題があるからね。特に男1人の女が多数なんて最悪。妻の座を競い合わなきゃいけなくなっちゃうから。まぁ私がその競争で負けるなんてことは無いんだろうけど、用心に越したことは無い。
「じゃ、結構腕に自信があるんだ」
「どうかなぁ……。田舎では二番目だったけど、井の中の蛙かもしれなしね」
 田舎で二番目。どこの田舎かは知らないけどこれは期待できるかもしれないわね。しかも謙虚な姿勢があるヤツは努力を惜しまない。もしかしたら掘り出し物?
「すごいじゃない。田舎では二番目だったんでしょ?」
「うん、でも僕の田舎で剣を使う人は師匠と僕しかいないから、二番だけどびりっけつなんだよ。アハハハハ」
 何がおかしいのかヒイロはケタケタと笑う。アハハじゃないだろう。
 う、うーん。このままだと未知数だ。やはり会話だけで強さを探るのは難しい。
「ねぇ、その田舎ってどこなの?」
 もしかしたら知ってるかもしれない。
「ジーンだよ。この島からはかなり離れたところにあるからわからないかもね」
「うーん、ちょっとわからないな」
 知らん。やっぱりこいつの実力を会話から割り出すのは無理か。となると……。
「ヒイロはずっと一人旅だっていったわよね」
「うん、そうだね。僕、人見知りが激しいから」
 その割りには随分馴れ馴れしいような。いや、そこらへんは突っ込むまい。本人がそう思っているということだろう。
「どう? 私と組んでみる気はない?」
 やっぱり一緒に戦ってみなければコイツの実力はわからないだろう。それに、他の男も見つかりそうもないしね。
 実力があるんだったら掘り出しもんだし、そうじゃなければ切り捨てればいい。
「どうして?」
「うん、私一人じゃ心細いから」
 適当な理由をあしらっておく。
 それにこんなか弱そうな女の子が心細いといって頼ってきたら男なら放っておけないはずだ。今までの経験上。
「……ふーん。ところでさぁ。僕は勇者になるために旅をしてるから理由はあるんだけど。何でユリアは危険を冒してまで旅をするの?」
「え?」
 おおっ? 何だこの質問は? ちょっと予想外だ。まさか、勇者の妻になるためよっ! と、胸を張っては言えない。
 ま、こんな質問にも私は臨機応変に対応できるけど。
「……うん。勇者をね。見てみたいの。伝説の剣を持って魔王を倒す勇者を。
 子供のころにね、勇者伝説の本をたくさん読んだりしてたから……。
 あはは、おかしいかな? こんな理由で危険を冒してまで旅をするのって」
 ちょっと自虐的な口調で言う。ここポイント。
「ううん、全然。僕にとっても勇者は憧れの存在だから。
 あ……、でもそれって僕が勇者になることを期待してるってこと?」
 コイツ、口調の割にはいうことは結構鋭い。
「うん、そうだね。そうなったら勇者の一番そばにいる人間になれるからもっと嬉しいかな?」
 私は純真な(適切じゃないけど)笑顔を見せながら語るように言う。
「夢なんだね」
 夢。
 そう。夢だ。
 勇者の妻になることが私の夢だ。
「……返事……、まだ訊いてないんだけど……ダメかな?」
 私は上目遣いで懇願するように言う。男に頼み事をするときはこの体勢が一番効く……らしい。
「別にいいよ。一人より二人の方が楽しそうだし。一応僕も勇者を目指してるんだしね。ユリアの夢を叶えてあげられるかもしれない」
 当然だ。叶えてもらわなければ意味がない。
「ありがとうヒイロ。じゃ、これからよろしくね」
 にっこりと手を差し出し握手を求める私。
 パートナー(仮)は同じようににっこりと笑うと、しっかりと手を握り返した。幼い顔立ちとは対照的に、ごつくて大きい、頼りがいのある手だった。

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