勇者妻39
「ヒイロッ! そっちに7匹ほど虎をまわしたから。よろしくぅ!」 「ちょ、ちょっとちょっとぉ!」 私は虎を魔法でヒイロの方に押しやった。ヒイロが何やら情けない声を上げているが、ちょっと頑張ってもらおう。何せこっちは精霊をすべて引き受けている。さすが伝説の剣塚に近づいているだけあって敵の質、数ともに今までの比ではない。20匹ほどの精霊が私に向かって魔法を放っているんだから。 もう精霊の種類は入り乱れていて、いちいち認識するのもメンドイ。 ヒイロはヒイロで、4匹の熊、8匹のゴリラ。さらに今パスした虎7匹と戦っている。 「男の子は弱音吐かない!」 私はヒイロに檄(?)を入れつつ魔法障壁を駆使して相手の攻撃をなんとかやり過ごしている。ちなみにただ今左手に派手な魔法を仕込み中。これが完成すれば楽勝。 しっかし……馬鹿の一つ覚えみたいにポコポコポコポコ……。炎やらかまいたちやらを撃ってきやがってぇ……。 いい加減うざい。 「つぇい!」 ヒイロはヒイロで苦労しているようだが、順調に敵の数を減らしているようだ。まぁ心配ないだろう。 チュドン! カキン! ボコ……ボコ……。 精霊の攻撃が魔法障壁にぶつかる度に耳障りな音と、いやな振動が伝わってくる。 ……あーもう! まだ完成してないがもう辛抱できない。 私は魔法障壁を一時的に強化し、左手に仕込んだ魔法に集中できるようにする。 「ひぃぃぃっさぁああつっ! エレメントバスタァアアアアア!」 精霊をぶっ倒す魔法ってことね。 キラン! 私の左手が煌めく。この煌めきのイメージにけっこう時間がかかってしまったというのは、ヒイロには内緒だ。 鉄砲水のように、私の左手から放たれる高熱の光線。直径1.5mほどの極太の光線だが、20匹の精霊をとらえられるわけはない。まぁそんなことはわかっている。 「はぁああ!」 光線放出中に左手を水平に動かす。当然光線も水平に動いた。 その光線に薙がれていく精霊達。光線に触れたモノは消滅を余儀なくされる。きっとその熱を感じる前にかき消されていることだろう。 ……これは気持ちいい。必殺技リストに加えておこう。 「やりすぎだよユリア! 自然保護団体に訴えられても知らないからね!」 すでに半数の敵を片付けているヒイロが何か言っているが、特に気にしなくてもよいかと思われる。 いや、やりすぎってのはあったかも。かなりずっしりと疲労感が体に襲いかかっている。普段ならヒイロに援護に回るところだが、今日は戦闘観戦と洒落込もうかしらん。 「ちょっとユリア。そっちが終わったんなら援護してよ」 「あー、ちょっと疲れっちゃた」 ハートマークでもつきそうな甘えた声で言ってやる。だいたい戦闘中に話かけることができるってことは余裕があるのだ。ヒイロ一人でも片づけられるだろう。 「可愛い声出しても、言ってることはおばさんだね」 ピクッ。 「だれがおばさんよっ!」 「ユリア」 「同い年でしょうが!」 「誕生日は僕よりも4ヶ月ほど早いよ」 「そんなの微々たるもんよ!」 「でもすぐ疲れるのはおばさんの証拠だよね」 「何をぉぉ!」 私は両手に精霊を仕込み一気にイメージを与える。 「どぉりゃああああ!」 気合いと共に両手を前に突き出し魔法を放つと、赤い光球が生まれ四散した。 いくつもの赤く細い光線がヒイロと魔物たちのバトルフィールドに降り注ぐ。 「ちょ、ちょっ、ユリアァ。」 チュドンチュドンチュドン! イメージをしっかり与えていない、かつ感情が安定していなかったために、赤い光線はランダムに降り注いでいった……。 「ふぅ……危機一髪だったわね。」 「誰のせいだよぉ!」 戦闘も無事終わり、私たちは次の転送陣までの道をさっきの戦闘の話をしながら進んでいた。 「まぁまぁ。あの光線は殺傷能力は無いんだから」 「その割には直撃した熊はかなり弱ってたけど……」 「あははは、ヒイロがよけるって……私、信じてたの」 「どーだか」 冗談っぽくいっているが本当だったりする。きっとヒイロもそれをわかってくれている。 「……ねぇヒイロ。ありがとね」 「うん?」 あの日から私は、ヒイロの前で仮面をかぶるのをやめた。 「色々とさ」 私の決断は、ひどくわがままだったはずだ。それでもヒイロは受け入れてくれた。 私は決めた。もう、何も諦めない。 「……剣塚まであとどれくらいだろうね」 ヒイロは話を逸らし、障気によってぼやけた、輪郭しか見えない剣塚を見据える。 「さぁ? でも剣塚に着いたその時は……」 「うん。わかってるよ。それだけは譲る気はないからね」 「ふふっ、上等!」 「僕も相手にとって不足はないよ」 「どっちが勇者になるか……。」 拳と拳をぶつけ合い、同時に同じ言葉を口にする。 「勝負っ!」 |