勇者妻36

 母親の声と、膝枕と、大好きな絵本。
 私の追い求めていた……なりたいと思った勇者の出てくる本。
「しかし! 『正義がやられるわけがない!』。と立ち上がる若い騎士がいました」
 一字一句すべて同じだった。ただ語り部の声が違っていただけだった。
「『私たちが正義だ! 私たちが負けるはずがない!』。若い騎士は勇ましい声をあげ、剣を両手で持ち、魔王に勇敢に向かっていきます」
 何度も……この勇者を自分に置き換えていた。
「その時、倒れていた神様が光となって、若い騎士の剣に宿りました。剣に宿った光はさらに輝きを増します。『うわぁ!』。そのあまりの眩しさに魔王は苦しみました。その隙に若い騎士は、光り輝く剣で魔王を斬りつけます。『ぐわぁぁぁぁぁ!』。魔王はその剣の力によって霧となって消えてしまいました」
 伝説の剣で魔王を倒す。それが勇者。
「『わぁぁぁぁ!』。魔王を倒した若い騎士のもとに、他の騎士たちが歓声をあげながら集まります。『あなたは勇者だ』。『そうだ!勇者だ』。他の騎士たちが口々に言います」
 そう、賞賛されなければいけない。勇者とはそうあるべきもので……。私が伝説の剣で魔王を倒したとしても……。
「そうです。魔王を倒した彼こそ勇者なのです。勇者は正義が負けないと信じていました。
 だから神様が力を授けてくださったのです」
 今聞いてもドキドキした。心が熱くなった。
「勇者は信じていることを本当のことにすることができる力をもっているのです」
 突然、勇者の物語の語り部が変わった。
「あ……」
 私は手で口を塞ぐ。思わず口にしていた。
 なぜだろう? 心が熱くなって……。
 自分の行動にとまどいを覚えている私にニッコリと微笑みかけるヒイロ。
「ユリアも知ってたんだ……。この本はね。僕の大好きな本」
 私は黙って頷いた。
 なんて偶然なんだろう。同じ本を大好きだったなんて。
「僕の夢の……そう原点みたいなものかな?
 僕はね。勇者が光り輝く剣で魔王を斬りつける姿に憧れた。純粋に格好いいと思って。
 ……だから、6歳のころから剣術を習い始めていたんだ」
 私も剣術を習いたいって言ったっけ。
 でも母親に止められた。女の子がそんなことするもんじゃないって。同じ夢を見ていてもやっぱり違うんだね。
「で……19歳の時。村を出たんだ。母さんにも父さんにも姉ちゃんにも止められた。でも……どうしてもどうしてもあの勇者になりたかったんだ」
 私が家を出たとき、母親は泣いた。『夢を追いたい』というを気持ちを理解してもらえなかった。
「僕を突き動かしているのは……この本の勇者。目を閉じれば浮かんでくる……光の剣で魔王を倒す勇者。やっぱりこれだけはどんなことがあっても諦められない。
 なんだか……こう……心が熱くてね……。気持ちが……なんかこう……、前へ前へ進もうとするんだ」
 そう……これが……、ヒイロの語っているものこそ夢なんだ。どうしようもなく熱い気持ちになって……どうしても叶えたいと思っていること。
「ユリアもこんな気持ちを持ってるんだよね?」
 私は首を横に振った。私はそんな想いを、諦めという檻に閉じこめてしまった。
「……嘘だよ」
「嘘なんかじゃないよ……」
 だって……嘘をついても仕方のないことじゃない。 
「さっき、ユリアが僕に変わって勇者物語を語ったときの目、すごく輝いてたもん。なんだか……熱い想いが伝わってきたよ」
 熱い想い。
 確かに熱くなった……熱くなって思わず……。
「……勇者は……」
 熱い想い……確かにあった熱い想い。閉じこめてしまった……熱い……熱い……。
「勇者は信じていることを本当のことにすることができる力をもっているのです」
 私は勇者物語で一番大好きだった一文をまた口にしていた。
 心がどうしようもなく熱くさせた勇者の姿。自分に嘘をつき続けて、ムリヤリ押し込めた……手に入れたいもの。

『信じていることを本当のことにすることができる力』

 心がどうしようもなく熱くなった。
「そっか……」
 なんだ。そうだったんだ。
「ヒイロ。ありがと」
「ユリア?」
 突然の感謝の言葉にヒイロは少し戸惑っている。
 つらいから諦めようとして……忘れかけていた原点。
「私、子供のころから欲張りだったみたい」
「え? え?」
 私はヒイロが理解できていないにも関わらず話し続ける。

 信じよう。
 そして実現しよう。
 この想いを。
 そしてもう一度見つけ直すのだ。

「ねぇヒイロ。諦めの悪い女は嫌い?」


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