勇者妻35
子供の頃、勇者になりたかったこと。 そして現実を知ったこと。 初恋の人のこと。 新しく見つけたと思った夢のこと。 ……そしてデモンズでどのような旅をしてきたのか。 ヒイロとどんな気持ちで一緒旅をしようと思ったか……。 なぜヒイロから離れたか。 全部。 全部話した。 ヒイロは私が話し終えるまで口を開くことがなかった。私の話をただ真剣に聞いてくれた。 「……これが……今までの私のすべてだよ」 話し始めてから一度もヒイロの顔は見ていない。ヒイロの反応が怖かった。 ヒイロが怒るとしても、悲しむとしても、許してくれるとしても、慰めてくれるとしても……何だか嫌だった。 でも……避けられないよね。受け止めなくちゃ……しっかり。 「そっか……」 それがヒイロの最初の一言。 「それで……今は? これからは?」 今?……これ……から? 「僕はそれが知りたい」 初めてヒイロに視線を向ける。 そこには笑顔があった。ただ私をしっかりと見つめ、そして笑ってくれていた。 「……わからない……」 だから正直に答えた。 ……もうわからない。もう、勇者の妻になるという自分の夢、自分の進むべき道が……なんだか……信じられなくなってしまったから。 悩むことを避けるようにしてひたすら前に進んでいた。でも一度立ち止まり、まわりを見てみてゾッとした。多分……私が望んでいた道とあまりに違っていたから。 「……ヒイロの夢は勇者になることなんだよね?」 夢。私が最も大事にしてきたもの。それ以外のものが無価値だと感じてしまうほど追い求め続けたもの。 「うん」 ……いいな。 どうして私は女に生まれてきてしまったのだろう? 私が男なら夢に向かって進むことができたのに。どうして女なのに勇者になりたいと願ってしまったのだろう。 ……私が勇者になれないのは、男が子供を産めないのと同じ。 望んでも決して叶うことのない願い。 「ユリアも勇者になりたかったんだよね?」 「そうだよ。本当に……真剣……勇者になりたかった」 「……女だから諦めたんだよね」 「………………」 「あのねユリア。僕がもし女でも……」 「やめてよっ!」 ヒイロの言葉の続きはすぐにわかった。 『僕がもし女でも勇者になることを諦めないだろう』 どうしてもその台詞は許せなかった。 「もし女でも? ヒイロ……あなたは男なのよ。女じゃないの。 『もし女でも』の『もし』なんていうのはあり得ないの」 私は再び目をそらした。 「……ごめんね」 私はゆっくりと首を振る。 「私……もし男ならって……何度思ったかわからないんだ。だから……」 「……うん」 「……こっちこそゴメン。『もし……なら』この言葉が大嫌いになったのはいつからかな……。でもいつの間にか使っていて、ものすごく腹が立った。」 叶わない願いがあると悟ったときはいつだっただろう? 「……ねぇ、本当に女は勇者になれないのかな?」 「……わからないよ」 女が勇者になれない本当の理由。 「ヒイロ。多分ね。今ヒイロが考えつくようなことは私も考えたことがあると思うよ。今までに前例が無いだけ。女で勇者を目指す人間がいなかっただけ。……そう考えて……勇者になることを諦める必要なんてない……そう思ったこともある」 「…………」 「……でもね。『勇者』って、英雄なんだ。リムズの人たち全員が待ち望んでいる……そんな存在。そして、リムズの人たち全員が描いている勇者像は『男』なんだよ。私だってそうなんだから……。 憧れている勇者はやっぱり男で……女だったらやっぱり変。私は勇者に憧れているからわかるんだ。そのイメージを壊すことは許されない。みんなが待ち望んでいたイメージ以外の勇者は存在しちゃいけない。そう言う意味では……女は勇者になれないんだよ。 だから……諦めようと思った」 諦めようと思った。でも……諦めきれていないんだろうね。 しばらく2人とも何も言わなかった。いや、おそらく言えなかったんだと思う。今私が出したこの結論は、ずっとずっと考え続けていて……進めなくなって……これ以上進みようがなかったから『結論』を出してしまった『想い』なんだから……。もう進みようがないんだよ。進めるわけがないんだ。 「僕の話をしていい?」 不意にヒイロが口を開く。 「うん」 これ以上進まない話をしていてもしょうがない。 「僕がね。勇者になりたいと思ったのはすっごい小さいとき。5歳くらいかな?」 私と同じくらいだ。 「大好きな本があってね。いや、あれは絵本か。勇者伝説っていう本。今でも内容を全部覚えてるよ」 とても穏やかな表情で自分のことを話すヒイロ。私にはできないことだった。 続いてヒイロは目を瞑り、丁寧に語り出す。 「……それは1500年も前の昔の話……」 ヒイロの頭の中ではその絵本が完璧にイメージされていて、それを1ページずつめくっていっているのかもしれない。 「人々はみんな幸せでした。 ……しかしある日、その幸せを奪う魔王が現れてしまったのです」 あ……。 私はドキッとする。この文脈、聞いたことがある。 「恐ろしい魔王は街を壊し、多くの人々の命を奪いました」 これって……この本って……。 |