勇者妻34

 静かな時間が流れる部屋で、私はもう二度と感じることができないと思っていた安らぎの中にいた。
 宿屋の一室。2人は障気の雨に濡れた服を着替え、宿屋の用意した浴衣を身に纏っている。二人とも壁を背もたれにして絨毯に座り、私はヒイロにもたれかかっている。
 ベイトは法に裁かれた。
 転送陣の管理者への暴行だけでも相当な罪になる。しかし彼はさらに封魔の腕輪を強奪するという罪を犯していた。その時に一人の警備兵の命を奪ったらしい。もう檻から出られることはないようだ。
 でも……ベイトがそういう行動に走る原因をつくった私が裁かれることはない。私の罪は法では裁けないのだ。私はそれを知っていたからこそ今まで……。
「また……悲しい顔してるね」
 優しい声が耳のすぐそばで聞こえる。それだけで心が温かくなっていく。
「ねぇヒイロ……」
「うん?」
「私のこと……好き?」
 私の声は震えていた。
 怖かった。
 どうしても……ヒイロが私を好きでいてくれてると信じられなかったから。
 だって……私は……ヒイロに好かれていいような……そんな女じゃない。
「……ユリアってもしかして鈍い?」
「……え?」
「結構恥ずかしいんだよ。好きな人に好きっていうのって……」
 ヒイロの顔が真っ赤になっていた。
 私の顔も真っ赤になった。こんなの何年ぶりだろう……。何も知らない少女じゃあるまいし……ましてや私は……。
「僕はユリアが好きだよ」
「私のどんなところが好き? 私のどこを好きになってくれた?」
 不安で不安でしょうがない。だって私は……私は……。
「強いところ」
「私……強くなんて!」
「でも弱いところもあるところ」
「……!」
「大人っぽいところ。でも子供っぽいところもあるところ」
 …………。
「意地悪だけど優しくて……クールそうだけど熱くて……」
 ……………………。
「あはは、わかんなくなっちゃった。まとめると……わけがわからないところかな?」
「……な、何よそれ……」
「泣き虫なところも好きだよ」
 私はいつの間にか涙を流していた。
「な、泣き虫……じゃないわよぅ……」
 嬉しかった。ヒイロがあげていった私の好きなところは、私が自分で嫌いなところだったから……。
 いや、違う……。
 受け入れて貰えるかどうか不安で不安で仕方がなかったところだったから。
 でもなんだか悔しくてつい強がった。でも涙は止まらなくて……、声が震えて……。
「よしよし……」
 頭をなでるヒイロの手が優しくて……。
「ねぇ……ユリアは僕のことが好き?」
 え?
 意外な言葉だった。だって……そんなの……当たり前だから。
「僕、ユリアの気持ち、一回も聞いたこと無いよ」
 ……………………。
 自分の気持ちを……ヒイロに伝えていない?
「……あ……」
 そういえばそうかもしれない。ヒイロに対して、好きだということを口にしたことがない。想いが強すぎて……伝わってしまっていると勘違いしていたのかもしれない。
「好きだよ……ヒイロ」
 好きという気持ち。言葉にして相手に伝えたのは久しぶりだった。
 好きな人を素直に好きだと言うのって……ものすごく難しくて……怖いことだったから。
 ずるいよね私。
 ヒイロに先に気持ちを言わせて、後から自分の気持ちを伝えるなんて。
「良かった」
 ホッとしたように笑うヒイロ。
「僕、ユリアに嫌われたのかと思ったんだ。だから僕を置いていっちゃったんだと思ったんだ」
 ……胸の当たりがギュッと掴まれたような感覚を覚える。
 私は……なにをしていたんだろう?
 ヒイロだって不安だったんだ。いつも笑顔で強いけど……不安を感じないなんてことはないんだ。
 もう怖がるのはやめよう。私のすべてを言葉に乗せてヒイロに伝えよう。きっと……そうしなければ明日からもまたつらい想いをすることになる。

 ヒイロに隠し事する。
 ヒイロに作り笑いをする。
 ……ヒイロを……騙す。

 もうそんなのは嫌だった。ううん……耐えられそうもなかった。
 もう自分で自分を苦しめるのだけはやめよう。たとえそれで人から傷つけられたとしても、きっと大丈夫。
 ……そう。
 例え……これからヒイロにすべてを話すことで、ヒイロを失う結果になっても乗り越えられる気がした。
 ヒイロの前に出てベイトの剣から護った時。何かがわかったんだ。
 ぼんやりとだけど……。だから……私は。

「ねぇヒイロ……私の話、聞いてくれる?」
 私は何だか大きな一歩を踏み出したような気がした。
「うん」
 最愛の人の笑顔。
 この笑顔が消えてしまうかもしれないけど……それでも私は前に進みたいから。
「私ね……」 


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