勇者妻31

 目の前にいる男。
 私を狂った刃から護ってくれた男。
 そして私が愛してしまっている男。

 ヒイロ・ブレイブ。

 彼も障気の雨が降るデモンズを進んできたのだろうか? グッショリと濡れている全身が痛々しい。

 なぜここにいるの?

 私が姿を消した後、どうしてたの?

 今……ヒイロは私のことをどう思っているの?

 声にはすることはできなかったが聞きたいことはたくさんあった。
 いや、もうそんなことはどうだっていい。

 逢いたかった……。
 逢えて良かった……。

 ガキィィィン!

「なんだてめぇはぁ!?」
 激しく剣と剣がぶつかり合う音とベイトの怒号によって私は現実に引き戻される。
「人に名前を聞くときは自分から名乗るって習いませんでしたかぁ!!」

 ガキィィィィン!

 戦闘中に気合いを込めて言う言葉ではないが、ヒイロらしい台詞だった。
「なめてんのかてめぇ!」
「至って真面目ですよぉお!」

 ガキィィィィン!

 ヒ、ヒイロってば……。
 ヒイロはその言葉通り至って真面目なのだろう。でも……状況を考えて……、いや、ヒイロはあのままいい。
 変わっていない。
 この状況で不謹慎かもしれないけど、思わず笑みが零れた。
「そうか!」
 鍔迫り合いのなか、ベイトがニタリと笑う。
「てめぇもユリアに騙されていた奴だろう」
 零れてた笑みがその言葉と共に凍り付く。ヒイロがここに現れる。逢えたことを喜んでいられない。
 ヒイロに知られてしまう。男を利用し続けていたこと。そしてヒイロも騙そうとしたこと。
 想像しただけで全身が震え頭が真っ白になってしまった、あの時感じた恐怖が現実のものとなる。

 やめて!
 しゃべらないで!
 お願いベイト!
 あなたの人形にでも何でもなる!だから!

 お願い!


 お願い!


「そいつはなぁ、今まで何人も男を騙し続けていたんだよ! 勇者の妻になって玉の輿に乗ろうって腹なんだよ!」
 声にならない叫び。
 そんな物が復讐の鬼と化したベイトに通じる訳もない。
「一人や二人じゃねぇぜ……。
 そう、さっきも違う男を連れて歩いてやがったなぁ……」
 私は耳をふさぐ。しかしベイトの馬鹿でかい声は、わずかな隙間から容赦なく入り込んでくる。
「かわいそうになぁ。おまえもその一人だってわけだ。
 カハハハハハハハハ!」
 決定的だ……。
 決定的な言葉だった。
 弁解なんてできない。だって、それは事実だから。だから私はもう何も出来ない。
 おそらくヒイロは私を侮蔑するだろう。あの優しい顔を怒りに歪ませるだろう。私に対して投げかけてくれた優しい言葉を後悔するだろう。
「コイツがどんな女かわかっただろう!?」
 でもそれは当然のことだ。
 因果応報。
 悲しいほどその四字熟語に相応しい状況だった。
 ベイトはさも愉快そうに笑った。
「そうですね。わかりましたよ」
 いつものような口調でズバリと言う。
 覚悟はしていた……覚悟はしていたけど……。

 ガキィィィィイイイン!

 剣と剣がぶつかり合い、反動で2人の男の間合いは離れた。
「でもね」
 ベイトを突き放したのはヒイロだった。
「なっ!?」
 不意をつかれたベイトは後ろによれる。
「僕は……あなたとちがって……」
 水晶の刃が煌めく。
「そのくらいのことで好きじゃなくなるような中途半端な惚れ方はしてないんですよぉ!」

 ………………………………!!

 私は何も考えられなくなった。頭が回らなかった。ただただ涙が零れた。
 心が……激しく動きすぎて体がついてこれなくなっていた。


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