勇者妻3
さぁて、どうしたものか…。この街を出る? いや、一人で先に進むのも虚しいし、戻るのも時間がもったいない。と、なるとこの街で新しいパートナーを探さなければいけなくなる。 でも時間が時間だしなぁ……。 現在午前九時。勇者を目指す男なら出発し始める頃だ。と、なるとこの街をフラフラしても見つかるのはろくでもないヤツかもしれないなぁ…。やっぱり先に進んだ方がいいのかしら? そんなことを考えながら私は一人街道を歩いている。どこへいくでもなく。 ……もしかしたら結構滑稽かもね。しょうがない……、とりあえず転送陣の所にでも向かいましょうかね。 転送陣。これは人間を転送することのできる、魔科学より生まれた装置のこと。 転送陣はデモンズの至る所にあり、今では52個ある。転送される場所は決まっているが、あるとないとでは全然違う。 デモンズは普段、障気に包まれているので人間が住めない。つまり、街や村は存在しないのだ。だからそこでは休息もままならない。しかしデモンズに舟のつけることのできる場所から剣塚までは、普通に歩き続けても一ヶ月はかかる。それでは辛すぎるだろう。そこで転送陣というわけだ。 転送陣は、デモンズの入り口から剣塚に至るまでの道のチェックポイントのような役割を果たしている。そこに着けば休憩所、そこの転送陣の転送場所である街にいけるって訳。 でもこういうのがあるんなら、剣塚の近くに転送陣を造り、転送すればすぐなんて思うかもしれないが、そうはうまくいかない。転送陣を使うためには、対なす転送陣の両方と契約をしなければいけないからだ。 しかもその契約は一年近くで切れてしまうので、五十年前契約したとしても意味がない。だから、50年前に一度勇者を目指して頑張った方々も、一から再スタート。このおかげで前回の挑戦者とも不利なく競い合える。だけど前回の挑戦者ってどんなに若くても60代くらい。もう一回挑戦しよう、もしくは、今一度勇者に……なぁんて人はいないとは思うけど……。 そんなわけで勇者を目指す、もしくは勇者と旅をする人間は、まずデモンズにある転送陣と対なすすべての転送陣と契約をしてから旅を始める。今では常識。ちなみに対なす転送陣はそれぞれ違う街に設置されてる。そうしないと勇者志望者で溢れ返っちゃうだろうからね。 ……お、そうこうしてるうちに転送陣についたみたいね。 転送陣は街の外れにある。転送陣は魔力を含んだ金属オリハルコンでできており、大きさは直径2mくらいと小さい。街の外れにあるのは、周りに障害物などがあるとよろしくないため。天井なんてあろうもんなら大問題らしい。くわしくは知らないが。 だから街の外れの平野みたいな所にむき出しで設置されているのだ。 予想通りというか。……やっぱり人がいないわね。朝は人でごった返しになってるんだけど。もうみんな出発してるわよねぇ。 はぁ……完全に出遅れたかしら?転送陣は一度に一人しか転送できないので、混んでるときはなかなか使えない。今は使い放題だけどね。 「お使いになるんですか?」 不意に声をかけられる。転送陣の管理者の声だ。 転送陣には管理者がついている。順番を守らせたり、間違った使い方をさせないためにいる、文字通り管理者ね。 「あ、いいえ、今は……」 でも、使わないのに転送陣の前に来てるなんて思いっきり変よね? 今の台詞はちょっとおかしかったかな? 「誰かをお待ちですか?」 管理者がそんな的はずれな質問をした直後、転送陣が輝き出す。 「おっと、転送される方がいるみたいですね。下がってください」 転送陣が輝くのは使用者がいるため、あんまり近づくと、転送するときに起きる時空の歪みに巻き込まれ大変なことになるらしい。 私は管理者の言葉通り3メートルほど離れた。これだけ離れれば充分だろう。管理者は私より転送陣の近くにいるんだから。 グゥゥゥム。 独特の音が響き転送陣上の空間が歪む。 キン! 激しくフラッシュすると、何かが弾ける音がし、人影が転送陣に現れた。 転送してきたのは少年だった。その幼い顔立ちから察するに私よりも随分年下だろう。男にしては少し長いくらいのボサボサの赤毛。チェーンメイルを身につけており、背には剣を背負っている。ライト製のアームガードは砕かれているみたい。そしてそこから鮮血が…って怪我人? そういえばって言ったら不謹慎なのかもしれないけど少年の顔は苦痛で歪んでいる。 「君! 大丈夫か?」 管理者が声をかける。おっと、ただ見てるだけじゃ極悪人だわね。 「は、はい、ちょっと出血がひどいんで止血をしようかと……」 少年は苦痛に歪ませた顔を無理矢理笑顔に変えて相づちを打つ。律儀な子ねぇ。 「ちょっと、見せてみて」 私は優しい口調で少年に近づき、傷の具合を見る。私も伊達に1ヶ月も勇者の妻になるための旅をしているわけではない。傷の手当ぐらいは手慣れたもんなのよ。 「けっこう深いわね。ちょっといらっしゃい」 言葉通り少年の傷は結構深かった。砕かれたアームガードの破片が刺さったのだろう。見た目からして結構痛そうだ。 私は少年を転送陣から少し離れた所に誘導し、背負い袋から医療道具を取り出して応急処置を始める。 「あ、す、すいません」 年の割にはしっかりした口調でお礼を言ってくる。 「いいのよ。困ったときは助け合わなくちゃね」 この分なら謝礼をいくらかもらえるかしらん? 邪な心の内とは裏腹に、天使のような笑顔(予想)で、優しい女の模範的な言葉を吐いた。 応急処置が済むと傷に手を当て魔法をかける。炎の力で回復力を高める効果のある魔法だ。私の両手から発せられる、なま暖かく赤い光を受けると、みるみる傷が塞がっていく。 ほー、若いだけあって大した回復力だこと。この魔法はかける相手の回復力によって効果が全然違う。これだけの傷が、みるみると表現できるほど早く回復するのはかなりのもんだ。 ちなみに私に負担がかかるみたいに見えるけど、実はこの魔法はあまり魔力を必要としない。相手の回復力を限界以上に引き出す、みたいな感じだから、負担はかけられた相手にかかる。それもかなりね。 でも、ま、若いから大丈夫でしょ? 「よしっと、これだけ塞がれば大丈夫よね」 そういってウィンクを一つ。 我ながら恥ずかしい。前の男の好みのタイプがこういう女だったから癖が抜けてないのだ。 「ありがとうございました。何かお礼をさせてください」 「お礼なんていいわよ。大したことしてないから」 また模範解答で返す。こう答えてもお礼とは貰えるもんなのだ。 「そうですか?」 しかし彼は予想に反してあっさり引き下がった。 おいおい……。私は心の中でツッコミをいれつつ考える。このままではただ働きになってしまう。だけど今さら『やっぱ頂戴♪』とは言えないだろう。 おや? ……おっとそうだそうだ。よく考えればこいつは降って湧いた戦士じゃないのよ。 もしかしたらすごい才能の持ち主かもしれないし、このまま帰す手はないはね。ただ働きもイヤだし。ちょっと唾つけといたろかな? 「ねぇ、それよりちょっと休んだ方がいいわよ。傷は治ったけど体力までは回復してないでしょ?」 「大丈夫。ご心配には及びませんよ」 この……融通の利かないヤツね。 「ダメよ。出発時は万全の状態で。戦士なら基本でしょ?」 私はお姉さん口調で言う。多分この少年みたいなタイプはこういう方がいいだろう。 「そう……ですね。じゃあ、どこかで一休みしてから行きます」 しばらく考えていたが、やがて納得したように頷いてくれた。 よしよし、いい子ね。やっと私の思惑通りに会話が進んできたわん。 「じゃ、私もご一緒していい? これも何かの縁だし話でもしない?」 「暇なんですか?」 コイツ……。額に青筋が浮かび上がりそうになるが何とか引っ込める。 「うん、実はね」 私は怒りの感情をおくびにも出さずに優しい口調で言う。 「僕も一人で休むのもつまらないですしね。いいですよ」 少年は少年らしい屈託のない笑顔で頷いた。 ふふ、これでとりあえずは品定めができるってことね。落ちたのはぼた餅かイガグリか……ってトコかしら? 私はそんなことを考えながら少年と適当な店に入った。 |