勇者妻27

 この街は人が多く、賑わっているが、商店街ではその人通りはさらに激しさを増す。まだ午前中だというのに、歩くのが少し煩わしくなるくらいの人たちで店は賑わっていた。

 何気ない会話。
 そして笑顔。

 ソードと2人で並んで歩くこの道はそんなものに溢れていた。
 でも、本当に会話がしたくてしている人間。本当の笑顔を浮かべている人間が何人いるのだろうか?
 何かの目的のために……聞きたくもない話を興味深そうに聞き、それに対して笑顔を浮かべる……この街にそんな人間は少なくないはずだ……。
 そう……私を筆頭として……。
 そう考えると、デモンズと対照的に澄み渡った青空が嘘のように思えてくる。まるで、人為的に空が青く塗られているような……そんな風に思ってしまう。
 ……おっと……いけないいけない……。こんなことは考えちゃいけないんだったわね。
 明るく前向きに……自分がやっと見つけた道を真っ直ぐと進む。そう決めたんだから。
「これからどうする? 防具でも見るか?」
「えー? 防具? それより洋服が見たいなぁ……」
「よ、洋服か……」
 あからさまにイヤな顔をする。女の洋服選びに付き合うのを嫌がるタイプだということはなんとなくわかっていた。相手が嫌がることをするのは、こっちにとってマイナスになると思うかもしれないが、それは最初の段階だ。ある程度好意を持たれてきたら、少しずつわがままも許してもらえる。多少のことで嫌われるということはないのだ。
 そして、どこまで許されるのか探る必要がある。そうでなければずっと相手にとって可愛い女であり続けなければいけない。それではさすがに身が持たない。自分が主導権を握れる範囲をしっかり掴んでおかなければダメだ。
「ああ、やっぱりいいや。防具見にいこ。新しい防護服見たいし」
 要望を言って相手の反応があまりよくないようだったらすぐに引っ込める。これは結構効果的な方法だ。自分は気持ちを抑え込んであなたに譲っているのよ。というのを間接的に伝えることができる。単純な男にはものすごく効果的な方法だ。
「……いいぜ。洋服を見に行こう」
 ほらね。
 その言葉に驚いた顔を見せる。しかし心の中はニヤリと笑っているのだ。男と女の関係は駆け引き。自分に有利な方向に持っていくためにはソレをうまくやらないといけない。
 何でも言うとおりになる男。私はこういうタイプが好きだった。しかし今は、子供相手にゲームをやって、大勝しているようなそんな虚しさを覚える。
 クソッ……何だってのよ……。訳のわからないモヤモヤとした気持ち。しかし私はそれを表には出さない。勇者の妻になると決めた時から塗り固めてきた仮面は、そんなもので崩れる訳はないのだ。

 洋服屋で適当に時間を潰した後、昼食をとった。そしてまたただ何となくブラブラと街を歩いている。
 まだ……半日もこんな時を過ごすのか……。
「ねぇ、転送陣に行ってみない? もしかしたら雨上がってるかもしれないし」
 正直うんざりしていた。どうしようもなく退屈だった。このままこの男と過ごすことを考えると憂鬱でしょうがない。
 忍耐力がなくなってきたのかな……。ちょっと前ならこのくらい平気だったのに。
「確かに……今からデモンズに行っても俺たちの実力なら次の転送陣に辿り着けるな。……でも、そんなに急がなくてもいいと思うんだが……」
 ソードは乗り気では無いようだ。
 ……くそっ……。だが、これで引き下がるような私ではない。こういうときは……。
「でも……」
 少し苦悶気味の表情を浮かべる私。いかにも訳あり。そんな感じの『でも』だ。
 出会った当初、私はソードに『訳ありで旅をしている』というような印象を与えている。だからこういう反応を見せれば……。
「……わかったよ。行こう」
 頭をポリポリと掻いて、『仕方ねぇなぁ……』と、言った感じで了承してくれる。
 少し心が痛んだ。私は……ソードの優しさを利用し、踏みにじっている。こんなの……改めて考えなくてもわかっているはずだったのに……。
「ホラ、行こうぜ」
 私が表情を曇らせていたのでソードはさらに気を遣ってくれた。

 日頃の行いに天候は影響する。そんな迷信じみたことを私が信じるはずもなかった。しかし、今はそれは当を得ているのかもしれないと思い始めている。
 デモンズに雨が降り続いていることを知らせる看板は腹が立つくらいデカデカ掲げられていた。
「残念だったなユリア。仕方ないさ」
 ソードが私の頭をポンポンと軽く叩く。仕方ない……か。

 ピカッ!

 そんなとき、転送陣が輝き始めた。
 これは……デモンズから転送する人間がいるという合図だ……。
「こんな雨の日に誰だ?」
 利用者がいないため、あくびを噛み殺していた転送陣の管理者が首を傾げながら私たちに距離をとるように指示する。

 キンッ!

 独特の弾ける音ともに転送陣に人影が現れる。
「……あ……」
 私は思わず声を上げてしまった。その人影に確かな見覚えがあったからだ。
「……ユリア……」
 ビショビショに濡れた体で彼は私の名を呟く。その視線は鋭い。
「……なんで……」
 私はそういわずにはいられなかった。
「おまえを追ってきたんだよ」
 その声色にはかつての優しさはない。
 ソードは訳がわからないように私と彼を交互に見ている。
「……ベイト……」
 その男は、私がヒイロと出会う前のパートナー。夢を諦めたために捨てた男だった。


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