勇者妻26

 ソードをパートナーとしてから3度目の朝が来たころ、ソードはもうすっかり私の虜になっていた。何の迷いもなく私を信じ、愛しているだろう。だがまだソードとは関係を持っていない。宿は別の部屋を取り、休んでいる。
 ソードが奥手だったためだろう。私は基本的に自分から誘うことはない。まぁ相手が誘ってくるように仕向けるときはあるが。
 しかし、今はあえてそれをする必要もないだろう。ソードはどうやらソレが無くても精神的なモノで満たされている感がある。無理に関係を持つのもその想いを汚すかもしれないし。
 ……でも……これはもしかしたら言い訳なのかもしれない。未だに私は、どうしても……。
 ダメだダメだダメだ。
 私は胸の底から浮かび上がってくる気持ちを、必死に押さえ込んでソードの部屋へ向かう。もうソードを起こしにいくのは当たり前になっていた。
 ドアの前で大きく深呼吸。
「すぅ……ハァ……」
 今日も可愛く、健気に、ソードの好みの女に。私の中に何かが降りてくる。
 個人差はあるが、女は気がある男の前では女優だ。気があるというのはもちろん好意を持っているというのが一般的だが、利用したい男も気があると言えるだろう。両方とも、『この男をどうにかしたい』と思っているんだから。そして私は大女優。それもトップクラスの。勇者の妻の座を得るために必死にやってきた。私の演技が見破られる訳がない。私の演技に魅せられないはずはない。
 だがたまに、言うとおりにならない男をヨシとするタイプがいる。自分の手のひらで動かせない人間に魅力を感じるらしいのだ。
 私はそんなことない。思い通りにならない男はいらない。私のパートナーは私の手のひらで踊るようなヤツでないとつとまらないのだ。そう考えると……やっぱりアイツは……。
 くっ……まただ……。
 ピシャリと両頬を軽く叩く。
「ソード、朝よ」
 今日も私は舞台に立つ。そして演じる。これが私の生き方。

「え? 今日も雨なの?」
「随分続くなぁ……」
 ソードを起こし、朝食を済ませた後、転送陣へと向かう途中。そんな会話を耳にする。
 今日も雨。
 今の私に降り注ぐ滴は無い。つまり雨が降っているのはデモンズだというわけだ。デモンズはあまり雨が降ることがないのだが、降るときはスコールのように強い雨が降り注ぐ。そしてそれはほぼ確実に24時間継続的に続くのだ。
 デモンズの探索は基本的には晴天か曇りの時に限られる。デモンズに降る雨は障気が溶け込んでおり、浴びるだけで体力が奪われる。さらに視界も悪くなるし、足場も滑りやすくなっている。旅のはじめのころなら魔物が弱いのでなんとかなるかもしれないが、中心部に近いところを進む私たちが、雨の日にデモンズに出向くのははっきり言って自殺行為だ。
 転送陣の前には、デモンズの天候が雨だと言うことを知らせる大きな看板が立っていた。
 しかし……2日続けて雨なんて珍しいわね……。
 せっかくソードというパートナーを手に入れたのに、前へ進めないなんて……。こっちは早く先に進みたいのに……。
「仕方ないぜ。ユリア」
 転送陣をジーッと見つめたまま物思いふける私の頭にポンと手を置いて優しく声をかけるソード。まずい……表情を少し曇らせてしまった。
「わかってるわソード」
 私より頭一つ分くらい高いソードの顔を見上げる。
「ね、今日は何しよっか?」
 そして笑顔。デモンズに行けなかったのはザンネンだけど、ソードと一日好きなことをして過ごせるから嬉しい。そう、そんな感じの笑顔だ。
「あ、ああ……そうだな」
 ポリポリと顎の下の方をかく。ソードが照れたときに見せる癖だ。
 慌てる必要は無いんだ。雨の中でデモンズを進むようなヤツはいない。今日はソードのご機嫌取りに力を入れよう。それも夢を叶えるために必要なことなんだから。そう、雨が降ったからといってただ立ちつくす訳にはいかない。最善を尽くすだけだ。


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