勇者妻25

 特筆すべきモノの無い、何の変哲もない宿屋の廊下を歩いて目的の部屋のドアの前にたどり着くと、スゥーっと深呼吸をしてからノックをする。
「ソード、ソード起きて」
 深呼吸をしたのはとびっきりのかわいい声を出すためだ。『オラ、起きろソード!』なぁんて起こし方をされるよりきゃわいい声でやさ〜しく起こした方が好感を抱かれるに決まっている。まぁこれは極論すぎるかもしれないが。
 ……いや、そんなことはどうでもいい。
 反応がない。
 どうやら起きなかったらしい。私の熱演は徒労に終わってしまったようだ。
 まったく世話の焼ける……。

 ガチャリ。

 私は心の呟きからは想像できないような可愛らしい表情をつくりあげてからドアを開く。ソードはシーツにくるまっており、スースーと寝息を立てていた。
 そんなソードが寝ているベッドに、私は気配を殺して近づいた。ソードほどの使い手なら気配で起こしかねないからね。そしてある程度まで距離を詰めてから声をかける。あまり近づかないのも、気配を殺した理由と同じだ。下手をしたらいきなり襲いかかられるかもしれない……。
 まぁそれはそれで美味しいのかもしれないが、ちょっとそんな気にはなれない。
「ソード、朝よ。ソード」
「う……うう……ん……」
 小さなうめき声。どうやらお目覚めらしい。ゆっくりと目が開かれ、こちらの方に視線を向ける。そして、まるでバチッっと音がなったかと思えるほど唐突に、私とソードの視線がぶつかりあう。そこで私ははにかんだような仕草をしながら「おはようソード」と笑顔で言った。
 ソードの顔がほのかに赤らむ。
「ああ……おはよう……」
 ふふ……。してやったりだ。
 寝起きにはにかむ女の挨拶。一般的にこれはかなり効く。ソードにはクリティカルヒットだったようだ。今ヤツの心臓はバクバクと高鳴っていることだろう。
 ソードはその動揺を隠すかのように顔を背けながら体を起こす。シーツにくるまっていたためにわからなかったが、ソードは何も身につけないで寝るタイプらしい。鍛えられた上半身が露わになる。
「あ……、は、早く起きて準備してよ。下の食堂で待ってるから……」
 今度は私の方が照れなければいけない番だ。ソードの姿に驚いたようにして、プイッと後ろを向き、少しうわずった声で呟くように言い、慌てて部屋を出ていく。
「あ、悪い……」
 案の定私が自分の姿に驚いたのだと思ったソードが慌てて謝る。私はそれをあえて無視して部屋の外へ出て行った。このぐらいの方が『照れている』というのを強調できるからだ。
 おそらくソードにとって今の私は、たまらなく可愛い存在になっていることだろう。まったく……扱い易いいい男を拾ったわ……。しかも今までのパートナーの中では一番腕がたつ……。もうデモンズ探索も後半戦だ。もうコロコロとパートナーを変えていられないだろう。
 ……こいつを最後のパートナーにしよう。
 もっともっと私に惚れさせて、離れられなくなるくらい惚れさせて。そう、私のためなら何でもする、というくらいに。
 なぁに簡単だ。私なら出来る。今まで何人の男をこうやって使ってきたと思っているんだ。
 私は着々と夢を現実のモノにしようとしている。
 そうだ。
 迷わずこのままいけば夢を実現できるのだ。振り向かず真っ直ぐ行こう。夢追い人って……こういう……もんでしょ?

 ……これで……いいんだよね?


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