勇者妻24
「しかしすごいな。オマエ。凄まじい戦闘センスと魔力だよ! イノシシたちとの戦闘を見たときからすごいと思ってたんだけど、一緒に戦ったときの的確な援護には驚いたぜ!」 私はソードとともにデモンズを進み、夕方前には次の転送陣に着いていた。今は転送先の街にある洋食屋で夕食をとっている。 「そうかな? でもソードの剣技の方がよっぽどすごいわよ。まるで鬼神みたいだった」 ソードは3杯目のバーボンのロックを飲みながら今日の戦闘について熱く語っている。ソードは根っからの戦士らしい。戦うことに喜びを感じ、強さに対して貪欲だ。そのおかげか彼の戦闘センスは今までのどんな男よりも素晴らしかった。お世辞でなく鬼神と呼べるほどの腕を持っている。 酔ってなめらかになった口で、自分の戦闘に対する考えなどを長々と語り続けているため少しうんざりしたが、語りを頷いて聞いて貰えるのは気持ちいいものだ。相手が喋る体勢に入っているときは、しっかりと耳を傾ける方が好感を持たれる。 私はワイングラスを少しずつ傾けながら、相手が望むであろう言葉を選んで相づちを打っている。 「……ねぇ……なんで、水晶の剣なの? 水晶よりも丈夫で軽い金属なんていくらでもあるじゃない?」 会話の途中。ふとそんなことを口にしてしまった。水晶の剣を持つ剣士なんてそうそういない。水晶は硬度のわりに値段が高価だ。武器を作るのに適しているとは思えない。 ……ヒイロの時は違和感がなかったのに、ソードが持っているととても強い違和感を感じる。なんというか……相応しくない……そんな気がするのだ。だからこんなことを口にしていたのかもしれない。 「ああ、こいつか……。水晶は透明度が高いからな。光の当て加減によっては見えにくくなるから敵を惑わす効果がある」 なるほどと、頷ける理由だった。ソードほどの腕があれば硬度なんてモノはある程度カバーできる。それよりも水晶の特性を活かすことでさらに戦闘を有利に運ぼうと言うわけだ。だけど……やっぱり……私は納得できない。 「ふぅ〜ん……」 普段なら誉め言葉の一つでもかけてやるところだ。『へぇ、そこまで考えてるんだ。なるほどねぇ〜。でも扱うの難しいでしょ? それを使いこなせてるんだからすごいじゃない』。夢を叶えるパートナーとなるかもしれない男の機嫌はとっておくに越したことはない。でも、どうしても……言えなかった。下手に口を開くと『あんたには相応しくない』と、言ってしまいそうだったから。 「それに硬度がなくたって、剣の腕さえ確かなら何でも斬れるんだぜ? 水晶の剣だって、居合いの達人ならオリハルコンを切ることができる。……まぁこれはオレにもできるかどうかわからないが……」 できるかどうかわからないとは言ってるが、この言い回しはオレならできると言う意味だととらえていいものだろう。相手が自慢をしてきているんだ から今度は流すわけにもいかない。しかしそれでも私はどうしてもそんな気になれないので、素っ気なく、「ソードならきっとできるわよ」と言ってやるに留めた。 ソードはそれでも満足しているようだ。 「そういえばこの剣とは随分長いつきあいをしてるな……」 遠い目をするソード。そして昔話が始まる。男が過去のことを話すのは相手のことを気に入ったからだ。 私は会話の内容に耳を傾けるフリをしながら、別のことを考えていた。 なぜ、今こんなに気持ちが沈んでいるんだろう。少し前まではこんなんじゃなかったのに……。 少なくても楽しかった。男との駆け引きを楽しんでいた。前向きだった。こんなに悩まなかった。もっと明るく考えていた。 ふと昔こんな状態になったことを思い出す。そう……あれは……。勇者になることを諦めたとき。女が勇者になれないことを受け入れたとき。 自分が何をしたらいいのかわからなくなって。多分……自分が進むべき道が見えなくなっていたのだろう。 じゃあ今もそうなの? ……ううん違う。進むべき道は決まっている。勇者の妻になる。そのために最善を尽くす。じゃあなぜ今こんなにも苦しい? なぜこんなにも悩んでいる? ヒイロの顔が思い浮かぶ。 あいつの……せいだ……。あいつが……私の心を惑わしたんだ……。あいつが……あいつが……。 真っ直ぐで透き通った瞳。想い。強さ。そんなもので、私がせっかく見つけた道を……確かに見つけたと思った新しい夢に疑いを持たせたのだ。ヒイロに会わなければ……ずっとこの道を真っ直ぐに進めたのに。 私はワインを飲むスピードを速め、アルコールによって脳の回転が鈍っていくのに身を任せた。 このままでいい。これが私の決めた道。私の生き方。何年間もかけて……やっと……やっと見つけた私の道……。会って1ヶ月も経たないあんなヤツのせいで歪んでしまうなんてこと……ないはずだ……。 暖かい日差しがつらい朝だった。頭がガンガンと痛む。二日酔い……だろうか? 昨日は結構飲んだものね。そういえば1本ワインを空けた後の記憶が曖昧だ。 「あっ!!」 私は思わず声をあげて今の自分の状況を確認する。 ……ちゃんと服を着てるし一人部屋だ……。酔った勢いでソードとどうにかなってしまったのかと思ったが、どうやら杞憂のようだ。 良かった……何もなかったみたい……。 「……良かった?」 思わず声に出して自分の思考に対して問いかける。ソードと関係を持っても問題はなかったはずだ。ソードはパートナーとしては申し分無い実力を持っているし、なのになぜ? まさか……ヒイロに貞操を立てているのかしら……。 「ふふっ……アハハハハハハハハハハハハハッ!」 私は笑った。声に出して笑った。滑稽だ。本当に滑稽だ。 もう忘れよう。ヒイロのことは忘れよう。そしてヒイロと会う以前の私に戻るのだ。 狡猾でも明るく楽しくやっていた自分に。あいつに縛られることは無い。そうすればきっと私は前に進めるのだ。 |