勇者妻23

「で〜? ダレだぁヒイロって。」
 無精ヒゲの男は鬼神のような動きで十数匹の魔物を倒した後とは思えないほど、緊張感の無い声で私に問いかけた。
 ……風のような速さ。虹色に輝く剣……。それだけで見間違うなんてね。
「……知ってる人……よ」
 私は男の問いかけにハッキリしない口調で答えた。……本当にハッキリしないのだ。仕方がない。
 ヒイロは私にとってどういう存在だったのか、私はヒイロにとってどういう存在だったのか。ハッキリとわからないんだから答えられるはずがない。
「昔の男だろ?」
 デリカシーの無い言葉を『ヘヘヘ』といやらしい含み笑いとともにいう。
 嫌な気分になったがそんなそぶりも見せず「助けてくれてありがとう」と笑顔で答える。
「ドーイタシマシテ」
 ふざけた口調で返す男。
 ……気にくわなかった。
 まず外見からして気にくわない。痩せ型の長身。ヒイロとはまた違った不潔そうなボサボサ頭。しかも長髪。無精ヒゲ。およそ外見には気を遣っていない。
 顔は切れ長の目と高くない鼻が特徴的で、そんなに悪くない。身につけている装備の方はかなり機能性重視。胸や腕など、必要最低限の場所にだけライト製の防具を身につけており、後は金属を織り込んだ合成繊維の服を着ている。使い込まれて古くなってはいるが、手入れはしっかり行き届いており、その機能を100%発揮できるだろう。
 剣は水晶で出来た大きめの剣。20pの幅に120pはある刃はかなりの威圧感がある。
 歳は30前後だろう。総合的に見て、いかにもな感じの熟練した戦士タイプだ。
「しっかし、ネーさん無茶だねぇ? こんな場所に女一人でいるなんて。普通は男といるだろ?」
「そっ……」
 そんなの私の勝手でしょ……。
 口に出そうになったその言葉を慌てて飲み込む。
 何してるのよ? チャンスよ。こいつの腕はかなりのもの。前みたく取りいって一緒に旅をするのよ。勇者の妻になるのが私の夢なんでしょ?
「……ちょっと……ね」
 伏し目がちに呟く。『訳あり』という雰囲気をこれでもかというほど醸し出してやる。
「…………」
 思った通りの反応を示す男。こういうタイプはめんどくさい話をいきなり聞きたがらない。しかし興味はしっかりとそそられるのだ。
「……ま、色々あるみたいだな」
 ……視線をそらす私。態度で肯定を表す。こっちの方が効果的だ。
「……どうだネーちゃん。この先一人で進むのはしんどいだろ? なんだったら転送陣まで送ってやるぜ?」
 優しい言葉。どうやら筋書き通りだ。
「……ありがとう」
 私はここで少し憂いを帯びた笑顔を浮かべる。そんな私の笑顔を見た男は少し照れたようにアゴをポリポリと掻いた。
 こういう不器用な男は、ぶっきらぼうな自分の優しさを素直に受け止められると照れるものだ。
「……じゃ、ネーちゃん。早速行こうか? それとも休むか?」
「……ユリアよ。私はもう大丈夫。行きましょう」
「ユリア、な。オレはソードだ」
「……よろしくね。ソード」
 戦闘で乱れた髪を直しながらの一言。これは私がもっとも『美しく見える』ポーズだ。
「……ああ。よろしくな」
 少し私に見とれている素振りを見せてから頷く。
 もうすっかり私のペースだった。こいつを懐柔するのはチョロい。ぶっきらぼうでがさつな性格に見えるが、実は不器用で女性経験は浅い。2、3人とつき合ったくらいだろう。
 こういう男は影の潜んだ訳アリの雰囲気があったり、自分の真意を認めてくれて素直に誉めてくれるそんな女がタイプなのだ。
 ……ふふ……。前の自分を……自分らしさを取り戻してきたみたいね。
 ……そっか……。私……こんな女だったんだよね。こんなことしてたんだね。
 ……わかってて……やってるつもり……だったんだけどな。

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