勇者妻22
うっすらと朝靄がかかっているだけのデモンズは想像以上に暗く、視界は恐ろしく悪かった。朝の弱い日差しの恩恵を受けるには、この島には背の高い木が多すぎる。 光を灯すこともできるが、それでは魔物に狙われる。私は神経を針のようにとがらせ一歩一歩先を進んだ。 一人でデモンズを歩くのはどれぐらいぶりだろうか? 男に見切りをつけてもすぐ新しい男を見つけていたし、一人でデモンズを歩く気にもなれなかったから街でくすぶって男を探していた。 でも……今回はじっとしていられなかった。前に進んでいなければおかしくなりそうだった。私にとって夢に向かって進むというのは、最高の目標でありすべてだから。 ………………! 思考を止めるほどの強い悪寒。魔物の気配。相変わらず代わり映えのしない景色が一瞬にして別のものになる。 ……数が……半端じゃない。20? ……いやもっと? 2人旅をしていた時は20匹くらいの魔物と戦ったこともあるが、1人の時は10匹前後がいいところだ。……しかもここは塔に結構近づいている地点。魔物の強さも跳ね上がっていることだろう。 私は精霊を両手に仕込む。 数が多いからと言って昨日のような無茶な戦いはできない。これから先はまだまだ長いのだ。魔力を使い切るわけにもいかない。 ……でも……。そんなこと言ってられる数じゃないことも確かだ……。 あとは魔物化した生物が、鹿などの戦闘能力の低いヤツであることを祈るのみ。 ……来たっ! ガサァ! 複数の踏み込む音がして、前後左右から合計9匹のイノシシが姿を現し突進してくる。 くっ……やっぱり数が多い。 しかもイノシシか……。確認できてないけどまだ他にもいるわ……。気配からして全部イノシシじゃないみたいだけど……。でもやるしかないみたいね。囲まれてるんだから。 私は両手に仕込んだ精霊にイメージを与えつつ、両腕を横に広げる。 パァン! 甲高い爆発音とともに火花が広範囲に四散した。 これは目くらましにすぎない。数が多いのでせめて両サイドの敵の動きを止めようとしたのだ。 こちら側も両サイドに関しては視界が0になってしまっているが、サイドからの攻撃は当たらないものと仮定して前後の敵に集中する。サイドからの攻撃にやられたら運が無かった。そういうことだ。 私は広げた両腕を前方に突きだし、四散させずに温存しておいた両手の精霊を併せる。 「はぁ!」 得意の爆発する火球に変化させ、勢いよく放った。そして魔法を打ち出すときの反動を利用してバック宙を決める。 世界がぐるりと回っている最中、腰に仕込んだ4本の投げナイフを右手に持ち、もう一方の手で腰の後ろに仕込んである特別製のダガーを抜く。 ドォン! 派手に炸裂する爆発音。さっき放った火球が敵に命中し炸裂したのだろう。これで前方の動きも止められたはず。 私は宙に浮いたまま後ろの敵を確認する。 ……イノシシが3匹。 空中でその存在を確認するとともに、前の方を走っていた2匹のイノシシに投げナイフをそれぞれ2本ずつ投げつけた。 空気を切り裂く音の後ににぶい音が聞こえる。 4本が4本ともねらい通りイノシシの背中に突き刺さる。痛みでバランスを崩し、派手に転がる2匹のイノシシたち。残りの1匹のイノシシは転がった同胞に足を取られて前の2匹と同じように転がっている。 もう何匹ものイノシシを仕留めているはずだが、私にはまだ一呼吸もゆるされない。特別製のダガーを右手に持ち替え、着地の足場を慎重に選びつつ左手に精霊を創り出す。 私が地に足を着いたときには8匹のイノシシが前方から突進を開始しているところだった。だが後方にいた敵は一掃したみたいだから、後方からの攻撃がない分やりやすい。 「ふっ!」 イノシシが私の元に到達する前に左手を拳に変え地面に叩きつける。拳が少し痛んだが、そんなことを気にしていられない。間髪入れずに私は後方に跳んだ。もちろん空いた左手に精霊を創り出しておくのも忘れない。 私が後方に跳んだ数秒後。拳を打ち付けた地点にイノシシが到達し、私の仕込んだ魔力の地雷が炸裂する。爆発に数匹のイノシシが巻き込まれたが、8匹全部を巻き込むには威力が足りない。3匹は勢いを失わずに私のもとに突っ込んできている。 ……5匹……。6匹はいけると思ったんだけど……。この3匹は早めに倒しておかないといつ次が来るかわからないのに……。 考えていても仕方がない。グッと足を踏み込んでダガーを構える。 「ブオッ!」 荒い鼻息とともに襲いかかってくるイノシシたち。 「…………!」 一匹目のイノシシの攻撃を左方向によけることによって避け、その横っ腹をダガーで切り裂いた。ビシャリと顔をかかる血しぶきが目に入らないよう首を少し動かす。その間すでに襲いかかってきている他のイノシシ。避けの動作をとれない私は左足を踏み込んで精霊を仕込んだ左拳を突き出した。 私の拳がカウンターとなって突き刺さり、イノシシが吹っ飛ぶ。もちろん魔力によって威力をあげた拳だからできた芸当だ。3匹目のイノシシは拳で吹っ飛ばしたイノシシにぶつかり一緒に吹っ飛んでいる。 もちろん狙って……やったわけじゃない。……ここを生き抜くために必要な運が私にはあったということだ。 「はっ……」 やっと一呼吸。これまでまともに息を吸っていない。新鮮な酸素がいきなり脳に回り、少しクラッとする。しかしそんなのを気にしていられない。 すでに私の視界には、サラマンダー4匹とイノシシ3匹。さらに山猫が5匹映っている。 ……これは……ダメかもしれない。 すでに連続的に魔力を使いすぎてしまっているし、身体の疲労も半端じゃない。さらに今視界に入っていると表現した敵は、襲ってくる可能性が高い敵だ。吹っ飛ばしただけのイノシシも致命傷を与えたわけではないのでいつ戦線に復帰してくるかわからない。 でも……こんなところじゃ……死ねないわよね。 私は左手に精霊を仕込み、ダガーを強く握って敵が襲いかかってくるのに備える。 ……来るっ! ヒュオッ……。 空気が変わり、敵が一斉に私に襲いかかってくると思った刹那。私の後方から一陣の風が通り抜けていった。 虹色の軌跡を残して敵に向かっていく疾風。 「ヒイロ!?」 私は無意識のうちに大きな声で叫んでいた。 |