勇者妻21

 今日も冴える水晶の刃。相変わらず華麗だ。
 ヒイロの剣に使われている水晶は驚くほど純度が高く、信じられないほど透き通っている。光の当たり方によって虹色の様々な輝きを放ち、眩しいくらいに美しい。
 似ているなと思った。
 何にって、もちろん持ち主に。
 驚くほど純粋で、信じられないほど透き通った心で、様々な輝きを持っていて、眩しいくらいに美しい笑顔が作れて。
 まるでヒイロの心を写したかのようだ。もし本当にあの剣が人の心を映し出すもので、もし仮に私がこの剣を持ったとしたらどうだろう。
 ……おそらく今ある美しさを保てないではないのではないだろうか。様々な不純物が含まれ、黒くくすんでいて、半透明とも言い難いほど濁っていて、目も当てられないほど醜い。そんな剣になってしまうのではないだろうか?
「ユリア! どうしたの? シルフが!」
 魔物化した馬と戦闘中に、私の方を振り向いて叫ぶ。
 シルフが十数匹私に襲いかかっている。今までボーッとしていたためだ。
 ……もちろん私にもそんなことはわかっている。私は今の今まで溜めておいた精霊に一気にイメージを与え、全身に力を入れ足を踏ん張る。
「ハッ!」

 ドゴガァアッ!

 雑念をうち消すかのごとく、自分を中心にして放射線状に激しい爆発を起こした。凄まじい熱と爆風で、私の周囲5m前後が焼け野原と化す。私に襲いかかろうとしていた十数匹のシルフは、それにやられ消し炭のようになった。
 我ながら無茶なことをしたなと思った。魔力の無駄遣いもいいところだ。全身の魔力を使い果たしたようなそんな気がする。しかもモウモウと砂煙が舞っているので視界はゼロだ。今襲われたら一溜まりも無いだろう。
 しかし今はこの脱力感と、何も見えない空間が心地よかった。
 ……ハハ。立ってられないや。
 ガクンと膝をつく。地面生い茂る背の低い草たちがくしゃりと潰れた。
「ユリア! 無事なの!? ユリア!」
 私を呼ぶ声。まだ戦闘中なのだろうか? 息が少し切れている……。だったら……悪いことしちゃったかな。
「大丈夫よ。ヒイロ」
 震える足に拳を打ち付けることで硬直させ、立ち上がる。そしてゆっくりと歩いて砂煙の舞う空間から出た。

 ザシュッ!

 視界が戻って始めに目に入ったのは、ヒイロが最後の馬の首を薙いでいる所だった。

 ブシャッ……。

 血しぶきがヒイロの身体を汚す。
 今まで無かった光景だった。ヒイロは血しぶきなんて浴びることは無かった。
 ……私のせいなのだろう。
 私があんな無茶をしたからヒイロの動きが鈍ったのだ。
「ユリア! 大丈夫なの?」
 しかしヒイロはそんなことを気にもせず、すぐに私の心配をしてくれた。
 ……痛かった。どうしようもなく痛かった。
「ごめんね。ちょっと油断しちゃった。大丈夫だよヒイロ」
 だけど私は心の籠もっていない笑顔で答える。ヒイロの真心を乾いた心で返す。
「……ユリア……」
「大丈夫だって言ったでしょ? ホラ。先に行こ?」
 ……もう……限界かな。
 ヒイロは私といてはいけない。今のヒイロを見ればわかる。あれだけ美しかった彼を返り血で汚してしまったのは私の責任だ。
 ……多分これからも一緒にいれば、こんなことが多々ある。外観だけでなく心の方も汚していってしまうかもしれない。
 私もヒイロといてはいけない。やっと見つけた夢が、夢に向かう心が、決意が……ヒイロといるとぐらついてしまう。
 そう2人は一緒にいない方がいいのだ。
「ユリア……?」
 また表情を読みとられた。
 ……でもこんなこともなくなるんだよね?
「へへ……ちょっと疲れちゃったみたい。早く宿屋に行って休みたいな」
「そう……だね……」
 ヒイロが返事を鈍らせる。……多分何か感じ取ったんだろう。
 でも……でもね。もうどうしようもないんだよ?


 その翌朝。
 私はヒイロを置いて先に転送陣に向かった。


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