勇者妻20
本当に何の変哲もないデートだった。街をふらふらして、目に付いたお店があったら入って……。買いもしない服を試着して、美味しそうなお店でお昼ご飯を食べて。 「ヒイロ? 楽しい?」 私はふと不安になる。今私はすごく楽しい。でもヒイロはどう思っているのだろうか? ほとんど強引に誘ったようなものだ。本当に楽しんでくれてるのだろうか? 「うん。とっても。楽しくて幸せ」 屈託のない笑顔。ヒイロは嘘をつけない正直者。だから言葉が素直に信じられる。 「良かった」 私も笑う。素直に笑っている。心から笑っている。 今までの私では考えられない。ヒイロのおかげだ。私はヒイロの前ではきっと素直でいられる。 「夕食がカレーライスだったらもっと幸せになるんだけどな〜」 ヒイロが好きな食べ物は、ハンバークとカレーライスとトンカツ。まるで子供だ。 そう言えば……今日は朝食がハンバーグサンド、昼食がトンカツ定食だった。それで夕食がカレーだったら、そりゃあ幸せだろう。 ヒイロが幸せなら私も幸せ。 「じゃ、私がつくってあげる」 私は無性に、ヒイロに私の手料理を食べさせたくなった。 なんと言うか……ヒイロが幸せになるものを、自分で作りたくなった……とでも表現すればいいんだろうか……。 ああ……私ってば『恋する乙女』丸出し……。恥ずかしいにも程があるわ……。 でも……まぁ……、いい……よね? たしかこの町にはキャンプ場みたいなものがあったはずだ。そこを借りればカレーくらいなら作ってあげられるだろう。 「え? ユリアが? ユリアって料理なんてできるの?」 なめんなよ〜? 男たらし込むためには料理の腕は必要不可欠なのよっ! 「何よ〜? 意外だって言うのぉ?」 「うん」 相変わらずコイツは……。でも私はこういう所も含めてヒイロが好きなんだろう。 「そういういうのは食べてから言ってもらいたいわね〜」 「そうだね〜。じゃあ食べてから言うね」 ははははは。 あ〜言えばこ〜言うというヤツだ。 「じゃ、材料買って、キャンプ場を借りましょう!」 今日は本当に楽しい。楽しいし幸せだ。 何でもっと早く自分の気持ちに素直になることができなかったんだろう。ヒイロのことを想って眠れなかった夜が嘘みたいだ……。 「ヒ、ヒイロ器用……」 私よりうまくジャガイモの皮を剥いている……。私は人並み以上に料理ができる、しかしヒイロはその上をいっていた。 「あはは。母ちゃんも姉ちゃんも料理できなくてね。物心ついたころから、料理作ってたから。 ちなみにお父さんは洗濯と掃除やってたよ」 なかなかイイ家庭じゃな〜い♪ でも……子供の頃からやっていたのか……。こういう人間のもつ料理センスは、もうできるできないのレベルでなく、その作業が『日常』になってしまったという、また別次元のレベルだ。 私は家にいるとき、料理は母親に任せっきりだった。いっつもお父さんが、お母さんの料理の方がうまいって言うから、家では作らない。私の父は『娘よりも母親が大事』と、娘の前で言ってしまうような『妻馬鹿』だったからね。 「へぇ〜。大変だったのね」 「そんなことないよ。料理好きだし」 「あ、でも手伝うのは下ごしらえまでにしてよね。じゃないと私の料理の腕を披露できないし」 「うん。もちろん」 でも……こんなに料理がうまいヒイロに私の料理が通用するかしら? ……コイツ毒舌だからぼろくそいいそうだなぁ〜。 ……ふふ、でもまぁいいや。それはそれで楽しそうだ。 「うん。美味しいよユリア」 かなり早いペースでカレーを口に運んでいるヒイロ。 「でしょ? 料理なんてできるのって言ったこと、取り下げてよね」 「そんな細かいこと覚えてたの? 暗いなぁ」 コ、コノヤロ〜。鼻の穴からカレーぶち込んむぞ!? 「アハハハ。怖い顔しないでよ。 うん。ユリア料理上手いよ」 言ってニッコリ、いつもの笑顔。どんな罪も許されてしまうようなそんな純真な笑顔。 「良かった。たくさん食べてね」 私もニッコリと笑う。 笑える。ヒイロの前では笑える。 いいな……こういうの……。 ずっとこういうのが続けばいいな。 そうしたら……別に……勇者の妻になんてならなくても……。 ………………!!!! な、何を考えてるんだ私は。 『こういう生活もいいよな』 忘れかけていたはずの男の声が思い出される。 『暖かい家庭って言うのかなぁ……、朝起きたら好きな人がいて……微笑んでくれる』 同じじゃない……。 『魔王退治なんて……バクチみたいなことをしないで……俺と二人で暮らさないか?』 私が捨てたあの男と……一緒じゃない……。 「ユリア? どうしたの顔が青いよ?」 ………………。 「な、何でもないよ」 何でも無いなんて言えるような状態じゃなかった。全身から体温が抜けてしまったようなそんな錯覚を覚える。 今まで『夢の叶えるため』に踏みにじってきた人の気持ち。そんな気持ちと同じものを今の私は持ってしまっていた。 「ユリア?」 ヒイロが心配そうに私の顔をのぞき込む。 ……………………。 「大丈夫だよ。ヒイロ」 私は笑顔で答えた。だがさっきまでの笑顔とは違う。夢を追うために利用するパートナーに向ける笑顔で答えたのだ。 そうだ。忘れていた。私は『夢を叶えるため』に多くのものを捨ててきた。踏みにじってきた。私にとって夢とは最高の存在なのだ。だからそのためだけに生きていこうと決めたのだ。これで……途中でやめるなんて許されない。ありきたりな恋を成就させるために、夢を諦めるなんて許されない。 「う、うん。大丈夫ならいいんだけど」 ヒイロは何か釈然としないものを感じながらも私の言葉を信じてくる。 そんな彼の態度に私の胸は痛んだが、もう後戻りはできないのだ。 |