勇者妻2

 私の名前はユリア・シピア。勇者の妻を夢見る乙女。
 ……一般的に、二十歳の女が乙女と表現できるかどうかはわからないけど、自分はそう思っている。いつでも心はピッチピチ。私のちょっと恥ずかしい信条だ。
 そんな私が今何をしているか。転送装置のある街、ファストの酒場のカウンターで、グレープフルーツジュースを飲んでいる。
 もちろんただ喉を潤している訳ではない。美しく言えば共に夢を追うパートナーを探している。と、いったところか。心ない人間は私のこの行為を男漁りと言う。
 ま、まぁそう表現できなくもないのが事実ではあるのだが……。いや、気は持ちよう。人生は前向きに。共に夢を追うパートナーを探していると表現させてもらう。
 さっきから何回も話している私の夢。勇者の妻になること。
 なぜなりたいかって? そりゃあもちろん一生遊んで暮らせるからよ。勇者には莫大な富と栄誉が贈られる。その妻ならその富と栄誉も手に入る。
 よく少女が、「お姫様になりたぁい」なんていうけど、一般家庭に育った凡人がお姫様になりたいと言うよりは、勇者の妻になりたいという方が現実的なのだ。
 そう、私は実現できない夢は見ない。見れる夢を見る女なのよ! と、一人で何を盛り上がってるんだか……。
 でも、あの時から私のテンションは上がりっ放しだ。魔王が復活する予兆が起きたその時から。

 魔王。勇者に倒される存在。
 伝説の剣。魔王を倒す武器。
 勇者。伝説の剣の持ち主。

 私の住むこの世界、リムズにはそれらが実在する。魔王は五十年に一度復活し、伝説の剣もその時に力を取り戻す。そしてその剣を手にしたのが勇者。
 簡単に要約するとこうなる。
 簡単すぎるかもしれないので、いつも持ち歩いている私の愛読書、『勇者の傾向と対策』から、勇者についての伝説を語らせていただく。要約ですべて分かる人は別にとばしてもらってもかまわない。結構長いからね。
 ちなみにこの『勇者の傾向と対策』の著者はこの私ユリア=シピア。16歳の時から書き綴っている私の汗と涙と努力と欲望の結晶。現在は三百ページにもなるこの本というかこの資料。しかもまだ未完というこの本の存在によって、いかに私が勇者の妻になりたいかが、表れているかと思う。
 ……少し話が脱線してしまったようね。では『勇者の傾向と対策』第一部、勇者伝説の概略から、軽めに勇者の伝説を語らせてもらおう。

 話は今から1500年前にさかのぼる。突如現れた魔王が世界を恐怖に陥れた。魔王は何が楽しいのか破壊の限りをつくしたらしい。それから程なくして、その魔王を止めようと天界から神が降りてきた。神は人間の騎士を引き連れて魔王討伐に向かう。
 決戦の場となったのは、後にデモンズと呼ばれる大きな島。そこで神と魔王は戦った。しかし勝利したのは、人類の希望である神ではなく魔王だった。
 だが、神が敗れ、絶望する騎士団の中から、まだ希望を捨てない若い騎士が魔王に立ち向かった。その時奇跡が起きた。いや、神が自分の力を、その騎士の剣に宿したのだ。若い騎士は神の力の宿った剣で魔王を討ち倒す。
 そう、その剣こそが伝説の剣。その剣を用いて魔王を討ち倒したのが勇者と言うわけだ。
 だが、魔王は滅びることなく障気に姿を変えた。『私は再び蘇る』と言い残して。
 魔王は空気に溶け込むように消え去る。すると今度は剣に宿っている神が勇者と騎士たちに言葉を残した。『再び魔王が復活したときに備え、私は少し眠らせてもらう。できれば天に近い場所に突き立ててもらいたい』と。
 勇者と騎士たちはその言葉を受け、デモンズの中心に、剣塚と称する50階もの高さを誇る塔を造り、その最上階に剣を保管した。魔王が復活したときのために、選ばれた騎士もそこに配備する。これで、魔王が復活したとしても大丈夫だと、その時は思っていた。
 しかしその1年後、自分を滅ぼす力を持つ剣を再び手にされまいと、障気となった魔王が島を包んだ。障気に包まれた島は、人間が生活できる場所ではなくなってしまった。よって剣塚近くには誰も近寄れなくなってしまったのである。
 もう魔王を倒す伝説の剣を手に入れることができない。人々は絶望した。
 しかし、希望はあった。
 魔王が復活する。つまりそれは障気の姿から元の姿に戻るということだ。障気の姿から元に戻ると言うことは、障気が一カ所に集まるということで、島を包む障気が薄くなるということでもあるのだ。
 魔王が復活しようとするとき障気は薄くなる。障気が薄くなれば伝説の剣を手にできる。そうすれば魔王は倒せる。
 もちろんまだ問題はある。魔王が一瞬で障気の姿から元の姿に戻り、剣を先に奪われたらどうしようもない。魔王に太刀打ちする術は、伝説の剣しか考えられないのだから。
 人々は魔王復活の時まで恐怖に震えた。
 それから50年後、魔王が復活する兆しを見せた。
 障気が薄くなったのだ。島での行動が可能になると、また騎士団が島に乗り込んだ。魔王が完全に復活する前に、伝説の剣を手に入れるために。
 結果、魔王は元の姿に戻る前に倒された。魔王が元の姿に戻るには三ヶ月以上もの時間が必要だったことが幸いしたのだろう。
 だが、魔王はまた滅びなかった。再び障気に姿を変えたのだ。伝説の剣はまた、剣塚に眠ることを望む。1年後、島は障気に包まれる。人々は島から離れることを余儀なくされる。そして50年後にはまた、魔王は復活の兆しを見せた。

 と、これが伝説の大まかな説明。だけど伝説はまだ終わってないのよね。つまりまだ継続中ってこと。魔王がこの地に降り立ってから1500年の年月が流れている。だけど、まだこの不毛とも言える戦いは続いているのだ。
 つまりもう、30回もそんなことが繰り返されているってわけね。それは勇者が30人も生まれていたと言うことも意味しているわけだ。
 そして魔王復活の兆しの見え始めている今。31人目の勇者が生まれようとしている。その勇者の妻もね。
 勇者。伝説の剣を使って魔王を倒した人間。なるのが難しそうだがそうでもない。伝説の剣は非常に強力で、しかも魔王はほとんどの場合、元の姿に戻る前に倒されている。
 さっきから元の姿としか表現してないのも、その元の姿が明確でないからだ。
 でも元の姿に戻る前の魔王。実体化する前の魔王とでも表現しようかしら? そいつは普通の攻撃じゃ歯が立たないけど、伝説の剣なら一撃でも倒せる。簡単に言えば伝説の剣を手に入れさえすれば魔王は倒せるって訳よ。
 男なら誰でもなれる可能性があり、そのチャンスは50年に一度巡ってくる。今は勇者もそんな風に認識されている。もう、伝説って感じじゃないわね。50年に一度の宝くじって表現はちょっとぶっ飛びすぎてるかもしれないけど、現実はそんなものよ。
 ま、だからといってそう簡単には勇者になれるものじゃない。やっぱりある程度の実力と運がなくちゃね。障気が薄くなったのがスタートの合図でヨーイドン。一番早く剣のもとに辿り着いたランナーが一位。見事勇者ですってわけでもない。
 デモンズには障気に当てられ魔物化した動物やら精霊やらがいっぱいいるのよね。だから塔に辿り着くまでは危険がいっぱい。塔にはさらに強力な魔物がいるらしくて、かなりしんどいらしい。でも、それさえきり抜ければ勇者になれる。富と名誉が手に入る。
 それこそ一生遊んで暮らせるほどの。そう考えれば剣を手に入れるまでの苦労も大したことない。おつりがくるくらいよ。
 そして私が今探している、共に夢を追うパートナー。それはつまり勇者になりそうな男のことだ。
 しかし、あんまりめぼしい人材がいない。この島を包む障気が薄くなってきてから約1ヶ月。色んなパートナーと巡り会ってきたが、どうもみんな不甲斐ない。
 さっき別れた男Aはなかなかだったんだけどね。実力、運。そして人に好かれる人格。若さ。申し分ない能力だったんだけど、勇者になる意志を捨てちゃあどうしようもない。
 『勇者の傾向と対策』の、勇者の傾向にも、途中で勇者になることをあきらめた者で勇者になったものはいないとある。勇者の傾向は過去30人の勇者のデータから、文字通り傾向を調べ上げたものだ。
 ……でもデータだけあってもしょうがないわよね。早いとこ新しい男をとっつかまえなきゃなぁ……。

 それにしても……。
 今日に限ってどういうことだろうか。私はこの酒場で1時間も時間を潰している。なのに誰も声をかけてこないとは……。
 私の顔は中の上。スタイルだって悪くない。さらに綺麗な光沢をもつ、栗色のサラサラとしたセミロングのヘアーカットがさらにキュートにしてくれている。
 女に飢えている戦士どもが放って置くはずがないのだが。
 とびきり美人だとか可愛い女よりも、ちょっと可愛いくらいの女の方が声をかけられる率は高い。男どもは手に入れやすいだろうとでも思っているのだろう。
 ま、実際私を手に入れるのは簡単だ。勇者になる素質があればいいのだから。
 そんな女が酒場で一人、寂しげにジュースを飲んでいる。なぜ誰も声をかけない! カウンターに座っているので、正確な店内の状況を認識しているわけではないが、10人ほどの勇者狙いの騎士やら戦士やらがいることが雰囲気でわかる。なのに、なのになぜ? 今まではこの方法で男をゲットしてきたのだが、もうそうは言ってられなくなったのかしら? それならこっちから出向くまでよ。
 私はさりげなく席を立ち。ザッと店内を見回す。
 んげっ!
 私は思わずお下品な悲鳴を上げそうになった。
 シングルが一人もいない……。女の方が多いパーティや、すでにラブラブモード一直線なペアばかりだ。
 ……はっ!
 ここで1時間も一人でジュースを飲み続けたってことは……。私、ただの悲しい女じゃないのよぉぉぉ!
 思わず立ちくらみを起こしてしまいそうになる。考えてみればそうだ。障気が薄くなってから1ヶ月が経つ。みんなそろそろ腰を落ち着ける頃だ。もはや、めぼしいシングルの男などほとんどいないかもしれない。勇者の妻になりたいなどと思うヤツはけっこうたくさんいるのだから。
 まずい。これはまずい! このままでは高望みしすぎて婚期の遅れた、いや、婚期を逃した女になってしまう!
 ど、どこかにいい男いねがぁ……。って、何なまはげみたいな思考になってるのよ私はぁ! ああん、もう! 気持ちばかり焦る。ここは落ち着いてゆっくり品定めするのよ……ユリア。自分にそう言い聞かせ、店内をじっくりと見回す。
 シングルの男がいない訳じゃないけど、見た目からしてペケなのばかりだ。ここにいては未来は無い。新しい場所へ旅立つべきだ。私は気持ちを切り替え、飲みかけのジュースを飲み干して店を出た。


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