勇者妻17

 最初は12匹いた野猿も、今では2匹まで減っている。
 最初に私が爆裂魔法で数を減らし、ヒイロが残りを殲滅。いつものと表現するにはまだ月日が経っていないが、この光景が日常のように感じてしまう。
 たった三日間だ。たった三日間なのになぜこんなにも……。
「はぁ!」
 気合いの入ったヒイロのかけ声と共に水晶の剣が水平に薙がれる。胴体と首を斬り離されて息絶える野猿。
 相変わらず無駄の無い動きだった。それこそ目を奪われるくらいの。
 ヒイロの剣技。初めは戦闘能力を見るために見つめていたんだけど。今はそれらしい理由もないのに見つめてしまっている。理由をつけるとしたら……。
「つぇい!」
 風にのり一閃。例によって例のごとくヒイロが風からおりるとともに、野猿が血飛沫をあげる。

 ブシャア!

 それを浴びることなく、ヒイロは戦闘前と変わらぬ姿のまま、透き通った剣を鞘に納めた。
 一挙一動を見ている自分。もしなぜかと理由をつけるとしたら。恋心を抱いているとしか……。
「どうしたのボッとしちゃって」
 戦闘中に見せる真剣な表情とは打って変わって、和やかで優しい暖かい表情。心を落ち着かせてくれる。
「何でもないよ」
 愛想笑い。でもうまく作れているか自信がない。
「やっぱり疲れてるんじゃないの? 何か爆裂魔法にもキレが無かったし」
 キレ? キレがないってどういうこと? 威力的には問題は無かったはずだけど。
「キレがないって?」
 聞き流せばいいもののつい聞いてしまう。本当はヒイロとあんまり言葉を交わしたくない。色々と悩みの種が増えてしまいそうだから。でも私の好奇心がそれを許さないようだ。
「何かこう……。覇気が無いって言うか……」
「覇気が無いって魔法に?」
 魔法に覇気がないってどういうことだ? 別に炎球のスピードもいつも通りだったはずだし。
「うーん、魔法って言うか……、ユリアの生み出した精霊に」
「生み出した精霊……」
 そういえば魔法学校で習ったような気がする。生み出す精霊は自分の心を映す鏡でもある。精霊の放つ気が違うらしいのだ。
 でも実際に精霊の放つ気なんてものは一般人には読みとることはできない。いわゆる気のような五感すべてを使っても認識できないようなものを読みとるためには、鋭い第六感が必要となってくる。ヒイロにそれがわかるってことは、ヒイロの第六感は鋭いということか。勘がよかったり微妙な心を動きに気付いたりするのはそのせいなのかもしれないわね。
 それにしても覇気がないって……。覇気がない。やる気が感じられないってことなのかしら。
 ……やる気が薄れているって事? 夢を叶えるための戦いなのにやる気が薄れているって?
 何よそれ? 冗談じゃないわ。私は今までそれだけのために生きてきたのよ?
 そうか……。
 やっぱり、ヒイロへの想いが足かせになってしまっているのだ。
「ユリア?」
 ヒイロが顔を覗き込まれて、我に返る。私は無意識の内に覗き込んだヒイロの顔から目をそらしていた。真正面から見つめてしまっては顔が赤くなってしまうから。
「やっぱり体調悪いんじゃない? 熱は?」
 私の額にそっと手を当てるヒイロ。
 大きくて、暖かくて、優しい手が私の額に触れると、私の心臓が激しく動いた。
 ……私、重症だ。
「熱はないっぽいけど……」
「ごめんね。ちょっと体がだるいだけだから」
 また頼りない愛想笑いで答える。
「……嫌じゃなかったらおぶってあげるけど」
 実際に疲れていた体に嬉しい申し出だったが、私は首を横に振った。今おぶられたら、激しい胸の高鳴りを感じ取られてしまうかもしれない。
「大袈裟だよ。大丈夫だって。ほら、もうすぐ次の転送陣だし」
 ヒイロの優しい申し出が嬉しかったためか、自然な笑顔を作ることができたと思う。その証拠に、ヒイロも安心したように「じゃ、無理しない程度に急ごうか」と笑顔で言っている。
 その言葉に素直に頷く。宿に着けばヒイロと別々の部屋で休める。色々と考えてしまうだろうが、ヒイロと一緒にいるよりは幾分もマシに思えた。


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