勇者妻16

「おはようユリア」
「お、おはよう」
 宿屋一階の食堂で、ヒイロと鉢合わせになったときの挨拶。思いっきりぎこちないのが自分でも分かる。
「どうしたのユリア? ぎこちないけど」
 もちろん鋭いヒイロはそれを見逃すことなど無いだろう。
「そ、そうかな」
 思い切りどもってしまっている。頭では分かっていてもどうしようもなさそうだ。
「うん」
「ちょっと疲れているのかもね」
 下手な嘘はつかない方がいいだろう。今はうまく演じられる自信がない。
 あまり寝ていないのだから疲れているのは本当だ。それにこう言っておけば多少のことは疲れているからという理由で逃げ切れる。
「もしかして昨日のことで?」
「うん、それもあるかな」
「じゃあ今日は休養ってことで宿で休もうか」
「ダメ!」
 突然の強い口調にヒイロが驚く。実は私自身も少し驚いていた。
 何で? いや、理由はすぐにわかった。
「私は大丈夫だから」
 休養をとって宿で休む。それは他の勇者志望の連中に差をつけられてしまうということになる。
 それだけは絶対にダメだ。絶対に。
 私の夢は勇者の妻になることなのだ。この夢だけは叶えなければいけないのだ。だから休んでいる暇なんて無い。立ち止まる事なんてできない。
「本当に大丈夫だから。ね?」
 精一杯の作り笑顔。だけど今まで作り続けた笑顔とは比べものにならないほど情けないものだった。
「……ユリアがそこまで言うんだったら先に進もうか」
 助かった。
 いま立ち止まってしまったら再び歩き出せないような気がした。せっかく見つけた夢をまた見失ってしまうような気がした。
 それに休養ということは、一日中特に何もせずに宿屋にいるということになる。
 ヒイロと二人で。それこそおかしくなってしまいそうだ。だから何かしていた方がいい。夢をがむしゃらに追い続けている方がいい。


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