勇者妻14

 宿をとり、自分の部屋で休んでいる時も心に引っかかっていることがあった。
『夢が似てる』
 ヒイロがクリスよりも私を選んだ理由だ。なんのことだろうか。頭の奥の方から、その答えがちらほらと顔を出しているがはっきりとはわからない。
 ……その前にも何か言ってたわよね。勇者の一番近い人間とか……。
「あ……」
 頭の中の霧が晴れていく。勇者の一番近い人間。私の言葉だ。
 ……確か、旅をする理由を聞かれて……、話が進んでいって……、ヒイロが私に『僕が勇者になることを期待してるの?』って訊いたときに、私が思いつきで言った、あやふやな記憶にしか残らないような言葉だ。
 ……そんな言葉を覚えてるなんてね。
 ……まったく。でも何でだろう。ヒイロは計算して言った気の利いた言葉は軽く受け流すことが多いのに。
 何だか無性にヒイロと話がしたくなってきた。私は衝動を抑えずに素直に従い部屋を出た。
 落ち込んでいる所を慰めるのはかなりポイントが高いはずだし……。
 私はちょっとした覚悟も決めてヒイロのとった部屋へと向かった。
 え? 何の覚悟かって? もうっ、女に言わせるような事じゃないわ。


「あ、ユリア」
 部屋に入ったとき、ヒイロは元気だった。
 ……落ち込んでるんじゃないのかよ。
「どうしたの? もしかして眠れないとか?」
「うん、ちょっと寝付けなくてね」
 ま、もともと慰めてポイントを稼ぐのは二の次だし。
「僕はちょっと眠い」
 そう言って欠伸を一つ。相変わらず無遠慮なヤツだ。
「ゴメンね」
「ううん、いいよ」
 ほ……、もう寝るから話があるなら明日にして、とか言われたらどうしようかと思ったわ。
 ヒイロなら言いかねないからね。
「座りなよ」
 ヒイロは部屋に備え付けてあったテーブルのイスに座り、向かい側のイスを私に勧める。私は素直にその指示に従い、腰を落ち着けた。
「で、どうしたの?」
 う……。
 困った。実は何を話そうかなんて考えてきてない。話をしたいという衝動にかられただけなんだから。
「うん、何となく話がしたくなって」
 取り敢えずこの一言。この言葉は間を持たせるために使える。
 ……本音でもあるしね。
「ふぅん……」
 私は何を話しに来たのだろうか。いや、訊きたいことはいっぱいあるだろう。例えば。
「……クリスのことあれでよかったの?」
 本当の所を知りたい。ヒイロがどんな気持ちでクリスの誘いを断ったのか。
「うん、ちょっとかわいそうだったけど……」
「勇者の一番そばにいる人間。……覚えててくれたんだね?」
 私は忘れてたんだけど。
「うん。それにクリスはこの島にいるには実力が足りないし」
 そうか、そんなのも理由に入っていたのか。
「その点ユリアは心配ないよね。一人でも戦えそうだし」
「そんなことないよ。ヒイロがいるからやっていけるんだよ」
 これは本当だ。ヒイロ、つまり勇者になるかもしれない存在が近くにいなければ、危険を冒してまで伝説の剣を求める旅なんかに参加しない。
「僕もユリアがいると安心して戦えるよ」
 おおっ、何かかなりいい雰囲気じゃないの、どうやらヒイロも私の魅力に気付いたみたいね。
「そ、そんなこと言われたら照れちゃうな」
 こんなこと言う方が照れちゃう。
「でもクリスもこの島で生きていくんならユリアぐらい装備に気を使えばいいのにね」
「え?」
 ちと言葉の意図がわからない。
「ユリアの服装って、結構機能的なんだよね。スカートじゃないから両足が自由に動くし肌を露出してないから、安全面でも問題ないし」
 ……初めてだった。
 私の服装のことをこんな風に言われたのは。
 色んな男に服装の感想を言われてきたが、ほとんどが可愛い、似合っているという社交辞令のような言葉ばかりだった。もう少し女の子らしい格好をした方がいいなんて言うヤツもいた。
 私の今の装備。これは結構気を使っている。魔物の出る島を探索するのだから、替えの洋服なんてものを持ち歩けるわけが無い。下着や肌着だけだ。出発時これと決めたら、買い換える以外はそのままという訳だ。
 戦闘が日常茶飯事なのだから機能面を優先させるべきなのだが、機能面ばかりを優先させると、どうしても厳つくごつい雰囲気になってしまう。これは頂けない。なんせ可愛くない。
 そんなことを言ってられないのかもしれないけど、女だったら気を使わない方がおかしいだろう。
 もちろん私も女の子♪ 可愛さには相当気を使った。
 だけど機能面を疎かにした覚えは無い。機能面と可愛さのバランスを、考えに考えて考え抜いて行き着いた先が今のこの格好というわけだ。
 特に一見ロングスカートに見えるダボダボのズボンは私のお手製で、一番注目してほしいところ。普通に歩いている分には清楚な感じがする白いロングスカートに見えるのだが、いざ戦闘になれば大股開きで走ることも可能だ。
 上のジャケットも結構アイデアをひねり出して選んだ。丈夫な素材だとどうしても見た目がゴワゴワと硬い感じがしてどうも可愛くない。だから逆転の発想で、硬い生地が用いられることの多いジャケットを選んだ。上はジャケット、下はロングスカート。見せられないのが残念だが、かなりシックな感じがしていい雰囲気なのだ。
 それに私のラブリィな顔立ちが加わって、清楚で純情そうな女の子に仕上がっていると自分では思う。
 何だか妙に嬉しかった。陰の努力が報われたようなそんな感じかな。
「ユリアっぽくていいよ。とっても」
 ……ユリアっぽい? 私っぽいって何だ。私らしい? 私……らしいって……。
「私っぽいって?」
 ヒイロが言うユリアっぽいというのは、ヒイロが持っている私の印象を物語るものだ。ヒイロが私をどんな風に思っているか、知っておいて絶対損は無い。いや、こんな裏付けをしなくても、どうしても知りたいという欲求が私を支配していた。
「うーん。しっかりしてて隙がなさそうだけど……。子供みたいに可愛いところがあるみたいな」
 お、おまえに子供みたいなところがあるなんていわれたかないわぁ!
 ……別に言われて悪い気はしなかったんだけど……。
 でも、少し怖くなった。自分でも思うもの。ヒイロがいう風に。
 ヒイロは的を射たことをズバリと言える鋭さを持っている。私は本当の姿をわからなくするために、演技をしてたっていうのに。
 ……もしかしたら私のお芝居なんか通用していないんじゃないのだろうか? すべて見通していて、それで私の必死の演技をあざ笑うかのようにして見ているんじゃ……。

 !!!!!

 何を考えてるのよ私は! いくら何でも暗すぎる。陰険すぎるわよこんな事を考えるのは!
「どうしたの?」
 また心配そうな表情を作らせてしまった。……私はどんな顔をしていたんだろう。想像できなかった。
「ううん、何でもないよ」
 またごまかすように言う。この言葉を使うのは今日で二度目か……。
「ちょっと眠くなっちゃって」
 それでも心配そうな表情を変えないヒイロに適当な言葉を言う。
「そっか、実は僕もなんだよ。じゃあ明日も早いしもう寝ようよ」
 ヒイロの表情がパッと笑顔に変わる。痛いくらい眩しい笑顔に。
「そうだね。……ごめんね、寝るところを邪魔しちゃって」
「ううん、楽しかったよ。おやすみユリア」
「うん。おやすみ」
 釈然としない気持ちを抱えたまま私はヒイロの部屋を後にした。
 別にヒイロが悪い訳じゃない。原因は私にあるのだろう。
 ……今日はベットの中で色々と考えてしまいそうだ。


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