勇者妻13
う、うまい! エビ、カニ、ホタテ、アサリなんかの豪華なシーフードを惜しげもなく豪快に使い、それでいて少しも生臭くなく旨みだけを見事に引き出している。そして魚介類から出た美味しいスープに味を付けたソースがアルデンテのスパゲッティによく絡んでいて。 ああ……、し・あ・わ・せ♪ 「ユリアって本当に美味しそうに食べるよね」 「だって美味しいんだものぉ……」 私は心からの笑顔を浮かべて、もう一口スパゲッティを口に運ぶ。うーん、やっぱり美味しい♪ 「ヒイロもシーフードにすれば良かったのに」 ヒイロはミートソースを頼んでいる。クリスは私と同じシーフードスパゲッティを頼んでいるのに、なんで一人だけミートソースを頼んだのだろうか? 「でも、ミートソースも美味しいよほら」 自分のミートソーススパゲッティを、適当な量だけフォークに絡めて私の前につきだしてくる。私は躊躇なくそれを口に収めた。 「あ、本当。美味しい!」 サッパリとしたトマトが豚の挽肉の脂っこさを見事に包み込んでいて、すこしもくどくない。さらにうえにかかっているチーズもかなりのいいもので、何とも言えない芳しい香りが鼻孔をくすぐっている。 ここの店を選んで大正解だったわね。うんうん。私の目に狂いはなかった。 「仲がいいのね」 ……はっ! クリスの一言により、ちょっとハイになりつつあった気分が急激に冷やされた。 まずいまずい。あまりの美味しさについ地が出てしまった。うーん、今のってばかなりヒロインらしからぬ行動をしてたんじゃ……。 ヒロインならば、『えっ、それって間接キッスじゃないの? きゃっ! そんなこと恥ずかしくてできない』という風に振る舞わなければいけなかったのに。 「ユリアの食い意地が張ってるだけですよ」 ぬわんだとぉ? って、食い意地が張っていると思われたんならまずいぞぉ? 完全にヒロイン道から外れてしまう。ヒロインたる者『わ、私こんなに食べられない』くらいじゃなきゃいけないのに。純情ポイントマイナス1。 「そ、そんな、ひどいよヒイロ。あんまり美味しかったから。 ヒイロも一口食べてみればわかるよ。ほら」 「じゃ、遠慮なく」 うごわぁ! カニがぁ! エビがぁ……、何でコイツはこんなに高級な素材を選りすぐった一口を作れるんだ。私は抗議をするわけにもいかず、カニとエビの含まれたスパゲッティがヒイロの口に運ばれるのを見るしかなかった。 ……ああ、カニぃ……エビぃ……。 あ、もちろん、恨めしそうな顔をしているわけではない。そんな気持ちはおくびにも出さずに笑顔で見守っているのだ。 ふっ、私って女優。 「ああ、本当に美味しいや。ユリアががっつくのもわかる」 がっついてねぇ! はぁ……はぁ……。 突っ込みたいのに突っ込めないよー。ヒロインは辛い。 「みんな違うのを頼めば良かったかしらね?」 クリスが私たちのやりとりを見て言う。確かにそうだ。そうすれば色んな味が楽しめて……。 あ、まずい。本来の目的をすっかり忘れていた。今私はこの女を切り離すためにここにいるのだ。三人で仲良く食事をするなんてことはもってのほかのはず。何とか険悪な雰囲気を作らねば。 「ところでクリスさんはどうして旅をしてるんですか?」 うむうむ、我ながら良い質問だ。どうせ大した目的もないんだろう。ま、おおかた強い男に付いていって報奨金を得るってところかしらね。だから、こういう風に訊かれると答えにくいはずだ。 うふふ、私ってば小悪魔。 「うん、せっかくこの時代に生まれたんだから、勇者の伝説に触れてみたいと思ってね」 くっ。台本を用意していやがったのか? 立派な答えじゃねぇか。 「そうなんですか」 一応は感心しておこう。どうせ嘘だろうがね。 「うん、まぁね。触れるだけなら誰でもできるから」 もっともらしい台詞だ。実際あんたは触れるだけで精一杯だろうけど。 「でもね。ヒイロ達と一緒に戦ってみて、もっと近づきたいと思ったわ」 げ、そ、そう来るか? もう、仲間にしてモードに入っている。まずい。阻止しなきゃ。 「だから、明日からもあなた達についていっていいかな?」 私が何もできないうちにクリスは決定的な言葉を口にしてしまった。しかも、あなたたちと言っているのにも関わらず、視線は真っ直ぐヒイロに向かっているところがむかつく。 だかしかし! かなりいい雰囲気を作り出している。普通の男なら断れないほどに。 「え?」 しかし視線を向けられたヒイロ本人は、きょとんとした顔で口に入っているものをモグモグとやっていた。 ははは、流石というべきか……。こいつを雰囲気で流すというのは不可能なんじゃないだろうか。 「ねぇ、いいでしょ? ヒイロ」 うわっ、もう完全に私は眼中に入っていないようだ。クリスは身を乗り出してヒイロに接近して懇願するような目を向けている。しかも、『いいでしょ?』と言う言葉は不思議な力を持っていて断りにくい。思ったよりやるわねぇ。 さぁ、どうするユリア。断るにしてもあからさまに、イヤとは言えないし。ヒロインっぽくやんわりと、それでいて角がないような断り方は……。 「すみません」 え? クリスの申し出を断ったのは私ではなかった。いつものように笑顔で、変わらない口調でヒイロが断ったのだ。 ……なぜ? 当然起こる疑問だろう。ヒイロは毒舌家かもしれないが、基本的に優しい心の持ち主だ。懇願するような視線で頼まれれば、断るに断れない状況に陥ってしまうだろう。 でも即答に近かった。悩む様子もなく。いつものようにズバリと。 「な、何で?」 私が言いたかったことをクリスが代わりに言ってくれる。クリスにとってヒイロの返事は完全に予想外だったようだ。引きつった顔がそれを物語っている。 「ええと……」 めずらしく困った顔のヒイロ。言いにくいことなのかしら? ……言いにくい? コイツが言いにくいことなんてあるの? 何でもズバッと言っちゃうコイツが? 「ユリアと二人旅じゃないと困るんですよ」 ……予想も付かなかった言葉にクリスは……ううん、私の方が硬直していた。 「ど、どういう意味?」 クリスは何とか絞り出したかのような質問を投げかける。 私も知りたい。 「……勇者の一番そばにいる人間にさせてあげられないかもしれないから」 勇者の一番そばにいる人間……。 ヒイロの言葉はどこかで聞き覚えがあった。 「な、なによそれ?」 引きつってはいたが、まだ冷静さを保っていたクリスが立ち上がる。 「言葉通りです」 ヒイロは火に油を注ぐのが好きなようだ。 「結局何? 私よりこの子の方がいいってこと?」 な、何だぁ? い、いきなり話題がとんでるような気がするのだが。おっと、余裕のある態度をしていてはまずい。 「ど、どうしたんですかいきなり……」 おろおろとした声で言う。 「そうですよ」 「何よ……あんたも私も見捨てるの? いいヤツかと思ったけどあいつと同じじゃない!」 完全にとんじゃってるようだ。あいつと同じ……。この場合のあいつとはクリスを見捨てた人間のことだろう。 多分それも男。しかもパーティには複数の女がいて、自分だけ見捨てられたと。 なるほど、きっと見捨てられたことをよっぽど根にもっているんだろう。そして同行することを拒否したヒイロが見捨てた男とダブって見えているのだ。 「私のどこがこの子より劣ってるって言うのよ! 顔だってスタイルだって私の方がいいじゃないのよ!」 んまぁ! 失礼な。 「確かにそうかもしれませんね」 私も一緒に怒鳴ってもいいもんなのかしら? もちろんそんなことはしないけど。 「だったら何でよ?」 「夢が似てるんです」 詰め寄るクリスにも物怖じせず、口調を乱さずに言うヒイロ。 ……夢が似てるって……。 「何よソレ? 結局はそうなのよ! そうなのよね。何だかんだ言って……適当に理由をつけて、私のどこがいけないのよ!」 さらに語気を荒めるクリス。いい加減店員が止めに来る音量だ。 「お、お客様どうなされたんですか?」 顔色を変えた店員が私たちの方に来る。気が付けば店内の人間が全員こっちの方に視線を向けている。それが普通の反応だろうけど。 「何でもないわよ!」 店員にも同じ口調で怒鳴りつける。 「しかし、他のお客様にもご迷惑ですし……」 「何よ! 私を追い出すって言うの? ドイツもコイツも!」 「クリスさん!」 ヒイロが珍しく大きな声を出して不意にクリスの腕を掴む。クリスは驚いて怒鳴り続けていた口を閉じた。 「他のお客様の迷惑だそうですから」 相変わらずの口調。しかし、真っ直ぐクリスの目を見据えているヒイロには、表現できないような迫力があった。 「も、もういいわ! あんたなんかこっちから願い下げよ! その子と仲良くやってればいいじゃない。私はあんたの数倍いい男を捕まえてやるんだから!」 掴んだ手を力一杯振り払って、怒鳴りつける。 「そう……ですね。僕より数倍いい男なんて一杯いるでしょうから」 うわっ……。 わ、悪気はないのよね。うん。 彼は気を使って言っているつもりなんだろうけど……。ほとんどトドメの一撃。 ドン! 激しい音を立てて揺れるテーブル。クリスが拳を打ち付けたのだ。 その後、彼女はヒイロと私を交互に睨み付けて店を出ていった。 「……僕、何か悪いことを言ったのかな?」 うん。思いっきり。 「わ、私にもよくわからないよ」 「実は僕、こういうことよくあるんだ」 分かる気がする。 「あんまり気にしない方がいいよ」 そう、気にしない方がいい。ヒイロはクリスのような女の事なんて気にしなくていいのだ。あんたは夢を純粋に追いかけていればいい。 「はは、ちょっと無理かも」 乾いた笑い。そうとう気にしているようだった。 毒舌家なのに優しいなんて、もしかしたら結構つらいのかもしれないわね。 「宿をとって、休みましょうよ」 優しい声で言う私。 あれ? 自然出た……。優しい声が……。今まで考えて必要だなと思ったときしか優しい声なんて出さなかったのに。 「どうしたのユリア?」 おっと、また、細かい表情の変化を読みとられてしまったようだ。 「う、ううん。何でもないよ」 ヒイロと同じような乾いた笑顔で取り繕う。 「ならいいけど」 どうもコイツといると調子が狂う。今まで出会ったことのないタイプだからだろう。 ……でもそのうち慣れるだろう。……そのはずだ。 |