仮想恋愛経験
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シャボン玉とばそう
− 1− 春の陽射しが降りしきる昼休みの教室。私は抑えきれない気持ちをどうにかしようとして、教室の窓を勢いよく開けた。
大きな音と共にカーテンが激しく踊りだす。カーテンの踊りが一段落すると、春の暖かくて優しい風が、私の短めでクセ毛の髪をなびかせた。 その優しい風は、あの人の声を運んでくれようとしているのかもしれない。私は風の運んできた声を一生懸命にとらえようと耳に手をあてた。 『もうすぐあえるよ』 私の耳を優しい一言がくすぐる。自分の表情が笑顔に変わっていくのがわかった。私はしばらくこの表情を変えずに春の風を感じていた。 私の名前は中井久美。一応普通の女子高生やっています。まぁそれも今日までかもしれないけど。 「ねぇ、久美。何だか今日はえらくご機嫌じゃない?」 最近仲良くなった絵美が私に声をかける。 「ふふっ……わかってしまう?今日はねぇ、私にとって人生最良の日になるの」 私は明るい声で絵美に言った。 「なにソレ?」 「今日はヒロさんとの約束の日なのぉ!」 「……ヒロさん?」 絵美はますます訳がわからないみたいに首を傾げる。 「あ、そうか!絵美にはまだヒロさんの話をしてないんだよね」 「何だぁ!?またヒロさんの話をしてるのかぁ!?」 私たちの会話に、男特有の低い声が入り込む。 ヒロさんの話をいっつも邪魔する憎いヤツ。 正樹孝則。小学校の頃からの腐れ縁で、約八割の確率でコイツと同じクラスになっている。そんな訳かヒロさんのことも詳しいんだけど(まぁ私がみんなに言いふらしてるからなんだけどさ)。こいつってばいーっつもヒロさんの話をすると邪魔に入ってくるの。 「正樹!あんたには関係ないでしょ!」 「まぁまぁ、落ち着こうよ久美。そのヒロさんって何なの?」 絵美は怒鳴る私をなだめようとして言った。 「わぁやめろぉ!中井にそのことは聴くなぁ!」 正樹は頭を抱えながら言う。相変わらず失敬なヤツ! 「あんたは黙ってなさいよ!それより久美、ヒロさんの話、詳しく聴きたいわよね?」 「う、うん……」 ヒロさんのことが絵美の好奇心をくすぐったらしく、絵美は深く頷いた。 「おい、迫力でムリヤリ頷かせるのは卑怯だぞ。」 正樹が何か言っているようだけどもちろん無視。 「じゃあ、絵美のためにヒロさんとの出会いから詳しく話して上げるね」 「う、うん」 「ヒロさんと初めて出会ったのは私のパパとママが事故で死んじゃった次の日なの」 「え、久美ってじゃあ……。」 「ああん、ダメダメそんな顔しちゃ!」 私の言葉を聴いて暗い顔になる絵美に、私は大袈裟にパタパタと手を振って、場を明るくする。 「これから話すのはとっても明るいお話なんだから!」 「そ、そうなの?」 「そうなの!それでね……………… お葬式が終わってから、私はパパがよく連れていってくれた公園のベンチに座って、事故の前日に買ってもらったシャボン玉をつくっていたの。 もうすっかりあたりは夕日に包まれていた。 ずっと泣いていたから呼吸が変になっちゃててうまくシャボン玉がつくれなかたのを覚えている。それでも何個かは公園の外に風に乗って飛んでいっていた。 そのシャボン玉は涙ににじんだ私の瞳には歪んで映っていた……。 私はそんな歪んだシャボン玉をただずっと眺めていたの。 そしたらいきなり……。 『はぁ!とう!』 とかいう声がいきなり耳飛び込んできて、何かと思って声の方に目を移した。そこにはパンチとかキックでシャボン玉を割っている中学生くらいの男の子がいたの」 「まさか、その人がヒロさん?」 「そう!」 「俺ならその光景を見た時点で逃げ出すけどな。」 またコイツは……。 私は正樹の頭をひっぱたいて瞬時にストレスを解消させる。 「いてぇ!なにすんだよ!」 「それで話の続きなんだけどね……」 「おい!」 「もう一発いくわよ?」 「……すみません」 「よろしい、それでね……………… その視線に気が付いて私と目が合うと、ヒロさんは照れくさそうに鼻の頭をかいてた。でも私が泣いているのに気が付くと、『どうした嬢ちゃん。なに泣いてるんだ?』って優しい声で言ってくれたの。何だかその声を聴いたらまた涙が止まらなくなってきちゃってね。 それを見たヒロさんは慌てちゃって。一生懸命私を慰めようとしてくれて……。 でもその困ったような声とあやす仕草がとっても優しくて、私はますます大泣きしちゃったの」 「迷惑なヤツだなぁ……」 「黙れ!」 「は、はい……」 「それでね……………… しばらくして私が落ち着いたら、ヒロさんは何で泣いてたのかを聴いてきた。私は小さな声でパパとママが死んでしまったことを話したの。そうしたらヒロさんは『若いのに大変だな』って一言だけ言ってから私の隣に座って、それからしばらくは何も言わなかった。 それでもヒロさんが隣に座ってくれていただけで私は安らぎを感じることができた。 何も言わなかったのがかえってよかったのかもしれない。 二人は一言も会話を交わさないまま、ただただ時間が流れていったの。先に口を開いたのはヒロさんだった。 『嬢ちゃん。そろそろ帰らないとまずいんじゃないか?』 その言葉に私は、『帰ってもパパもママもいないもん。』って答えた。 そしたらまた涙が出てきちゃって……。それを見たヒロさんは慌てて『父ちゃんと母ちゃんがいなくても親戚の人とかがいるだろ?』って言った。 その言葉を聴いた私はまた大泣きしちゃったの。『もう家族が一人もいないもん』ってね。 ヒロさんはまた泣き出した私にしばらく困ったような仕草をしていたけど、何だか決心したように私を見つめてこう言った。 『嬢ちゃんは家族が欲しいんだろ?だったら俺が家族になってやるよ。』 『どうやって?』 意味がわからなかった私は、泣きながら聴く。 ヒロさんは私の涙を拭いながらニッコリと笑ってこう言った。 『俺が結婚してやるってこと。そうすれば俺達は立派な家族だろ?』」 「え?それって……」 「そう!ヒロさんのプロポーズなのよぉ!」 「アホらし……」 ガスッ!怒りの拳が正樹の顔面にクリーンヒット。……これでしばらくはおとなしくしていそうだ。 「それでプロポーズの言葉を受けた私はね……………… 最初は意味がわからなかった。でも、ヒロさんが、『ははは、俺となんて結婚したくないか?』って寂しそうに言ったとき、私は理解したわ。ヒロさんが本気だって……。ヒロさんの優しさに惹かれていた私はブンブンと大きく首を振る。 『じゃ、決まりだな。』 『うん!』 ヒロさんの満面の笑顔につられて私の顔もパッと明るくなる。 『あ、でも今すぐってのは2人とも子供だから無理だな。嬢ちゃんはいくつだ?』 『6つ!』 『じゃあ、結婚できるのは10年後か。そんじゃ、10年後、この日にこの場所でこの時間に迎えに来るからな!そうだなぁ……わかりやすいようにまたシャボン玉をとばしててくれよ。今度は一緒にとばそうな』 『わかった絶対だよ』 『ああ、だからそれまではいい子にしてるんだぞ?』 『うん、わかった!ところおでお兄ちゃんの名前は?』 『俺?俺は……まぁヒロさんとでも呼んでくれ。じゃあちゃんと家に帰るんだぞ?じゃあな!』 ……ヒロさんは笑顔でそういうと爽やかに走って帰っていった。 ……そう!2人はこの日、結婚の約束を交わしたのよ!」 「と、いうロリコン中学生とバカな小学生のお話でした」 「正樹ぃ!」 私は正樹を追いかけ回す。 「あー!もしかして今日がその!?」 絵美が急に大声で言った。さっすが絵美。いいところに気が付くぅ! 「そぉなのぉ!」 私は正樹を追い回すのをやめて幸せ一杯の顔で言った。それから私と絵美は昼休み中ヒロさんの話で盛り上がった。 午後の授業の内容は全然頭に入らなかった。私に言わせれば入る方がおかしい。だって、10年ぶりにフィアンセに逢えるのだから! そういうわけで午後の授業は、早く終わらないかと思いながら過ごした。 この授業が終わればヒロさんと再会できる。私の気持ちはもうすでにあの公園にいっていた。 − 2−
「はぁはぁ……」
走ってきた私は大きく深呼吸をして息を整えてから、ゆっくりとベンチに腰を掛けた。そしてシャボン玉のおもちゃをバックから取り出す。 そう、ここは想い出の公園。この10年間。この時のために生きてきたと言ってもいいくらい大切な約束を交わした場所。 私は今までに経験したことの無いような激しい胸の高鳴りを感じつつ、シャボン玉を一つつくった。 シャボン玉は夕日に照らされ幻想的な輝きを放ちつつ、ゆっくりと飛んでいく。 それから私はいい歳こいて、夢中でシャボン玉をとばし続けた。 いくつのシャボン玉をとばしたんだろう?あまり遠くまでとんでいかずに割れていくシャボン玉。 シャボン玉の液が無くなりかけた頃、私はシャボン玉の形が変わっていくことに気が付いた。 私はハッとする。 ……あの時と同じだ。 私の目が涙でにじんでいるんだ。大粒の涙がボロボロと瞳から零れていく。 何で?私は信じている。 泣くことなんて……泣くことなんて無いのに……。 ヒロさんを信じているのに……どうして……どうして……。 「うっ……うう……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」 シャボン玉の液がなくなった時、私は大声で泣いていた。 ……本当はわかっていた。ヒロさんは来ないって。でも……、でもそうしないと……ヒロさんとの約束を信じてないと明るい女の子になんてなれないよ……。 両親が死んだとき、ヒロさんみたいな夢のような人が現れて、夢のような約束を交わしたから……。私はそれを信じることで、両親を失った悲しみをごまかし続けてた。現実をずっと受け止めずに……。 だから……、ヒロさんの来なかった今、両親を失った悲しみと、ヒロさんは来ないという2つの辛い現実が襲ってきている……。 ……イヤだ。 イヤだよこんなの……。 悲しいよぉ……。 こんなのイヤだよヒロさん……。 お願いだから……お願いだから来てよぉヒロさん。 でないと私……私……。 「泣くなよ……」 ……! ヒロさん!? 私は急いで顔を上げる。涙でにじんだ私の瞳に映ったのはヒロさんではなかった。 「……正樹……。な、何よ!笑いに来たの!?」 私は止まらない涙を何回もぬぐいながら強がって言った。 「ほれ!」 正樹は私の問いに答えず何かを私の前に突き出す。 ……シャボン玉の液? 「ったく、シャボン玉の液が切れたくらいで大泣きしやがって……」 正樹はそう言いながら私の横に座る。 「な……そんなんで泣いているんじゃないわよ!私は……」 「そういうことにしとけって」 正樹は私の言葉を遮るように笑顔で言った。 でも正樹が私の言葉を遮らなくても、きっと言葉に詰まっていたと思う。 ………………。 私は正樹からシャボン玉の液をひったくって再びシャボン玉をつくり始めた。 「さぁてと……俺もつきあわせてもらうぜ。なんせ1日中つくり続けても余るくらい買ってきちまったからな」 正樹の鞄からどっさりとシャボン玉の液がでてくる。 「……仕方ないわね。そのかわり今日は私の気の済むまで付き合ってもらうからね」 私が笑顔でそう言うと、正樹もシャボン玉をつくり始めた。 再びつくり始めたシャボン玉は、少しも歪んでいなく、遠くまで割れずに、どこまでもとんでいった。 ……ヒロさん。 もう私、大丈夫そうです。 ヒロさん。もう私、大丈夫そうです。
シャボン玉とばそう おわり
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