Not Friends
弟9話 黒き命の灯火
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| 彼女は苦しみの中にいる。 「く、くぅ……」 気を抜けば声が漏れてしまうほどの苦しみ。まるで鉛でも埋め込まれたような重みと痛み。 「はぁっ……くぅっ……」 女に生まれ、特殊な存在でなければ、誰しも訪れるもの。新しい命を生み出すためのサイクル。 だが、彼女が受けている苦しみは、普通の女性の受けるそれよりも数段上をいくものであった。 人間は苦しみから逃れようとするもの。しかし、彼女はそれをしない。この痛みは彼女にとっては大事なもの。 だから彼女は、この苦しみを真っ向から受け止める。 あの憎しみを思い出すため。あの時誓った復讐を思い出すため。 この痛みこそが彼女が彼女であるためのもの。 女であること。彼女にとってはこれ以上ないくらい大切な事実。男という存在そのものを憎む彼女にとって。 陸戦シップNotFriendsは大型飛行シップに乗り、ムーンへ向かっていた。 ムーンはチェイの東に位置する小さな島国で、人口は一億五千万程度だ。面積はそう広くない国でありながら、その存在は全世界から一目置かれている。この国が法である事項を定めているからだ。 平和主義。 簡単に要約すれば、武力による侵略、威嚇行為をしないというものである。今でこそこの平和主義は、他のどこの国も法で定めていないが、第二次大戦後は、幾つかの国がこの法を掲げていた。 しかしロッシャル戦争が開始するとともに、その法を改定する国が続出した。独裁者に対して、平和主義という看板は何の意味ももたない。無抵抗のままロッシャルに占領されるのがオチだ。そう考えたからである。 しかしムーンだけは改定することはなかった。むしろさらに強く平和主義を掲げたのだ。 それまで組織されていた自衛用軍隊の解散。本来侵略行為に対抗するための自衛軍を、侵略行為を行うロッシャル帝国が侵略戦争を開始した時期に解散するなど、正気の沙汰ではないと思われた。 しかし当時のムーンの首相は、戦争が始まってしまったからこそ、平和を強く望む。そう考えたらしい。 実際のところは、自衛軍ぐらいでは、強大なロッシャル帝国に抵抗する力の足しにもなり得ないので、発想を逆転させ、軍を強くするのではなく、軍を自ら無くすことにより平和の看板を大きく掲げ、侵略という行為に抵抗しようとしたのだ。 他の国はこの政策を馬鹿げた行為だと思っただろう。しかしこの行為は、かの初代帝王ダグスに評価された。もちろん支配下にはおいたのだが、ムーン国に自治権と平和主義を続ける権利を与えた。 つまりムーンはロッシャル戦争時も、平和が約束され、戦争に参加しなくてもいい権利を得たのである。 しかし、ダグスがそうしたのも、他の思惑があったからと言われている。もともとムーンは第二次大戦後、急成長を遂げた先進国の一つである。第二次大戦時はこれ以上ないほどの軍事態勢をとっていたが、終戦後は一変。平和主義を掲げ、他の国の技術を積極的に取り入れることで、技術力を持った国になった。実際SPも、二足歩行ロボットの最新技術を持っていたムーンの協力があったから完成したのだと言われている。 ダグスがムーンを特別扱いしたのにもこういったことがあったからであろう。証拠にムーンは、戦時中はSP開発を熱心に進め、数々の新型SPをロッシャルに納めている。 世界が戦争をしているのにも関わらず、戦わず、しかし戦争の道具を製造する。この国が果たして平和と言えたのだろうか。 大型シップのSP整備区画。そこには痛々しい姿をした二機のモーリガンが並んでいた。 「こりゃダメだな」 「言われなくてもわかってる」 ジェスチャーつきで言うオザワに、いつもの口調でピシャリと言い放つネイ。 一機は先の戦闘で右翼バーニアをやられ、もう一機は両足とライトアームを失っている。 「二つをガッチャンコすれば、そんなに時間をかけずに何とか動くようにできるかもしれないが……。俺としてはこの機会にオーバーホールを奨めるね。随分とガタが来てるよ。特にこっちはね」 「もともと、重装型には向かない機体を無理やり改造してるところがあるからね。 一番問題なのがウィングバーニア。重装型用に設計したのを載せれば随分動きがよくなるはずなんだけど」 ネイは難しい顔を唸る。 「バーニアをやられたのはいい機会かもしれないぜ? おまえさんのことだから設計書は用意してあるんだろ? なんなら造ってやるぜ?」 「……そうね。今はあーだこーだ言ってられないし。造ってもらおうかしら」 「ネ、ネイ」 傷ついたモーリガンについての話を進めているところで、青い髪の青年が割って入った。 彼はロッシャル帝国の現在の帝王の実兄であるフェイル・ロッシャル・カイザーズ。しかし、先の事件をきっかけにフェイルの名を捨てブルーと名乗っている。 「どうしたのよ?」 「いや、あの、何者なんですか? 彼は」 オザワに聞こえないように声を絞るブルー。 「こんな大型シップを用意できたり、新型のウィングバーニアを造ってやろうか、なんて簡単に言ったり」 「俺はモトキ・オザワ。しがないフリーライターですよん」 「うわっ!?」 聞こえないよう声を絞ったのにもかかわらず、オザワが顔を近づけるようにしてブルーの質問に答えた。 「あ、悪いね。地獄耳なもんで」 「たちが悪い地獄耳よね」 「ひどいこというね、耳が痛いよ」 ネイの冷たい対応に堪えることもなく、軽い口調で会話を続けるオザワ。 ブルーはオザワのこういう雰囲気に馴染めなかった。真面目なブルーには、オザワの行動、口調が不真面目に見えてしまう。 「こう見えてもヤマヤ工業代表取締役の弟なのよ」 そのブルーの心情を察してか、オザワの情報の中でも一番肝となる部分を口にするネイ。 「ヤマヤ工業って……。あのヤマヤ工業ですかっ!?」 ヤマヤ工業。ヤマヤシリーズを造り出した、SP開発を手がけるムーンの大会社だ。 ヤマヤシリーズはそのコストパフォーマンスの高さと、安定した性能が高く評価されており、そのシェアの高さたるや、賞金稼ぎの約六割がヤマヤシリーズを使っているほどだ。 「まぁ、兄のすねは上手にかじらないとね」 言ってオザワはクククと笑った。 ブルーは呆然とする他ない。ネイがヤマヤ工業代表取締役の弟と面識があるのはそれほど驚くべきことだ。 「でもさっきフリーライターって……」 「フリーライターが本職。ほら、言うでしょ? ペンは剣よりも強しってね。SP造るよりも物書いてるほうが楽しいんだよね。 でもまぁ、それだけじゃやっていけないんで、なんというかまぁ……。親の財産を便利に使わせてもらってるわけで」 ポリポリと頭をかきながら言うオザワは、少し顔をしかめながら言った。彼にとってあまり詳しく話したくないことだからだ。 「まぁ、とにかくだ。そんな訳だからよろしくな!」 「あ、……え、ええ」 勢いよく手を差し出してくるオザワに圧されて握手を交わすフェイル。SPの整備している者とも、操縦桿を握っている者とも違う、柔らかい手だった。 「ところで、こいつのパイロットさんは? あの姉さんは自分の機体の修理に立ち会わないようなタイプじゃないと思うけどな」 重装型のパイロットであるミルカとも面識があるオザワは、ふとした疑問を口にした。オザワの言う通り、ミルカは自機のメンテナンスを人任せにするタイプではない。 「ああ、今日はちょっとね。私に任せたと言ってたから文句は言わないでしょ。 じゃあ、ミルカ機はバーニア以外の部分のオーバーホールを。バーニアの設計書は後で届けるわ」 「了解」 「あ、あの、ネイ?」 「何よ?」 再び二人の会話に小声で入ってくるブルー。 「修理代とか、あるんですか?」 仕事もせずにただただ進んできた自分たちに、もうそんな資金は残っているとは思えない。 「その点はご心配なく」 しかしネイは、わざとオザワに聞こえるように答えた。 「こいつにはでかい貸しがあるのよ。 ……それに、ウィングバーニアのノウハウはヤマヤ工業としても、ぜひとも欲しいところ。設計書が手に入ればバンバンザイでしょ」 「あははは。さすがわかってらっしゃるね。ドウモ。 でもそれだけじゃないんですぜ。俺はね、あんた達に惚れ込んでるんだよ。いつかあんたたちのことを書かせてもらうからね」 ヘコヘコと頭を下げたかと思えば、今度はウィンクをしたりする。オザワは本当に表情も、行動も、豊かな男だった。しかし、アクが強い顔のせいか、鼻につくところがあるのは否めない。 ブルーはますますわけがわからない。オザワという存在。そしてネイたちとオザワの関係。しかし、今までよりも真剣に、具体的な修理内容を話す二人の会話に入ることはできなった。 「で? あの足も腕もないヤツはどうする? いっそバラしてスペアパーツにしちまうかい?」 ミルカ機の話が一段落つくと、ブルーの乗っていた機体の話題になる。 オザワの言うことはもっともだった。ブルーには新しい機体、ルシフェルがある。わざわざ、腕や足を新調してまで作り直す価値はそれほどない。 「そうねぇ……」 「あ、あの」 少し考えるネイにブルーはおずおずと声をかけた。 「ちょっと考えがあるんですけど……」 そう切り出したブルーの提案は、ネイとオザワを驚かせるものだった。 いかにも権威者の部屋と形容できる場所で、二人の男が話をしている。一人はムーンの政治最高責任者であるモリブチ。もう一人は国防委員長であるカグラだ。 モリブチは首相の机で報告書に目を通すたびに、苦い表情をする。 報告書の内容は軍人による犯罪の増加と、それを理由に駐屯軍の撤退を望む団体の活発化だ。 ムーンは今のところサガ同盟に組している。理由はロッシャルが平和主義を許さなかったため。 モリブチたち政治家がそう選択したのも、平和主義こそムーンの最も重要なものだと考えてのこと。 しかしだ。今のムーンは多くの駐屯部隊が存在する、およそ平和主義国の姿とは程遠い場所となってしまっている。 ムーンはチェイの東側、ロッシャルの南側にある島国なのだが、同盟国であるチェイに兵を進める場合でも、ロッシャルを攻め込む部隊を駐屯させておくのにも適した地にあった。 サガ同盟はアリムの部隊を、ロッシャルの監視下にある北ビガー海を避け、ロッシャルの息がかかっていない南ビガー海を渡ってムーンに兵を集めている。 いずれロッシャル本国に総攻撃を仕掛ける際の準備であるが、これは軍事力の無いムーン側にとっても歓迎すべきものであった。 本来ならばあっという間に占領されてしまうだろう国が、駐屯軍の多さにより攻め込みにくい国となっているわけだ。軍を駐屯させるという行為が、平和主義に反するという意見はあるが、平和主義を続け、国民を兵として戦わせないためには仕方の無いことだと、モリブチは割り切っている。 ムーンを守っているはずのサガ同盟駐屯部隊だが、彼らはムーン国の治安を乱していた。それは、兵たちの多くがムーン国に対して快い感情を持っていないからである。 「自分たちがこの国を守っている」、「この国の人間は、自分だけ戦争をしない臆病者」そんな意識を持っているのだ。 「速やかに対処しなければ、レンツ准将が圧力をかけてくると考えられます」 カグラがモリブチに向けて、毅然とした声で言った。モリブチは苦い表情をさらに苦くして、返答を保留する。 「今サガ同盟と問題を起こせば、我が国を守り切れません」 「わかっている」 カグラはムーンの政治家の中では一番の能力者と言える存在だ。今回の政策は彼なくして成立しなかったであろう。戦時中にいて、平和主義を掲げ続けることができるのは、彼の功績と言って間違いはない。 「しかし、駐屯軍の所業も目に余る……」 今週だけで駐屯軍の犯罪件数は二桁を悠に越している。 「確かに……、しかし今は耐える時なのです」 「君の言いたいことはわかる。だが国民は納得せんだろう。我が国の法では裁けず、軽い罪で済んでいる軍人たちに反感を憶えない人間がどこにいる。証拠にいくつもの団体が活動を起こしているではないか」 モリブチは報告書をカグラに見せつけるように机の上に放り投げた。 今の結んでいる条約では、サガ同盟の軍人が犯罪を起こした場合、事件の捜査も裁判はアリムで行われる。 「あと一ヶ月もすれば状況は変わります。それまでは国民に耐えてもらいましょう。……平和主義のために」 平和主義のために。 その言葉にモリブチの心は揺れた。 モリブチは自国を愛している。戦わないこの国を。殺しあいを放棄したこの国を……。 それゆえの甘さがあることに彼らは気が付いていない。今の考えでは、この戦争を乗り切ることなどできない。 カグラは相当頭が切れる男だ。モリブチも首相を務めるだけあって能力は高い。しかし危機感の無さは感覚を鈍らせ、今のような判断が最善だと思いこませる。 「そうだな……」 モリブチはカグラの言葉に頷き、再び報告書に目を通し始めた。 飛行シップがムーンに着くとともに、商店街へと赴くことになったミルカとリン。並んで歩く二人だが、ミルカの様子が若干おかしい。いつもならばその大きな胸を強調するように背筋を伸ばして歩くのだが、今は力なくうなだれている。 「大丈夫? 私、一人でも平気だよ?」 リンは心配そうにミルカを見つめた。 「ええ、ダイジョブよ」 まだ痛みはひいていなかったが、随分と落ち着いている。 いつもの明るい表情を浮かべようとするが、隠し切れない疲れがにじみ出ていた。顔色が悪いのが一目でわかる。 「リンこそ大丈夫? 寝不足じゃない? 悪かったわね、夕べは。」 「あ、ううん。そんなの気にしなくていいよ!」 反対に心配してくるミルカにリンはぶんぶんと大きく首を振って答えた。 実は昨晩、リンはリフレッシュルームで眠った。苦痛に呻く様を見られたくないだろうと、気を利かせたのだ。 申し訳なさそうに言うミルカに、リンの胸は苦しくなる。 「本当に大丈夫! 私、どこででも寝られるんだから」 ニコッと笑ってみせるリン。本人はうまく笑っているつもりだが、不自然さがあり、明らかにミルかに気を使っていた。鋭い観察力を持つミルカはそれに気がついてしまうが、それがリンの優しさであることを知っている。素直に「アリガト」と告げると柔らかく目を細めた。 今二人がここにいるのは食料の買出しをするためだ。今までは状況が状況だったために、カーコでの買出し以来、食料を調達していないのだ。 「一人で平気なんて言ったけど、一人出かけちゃダメよ? ムーンはちょっと前までなら治安はそれほど悪くなかったけど、今はあんまり良くないんだから」 「でも……」 「なぁに?もしかして私じゃ不服だったりするからそんなこと言ってるのぉ?」 少しにやけて言うミルカにリンの顔が赤くなる。ミルカの言わんとしてることを察したからだ。 「そ、そんな……」 「ふふふ」 顔を真っ赤にしてあたふたとするリンに、ミルカは笑顔を浮かべる。 本来買出しの付き添いはブルーの仕事だった。ただ単純に男だということもあるし、メンテナンス能力、信頼性などから、買い物の付き添いといった仕事はブルーに回ってくる。 しかし、今回はミルカの体調不良と、メンテナンスの内容によりミルカがこの任にまわされたのだ。 「さてと、日が暮れる前に手早く済ませちゃいましょうか」 「うん」 ミルカとリン。ミルカはリンを妹のように可愛がっているし、リンはミルカを姉のように慕っている。そんな二人が微笑みあって並んで歩くさまは、まるで仲の良い姉妹のようだった。 |