Not Friends

第8話 血の楔

 フェイルは懐かしさを感じていた。頭がはっきりとしないこの感覚。あれは確か、ネイと初めて会ったときだった。
 何も知らなかった自分。何かできると思って城を出て、勘違いでネイと交戦して麻酔銃を撃たれたあの時。気がついたときには銃をかまえたネイがいて。
 そして……思い知らされた。
 自分の無力さを。
 ゆっくりと視界が戻ってくる。見たことのない部屋だった。あのときの教訓を活かして腰の銃の有無を確認すると、やはりなくなっている。
 特に珍しくもない落ち着いたベージュ色の部屋。家具、机、椅子、そして今寝ているベットがある。
 フェイルは取り戻した視界で特に危険なものがないことを確認すると、今度は記憶を辿り始めた。
 撃墜され、脱出もできずに黒いシップに収容された。そして、コクピットをこじ開けられた瞬間に麻酔銃。
「……また麻酔銃か」
 手近にあった鏡を見てみると、額のところに赤いアザができていた。
「結局何にも変わってないな。僕は」
 ジェイルという言葉に我を失い、敵中に突っ込むなんて……。何も無い部屋でフェイルはただ自分の愚かさを呪う。
 コンコン。
 まだ完全に状況が把握し切れていない中、ドアをノックする音がした。
 ドアに目をやると、内側からも外側からも鍵がないと開けられないようになっているのに気がついた。閉じこめられている。
「……誰ですか?」
 武器のないフェイルは身構えた。誰が入ってくるかわからないのだから用心に越したことはない。
 ガチャリとドアが開く。開かれたドアから見えたその人物に、フェイルは目を見張った。
「……目覚めはどうですか?」
 部屋に入ってきた人物は、敬語を使うなど久しぶりだったろう。どんな人間にも敬語を使わなくてもいいような存在なのだから。
 頭がビリビリと痺れた。全身に力が入り、小刻みに震えた。いくつもの感情が急速に膨み、そして弾けた。
「ジェイルゥ!」
 部屋に入ってきたその人物。
 フェイルの弟にしてロッシャル帝国の現在の帝王。
 勢いよく弾けた感情は彼の手を拳に変えた。感情の赴くまま強く足を踏み出して彼のもとへ走った。言葉よりも先に体が動いていた。
 ジェイルはそんなフェイルに対して何をするでも無かった。ドアをしっかりと閉め、鍵までかける余裕があった。
 そしてようやくフェイルと向き合うと、手を少しだけ動かした。
 弾けた感情の産物は彼の手のひらで受け止められ、矛先を強制的に変えられる。力の流れを変えられたのだ。あさっての方向に拳をふるう羽目になり、派手にバランスを崩して転倒するフェイル。
「どうしました兄上。ショックで言葉を忘れてしまいましたか?
 いきなり殴りかかるなど動物のすることですよ?」
 冷たく鋭い瞳で見下されていた。力の行き場を失ったフェイルは、ワナワナと震えている。
「久しぶりの再会で言葉もありませんか?
 ……いやはや、わたしも驚きましたよ。特殊任務を与えた部隊から、一人の男を捕虜にしたと報告がありましてね。顔を見れば兄上ではありませんか」
「……ジェ、ジェイルゥ」
「髪の色と髪型を変えられたんですね。ですが私はすぐにわかりましたよ。たった一人の兄上。たとえ整形手術をしていても見間違うはずがありませんよ。ねぇ?」
 機嫌良く話し続けるジェイルを無視して、フェイルはゆっくりと立ち上がった。言いたいことはたくさんある。たくさんありすぎて脳が処理できない。その様子にジェイルは満足気な笑みを浮かべていた。
「何がおかしい……」
 麻酔銃の後遺症と、転倒の衝撃で足下がふらついている。
「兄弟の再会ですよ。笑顔くらい浮かべるでしょう?」
「お、おまえはっ!」
 殴りかかりたい衝動を必死で抑えるために唇を噛みしめる。拳を強く握りしめすぎているせいで、手のひらは爪で軽い出血を起こしていた。
「しょうがないですね兄上は。言いたいことも言えないのですか?
 では私が兄上の胸中を察しましょう。
 なぜ自分の命を狙ったのか。なぜ父上の葬儀をあんな形にしたか。なぜ戦争を再び引き起こすような政策をとったのか」
「……っ!」
 ジェイルの言葉はまさにフェイルの言いたいこと、言うべき事だった。それを代弁されたフェイルはさらに憤りを感じる。
「すべてはロッシャルのため、サガのため。全世界に向けて述べた通りですよ。放送を聞いてらっしゃらなかったんですか? 弟の晴れ舞台だというのに、酷いですね」
 冷気に帯びた声での皮肉は、フェイルの感情をさらに逆なでる。
「それとも、聞いていても理解できなかったんですか?」
「理解できるわけがないだろうっ!」
 再び拳が振るわれた。
「……私は悲しい」
 ジェイルの声のトーンが変わり、もう一つの拳が走る。
「なぜっ……」
 感情にまかせたフェイルの拳を縫うように走った拳の威力は、大の男を宙に浮かせた。
 宙を浮いている間、フェイルは痛みを感じなかった。ただ、何が起こっているかわからなかった。ジェイルの顔が突然消え、天井を見上げている。そんな感覚だった。
「なぜおまえはそんなに弱いっ!」
 体が床にたたきつけられたとともに襲いかかる痛みと、ジェイルの吐き捨てるような言葉。
「なぜだフェイル。おまえは私の兄だろう? なぜこんなに弱い!?」
 いつも冷静な弟の顔は怒りに満ちていた。倒れたフェイルの胸ぐらを掴んで引き起こし、怒鳴り声をフェイルの顔に叩きつける。
 先の一撃で軽い脳しんとうを起こしていたフェイルは何も言えなかった。もっとも今は、強く引っ張られている服に首を絞められ声が出ない。
「……私は悲しい」
 今度は小さくそう言うと、フェイルを解放する。解放されたフェイルはゴホゴホとせき込みながら跪いた。
 弱いと嘆くジェイル。フェイルはジェイルの胸中がわからなかった。なぜこんなことをするのか、そしてなぜそんなことを言うのか。
「いつからだ? 私がおまえを越えてしまったのは。勉学でも運動でも貴様の方が勝っていたはずだな?」
 ジェイルはしゃがみ、フェイルと同じ目線でゆっくりと語り始める。その目は過去を映しているかのように虚ろだ。
「フェイル。私はおまえを追っていた。おまえを追い越そうと必死だった。それなのにおまえはどうだ? 何年無駄に時間を過ごしてきた」
「……僕は……僕なりに……」
 喉を押さえながら苦しそうに声を絞り出すフェイル。だがそれはジェイルの一喝によってかき消える。
「それならばこの力の差はなんだ!? 私は帝国を手にした。世界を再構築できる力を手にしている。おまえは何の力がある?
 暗殺されることを恐れ、帝国の人間を味方にすることもできず、そして逃げ出して!
 おまえは何をやっている!?」
 フェイルは答えられない。絶対的な力を手にした弟は絶対の自信があった。そんな弟に、自分の無力さを呪うことしかできない自分が、何か反論できるわけがなかった。
「確かおまえはSPが好きだったな。シュミレーションで好成績を残し、自分で設計もできるようになったそうだな。 しかしそれが何かの役に立っているか?
 SPの操縦能力も、あのおまえがいたというチームのメンバーよりも劣っているそうじゃないか。自分の開発したあの黒いSP、ルシフェルもすぐに破壊されてしまったではないか」
 何も言い返せない。何もできない。フェイルは、ジェイルの言葉を一方的に受けるしかなかった。
「……情けない。こんな男が兄であることが情けないのだよ私は」
 冷たく言い放つジェイルの言葉は、まるでよく研がれた刃物のようだった。心を、自信を、すべて両断されたように思えた。
 弟との再会から数分と経っていない。しかしフェイルは、その数分で自分のすべてを失った気がした。
 圧倒的な力にねじ伏せられ、自分の弱さを目の当たりにした。
 体も心も動かなかった。このまま永遠に動かなくてもいいとさえ思った。
「……フェイル。私はおまえの命をいつでも奪うことができる」
 いつの間にか、銃が突きつけられていた。
「……このまま終わるか?」
 空になってしまった心は、その言葉にも、その銃口の冷たさにも恐怖を覚えない。
「頷けば引き金を引く。死にたい人間を無理に世界に留めさせるほど私は残酷ではない」
 頷いてしまおう。そう思った。
 ジェイルに対して何かすることが自分の使命だったはずだ。しかし、いざジェイルの目の前に来ても何もできない。自分の力では何もできない。
 できなかったのだ。自分の存在意義をなどない。
「……しかし、生き続ける事を望むのなら生き延びるチャンスをやろう。どうする?」
 これ以上ない屈辱を受け、何もできない。さらに屈辱を与えられた人物にチャンスをもらって生き延びるというのは、生き恥をさらすことでしかないだろう。
 それならばいっそ死んでしまおう。ロッシャル帝国の王子だった男だ。そのぐらいのプライドはある。
 フェイルは目を閉じる。頷けば楽になれる。自分の存在意義を失った自分が、生き恥をさらしてまで生きのびようとする理由など無いのだから、いっそ死んでしまおう。もう自分に生き延びようとする理由など……。
「……………………」
 一人の女性が思い浮かぶ。そして思う。彼女は何のために生きているだろうと。
 生身で三機のSPに立ち向かう彼女の中に感じた何か。自分の涙腺を刺激した何かを抱えたまま彼女はなぜ生きているのだろうか?
「……僕は……。」
 頷こうとした頭の動きを止め、口を開くフェイル。すでにその目にジェイルは映っていなかった。突きつけられた銃さえも。
 大儀や名分。生き延びようとするのに、きっとそんなものは必要ない。もっと単純な何かがあれば、生きる気力を呼び起せる。それは、偉大なる帝王の子供であっても同じ事。
 もう一度あの場所に。初めて自分の居場所を作りたいと思ったあの場所に。
「死にたくない。……生きるチャンスがあるのなら……生き延びたい!」
 震える声で、しかしはっきりと言った。その目はジェイルを真っ直ぐと捉えている。強い意志の力を秘めている。
「……わかった。おまえの生きる意志、そして生き残る価値があることを証明してもらおう」
 銃口がゆっくりと離れた。
 とりあえず繋ぎ止めた命をフェイルは失うわけにはいかなかった。ジェイルの言う生きるチャンスを逃すわけにはいかなかった。
「……いい目だ」
 それを受けた帝王は、普段は見せない柔らかな笑みを浮かべた。


 前大戦で、荒野と化した場所はいくつもある。かつて森と呼ばれていたそこも、荒野と呼ばれる場所になっていた。
 度重なる戦闘によって焼かれ、草木が生えなくなった場所。
 そこに二機のSPが対峙していた。
 一機は先の戦闘で右肩を失った赤いSP、インビシブル。応急処置としてショルダーアーマーを装備しているが、サイコボールは装備していない。つまりサイコボールは左肩の一つのみだ。
 もう一機は、先の戦闘で頭を失ったSP、モーリガン。これにも応急処置が施されている。失った頭の変わりに載せられているのは、帝国の量産機、レイフムの頭。
 魔石エンジンの性能は同等なので問題はない。魔石の配分も破壊される前と同じ、スザク、セイリュウが四。そしてゲンブ、ビャッコが二。ひしゃげた装甲も完璧に近いほど修復されている。 
 障害物の無い荒野は、ある場所と酷似していた。SPBの会場だ。
 インビシブルに乗るシータはSPBの優勝者。今の状況は、チャンピオンの防衛戦と表現できなくもないだろう。フェイルは、予選を通過することなくチャンピオンに挑戦できるわけだ。もちろん、その代償は大きい。
 この試合に負ければ命を失う。
「帝王というのはあまり忙しくはないのですか? わざわざカイザーズからここまで出向くなんて」
 シャドウニードルの司令室。ラザとジェイルが大モニタで二機のSPを見守っている。
「こちらの方が優先順位が高いからこの場にいる。それだけのことだ」
 ジェイルは年下の皮肉を気にすることもなく答えた。その表情はまるで氷のように冷たい。だが目だけは違う。熱を帯び、一つのSPを捉えている。
「何よりも優先すべきモノ。おまえも持っているだろう?」
 目線は変えずに言うジェイルの言葉に、ラザはすぐに姉を思い浮かべた。
「……ラザ。おまえはどちらが勝つと思う?」
「私が負ける戦いに、姉ちゃんを出すと思いますか?」
 少しムッとした様子のラザ。しかしジェイルはあくまで冷静だ。
「では、前回の戦闘はどう説明する?」
「あれは……異常なパイロットがいたからですよ。あんなパイロット、普通は存在するとは思えません。下手をするとあなたよりも腕が立つかもしれませんよ」
 悪びれもせずまたジェイルを挑発する。
「あのパイロットでは勝てないか?」
「言いましたよね。異常なパイロットだったって。そんなパイロットは何人もいるものではありません。それに今回は、前回の戦闘から得た、パイロットとSPの詳細データがありますし、ちょっとした保険もかけてます」
 ラザはそこまで言ったあとで思い止どまるように首を振った。
「まぁ使うこともないかと思いますがね。で、それらのデータをもとに算出した勝率は九十七パーセント。この勝負、三分以内に決着が付きますよ」
 ラザは自信の裏には、必ずしっかりとした根拠がある。だから彼の言うことはほとんどが正しい。しかしジェイルはラザの言葉を肯定も否定もしなかった。
「……さて、そろそろ始めようか」
 ジェイルは持っていたマイクのスイッチを入れ叫ぶ。
「始めっ!」
 シャドウニードルのスピーカから声が響いた。
 それとともにけたたましい音が荒野の静寂を壊した。バーニアの爆音とローラーフットの軋む音。そしてプラズマの発射音。
 モーリガンとインビシブルによる一騎打ちが始まったのだ。


 インビシブルとモーリガン。二つの性能差は大きい。
 インビシブルの魔石エンジンは18個の魔石が処理できる。配分はセイリュウとゲンブが五、スザクとビャッコが四。対してモーリガンは12個のみ。単純にインビシブルはモーリガンの1.5倍の性能の持っている。
 加えて武装。サイコボールにオートガードシステムと言う強力な武器を持っているのに対し、モーリガンの武装はごく標準のものしかない。モーリガンの腕は換装がいつでもできるので、特殊な武器を装備することも可能なのだが、今はその換装する武器はない。何の役にも立たないだろう。
 つまり、この勝負でモーリガンが勝つとしたら、パイロットの能力がその性能差を埋めるほど違っていた場合のみなのだ。
 フェイルはサイコボールからの攻撃を、辛うじて避けながらある操作の確認をしていた。
 インビシブルに勝つ方法は限られていた。そしてその方法は、数時間前にその目で見ている。
(ピンポイントバリア。本当にこんなことをやっていたのか?)
 敵の攻撃位置を予測して、出力位置を指定する。口で言うのは簡単だが、速いスピードで繰り広げられる戦闘中でそれをするのは難しい。
 いや、不可能にすら思える。
 不意に軽い衝撃。考え事をしていたせいか、避けきれると思っていたサイコボールのプラズマが機体をかすめた。続けて放たれるは、大出力のプラズマ。
 戦術は変わっていない。この戦術で勝てるのだから、変える必要性も無いのだが。
「くぅっ!」
 間一髪、数ミリ秒反応が遅れていたら回避しきれなかっただろう。かなり危なっかしい動きで何とかやり過ごす。
 そのため本当に大丈夫なのかという不安がよぎった。
「ダメだ! 意識は戦闘に向けたまま。かつ、必要な情報は取り入れる!」
 その不安を振り切るため、フェイルは叫んだ。フェイルの知る最高のパイロットである彼女の言葉を。
 ピンポイントバリアの操作を頭に叩き込みつつ、意識は戦闘に向けたまま。
「広域的な視野を持って!」
 一つのモニタに集中しないように、前方、後方、側面、上方を映すすべてのモニタを視界に入れる。脳がチリチリと痛むがそんなことを気にしている場合ではない。
 視野が広がることにより、サイコボールの動きが格段に見やすくなった。
「行けるっ!」
 彼女の言葉に従うことは彼に大きな自信を与える。迷いを断ち切れる。それとともに得られるのは集中力。研ぎ澄まされた感覚。
「うぉぉぉおおおお!」
 普段は大人しいフェイルの咆吼。その声に応えるように翼が大きく広がる。
 あの時のネイのモーリガンを越える、猛スピードでの突進。
 当然のごとくサイコボールはフェイル機をつけねらう。インビシブルに近づかせないための攻撃を繰り出す。
「戦場においてすべての行動は何かに影響を与えるっ! メリットとデメリットが必ず存在する!」
 直進するだけのモーリガンを狙うサイコボール。モーリガンが猛スピードで直進するならば、サイコボールも余計な動きをせずに直進する。そうでなければ、モーリガンに攻撃を加え続けることができないからだ。もし余計な動きをすれば、射程範囲外に逃げられてしまう。
 サイコボールの攻撃が予測しにくかったのは、ランダムにちょこまかと動くことが原因でもあった。プラズマの発射口が動けば、攻撃が予測しにくくなるのは当然。だが、その動きが直進だけに絞ることができれば、フェイルでもピンポイントバリアで攻撃を凌ぐことができる。
 予想通りだった。もちろん難易度が高いことに変わりはないが、何とかピンポイントバリアを実現することができていた。サイコボールのプラズマが完全に中和されている。
 しかし、これにはリスクがあった。スザクの魔石が四個であっても、足りないほどバーニアを噴かしてスピードを出していたため、おそらく、これでインビシブルを仕留められなければ、次にサイコボールを避け続けるだけのエネルギーが無くなってしまう。
 勝負は一回キリだ。
「うぉおおおおおお!」
 フェイルはピンポイントバリアを展開しながら走った。距離がみるみる縮まっていく。
 あの時ネイから聞いている。インビシブルは20メートル以内まで距離を詰めた敵の攻撃に、反応しきれないだろうことを。
 あと少しだった。あと少しでその距離だった。
 しかし、その時予想外の攻撃があった。
「なんっ!?」
 右ショルダーガードからのプラズマ。
 反応しきれなかった。
 バリアを慌てて出力したが、完全に中和することをできなかった。衝撃によりバランスを崩すモーリガン。
 これがラザの言う保険だった。
 隠し武器。
 ラザは用心深い男だ。あの戦闘で辛酸をなめさせられたにも関わらず、それを対処するものを用意しない訳がない。
 インビシブルと戦う時、バランスを崩したSPにもれなく与えられるモノがある。大出力のプラズマだ。
「うわぁあああああああああ!」
 絶叫とともにフェイルは乱暴にバーニアを噴かして上昇した。しかし間に合わず両足はプラズマによって破壊される。これで勝負が決まったかに思えた。
 しかし、フェイルは進むことを止めない。
「どうせ二回目は無いっ!
 ここまでくれば足なんて必要ないんだっ! むしろ邪魔だぁ!!」
 子供の屁理屈ともとれるフェイルの叫びとともに、さらにバーニアを噴かす足を失ったモーリガン。屁理屈とは言ったが、足を失ったことで軽くなった分スピードが増していた。
 しかしこれで完全に次のチャンスを失った。足の無いモーリガンでは戦闘続行は不可能だ。だから絶対に一撃で仕留める必要があった。だとすると狙うは頭。
 しかし、どのくらいの出力で撃てば確実に破壊できるかはわからない。
「くっ!?」
 もう距離は充分に縮まっていた。むしろ縮まりすぎていた。大出力のプラズマを撃てば危険なほどに。そんな危険な状態の中、フェイルはさらに危険な攻撃を思いついた。危険だが、これを実行すれば確実に仕留められるだろう。
 すでに迷っている暇は無い。
 足を無くしたモーリガンはさらにスピードを上げた。  
「うわぁああああああああ!」
 戦闘中、何度目かの咆吼。それとともに、モーリガンは腕を突きだした。
 クローによる攻撃。
 この攻撃は誰も予想しなかったのだろう。インビシブルのパイロットであるシータは、パイロット能力が低い。この予想外の攻撃に素早く反応することなどできなかった。モーリガンのクローが頭に食い込む。
 しかし、その一撃ではインビシブルの機能は停止できない。インビシブルはただ大きいだけではない。その大きさに伴って装甲も厚いのだ。魔石エンジンを覆う装甲は、モーリガンのクローでは破れなかった。
「うおおぉぉぉぉぉぉおおお!」
 再び吼えるフェイル。先ほどよりも大音量だ。彼の思案した危険な攻撃はこれから。クローが青く煌めく。
 爆音が轟いた。
 モーリガンはクローの中心からプラズマガンを発射する構造になっている。つまり、ほぼゼロ距離からの大出力での射撃。
 確かにインビシブルの頭の破壊には成功した。だが同時に、プラズマ着弾時に起きる大きな爆発がモーリガンを包み込んでいた。その爆発は、明らかに強力。モーリガンの装甲を砕くほどのものだった。
 爆風で勢いよく飛ばされるモーリガン。

 勝負が着いた。

「……か、勝った」
 ある程度は覚悟していたとは言え、予想以上の衝撃を受け、シートに体を強く打ちつけてしまっていた。しかしフェイルは生きている。モーリガンの損傷も少ない。あの状況でこんな損傷で済むとは思えないほどに。
 もちろん何もしなければ、モーリガンは機能停止に陥るほどの損傷を受けていただろう。
 フェイルは細工をしたのだ。SPのことを、モーリガンのことをよく知るフェイルだからできた細工。プラズマを撃ち出すとともに腕のジョイントを外し、前方に最大出力でバリアを張ったのだ。武器を戦闘中に付け替えられるモーリガンだからできる荒技。
 腕を切り離したことにより、爆発物との接合部が無くなった。だから前方にバリアを張るだけで爆発を凌げたのだ。爆発の衝撃をバリアで受けて、その爆風に逆らうことなく弾き飛ばされる。これで威力を軽減していた。足を失っていたのも、成功した要因となっていたのかもしれない。軽くなった機体の方が、爆風にはじき飛ばされやすく、威力を軽減できる。
 明らかに危険で無茶なことだ。しかし、それを実践し、成功させた。そして勝利を掴んだのだ。
 そう、この戦闘で勝利を納めたと言えるのはフェイルだろう。モーリガンは両足、片腕を失い、全身もボロボロだったが、動くことができた。対してインビシブルは完全に機能が停止してしまったのだから。
 ラザの予測通り、三分以内で勝敗が決まる短い戦闘だった。勝者はラザの予想とは違っていたが。
「……帰らないと……」
 魔石エンジンはまだ動く。もう一つの腕も外して、ウェイトをさらに軽くすれば飛行も可能だろう。
 しかし、フェイルは極度の疲労と、打ち付けた体の傷みのせいで体が動かなかった。
 撃ち落とされた鳥のようなモーリガンの中で、フェイルの意識はだんだんと薄れていく。
 その中で、フェイルの目に、インビシブルのコクピットから無事にパイロットを回収される光景が映った。
 ……生きてる。良かった。
 フェイルの思考はそこで途切れた。

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