Not Friends
第8話 血の楔
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外観からそれとわからぬよう、偽装工作を施された帝王専用飛行シップ「ソニック」は、カイザーズへと急いでいた。ジェイルは、NotFriendsのメンバーの一人を捕らえたという報告を受けて、シャドウニードル隊のところまで足を運んでいたのだ。 ロッシャル帝国においてジェイルは絶対的な存在。彼のカイザーズ不在は芳しくない事態だ。少しでも早く帰るべきだろう。 ラザとシータの姉弟もこのソニックに乗っている。NotFriendsの壊滅という特務を離れ、本国に戻る指令をジェイルから直々に受けたためだ。 「私に話とはなんだ? ラザ」 その道中、ラザはジェイルに面会を求めた。ジェイルはそれを受けて、自室にラザを招き入れている。 「もう、SPの開発は辞めさせてもらいます」 何の前触れもなくラザは率直に言った。できるだけ早く用件を済ませてこの部屋を出たい。そんな気持ちも含まれている。 ラザは明らかにジェイルに対して憎悪の念を抱いていた。 「なぜだ?」 「……これ以上姉ちゃんを危険な目にあわせないためです。 軍なんかにいるからあんな目に会う。だから……」 ラザは先の戦闘でインビシブルの頭部が撃破されたとき、絶叫を上げ、狂ったように取り乱した。 彼にとって姉は最愛の存在。すべてだと言っても過言ではない。 ラザはわかっていた。姉が軍にいられるのは自分がいるからだと。姉にパイロットとしての価値はない。ラザが口をきかなければ、今の地位は得られなかっただろう。それがわかっていて、ラザは姉のため、軍にいたいと願う姉のためにSP開発を引き受けた。 だが先の戦闘で、軍という場所が危険な場所であることを実感した。いくら強力なSPに乗せたとしても、死んでしまう可能性だってある。そんな場所であることを。 それを知って考えが変わった。姉の望みをかなえるよりも、姉の安全を。 「……ラザ。私にはおまえが必要だ」 ジェイルは承諾も拒否もしなかった。ただ、自分の意志を伝えた。 「そんなのは知りません。俺は……」 「ラザ。おまえは自分の力がわかっていない。姉とおまえ、どちらが力を持っているか、考えたことがあるか?」 ジェイルはラザに歩み寄りながら、ゆっくりと語るように喋る。その一歩一歩は重々しく、その声は恐ろしいまでに透き通っている。 ラザは悪寒を感じ、後退る。 「ラザ、力の使い方次第で、おまえはいくらでも欲しいものを手に入れることができる。そして私は、その力が使える場所におまえを置いているつもりだ」 「……俺は……俺の欲しいものはこの場所じゃ手に入らない!」 思わず叫んでいた。でなければ、ジェイルの言葉に吸い込まれてしまいそうだった。ジェイルの言葉は、恐ろしいほど冷たく、そして甘い。まるで言葉のすべてにあやかしの術がかかっているかのように心にへばりつく。 「……ゆっくりと考えてみろ。そうすればわかるはずだ」 「そんなわけないっ!」 喚くように否定の言葉を口にする。そうでなければ否定しきれない気がした。 「……しばらくは休暇という形にしておく。ゆっくりと考え、明確な答えが出たらもう一度我が元に来い」 「う……ぐぐ……」 思考能力がいよいよ低下してくる。やはりこの男は恐ろしい。ラザは何の返事もせずに逃げるように帝王の部屋を出た。 ジェイルは出ていったラザをしかっりと見送ったあと、まるでこうなることを予想していたかのように、通信回線を開く。 「……私だ。シータを呼んでくれ」 震える足を忙しく動かし、ラザは用意された部屋に戻ると、すぐベッドに顔から突っ伏した。 頭の中でリフレインするジェイルの言葉をかき消そうと必死でもがいた。 しかし、その言葉は一向に消える気配を見せず、いつまでも纏わりつく。 「俺の力だと? 力の使い方がわかれば欲しいものが手に入れられるだと?」 そんなのはわかっている。ラザは頭のいい少年だ。自分のSP開発能力に、そのぐらいの価値があるのかわかっていた。 「だけど違う。俺は、俺の力は姉ちゃんのために」 姉のために。今も昔も変わらないその想い。その想いで彼は動いている。 子供のころ、いじめにあっていたラザを姉が守ってくれていた。忙しく、ほとんど家にいない両親。姉は唯一の家族だった。 その姉のために。すべてはその姉のために。そう思い、行動してきた。なのに……。 ラザが葛藤を続ける中、来客時用の呼び出し音が鳴った。 続けて声。 「ラザ、お姉ちゃんよ」 想い人の声だった。その声は悩みも苦しみもすべて吹き飛ばす。 現実に戻ったラザは「ちょっと待って」と返事をすると、慌てて体裁を整え、ドアを開いた。 「姉ちゃん?」 ドアを開き、まず目に入ったのは怒りの形相。 「……SPの開発を辞めるって本当なの」 部屋に入って初めに聞いた言葉はそれだった。 「どうしてよっ? なんでそんなこと言うのよっ?」 その語気はだんだん荒くなり、ラザを責めたてる。 「だって……」 「だっても何も無いのよっ! どうしてそんなこと言うのよ!? 続けなさい!」 どうして? 俺は姉ちゃんのためを思ってそうするのに。姉ちゃんのために。 その想いは姉に届くことはない。 姉はジェイルを見ていた。ジェイルの言葉だけに耳を傾けていた。 「ジェイル様がお困りになられてるのよっ? どうしてジェイル様のために働こうとしないのっ?」 姉のために。それだけを胸に今まで生きてきた。姉の言うことならなんでも聞くつもりだった。 しかし、ジェイルに出会い、ここに来てからその想いに歪みが生じ始めた。姉の口からジェイルの名前が口にされるたびにどうしようもなく苛立った。願いをかなえることを最大の喜びとしていたのに、喜び以外の何かばかりが蓄積していった。そしてそれはまったく昇華することはないまま。 「嫌だっ!」 それが今はじける。 「どうしてだよ。何でだよっ! 絶対やらない。やらないからなっ」 初めて姉に反抗した。姉の願いを受け入れなかった。 「ど、どうしたのラザ」 従順だった弟の反抗。それによって壊れる。 姉はジェイルのために、弟は姉のため。強い想いで形成されていた関係が崩れる。 「嫌だっ! 嫌だ嫌だ嫌だ!」 「ラザ? どうしたのよっ? 何言ってるのよ? ふざけないでっ!」 ジェイルへの嫉妬心を必死に隠していた。姉のためだというその美しい想いに従うことに酔っていた。しかし、殻を破って出てきたのは果てしない嫉妬。そして独占欲。 癇癪を起こしたように拒絶する弟。シータはどうしようもない焦りを感じた。 数分前のあの約束。 絶対に果たせる自信があった。弟は自分の言うことなら何でも聞いてくれる。そう思っていたから。 数分前。シータはジェイルに呼び出され、ジェイルの部屋にいた。先の戦闘に敗北したことを咎められると思っていたが、そこで見たのは、ジェイルの困ったような表情。そして自分を頼る言葉。 「シータ。私にはラザが必要だ」 最初は自分でなく弟を求める言葉。その時は激しい嫉妬を覚えた。しかしすぐ次の言葉でそんなものは消え去ってしまう。 「シータ。ラザを説得してくれ。頼れるのはおまえだけだ」 頼れるのはおまえだけだ。 その言葉に全身が痺れるような感覚を受けた。憧れの存在。絶対的な帝王。一般人が手の届かないはずのそんな人間。その人が自分を頼っている。おまえだけだと言ってる。 甘い。最高に甘い感覚を味わった。ジェイルにそう思われていると思うだけで、今も心がとろけそうなほど幸せになる。 この感覚をいつまでも味わっていたかった。そのためにはなんとしてもラザを説得しなければならない。 自信はあった。 ラザはいつも自分の頼みを聞いてくれる。願いを叶えてくれる。そういう存在だったからだ。 しかし現実は違った。弟は耳を貸さない。いつも言うことを聞いていた弟が。すべての予定が狂ってしまった。 絶対失いたくなかった。あの感覚を、あの瞬間味わった最高に甘い感覚を。 「ねぇ、ラザお願い。言うことを聞いて。 ね? ラザ」 怒鳴りつけるように頼んでいたシータは、いつしか弟にすがるように頼み込んでいた。涙を浮かべ、まるで子供のように頼み込んでいた。その表情は弱々しい。 「……姉ちゃん……?」 ラザの知る姉は元気で明るく強い存在だった。自分を守ってくれる、そんな強い存在だった。 しかし、今の表情はどうだ? 泣いて自分に頼み込んでいる。自分に助けを求めている。 最初は当惑した。しかし、すぐに気がつく。なぜ姉がこんなことをしているのか、その答えをラザは知っていた。 『ラザ。おまえは自分の力がわかっていない。姉とおまえ、どちらが力を持っているか、考えたことがあるか?』 へばりついて離れなかったその言葉が再び頭に響いた。 その答え。今の状況がすべてだ。明らかだ。誰の目から見ても明らかだろう。どちらが強者か。 彼の想いは強すぎた。気づいてしまえばもう歯止めが利かない。 「そんなに言うことを聞いて欲しいんだったら……」 『力の使い方次第で、おまえはいくらでも欲しいものを手に入れることができる』 「もう戦場には出ないでっ!」 初めて口にした姉への欲求。 「もう危ないことしないでっ! じゃなきゃ僕は……」 「わかった、わかったから。もうそんなことしない! だから……」 それはすぐ満たされる。今の姉にとって、戦場に出ることに大して意味はなかった。ラザを説得するという自分だけにしかできない、ジェイルが頼らざるを得ない役目がある。 あまりにあっけなく要求が聞き入れられたラザは呆然とした。今まで言えなかったこと。言いたくても言えなかったこと。言っても聞き入れてもらえないと思って言えなかったこと。それがこんなにも簡単に。 ラザは興奮を覚えた。何で今までこうしなかったんだろうと悔やんだ。 自分にはこんなにも力があった。……姉を手に入れられる力があった。 「それと……もうジェイル帝王とは会うな」 知らぬ間に言葉が荒ぶり、目の色も変わってしまっている。 「何を……」 「じゃなきゃ俺はもうSPを造らない」 ラザは自分の想いはとどかないと思っていた。姉弟愛の域を超えてしまっている強い想いと独占欲。絶対に満たされないと思っていた。 シータも悩んだ。最愛の人と会えなくなる。しかし、彼女はそれでも失いたくなかった。きっと会うことができたとしても、ジェイルを独占することはできない。抱かれることもできない。それは出会う前も、出会ってからもわかっていたこと。彼女はそれでもジェイルの特別な存在になりたくて行動していた。 そしてさっき、まさにその感覚を味わったのだ。その味を知ってしまったシータはもう後戻りはできない。 彼女はこの弟の姉である。強すぎる想いを持ってしまう人間。そのために何でもしてしまう人間だ。 「……わかった……、だから……だから……」 私の幸せを奪わないで。 言葉にせず心の中で呟く。言えば弟の機嫌を損ねてしまうから。ジェイルに必要とされる、特別な存在で有り続けるためには、弟の機嫌を損ねるわけにはいかない。SPの開発を止めさせるわけにはいかない。 「俺だけを……見てくれよ姉ちゃん……。俺だけを……俺だけを……」 同じ血を持つ存在。同じ要素を持っている者に惹かれるがごとく、親族へ強い想いを寄せることがある。しかし、それは珍しくないことだ。それが形となることが少ないだけである。 親族間の恋は法で認められていない。それは断固たる常識だ。認識できるほど象られる前に、常識にその想いは砕かれる。それがほとんどだ。 その想いが象られてしまうのは、砕く存在がいなかったから。本当なら姉に拒絶され、その想いを散らせていたのだろう。それによりラザは常識の中に戻ることができたのだろう。 そうあるべきだった。 だが、歯車が狂ってしまった。ジェイルという存在に会ってしまったことにより、姉弟の歯車が狂ってしまったのだ。 これから姉は、ジェイルの特別な存在で有り続けるため、弟の想いを受け続ける。そして弟は、姉への果てしないその想いをぶつけ続け、欲求を満たす。 そのジェイルはこうなることを予測していた。しかし彼はこうなってしまったことを気に病むことはない。むしろこうなることを望んでさえいた。 ジェイルは最高のSP開発者を手に入れた。シータは最高の幸せを手に入れた。そして弟は最愛の姉を手に入れた。すべての人間の要求が満たされた。 歯車を狂わせ、常識の域を踏み外したことはジェイルにとって問題ない。なぜなら、彼が新しい常識と成りうる存在だったからだ。 どのくらい眠っていたかわからない。ただ目を覚ました時にそれがあった。 荒野にインビシブルやシャドウニードルの姿は完全に消え去っていたが、代わりに一つのSPが、壊れかけたモーリガンの前にあった。 「何で……」 漆黒の色に染められた、騎士のようなデザインをしたSP。フェイルの開発したSP、ルシフェルだった。 フェイルはコクピットから出て、そのSPに触れる。見た目、さわり心地。すべてがルシフェルのそれだった。間違いなくルシフェルであると感じた。その懐かしさに、ワナかもしれないという疑いも持たずにコクピットを開き、パイロットシートに座った。 「間違いない……。僕のルシフェルだ……なんで……」 慣れた手つきでシステムを起動する。 だが、彼の知るルシフェルとは違う動きをした。モニタに映しだされたものは、ルシフェルのカメラが捉える外の景色ではなかった。 「ジェイ……ルッ……」 モニタに映し出されたのはフェイルの弟ジェイル、彼はモニタの中にあっても不敵な表情を浮かべている。 『フェイル。これは私からの餞別だ。細工はしていない。回収したルシフェルをただ純粋に修理したものだ。魔石エンジンもおなじものを使っている』 フェイルは何も考えずにモニタを見つめた。ただジェイルの顔を、声を心に焼き付けていた。 『もう私はおまえに手をだすのをやめることにする。帝王となってしまった今、いつまでもおまえの相手はしていられないのだ』 相変わらず皮肉と嘲りの混ざったものの言い方をするジェイル。しかし、その次の言葉には、それらは一切含まれていなかった。 『……だから、今度私とおまえが再会するときは、おまえが私に向かってくるときだ』 真正面を見据えるように言い放つその言葉は明らかに挑発。 フェイルの全身の毛が逆立った。その言葉に、フェイルの持つ感情すべてに火がついた。 『……楽しみにしているよ兄上。生き延びさせたことを後悔させるような死に方だけはしないで欲しい』 ガンッ! ジェイルを映したモニタに、フェイルの拳が叩きつけられる。それとともにジェイルの顔が消える。ジェイルの用意したビデオメールがそこで終わったのだ。 「……後悔はさせてやるさ。……別の意味で」 鋭い眼光をぎらつかせて言ったその男の顔は、強い意志に雄々しく彩られていた。 何かが足りないと感じた。そう思う自分たちに驚いていた。 しかしこのメンバーにそれを素直に認められる人間は一人しかいない。 「……フェイルさん……どうなったのかな」 リフレッシュルーム。兵器に用意されたこの部屋は、本当にその真価を発揮できない。誰もそこで安らぎを得ることはない。 「独断専行の結果よ」 リンのその言葉に、棘を多く含んだ言葉を返すミルカ。その彼女はひどく苛立っている。 「ミルカ……」 しかし、そんなミルカも涙を浮かべる少女の前では口をつぐんでしまう。 「ミルカの言うことは間違っちゃいない。あいつのミス。自業自得」 ネイの言葉に今度はリンが口をつぐむ。ネイの言葉はいつも反論を許さない正論。 「……だから、あいつのことは忘れなさい。これからのことを考えて。私たちはそんなことに構っていられない状況にあるのよ」 帝国にフェイルを保護しているのがバレていた。この事実は先の未来を深い闇に染める。 相手の目的はわからないが、目をつけられていたことは事実。とにかく逃げなければならいだろう。一刻も早くロッシャル本国に近いこの場を離れなければ安息の地はない。ビガー海を越えて完全にサガ同盟の占領している大陸に行かなければ。 ミルカのモーリガンの修理もできていない。完全に破壊された右腕と、右翼バーニアを修理するためのパーツが足りないのだ。今また襲撃されてしまったらほんとうに危ない状況。 そんな時にフェイルの救出作戦など立てられる余裕はない。小さく芽生え始めた感情などに従うわけにいかないのだ。 『みんな、もうすぐ到着するみたいだから』 リフレッシュルームのスピーカからシリアの声が響いた。 ……みなそれについて語ることはない。到着するのは大型飛行シップ。これが到着次第、海を越えるために飛び立つことになる。 そうなれば、この大陸で行方不明となったフェイルと再会することなど不可能に近くなるだろう。皆がそれを理解していた。それゆえの沈黙だ。 何分間そうしていただろう。しかし誰が何を喋らずとも、何もしなくとも時は進む。 大型飛行シップが到着した。 NotFriendsの海越えに使われる大型飛行シップは、武装も飾り気もないシンプルなものだった。しかしその大きさは、ネイたちのシップクラスならば4台は収容できる。 「いやっはっは。悪ぃ悪ぃ!」 その男は場違いなほど明るい声で4人を大型飛行シップに招き入れた。 オザワという名のその男。その明るい言葉とは違い、少し疑わしい雰囲気のある男だった。短めに切りそろえられた髪には天然パーマがかかっており、色は茶色だが、もとは黒髪だったことを主張したいのかと思うほど、染め方にムラがある。目は細く鼻は低い典型的なホートウ系の顔立ち。口元は少し大きめで絶えずゆるんでいる。眉毛は濃く短い。 「遅刻したのは深い訳があるんだよぉ。まぁ中に入って聞いてくれ」 長身で痩せ形の体をクネクネとひねってオーバーなジェスチャーしている様は、少し滑稽だ。 その言葉を受け、四人が大型シップへと歩きだす。だが、リンはなかなか足を進めなかった。 ここに入ってしまえばもうフェイルとは……。 「リン……」 ミルカが半ば強引に手を引く。リンは「あっ」と小さく呻いた。 その目には涙がたまっている。 「いや、それにしても増えたねぇ。まさか5人になるとはなぁ」 「……まぁ、色々あったのよ」 ネイはオザワの世間話のような言葉を軽く流すつもりだった。しかし彼の言葉に違和感を覚える。 「……5人?」 今ここにいるメンバーは4人だ。 「5人なんだろ? あ、来た」 シップの奥から一人の青年が歩いてくる。 「………………」 皆が目を疑った。髪の青い青年。 「……いやさ。遅れたのはこいつが原因なんだよ。いきなり襲撃されたんだよねー。シップよこせってさ。いやー、こいつのSPがモーリガンを持ってなきゃホントやばかったね」 もうオザワの軽口など耳に入らなかった。どんないきさつでフェイルがここにいるかは問題ではない。 「フェイルさん……!」 リンはたまらず涙を流し、フェイルの元に駆け寄った。 「……もうその名で呼ばないでください」 しかし、リンの足はフェイルの言葉によって止められた。フェイルの表情が見たことのないものだったのも原因だろう。 「僕は……ブルーです。フェイルは死にました。ここに戻ってきたのはブルーです」 メンバー全員、その言葉の意味が理解できなかった。ブルーという名は、ネイが即興でつけたフェイルの偽名。そのことだけはわかったが。 再会を喜びあうことなく、NotFriendsのメンバーはフェイル……、いやブルーの話を聞くためにあのリフレッシュルームに集まった。ネイたちのシップを乗せた大型シップを持ってきた功労者、オザワは話から外されている。彼はそれについて不満を漏らしたが、無理にこの輪に入ろうとはしなかった。 メンバーはブルーの話を聞き、みな様々な反応を見せている。 「……話はわかった。それより確かなの? ジェイルが私たちを狙わないって」 「間違いなくそう言ってました。ビデオメールも残ってます」 ネイは安堵の息をもらすとともに、さらにわからなくなったジェイルの目的に頭を悩ませる。 「で、どうしてそれであんたの名前が変わっちゃうのよ」 ミルカは話題を変え、ブルーが名を変えた理由を求めた。 「……フェイルは……。王位継承者であるフェイルは死にました。帰ってきたのは、ここに戻りたいと思った僕です。だから……」 王子としてのプライドを捨て、生き延びることを選んだ。王子として力がなくなったことが思い知らされた。それがフェイルの名を捨てる理由。 それらを捨てても、無くしてもここにいる自分はこのチームに残りたいと思った自分。あの戦闘を勝ち抜いた力の源は、このメンバーの助言。 だから彼は、このメンバーからもらった名で生きようと思った。 「……なるほど。じゃあもう王子様とも呼べないわけだ」 その真意を理解して、ネイは冗談交じりにそう言うと、小さく笑みを浮かべた。 名を変えて生きることを選んだ兄。帝王となって世界を変えようとする弟。進む道は違う。だが彼らの再会は果たされることになる。 名を変えたとしても、進む道が違っていても、彼らは強い想いで繋がっている。その想いはどの言葉を使っても表現できない。あえて言葉にするならば、憎しみ、怒り、哀れみ、愛しさ。それらすべての感情。 先代帝王と同じ血を引く二人。優れた血を引く二人。彼らを繋ぐは血の楔。そしてその楔を越える強き想い。 第八話 血の楔 完 次回、NotFriends 第九話「黒き命の灯火」。 NotFriendsの意味?もちろん友達以上のカンケイってことよん。……あ、あいつは含まないケド。 |