Not Friends
第8話 血の楔
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それは突然やってきた。 リンとフェイルはおそらく初めて味わうだろう衝撃。 シップが大きく揺れた。乗員全員が大きく揺れたと感じるほどのものだ。 「総員対ショック姿勢! 近くのものにしっかりと捕まって!」 全フロアにシリアの声が響き渡る。 「超長距離からのプラズマ……」 モーリガンのメンテナンスをしていたネイは眉間に皺を寄せた。 司令室にはシリアがいる。シリアが敵の接近を見逃すなど考えられないことだった。だとすれば、シップの索敵範囲外からの攻撃だとしか考えられない。 ネイは衝撃を警戒しながらメンテナンスを手早く切り上げ、モーリガンに乗り込む。そしてマニュによる全フロア対象の通信を行った。 「フェイル、ミルカはパイロットスーツを装着して格納庫へ。 シリアは索敵を急いで。リンは部屋で待機。怪我をしないように気をゆるめないで」 久しぶりだった。このメンバーになってからは初めてだ。敵の襲撃に遭うなどと言うことは。 「どこのどいつよ……」 心当たりを必死で探ったが該当者が見つからない。しかし、ああそうかとすぐに思考を切り替える。 「今は戦時中じゃない。いつ何時、誰に襲われても不思議じゃない。こんな見晴らしのいい平原を走っていたのは迂闊だった……。少し平和ボケしてるのかもね……」 ネイは小さく独白すると、大きく息を吸い込んだ。 「何撃ってるのよっ!」 黒塗りのシャープなフォルムをした、大型陸戦シップ。シャドウニードルの司令室にシータの声が響いた。 「私がやるのよっ! 余計な真似しないでっ!」 まるでガラスに爪を立てているかのようなヒステリックな声で抗議を続ける。 「見晴らしもレーダーの状態もいいこの地域では、まずレーダー範囲外から攻撃して態勢を崩すべきだからだよぉ」 司令室にいた太った少年、ラザは困り果てたようにオロオロと言う。しかし、それがさらにシータの機嫌を損ねた。 「何よっ! そんな小細工が必要なの? このアイちゃんに乗れば敵なんていないって言ってたじゃない! アレは嘘なのっ!?」 「敵の戦力は計りしれないんだから念には念を入れないと」 アイちゃんじゃなくてインビシブルだよ。と心の中で抗議をしつつ言った。 「中型陸戦シップとSP三機でしょ? どうにでもなるわよっ!」 「凄腕のパイロットらしいし」 「そんなの関係ない! ……もうっ! 出撃ハッチを開けて! 出るわっ!」 話が通じないヤツだとでも言いたそうにシータが怒鳴った。しかし、一般的な視点で見れば、話が通じないのはシータの方だ。 「わ、わかった。開けるけど、しばらくはシャドウニードルと併走してよね。 先行は控えて」 「……はいはい」 二つ返事で答えるシータが言うことを聞くとは思えなかったが、ラザは部下にハッチを明けるように指示した。 「い、いいんですか?」 自分よりも随分と年下の司令官に、納得行かない指示をされた乗組員は当然おもしろくない。 「いいんだよっ! キーマ軍曹! サッサと開けてっ!」 「……はい」 キーマ軍曹と呼ばれた乗組員が、仕方なく出撃ハッチを開くと、間髪置かずに一機のSPが出撃した。平原に生い茂る草を派手にまき散らすその速度は、併走するという意志を微塵も感じさせない。 「ほらっ! シャドウニードルの走行速度を上げて! 姉ちゃんのインビシブルを絶対見失うなよっ!」 シャドウニードルの乗組員たちの平均年齢は二十代後半と若めだが、それでもシータのような小娘にでかい顔をされ、その弟に怒鳴りつけられたら腹が立たない訳がない。 彼らはれっきとした軍人だ。いくら親愛する帝王の命とはいえ、この扱いはあんまりだと嘆くものは多い。 だいたい今回の作戦の目的もわからない。賞金稼ぎチームの壊滅など、戦略的な価値を一切感じられない。乗組員たちが荒れるのも無理はなかった。 「なんだッてんだよ」 オペレータの一人が隣の同僚にだけ聞こえるように毒づく。 「まぁ、仕方ないだろ」 「それにしたってあんな小娘とくそガキに……」 「……両方とも陛下直属の部下だからな」 「それが納得できないんだよっ」 最初に毒づいたオペレータの声量が上がっていく。 「ま、小娘の方は何の取り柄もないさ。でも弟の方は違うぜ」 「あのデブが? SP造りしか能がねぇくせに」 「……それしか能がなくても、それが恐ろしく秀逸なら俺たちの上に立つ資格はあるさ」 「……な、なんだよ」 「そのラザ君の造ったあのSP。かなりの資金を投入したらしいんだ。そのインビシブルの性能。楽しみじゃないか?」 同僚の目の色が変わっているのに気づき、少し引きつった顔になるオペレータ。 「あ、ああ……そうか。おまえSPマニアだったな。それなのに残念だったなぁ。パイロット適性試験に落ちて」 「うっせい。……SPはいいぜぇ。乗れなくても戦闘を見てるだけでもワクワクする」 「ま、俺も嫌いじゃないけどな」 人は兵器に魅了される。 その強さに惹かれる。 その力に惹かれる。 その兵器の中でも、SPは他の兵器よりも強く人を魅了した。 二本の足で立ち、そして歩く。人間の特徴である二足歩行。人に類似した形態。それゆえ人を魅了する。 兵器への憧れは強さへの憧れ。自分が強くなることへの憧れ。そして人間に似たSPは、その形態ゆえ自分が強くなったという錯覚を引き起こす。だから人は惹かれるのだ。 このオペレータたちの上官である若い姉弟も、SPに魅入られていた。 弟の名はラザ・スブション。帝国軍SP開発部最高責任者。若干十三歳にしてその任を受けた彼は、SP開発の天才と呼べる人間だった。 水中用SP。空戦SP。そして魔石を十八個まで処理できる、高性能魔石エンジンも彼が発明した。帝王ジェイルの乗る白銀のSPにはその魔石エンジンが搭載されている。 姉の名はシータ・スブション。帝王直属の特務部隊の隊長に任命されてはいるが、彼女に突起する能力はなかった。 SPの操縦も人並み。容姿も人並み。そんな彼女がこの任を受けられたのは、ラザの存在があったからである。 そもそもこの姉弟が帝国に関わるきっかけとなったのは、SPB(SPバトル)というSPによる一対一の戦闘を行う大会だった。 そこでシータが優勝した。それで運命が変わってしまった。 この姉弟はSPが好きだった。弟は開発をするのが好きだった。姉は操縦するのが好きだった。SPが好きな姉弟だった。 そして……、弟は姉が好きだった。 だから弟は姉の願いを叶えてあげたいと思った。 姉の願い。 それはSPBで優勝すること。 しかし、姉はそれほど操縦がうまくなかった。才能が無かったのだ。それでも弟はその願いを叶えたい。その想いは弟の才能を開花させ、天才を生みだした。 姉は弟の開発した自作SPで出場し、優勝を手にした。そのSPが他のどのSPよりもダントツで高性能だったためだ。 操縦能力に大きな差があっても、勝利を手にすることができるほどに。 そのSPが帝王に見初められた。それが発端だった。 その翌日、ジェイル自身が直々にスカウトに来た。 弟は帝国軍に所属するつもりはなかった。彼の造るSPは姉のためのSP。人殺しのためのSPではない。 だから拒絶した。 しかし、姉は弟に帝国に力を貸すように言う。 彼女はジェイルに心を奪われてしまった。 だから弟に命じた。 弟に願った。 姉の願いを叶えることが弟の望み。好きな姉のため、大好きな姉のため。その想いの命じるまま、彼は帝国の要求を受けた。 弟がそうするのは姉のため。姉がそうするのは帝王のため。いずれも強い想いにより動いている。愛するモノ。そう、愛するモノのために。 その想いが、一つのSPを創り出す。大好きな姉を守るための兵器。姉の願いを叶えるための兵器。 決して貧弱でないデザインのモーリガン。それが三機もいるのにも関わらず、その一機の威圧感に圧倒されていた。 まず身の丈が違う。SPの平均体長は7メートルほどだが、それは11メートルはあり、背中のバーニアは普通のSPほどの大きさがある。このSPを本気で動かそうと思うならば、このぐらいのバーニアが必要になるだろうが。 その他の部分も大きい。 特にショルダーアーマーの大きさは目を見張る。カラーも戦場には似つかわしくない、目が痛くなるほど彩度の高い赤だ。 突然襲撃され、出撃してみればそんなSPが射程距離外で待ちかまえている。およそ現実の色を帯びていなかった。 どちらかが動けば戦闘は始まる。その距離まで来ていた。 何が目的かはわからない。何の通信もなく、こちらの通信にも応じない。ただ最初の一撃からして、敵であることは確かだろう。 「まるで赤い岩だ……」 フェイルがぽつりと零す。 赤い岩。 それが第一印象。しかしその評価はすぐ変わることになる。 轟音。 赤い岩が動いた。巨大なバーニアが爆発したのかと錯覚するほどの炎を吐き、一直線にこちらに向かってくる。射程内に入ったかどうかなど気にしている余裕はなかった。 「速い!」 大きな赤い岩が炎をまき散らしながら突っ込んでくる。 それは流星だった。敵という重力に惹かれる大質量の赤い流星。 「散開っ!」 ネイの号令とともに三機の鳥型SPは、赤い流星から逃れるため大きく翼をはためかせた。 戦いは始まった。 「任意に攻撃! シップには近づかせないように注意してっ!」 シップには充分な距離をとらせている。そこを生活の場にしている彼女たちにとって、シップは必ず守らなければならない城だ。最悪SPが破壊されても、シップがあれば修理できる。 「了解っ!」 フェイルとミルカの威勢の良い応答があるとともに、プラズマが飛び交った。あれだけの大きさ。避けることは難しいだろう。しかもネイ側は数で勝っている。集中攻撃で勝負を決められるはずだ。 三人とも腕は確か。いくら機動力があったとしても避けきれるものではない。すでに何発かのプラズマは直撃コースを走っていた。 しかしそのプラズマは赤い流星を止めることはできない。 「効かないっ!?」 フェイルが叫んだ。 三方向から叩き込まれるプラズマは確かに直撃した。しかしそれはことごとく完全に中和される。バリアが標準装備されているSPにおいてそれは珍しくないこと。しかしだ。効かないということは滅多にない。 破壊力が殺され、装甲に傷がつけられなかったとしても、衝撃は少なからずあるはずなのだ。モーリガンのプラズマの出力は、決して低く調整されてはいない。直撃すれば機体のバランスを崩すぐらいの衝撃は与えられるはずだった。 「バリアが厚い! プラズマの出力を高めて攻撃は集中してっ!」 その通信が入るや否や、ネイ機に向かって大出力のプラズマが放たれた。 赤いSPからの攻撃だ。しかし、単発の攻撃などネイに通用するわけはない。にも関わらず、ネイはその攻撃に激しい動揺を覚えた。フェイルとミルカも同じ事を考えているだろう。 何を考えてるんだ。と。 赤いSPから放たれたプラズマの出力は尋常ではなかった。命中すればモーリガンのバリアなど軽く貫き、直撃なら撃破、かすっても大ダメージを与えられるだろう。しかしだ。あれほど大出力のプラズマは連射することはできない。例えプラズマを生み出す魔石、セイリュウの配分を五つにしてもだ。 SP戦でのプラズマは、三十発中一発当たればいい方とされている。よほど腕の差が無い限りそういうものなのだ。だからプラズマの出力は、一撃当たったときに衝撃でバランスを崩す程度と決まっている。質より量が基本だ。だがこのSPはそれを無視している。 「ミルカ! あんたがメインよっ! 私と王子様が敵を引きつけるから、ガトリングガンを中心に攻撃をぶち込んでっ!」 「待ってましたぁっ!」 あまりの突飛な攻撃に一瞬呆然としかけた頭を、無理やり起こす意味も含め、珍しく大声で指示を出すネイ。 ミルカのモーリガンは重装型。ミサイルポットなどを装備しており、スピードよりも攻撃力と防御力を重視された武装となっている。 その武装のひとつ、ライトアームに装備されているガトリングガンは現状有効な平気だと考えられる。。 プラズマでバリアの中和をするとともに、実弾による衝撃。通常のプラズマガンよりもバリアを貫くのに向いているのだ。 ネイ機とフェイル機が赤いSPの左右に展開し、攻撃を加える。出力をあげた分効果が見えても良かったが、赤いSPまで衝撃が届くことは無く、その動きは揺るぎない。 相変わらず我が物顔で赤い流星として平原を駆けている。 また大出力のプラズマが戦場を走る。 今度はフェイル機に向かってだ。冗談のような極太の青い閃光が自分に向かってくるのはかなりの恐ろしさだった。その恐怖に、フェイルは少し大げさにバーニアを噴かすことでやりすごす。 「でかくて固いのご自慢かもしれないけどっ!」 複数機で攻撃するときは、他の仲間機に攻撃を加えているところを攻撃する。セオリー通りだが効果のある方法。 側面にまわっていたミルカが、巨体の脇腹に弾を撃ち込んだ。レフトアームのガトリングガンが、プラズマと弾丸をはじき出す。 弾切れになるまで連続して叩き込める弾丸は、バリアの回復を許さない。いずれは確実に赤いSPの装甲に抉り込むはずだ。いくらバリアが厚くともいずれは破れる。 そのはずなのだ。 ミルカは目を見張った。攻撃を加えるごとに薄くなるはずのバリアが一向に衰えない。バリアの出力を一時的にあげたていたとしてもおかしい。これほどの出力でバリアを張り続けていたら、すぐにエネルギー切れになるはずだ。 ミルカがその光景に恐怖を覚えだした矢先、またも赤いSPが奇怪な行動をとった。巨大な両肩から、直径二メートルほどの球体が射出されたのだ。 「何っ?」 その答えを求めている暇はなかった。球体は猛スピードで空を駆け、ガトリングガンを連射しているミルカ機の後ろにまわりこんでいた。 仲間機に攻撃を加えているところを攻撃する。その効果を今度はミルカが味わわなければいけなかった。 球体が煌めく。 「危ないっ!」 ネイの声は少し遅かった。スピードを犠牲にしている重装型のミルカ機には避けきれないタイミング。 直撃。 予想外の青い閃光に貫かれ、ミルカ機が激しく揺れる。攻撃は途切れ、スピードが激減する。 しかしその攻撃による損傷はなかった。それは敵にもわかっていたのだろう。 そこに放たれる狙い澄ました一発がそうだと言っている。 これを狙っていたんだと嘲笑うかのような、信じられないほどの出力のプラズマ。 鳥が墜ちる。 「ミルカーッ!」 ネイとフェイルの叫び声がミルカ機のコクピットに響いた。 初めてだった。 翼を持つSP、モーリガンがここまでの損傷を受けるのは。右腕と右翼バーニアが吹き飛んでいる。しかし、この攻撃をこの損傷でおさえるミルカの反射神経は流石だ。 しかしもう戦闘続行は不可能だろう。バーニアの損傷は他の部分とは訳が違う。いつ誘爆するかわからない。だからバーニアの損傷率が高いと、自動で安全装置が作動するようになっているのだ。システムがダウンし、冷却液がバーニアを冷やす。 「生きてるんでしょっ!? 生きてるんなら脱出しなさいっ!」 「……ごめん」 悲痛な応答とともにミルカ機から脱出ポットが射出された。ネイとフェイルはそれが狙い撃ちされないように努めたが、それは徒労に終わった。 赤いSPの動きが止まっていたのだ。例の二つの球体も、肩に納まっている。 『NotFriendsに告ぐ』 緊張感が高まる戦場に少年の声が響く。 攻撃が止んだかと思えば今度は少年の声。戦場に立つ二人は面を食らった。 『大人しく武装を解除し投降せよ。このSPに勝てないことは今の戦闘でわかったはずだ』 要求は投降だった。力を見せつけた後の投降要求。効果はある。しかし、解せなかった。 ネイたちのような賞金稼ぎチームになぜこのようなことをするのか。そもそもこの赤いSPは何なのか。その目的は何なのか。 「……ネイ。どう……しますか?」 ネイにフェイルから通信が入る。 ネイはフェイルの声を聞いてピンときた。敵の目的、そして敵の正体。しかし、それが事実ならば絶望的な状況だ。 ネイはゴクリとのどを鳴らし、一呼吸おいてからモーリガンのスピーカをオンにする。 『レディをどこかに誘いたいなら、何者か名乗りなさい』 敵は帝国。そして目的はフェイル。考えられるのはそれしかなかった。 これだけのSPは、大きな組織以外で開発できるとは思えない。そして、そんな大きな組織に狙われるようなメンバーはこのチームにはいないはずだ。 一人を除いては。 『……自分たちの立場を考えた方がいい。 もう一度言う。武装を解除して投降せよ』 その推測の是非を確かめることはできなかったが、間違いないとカンが言っていた。 ネイは背筋が凍るような感覚を覚えるとともに、自分の迂闊さを呪った。今までうまく隠し通せていたと思っていたフェイルの保護がばれてしまっていたのだ。 どうやら甘く見ていたようだ。帝国を。ジェイルという男を。 フェイルがこのチームに入った発端である、フェイルの行方をくらますための工作。今思えば、疑い深く鋭い人間には見抜かれてしまう安易な方法だった。あの場にいた部下の報告を聞けばおかしいと思うだろう。 しかしわからない。なぜわかっていながら今まで放置していたのか。すっかり安心しきってしまったのは、今の今まで何もなかったせいもある。そして、今になってなぜこんなご大層なSPを使って襲撃したのかもわからない。 不可解なことは多かった。しかし一つだけわかることがある。 「フェイル」 スピーカを切り、フェイルとの通信回線のみを開く。 「できるだけ敵を攪乱するように動いて。できるわね?」 「え?」 一つだけわかること。ここで捕まってはいけないということ。帝国の手に落ちてしまえばすべては台無しだ。ここまでやってきたことが。そしてこれからが。 確かにこの赤いSPは強い。一撃で敵を葬り去る火力。そして攻撃を受け付けないバリア。加えてあの謎の球体の存在。 ミルカ機を失ってさらに勝算は低くなってしまっているだろう。しかし、勝つのが難しいだけで、勝てないわけではない。 今までの戦闘から敵の能力を推測し、計算し、導き出した未来。 「あんたの活躍如何では勝てる」 「…………!」 フェイルは感じた。ネイの決意と、自分たちの勝機を。 自分よりも腕が立つミルカがやられたことにより、不安になっていた心が奮い立つ。 静寂を守っていた戦場に再びプラズマが走った。ネイ機の放ったプラズマは戦闘再開のサイン。 四枚の翼と、赤い流星が再び平原を駆ける。 『イイ度胸じゃないのよぉお!』 耳につんざくような少女の声のせいで、シャドウニードルのメカニックたちは頭を痛めた。過度の寝不足もそれの手助けをしている。 「なんで、あれだけのSPにあんな小娘を乗せるかねぇ」 ラザが投降要求するために入れたスピーカスイッチを切り忘れたのだろう。赤いSP、インビシブルのパイロット、シータの絶叫はシャドウニードルの格納庫にもしっかりと届いていた。 「……まぁいいさ。俺はインビシブルが実際に動いている姿を見れただけでも感動モンだ」 シャドウニードルの整備班たちは自分たちの整備した、インビシブルの戦闘をモニタで見守っている。三機のSPが二機に減り、再び始まった戦闘。 ミルカ機撃墜の原因になった二個の球体が、インビシブルの肩から射出された。二個の球体のその飛行速度と予想のつかない動きは、ネイも避け切るのは難しい。 「サイコボールねぇ」 「パイロットの意志に反応して動く、五個の魔石を処理できる最新鋭の小型魔石エンジンを搭載している小型兵器。魔石の配分はビャッコが一、スザクとセイリュウが二。小型兵器としては充分を過ぎるぐらいの配分。だけどこのサイコボールを扱えるのは、特別なパイロットのみだということで、他のSPには実装していない」 サイコボールと名付けられている兵器の動きは、メカニックの目で捉えるのは難しい。 「なんじゃそりゃ」 「ラザ様がシータさんにそんな風に説明してたんだと」 「あっはっはっはっ。そら傑作だ。だからサイコボールって名前だったのか」 聞いたメカニックの一人が大声で笑った。 「まったく、あの人のシスコンぶりにも困ったもんだよ」 「ありゃ、AIで制御してるんだろ? いや、意志に反応して動くは笑ったな。バンダナみたいなのがついてるマニュはそのせいだったのか。あんなお飾りで脳波でも取得してると思ってるのかねぇ、あのお姉ちゃんは」 噂のサイコボールの攻撃を避けきれなかったフェイル機がバランスを崩す。例のごとく一撃必殺のプラズマがフェイルを襲ったが、すぐ体勢を整えられるほどの浅い当たりだったので、辛うじて難を逃れた。 フェイルがここまでやれているのは、魔石の配分をネイと同じにし、必死にシュミレーションを行っていたためだろう。この配分をある程度使いこなせていなければ、サイコボールの攻撃を回避し続けるのは難しい。 「ま、笑い話ではあるけどな。その笑い話を信じ込ませるにはそれなりの技術が必要だよ。いくらお姉ちゃんが馬鹿でも、あまりにも自分の意志と違う動きをしたら疑うだろ。それをさせないんだからすげーんだよ」 「どうすげーんだよ。俺はサイコボールの方は触ってないからよくわからねぇ」 「あのお姉ちゃんの戦闘パターンを徹底的に叩き込んでるんだよ。サイコボールに搭載しているAIにな。だからあたかも自分の意志で動いているように感じるのさ。 ま、多少の誤差はあるだろうけどな。それでもそんなのを実際に造るんだから驚きだよな」 「今までのすべての戦闘パターンを分析するだけでもすごい手間だろう。あのお姉ちゃんと同じ戦闘パターンのAI造り。気が遠くなるね」 「やらねぇよ普通。はっきり言っておかしいぜあの弟。 そこまでしてあのお姉ちゃんに、気分良く活躍してほしいかねぇ」 「愛だろ? ははっ、美しいじゃないか」 「ここまでくるとパラノイアだぜ」 フェイルはいつ撃墜されてもおかしくない戦いをしていた。戦場を飛び交うサイコボールは、動きを予想しにくいうえに速い。ネイ機の方は正確な回避行動を行っているが、先ほどから若干プラズマの数が少なくなりつつある。 だからといってインビシブルへの攻撃を休止しているわけではない。二機から放たれるプラズマは、何発もインビシブルに命中していた。効果が見られないだけだ。 「それに加えてあのオートガードシステム。よっぽど強力なプラズマでなきゃダメージは与えられない」 「あれな。本当に整備に苦労したんだぜ?」 「あれもAIだよな」 「普通のSPは全身をカバーするようにバリアを張るんだが、エネルギー反応と取得した映像から攻撃位置を割り出して、その箇所のみ厚いバリアを張る。 ピンポイントバリアってやつだな。出力する位置を絞っているから厚いバリアを長時間出力し続けることができる。でも実現は難しかったんだぜ? 結局それだけの処理をできるコンピュータを載っけるために、あのサイズになっちまったんだけど」 「この戦闘を見るかぎりじゃ、サイズを犠牲にしても載せる価値はあったみたいだな」 攻撃の通用しない敵に立ち向かう二機のSPに、打つ手はないように見える。サイコボール、オートガードシステム。ラザの開発したSPにはスキが見あたらない。 「まったくだ。まさに無敵じゃないか」 「……しかし、考えてみりゃほとんどコンピュータが制御してるな」 「本当ならパイロットなんていらねぇよ、あのSPには。お飾りだよお飾り」 「そんなSPを造るラザ様がすげーってことだよ。まったくあの歳でこんなバケモノを造るんだからな」 「いや、考えようによっちゃそれを造らせるあの姉ちゃんもすごいのかもなっ」 「そういえば真っ赤なのもあのお姉ちゃんの要望らしい」 「そうだったのかよ。あの塗料が送られてきたときには、ラザ様の気が触れたのかと思ったがな。 なるほど。あのお姉ちゃんの要望か。それなら納得できる。大方アニメにでも影響されたんだろう」 『あははは!ちょこまか動いたって逃げ切れやしないわよっ!』 再びシータの声。スピーカのスイッチがオンになっていることに気がついていないのだろう。 しかし、この強力なSPを駆り、しかもそれを自分が制御していると思っているのだから、興奮してしまうのも無理はない。SPが好きな人間ならば、この状況に立てばだれしも興奮するだろう。 「まったく、幸せモノだな。あのお姉ちゃんは」 整備班たちの笑い声が格納庫にこだました。 激しい戦闘を見守っているのにも関わらず、こんな落ち着いていられるのは、インビシブルに触れ、その性能をよく知っていたからこそだ。彼らにとってインビシブルが負けるなど考えられないことだった。 だが、彼らの見解は間違っている。彼らの絶賛するインビシブルのことを一番良く知る開発者は、そこまで楽観的でなかったのだから。 シャドウニードル司令室。 ラザはそこで姉の戦闘を見守っていたが、その戦闘に、いや一機のSPに言いようの無い不安を感じ初めていた。 (弾数が少ない?) いい動きをする方のSPは、明らかにプラズマの数を抑えているように見えた。サイコボールの攻撃を避けるのに手一杯で、撃つ暇がないのだと思っていたがどうも違う。 (何か企んでいるのか?) サイコボールは、二機のSPに一つずつ、まとわりつくように動いていた。ランダムなタイミングで発射されるプラズマは、ことごとくかわされているが、いつまでもこの状態は続かないだろう。 速い動きの球体を目で追いつつ、プラズマが発射されたら回避。小さく速い物体を目で追うのは、SP戦を行うよりも明らかに疲弊する。そのうちボロが出てしまう。 それで決着だ。だが、不安が払拭しきれない。 (何をする気だ?) いつしかラザはネイの乗るモーリガンのみを目で追うようになっていた。無駄の無い動き、そして正確な射撃。かなり凄腕のパイロットだということがわかる。だがそれだけではインビシブルを倒すことはできない。 しかし、ネイはそれだけのパイロットでは無かったのだ。ネイの算出した勝機。それが訪れた。 フェイルとの距離が充分離れている。それはつまり、二つのサイコボールの距離が離れているということ。 不安が現実のものになる。 ネイ機の翼が大きく開いた。その翼をはためかせて向かうは赤い流星。 「なん……」 一直線に流星を目指す鳥。その鳥を阻むモノはもちろん存在した。サイコボールのプラズマ。 「なぜだっ!? ……まさか気づかれたっ!?」 命中した。しかしサイコボールのプラズマはバリアに完全に中和されていた。ネイ機はバリアの出力を一時的に上げていたのだろう。 「右サイコボールのAIに特殊指示をっ! プラズマが切れるまで撃ちつくさせろっ!」 ラザは吠えていた。その脂肪の多く付いた顔からは、脂ぎった汗が吹き出している。 接近させるわけにはいかなかったのだ。確実にオートガードが作動するには、最低二十メートルの距離をとらねばならない。近距離で放たれるプラズマは、処理が間に合わないのだ。 なんとしても足を止めねばらない。回避行動をとらせれば、インビシブルの機動力で距離をとれる。 今までランダムに撃ち出されていたサイコボールのプラズマが、ほぼ連射に近い間隔で撃ち出された。 それらはすべて命中した。 しかしことごとく中和され、鳥の足を止めることはできない。 どう考えてもおかしい事態だった。サイコボールの放つプラズマの出力は、ネイのモーリガンが中和し続けられるようなものではないのだ。あれだけの出力でバリアを張り続けたなら、すぐにエネルギー切れになってしまう。それを防ぐには……。 「まさかっ!」 すぐに思い当たるものがあった。自分が造ったオートガードシステム。しかしそれではないずだ。あれには高性能な、どうしても大きなサイズのコンピュータが必要になる。とてもあの大きさのSPに搭載できるとは考えられない。こんな賞金稼ぎチームのSPに、帝国の最新技術を遙かに凌駕していなければ生み出せない、コンパクトな高性能コンピュータを搭載しているとも思えなかった。 「手動でのピンポイントバリアっ!?」 口にはしてみたが、現実味の薄い推測だった。しかし、そうでなければ説明がつかない。あのパイロットは、手動で出力位置と出力を調整して、オートガードシステムと同じ効果を生みだしている。 「……に、人間業じゃない」 SP開発者であるラザはSPのことをよく知っていた。だからわかる。理論上ではその操作は可能だが、とても人間のできることではないと。 しかもサイコボールは、20メートル以上接近してプラズマを放っている。つまり、あのパイロットは、高性能コンピュータを超えている。 「嘘だ」 驚愕に塗り固められた表情で呻くように言うその言葉は、目の前の現実に否定されている。事実、あのSPはインビシブルにハイスピードで接近している。サイコボールの攻撃を完全に中和しながら。 そしていよいよ距離が20メートルまで詰まった。 『来るなぁあああああ!』 少女の怒号。 二本の極太のプラズマが、ネイの乗るモーリガンとシータの乗るインビシブルの間を駆け抜けた。その出力はほぼ互角。しかし命中精度には圧倒的な違いがあった。 インビシブルから放たれたプラズマはネイのSPのあった場所を焼き払い、モーリガンから放たれたプラズマは赤い流星を射抜いた。 まだ出力しきれていないバリアを貫き、インビシブルが初めて揺らぐ。 『キャアアアアアアアッ!』 爆発音。続いて悲鳴。 サイコボールを格納すべき右肩が完全に持って行かれた。 「狙っていたんだ! この一発を。だからプラズマの数が少なかったんだ!」 全身がガタガタと震えだした。SPのことをよく知るラザは、当然SP戦のこともよく知る。 「インビシブルはオート操縦モードに切り替えて帰艦させろっ! 待機中のSP隊は全機出撃っ! とにかくプラズマを撃ちまくってインビシブルの帰艦を邪魔させるな! インビシブルを回収しだい速やかに撤収!」 一気にまくし立てるように、それでいてはっきりと指令をくだした。彼の判断は正しい。SPの戦力を正しく判断できる彼はSP隊の指揮にも向いているのかもしれない。 右肩をやられたインビシブルは操縦モードを切り替えられ、シータの意志とは関係なく、逃げるという行動をとっていた。 ネイは追撃しようとしたが、新たな敵影から放たれるプラズマに阻まれる。 出撃してきたSPは三機。帝国の量産型SP、レイフムだ。指揮官用に用意されたその機体は、モーリガンと同程度の性能を誇る。 追撃は難しいと判断したネイは、あっさりと諦めた。深追いしてはやられてしまうだろう。フェイルにもその旨を告げようと通信回線を開こうとするが、それを遮るようにインビシブルのパイロットの絶叫が響いた。 『何よっ! なんで逃げるのよっ! ラザ! やめなさい! 逃げるなんてッ……。 ジェイル様に顔向けできないじゃないのぉおお!』 彼女の言葉の中にあった一つのキーワードが、一人の青年の感情を激しく高ぶらせた。 「……ジェイル? ジェイルだとっ!?」 『フェイルッ!』 その呼びかけに応答はない。そのたった一言によって完全に冷静さを失っていたフェイルの頭は、激しい感情によって正常に作動しなくなった。 最大出力でインビシブルを追っていた。彼が過剰なまでに意識している存在。近づくことを切望していた存在の名を耳にしたために。 今までサイコボールを引きつけ、ネイの負担を減らすと言う任を着実にこなしていた彼だが、三機のSPは相手にできない。 我を忘れていればなおさらだ。 敵中深く乗り込んだ彼に、容赦なくプラズマの雨が襲いかかった。バリアがあっという間に削られ、装甲がひしゃげる打撃を受ける。その雨の中の一滴に、致命的な一発も紛れていた。 SPの命とも言うべき、魔石エンジンを破壊する一発が。 「くっ!」 魔石エンジンを搭載している頭が破壊され、システムダウンするコクピット内。それにより我に返ったフェイルだが、何もかも遅かった。反射的に脱出装置を作動させたが、ひしゃげた装甲が脱出を許さない。 「フェイルッ!」 ネイは接近を試みるが、三機のプラズマはそれを阻む。ネイの腕でもそれをかいくぐってフェイルを助けることは、不可能だった。 激しいプラズマが降り注ぐ戦場。視界さえ満足に効かないそこで、ネイは回避行動しかとれなかった。 この地に静寂が訪れたのは数分後。シャドウニードルは戦線離脱に成功した。今この場に残っているSPはネイの乗るモーリガンのみ。エンジンを失い、崩れ落ちたモーリガンは、シャドウニードルに回収されてしまっていた。 |