Not Friends
第8話 血の楔
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王家は血族を次の王とする。その多くは王の子供。しかし、このシステムは長くは続かないことが多い。王の子が必ずしも優秀だとは限らないからだ。 象徴的な王ならば問題ない。しかし、王が国を動かすとなれば別だ。先代の王と同じか、それ以上の能力者でなければならない。 遺伝子的な繋がりがある分、同程度の能力者が生まれる可能性は高いため、血統により王を選出すべきだというのは一理あるかもしれないが。 ある人間は言う。血より濃い繋がりはないのだ、と。果たしてここで言う繋がりとはなんだろう。同じ物を多くもっているということであれば、深く頷くことができる。子供たちは親の情報を受け継ぐのだから。 しかし、人と人との繋がりはそれだけで語れないのではないだろうか? その人間と関わりたいという気持ちが強いという意味での『繋がり』であればどうだろう? 血の繋がりのあるものどうし、いがみ合い、憎みあうこともある。関わりたくないと強く願うこともある。 そうならば、一概にそうとも言いきれない。血以外の何かで繋がれていても、血の繋がりよりも、強い繋がりが形成されていることが有り得なくもない。とはいえ、血で繋がれたものの繋がりが強いのは事実だ。 人は同じような人間に強い感情を覚えるもだから。 ただ、それが好意とは限らない。 シュミレータの設定を変更する。それだけのことで、髪を青く染めた青年の心臓は高鳴っていた。 モーリガンの処理できる魔石の数は12個。今までは四種類の魔石を3個ずつ、バランス良く配分していた。その配分から、スザクとセイリュウを増やし、ゲンブとビャッコを減らす。スザクとセイリュウが4、ゲンブとビャッコが2の割合となる。これはネイのモーリガンと同じ配分だ。 ネイと同じ配分にすればネイに近づける。そんな単純な考えでフェイルは動いていた。 「よしっ、レディ……GO!」 少し緊張した面持ちでスタートボタンを押すと、シミュレーションが始まった。 現実でないリアルな空間をモニタが映し出す。いくつかの身を隠すのに都合のいい建物のある廃墟。まるで本当にそこにいるかのように思わせる。 敵はヤマヤB型4機だった。 敵を捕捉するとともに急加速。体にかかるGも現実さながらだ。 「う、うわぁっ!?」 まず驚くべきはそのバランス悪さ。強すぎるバーニアはバランスを失わせる。加えてバランスを保つ装置を動かすエネルギーを生み出す、ビャッコの配分が少ないこともそれに拍車をかけた。 バランサーに頼らない正確な操作が要求されるのだ。 「く、くそっ!」 加えてゲンブを減らしたことによる防御力減退。バリアによるプラズマ中和能力が低下したため、回避する必要の無かった攻撃まで回避する必要が出てくる。 「な、なんて扱いにくさだ」 フェイルの素直な感想は、当を得た批評だった。 操縦能力を過度に要求されるSPは扱いにくいとしかいいようがない。だが、それを使いこなすことができれば大きな恩恵を得られる。 バーニアを多用できることによってスピードが上がる。プラズマのエネルギー供給が多ければ攻撃力がUPする。同じ性能の魔石エンジンで、スピードとパワーを上げることができるわけだ。 ただし、前述したように腕がなければ使いこなすのは難しい。 「く、くそうっ!」 「広域的な視野を持って」 「え?」 「意識は戦闘に向けたまま。かつ、必要な情報は取り入れる」 落ち着いていてよく通る声。 「……はい」 フェイルはその言葉に従った。 フェイルの知る最高のパイロット。彼女の助言は至高の助言。それを零さぬよう慎重に耳に入れつつ、意識は戦闘へ。一つのモニタに集中しないように、前方、後方、側面、上方を映すモニタすべてを視界に入れる。 すると脳がチリチリと痛んだ。 なるほど、確かに複数の敵の動きは格段に見えるようになった。スピードを上げると視野が狭くなる。そのせいでこの設定にする前まで見えていたものも見えなかったのだろう。 その対処として今まで以上に視野を広げる。単純な話だ。だが、高速で大量の情報をたたき込まれ、処理を求められる脳はたまったものではない。 バーチャル空間に青い閃光が走る。敵の動きが見え始めたフェイルがプラズマを撃ち込んだのだ。しかしそれはあっけなくかわされる。脳の痛みによって焦りが生じたのだろう。 的の絞り込みが甘い。 「くっ」 「戦場に無駄玉はない」 「え?」 フェイルは無駄玉を使ってしまったと悔やんだ。しかし、それをすぐ否定する言葉を言うネイに驚く。 「意識がそれている」 「……すいません」 ネイの指摘にフェイルは自分の集中力の無さを呪った。 「……かすめれば相手は警戒する。大きく外れれば相手は油断する。当たればダメージを与えられる。 ……弾を撃った事実が戦況を変える。どれも影響を与える。 相手に、そして自分に。 外したことをあせればマイナスになる。悔やんでる暇があったら考える。今のプラズマが無駄玉だったとは限らない。活用次第では有効な一撃だったと評価できる。 敵、味方。 戦場においてすべての行動は何かに影響を与える。それをどう活用するか」 撃った事実が戦況を変える。それをどう活用するか。 プラズマが走っていった場所には道が開いていた。なるほど。外してしまっても、今攻撃のあった場所に敵はいない。 それだけのことだが、敵の行動範囲は少しだけ絞られる。 「敵の数は4。こちらは1。戦況は圧倒的不利に見える。確かに数が多ければメリットは多い。だけど味方が4機もいるとなれば当然」 「!」 四機の敵はバラバラに動いているように見えるが、ある一定の法則がある。見つけてしまえばあまりにも必然的な法則。4機で戦っているがゆえの性。味方とぶつからないように、味方に攻撃を加えないような動きをしているのだ。それがSPの行動範囲を狭める。 「そこっ!」 プラズマが敵SPの左半身に命中する。明らかに動きがぶれた。 「うぉおお!」 その好機を逃さない。無駄玉から得られる好機さえ見失わないように気を張っている今のフェイルには、造作もないことだ。 続け様に放たれるプラズマは、敵SPの頭を破壊した。 「やった」 「敵を仕留めたことによって起きるデメリット」 油断。 「うわっ!」 一時的に視野の狭まったフェイルの死角を突いた攻撃が致命打に繋がる。制御能力の弱いフェイルのSPは、体勢を整えるまでに時間がかかった。 3機のSP相手ならば、あっけなく敗因になってしまうほどに。 「ふぅ……」 シュミレータから出たフェイルは今までにない疲労感を感じていた。敗北してしまったせいもあるだろうが、それだけではない。 今までとは比べモノにならないほど、肉体にかかる負担がそう思わせたのだ。 「……これを乗りこなしてるんですね……」 シュミレータの前に立っていたネイは、それが聞こえていないかのようにピクリとも動かない。 「……これを乗りこなせば……僕も……」 ネイのようになれる。 「あの……、僕のモーリガンの……」 「わかっていないようね」 「え?」 モーリガンの魔石の配分を変えて欲しい。こう言おうとした矢先、ネイに言葉を止められた。 「視野を広く持てという話。メリット、デメリットの話。戦況を読みとってどう活用するかという話」 「……あ」 ネイらしい抽象的な言葉だった。 だが、鈍いフェイルでもその意味がわかった。 今、体で感じたこと。 早く強くなりたいと想う気持ちは視野を狭める。そのためにメリットもデメリットも見えにくくなってしまう。そして、今の状況を考えれば、魔石の配分を変えるよりも、今のままの方が戦果をあげられる。今のシュミレーションの結果がいい証拠だ。 「…………」 目の当たりの現実。自分には使いこなせないという事実。 「……あの……」 しかし、それでも……。 「何を焦ってるの?」 「え?」 ネイの次の言葉は、本来なら数回言葉を交わしてから出てくるべきものだった。だが、その数回の言葉に意味は無い。もうすでにここに行き着くことがわかっているネイにとっては。 フェイルはそれでも魔石の配分を変えてくれと頼む。ネイはそれをヨシとしないだろう。しかし、それでもフェイルは強さを、ネイに近づくことを望むのだ。 その理由は焦りにほかならない。 だから会話を苦手とする彼女はそれらのことを省略して問う。 「……僕は……」 焦りの原因は分かっていた。フェイルも、そしてネイも。 フェイル自身にも認識することができるほど単純なモノだ。鋭いネイが感づかない訳はない。しかしそれならば、無駄な会話を望まないネイがそれを問うのはおかしい。 「……魔石の配分……変えておくわ」 この問いは、彼に焦りの原因をはっきりと認識させるためモノ。すぐにまわりが見えなくなるこの青年への戒めだった。 「……すいません。ありがとうございます」 複雑な表情を浮かべて頭を下げる。 その頭の中にはネイは存在していなかった。彼が思うは一人の男。血を分けた同じ顔を持つ者。 ジェイル・ロッシャル・カイザーズ。ロッシャル帝国の帝王。そしてこの戦争の発端。 フェイルはその帝王に対して、何かしなくてはならなかった。具体的にどうすればいいかはわからない。しかし何かしなければいけないのだ。それだけはわかっている。 兄として、ロッシャル帝国の王子として。ジェイルに会い、彼の凶行を、フェイルが凶行だと思うことを止めなければいけない。 しかし、今のフェイルは彼に近づくことすら叶わない。 そして、ただこうして強さだけを求めていても、彼に近づけるとは限らなかった。それでも彼にはこの方法しか思い浮かばないのだ。 何もできない自分が何かするためには、この方法しか思い浮かばないのだ。 彼はこの後、何度も同じシュミレーションを繰り返した。 この地上シップ。NotFriendsのなかで最も情報を集めることができる場所である司令室。 通信機器。モニタ。分析するためのマシン。賞金稼ぎチームのものとしては大げさすぎるその機材は、その性能を遺憾なく発揮していた。 いくつかのモニタに違う情報が流れ、それぞれのマシンが情報を処理、分析している。 「ふ〜う……」 作業中、明らかにそれとわかるほど大きなため息をついたのはミルカだ。 多少の疲れはあったものの、それほどのものではない。 ため息の原因は、居心地の悪さにある。一緒に作業している人間のせいだ。 「……手が止まってるけど」 「はいはい」 低く、感情のまったく感じられない声の注意に、うんざりとした様子で返事をする。その返事を気にするでもなく、作業をし続ける少女。相変わらず大きなサングラスの向こう側は何も見えない。 チーム内最年少の少女であるシリアだ。 異例の臨時チームメイトのフェイルを除けば、ミルカが最年長。シリアとは十歳近く離れている。年齢の違いを言い訳にしても、あまりにも彼女たちの壁は厚い。 しかもどちらがどちらを嫌っているわけではない。それどころか、互いが互いを評価している部分がしっかりとあるのだ。 おそらく彼女たちの壁を作っているのはシリアなのだが、ミルカは自分が年上であるという認識が強く存在しているために、それを取り払うことが難しい。 「ロッシャル帝国とサガ同盟」 「え?」 そんな二人の空間が声によって震えた。およそそれに温かみは感じられなかったが。 「つくならどっち?」 少し面を食らっていた。彼女から話しかけるのは何日ぶりだろうかと、とぼけたことを考えてしまう。しかしその内容はシビアだ。 彼女たちの集めていた情報は、ロッシャル帝国とサガ同盟の勢力図と軍事力、そのほか戦争の勝敗に影響を与えるであろう様々な情報だった。 二人はネイに指示されてそれらの情報をまとめていたのだが、それを頼むネイの心理は告げられていない。 ネイに一番近い存在だと認めているシリアの言葉は、ドキリとすると同時に、やはりそういう意味でこれらの情報が必要だったのかと思わせる。 たかだか五人の多国籍チーム。いつまでもフラフラとしてはいられないだろう。ロッシャル帝国よりも動きやすいだろうサガ同盟の領地に踏み込むことは決めてはいるものの、まだそちらに協力するとは決まっていない。 それに一人大きな荷物がいる。先代帝王の血を継ぐ者。たとえば自分たちが同盟側に協力することを表明したら、彼はどう出るだろうか? 「悩ましいところね……」 二大勢力の小競り合いが何回か起きているが、決定打になるような大きな戦いは起こっていない。しかし、その小競り合いを見ていると、若干帝国に軍配が上がっているものが多い。 開戦直後のビガー海の戦いのことも考慮にいれると、同盟は少し戦力不足なのかもしれない。 決定的に違うのは、トップのカリスマ性。帝王ジェイルのために、ためらいなく命を捨てるだろう兵は五万といるのに対し、ジェダにそこまでの忠義を示すのは側近と、あとは数えるほどしかいないだろう。もちろん体制の違いのせいもあるが。 しかし、同盟の方が加盟国は多い。数というのはやはり最大の武器だ。 どちらが勝つとも言えぬ状況。 そして、どちらの思想も深く同意することはできない。 判断するのは難しい。それが正直な所だ。しかし。 「でも……」 明確な答えならある。 「ネイについてくことは確かね」 自信たっぷりに言うミルカに、シリアは「そう。」と小さく呟く。その口端が一ミリに満たないほど小さく上がったよう見えた。 会話が途切れ、しばらく静かになった部屋のドアが開く。 「どう? 首尾は」 入ってきたのはネイ。 「ま、そこそこは集まってるわよ」 「そ。見せて」 ネイが空いている端末の前に座ると、ミルカからデータが転送される。ネイはすぐさまキーボードをカタカタと叩き、目を通し始めた。 「ところでさ。アリムに向かうのよね?」 いつもながらのその鮮やかな動作を見つめながらミルカが訪ねる。 「ええ。そうよ」 「だとしたらビガー海をわたらないといけない訳じゃない? なんか宛てはあるの?」 ビガー海はロッシャルとアリムを隔てる大海。航空機でも無い限り渡るのは難しい。 「……どうにかなったみたいよ」 今のミルカの質問の答えにしてはふさわしくない言葉を口にしたネイは、一通のメールをミルカの端末に転送した。 「え? ……げ」 それに目を通したミルカはすぐさま不快感を全面に押し出した声を出す。 「……こ、こいつって?」 「……まぁね。本当はダメもとで連絡してみたんだけど、彼ノリ気みたいよ」 ネイの言葉を聞いてミルカは大きなため息を一つ。 「また何か企んでんじゃないのぉコイツ」 「それでも使えるものは使わないとね。うちのシップを空輸できる航空機をどうにかできる知り合いは、コイツかあとはロディぐらいしかいないわ。 でもロディはサガ同盟のお偉いさんだからね。今頼るのはあからさまだし」 そのため息交じりの口調から、ネイ自身あまり乗り気でないことが見て取れる。 「それにしてもねぇ」 「あの時の借りを返してもらうだけよ」 少し遠くを見つめて言うネイは、数ヶ月前のことを思い出しているのだろう。 「ま、しょうがないわね」 もう一度ため息をついて読んだばかりのメールを削除する。そのメールの差出人は『オザワ』という名前であった。 戦闘用シップにおいても休息の場はある。 NotFriendsでは、リフレッシュルームと呼ばれるその場所がそれにあたるのだが、ここは人気の無い場所だった。 モニタと、給湯機。テーブルとイス。無機質なその部屋は気分を入れ変えると銘打っている部屋とは思えないほど、心を安らかせるものがなかった。 金属製のそのイスは、座った直後は不快感を覚えるほど冷たかったが、座ってる人間の体温を吸ってほどよく暖まっている。 今モニタに映っているのは、ロッシャル帝王。そしてそれを見ているのは、その帝王と同じ顔をもつ青年だった。 「……………………」 ロッシャル帝王特集。 彼の弟は、二時間の長編番組の主役としても充分な魅力を持つ存在。 「……フェイルさん」 少し空気の重いその部屋に、黒髪の少女が入ってきた。 「あ、リン」 「こ、ここにいらっしゃったんですか?」 フェイルはリンの方に少し視線を向けるだけで、すぐにモニタの方に意識を向ける。 「あ、あの」 「なんでしょう?」 いつもよりも若干トーンの下がった返事に、リンは少しだけためらったが、後ろに隠すように持っていた紙袋をテーブルの上に置いた。カサリという紙のひしゃげる音に気づいたフェイルは、またモニタから視線を移す。 「えと、揚げ胡麻団子です。よかったらどうですか?」 「揚げ胡麻団子?」 やっと興味がこちらに向いたとリンは思わず顔をほころばせた。 「白玉の餡団子のまわりに、胡麻をまぶして揚げているんです。ほら、揚げたてですよ」 そう言ってリンが開いた紙袋からは、白い湯気がたち昇った。 「ありがとう。もらうよ」 「あ、あの……。お茶入れますね」 いつものようにニッコリと笑うフェイルを見たリンは、顔を赤くしながら慌てて席を立つと、給湯器の横に備えてあった陶器のポットと湯飲みをお湯で温め始める。そしてお湯をポットに移し、ウーロン茶のティーバッグを入れた。 「フェイルさん。少し疲れてませんか?」 ティーバッグが少しずつお湯を吸って沈んでいる様を見ながら、リンは小さく声をかけた。 リンと言葉を交わすときも、意識のほとんどがモニタに釘付けになっていたフェイルだが、心配そうに声をかけるリンにハッとする。 「あ……いや」 例えウソでも疲れていないとは言えなかった。難易度の高いシュミレーションを何度も繰り返し、夜は情報収集。ここ数日、ゆっくり休んだ記憶が無い。 今もリフレッシュルームにいるにも関わらず、ジェイルのことばかりを考えてしまい、心が安まっているとは言えないだろう。 「胡麻団子。美味しいですよ」 テーブルに熱いウーロン茶が注がれた湯飲みが置かれる。 「いただきます」 幾分か柔らかい表情になったフェイルは、胡麻団子を口に放り込んだ。噛むと香ばしく弾けるたくさんの胡麻がまぶされた白玉の殻を砕くと、サクリという音とともに、熱く甘い空気と餡が口に飛び込んでくる。 「お、熱っ。でも美味しいです」 「この揚げ胡麻団子って、食感が楽しいですよね。ウキウキするって言うのかな? それに甘いですから元気が出てきます。胡麻も体にいいですし。私、これは元気を出したいときとか疲れてるときに食べるんです」 自分も胡麻団子を口に入れ、「熱っ」と小さく漏らしながら笑顔を浮かべる。 「ありがとう。僕のために作ってくれたんですね」 その言葉に吹き出しそうになるリン。 「……あ、……その……。えと」 恥ずかしさと嬉しさがこみ上げ、体温が急激に上昇した。 しかしフェイルの心境は複雑だった。例え正しいことだと思えないことをしていても、弟のジェイルは帝王として、世界に影響を与える存在になっている。一方自分は、少女に心配されてしまうようなそんな情けない男。 「……あいつはすごい」 口に出すつもりはなかったが、零れ出てしまった。 「弟さんですか?」 リンが知るなかで、フェイルが「あいつ」という丁寧でない呼び方をする人物は、ジェイルしか該当しなかった。 「戦略、政治、人事。すべてにおいてその腕は確かなようです。あれだけ大きな帝国を、強引とも言える動かし方ができるんですからそうなのでしょうね」 一度聞かれてしまったことを引っ込めるわけにもいかず、今まで見てきた番組の内容をリンに告げる。 「……それに加えてSPの操縦能力まで……。まさに完全無欠。帝王の名に恥じない存在です」 「……………………」 リンはそう言われてもいまいちピンとこない。彼女はジェイルが絶賛される事柄についての知識が乏しいのだ。 「……それに比べて僕は何をやってるんでしょうね。もしかしたら、ジェイルが王位を継いだのは正しいのかもしれない。こんな僕よりもジェイルの方が……」 ふさぎ込むようにして項垂れる。 「わ、私は……」 リンはそんなフェイルを見ていられなかった。弟と自分を比べ、自分を卑下して、悩むフェイルを。 「フェイルさんが好きですっ!」 だからリンは思わず口にしていた。 自分の想い。 自分が好きなフェイル。 そのフェイルを少しでも勇気づけるために。 少し驚いたような顔を浮かべるフェイルの顔を見ると、いよいよリンは恥ずかしさの臨界点を突破して、頭が真っ白になってしまっていた。 「あ、あの……あの……」 逃げ出したかったが足が震えて動かなかった。何か言って取り繕うとしたが言葉が出なかった。 「ありがとう」 フェイルはいつものようにニッコリと微笑む。 リンの言葉は特別な意味に捉えられなかった。それは安心すると同時寂しいことでもあった。やはり自分は、恋愛対象とされていないことを認識させられてしまう。もっともフェイルの場合はただ鈍感なのかもしれないが。 しかし、フェイルはリンのその言葉に随分救われていた。誰かに好きだと言われるのは自分が認められているということで、それはとても嬉しい。その点でリンの願いは届いていたのかもしれない。 「……本当に美味しいですね、コレ」 二つ目の胡麻団子を口に入れたフェイルは、その優しい味を噛みしめた。 |