Not Friends
第7話 強き弱者
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「ハンドシールド……OK、ローラーブーツ……OK、コンパクトバーニア……OK」 ネイは装備の入念なチェックを行っている。作戦開始までに同じチェックを何度も何度も行う。 「クラッシャーボウガン……OK、簡易プラズマガン……OK」 ……出撃前はいつもこうだった。 忘れ得ぬ光景。幾度となく味わった不安。恐怖。 武器の不具合は死に繋がる。戦う前に不安要素は少しでも取り除きたい。だから何度も何度も口に出し、自分に大丈夫だと言い聞かす。 人は死を恐れるものだ。 しかし、死ぬかもしれない場所に、自ら赴くことがある。 ロッシャル戦争時は命令でその場所へ向かっていた。終戦後は食う為に仕事でその場所へ向かっていた。 しかし今はどうだ? 誰に命令されたわけでもない、仕事でもない。にも関わらず、なぜ自分は死ぬかもしれない場所へと向かっているか。 「気に入らないから……」 ネイはミルカに言った自分の言葉を思い返すように言う。 それだけだった。ただそれだけのために自分は自分の命を危険にさらす。 滑稽で馬鹿げている。くだらない。 自分は死にたくないと切に願って生きているのに、なぜこんなことをするのか? 「王子様のことを言えないわね……」 独白の途中でマニュに通信が入る。 「ネイ。ジャミングは完了。GNサーバの警備機能はダウンしたわ。D型ジャミングを使用したからGNサーバ内では、B型通信で……」 「了解。王子様と合流して作戦を開始するわ。サポートよろしく」 シリアの通信に応え、ネイはゆっくりと立ち上がる。ずっしりと重くなった体は嬉しくない懐かしさがあった。 そして、大きく深呼吸をする。 「……行くわよ。ネイ」 大きく息を吐いたネイに不安の色は無かった。 GNに使う電磁波を生成するとき、余分な電磁波が作り出される。GN自体に活かすことはできないが、他のことには使えるそのエネルギーは、GNが普及し始めた当初、サーバ内の警備や管理システムにまわされた。 しかし、その電磁波はある種類のジャミングに非常に弱く、ジャミングを使われると、エネルギーがうまく活用できなくなる。 結果、そのエネルギーで動くものすべてがダウンしてしまうのだ。 このある種のジャミングとは、さきにシリアが使ったD型ジャミングと言われるもの。ジャミングにはA型〜F型まで存在し、電波の種類によって効果の有無がある。 戦場で対レーダー弾を使われても通信ができるのは、マニュが数種の電波を使い分けることができるためだ。 ちなみにGNの電磁波は、すべてのジャミングに影響されない。 つまり、このエネルギーを活用しているGNサーバは、D型電波を使うことで簡単にダウンさせることができるわけだ。 もっとも、今はそれを回避する為に、この形態をとるGNサーバは少ないが、予算の回らないところは今でもこの形態をとっている。さすがにシステムの管理にそのエネルギーを使うことはなくなったが。 今回ネイたちが占拠しようとしているGNサーバは、警備システムにそのエネルギーを使っている。 しかも基本的に無人だというそこは、D型ジャミングを使えば簡単に潜入できる。 しかし、甘い話には裏があるのが世の常だ。 すっかり暗くなったコントロールルームまでの道のり。白一色に塗られたその壁も、闇に食われその鮮やかさを失っている。 「本当に大丈夫なんですか?」 そわそわと落ち着かないフェイルがネイの背中に尋ねてみるが、肯定も否定も返ってこない。 フェイルはネイの後ろを歩いていた。ネイは先ほどから何も言わないし、振り向きもしない。 『余計なおしゃべりは控えて』 ネイの変わりに、マニュからシリアの落ち着いた声が聞こえた。 シリアとミルカの二人は、シップの司令室で待機していた。大型モニタには、ネイのマニュから送られているサーバ内部の映像が映っている。そこからサポートするのが二人の役目だ。 ネイの背中は独特の気をまとっていた。 殺気とも覇気とも違う。しかし何にも屈すること無き雰囲気を醸し出すその気は、どんなものも寄せ付けないだろう。 (ネイ……) シリアに言われるまでもなく、フェイルは声をかけられなくなっていた。 キュラキュラという車輪の音だけが通路に響く。重い物を運ぶときのそれだ。 その音はフェイルが運んでいるものが奏でている。シーツに包まれたそれは、高さ一メートル、横幅五十センチ、縦幅に至っては一メートル二十センチはある。 「あ……」 エレベータの入り口が視界に入る、思わずフェイルは声を上げてしまった。 着いてしまった。 入り口の前まで着いたネイは、何のためらいもなく開閉ボタンを押す。 「……情報通りね」 ネイの手がシーツに包まれたものを掴むと、なぜか渡すのを拒むように抑えつけてしまうフェイル。 「王子様?」 「あ、はい……」 母親に言い咎められたような気持ちになり、反射的にシーツに包まれたものから手を離す。戒めが解かれると、ネイはさっさとエレベータに搬入、続けて自分も乗り込む。 「ぼ、僕も……」 ブーッ! フェイルが中に入った途端、警告音が鳴り響く。 「このエレベータは百数キロ以上積載すると動かない。情報通りでしょ?」 「………………」 フェイルがそろそろとエレベータから降りると、警告音はピタリと止まった。 情報通り。 フェイルはその言葉を反芻した。 「じゃ、後はよろしく」 「……はい」 フェイルはその感情の込められていない声に、絞り出すように声を返すのがやっとだった。 「情報通りなら……」 持ち込んだラップトップマシンに囓り付く。映し出されているのは、ネイのマニュがとらえている映像。 今回の彼の役割は、マニュとシップとの通信の仲介。マニュとシップだけでは、データのやりとりにどうしても制限がでてくる。通信能力の乏しいマニュからデータを受け取り、それをシップに送るのが、ネイと一緒に来たフェイルの役目。 『人間不信』の監視と同じように、特に何もしない。しかし苦しい仕事だ。 何もしない、何もできない。ただ見守ることしかできない。 モニターはまだエレベータの中を写していた。 百数キロ以上の重量に耐えられないエレベータは大きな意味を持っている。それより重いものはそこに辿り着くことができない。軽い人間なら二人は乗れるだろう。 しかし、武器を持ち込むとなれば話は別だ。 ネイの体重が51キロ。衣服を含め、持ち込める武具は49キロとなる。ネイはその49キロの範囲内で、この先で待っている戦闘で最も有効であろうものを揃えた。 しかし、しかしだ。 モニターが違う景色を映し出す。エレベータが目的地に辿り着き、ドアが開いたのだ。 そこは闇に包まれていた。唯一の光源はエレベータの入り口付近にある緑色のパネルのみ。 『システム管理者は速やかにパネルに人差し指を置き、マイクに向かってパスワードを述べてください。指紋と声紋による認証を行います』 フェイルのパームトップマシンのスピーカから機械音声。これもネイのマニュが拾っている音だ。 指紋と声紋による認証。よく使われる手段にして効果は高い。 『システム管理者は速やかにパネルに人差し指を置き、マイクに向かってパスワードを述べてください。指紋と声紋による認証を行います』 もう一度同じ音声が響く。 しかし二回目はそれだけでは終わらなかった。 『あと十秒以内に指紋と声紋による認証を行わなければ侵入者とみなします』 ネイに認証をパスする術は無い。つまりは十秒後、侵入者と見なされるわけだ。 『十、九、八、七、六、五……』 『すぅ……』 機械音声ではない生の音声がスピーカから響く。 ネイの深呼吸。フェイルはゴクリと唾を飲み込んだ。 『四、三、二、一……』 カッ! 突然モニターが真っ白になる。ネイのいる場所に明かりがついたためだ。しかしそれは一瞬だけで、すぐにモニターは光を調節し、ネイのマニュがとらえている光景を映し出す。 「……情報通り……」 400平米はある広い空間。 天井までは十メートルはある。物はなにもなく、そこにそれが存在しなければ無駄な以外の何物でもない部屋だ。 赤く輝く六つの光。 人間の三倍ほどの身体を持つ、硬く冷たい獣の目。 キュィィィイイン! 馴染みのある音をネイのマニュがとらえる。 ローラーフットの音。 「……無茶だ……」 ネイの前に立ちふさがるは三機のSP。 「……生身の人間がSPに勝てるはずがないじゃないですか!」 フェイルはモニターから目をそらし、数分前と同じ言葉を叫んだ。 数分前の作戦室。 シリアの用意した資料に、フェイルとミルカは言葉を失っていた。 「……無茶だ……」 「そうでもないわ」 思わず漏らしたフェイルの呟きに、ネイはいつものようにはっきりと答えた。 「……生身の人間がSPに勝てるはずがないじゃないですか!」 フェイルはいつになく口調を荒げている。 その裏に潜む感情が、怒りや憎しみではなく、心配だったからだ。 「そうでもないわ」 ただ同じ言葉を繰り返すネイ。 「……だいたいこの情報、信じられるんですかっ? ……こんな馬鹿みたいな警備体制のGNサーバがあるなんて……」 「趣味なのよ」 モニターにGNサーバ管理者の情報が出力される。 「ウロン・ホイワ52歳。 兵器マニアとして知られている彼だけど、本当は兵器を集めるのが好きな訳ではない。 兵器によって人が殺される姿を見るのが大好きな変態なの」 「そ、そんな人が……」 「いるのよ」 確信をもって答えるネイに、フェイルは否定の言葉が思いつかない。 「終戦後に流行ったギャンブル、SPバトル(SPB)に多額の出資をしてるのがいい証拠よ」 「SPバトルって、あの自作SPの性能を競う大会でしょうか?」 「……それは今のSPB。 ロッシャルが世界を制して、正しい法が定められていなかったころのSPBは、職にあぶれた軍人たちに、SPで殺し合いをさせるものよ」 一対一でSP同士を戦わせるのがSPBである。今は一つの公共のイベントとして認識されているため、ネイの言う事実を知らない人間も多い。 趣味でSPを作成するほどSP好きのフェイルは、SPBを見るのが好きだった。それはただ純粋に、SP同士で戦いを繰り広げる、スポーツのようなものという認識があったからだろう。 「SPBで兵器による殺戮が見られなくなったウロンは、このGNサーバを作ったのよ。 警備体制が甘いという情報を流してGNサーバに誘い込み、SPで殺戮劇を繰り広げる。撮影はSPのカメラのみ。他の機能はジャミングでやられるからね。 でもそっちの方が都合がいい。下手に警備機能が動いていると、殺戮劇を楽しんでいる事実が証拠として残ってしまうかもしれないから。 で、月に一度、GNサーバのメンテナンスと称してSPが納めたカメラの映像を持ち帰り、こっそりと楽しむ」 「……くっ」 フェイルは嫌悪感により顔を歪ませていた。 「100キロの重量制限。SPの数。どれもこれもよく考えられてるわ。 強力な武器はどうしたって重い。強力な武器を使わずに三機のSPと戦わせる」 「勝ち目なんてないですよっ! そんなのっ!」 「だから、そうでもないって言ってるでしょ? それにね。ここなら足は着かない。ここが他と比べて一番やりやすいのよ」 普通で考えたら勝ち目は無い。ネイがいくら強いと言っても、それはSPに乗ったときの話だ。 「勝算はあるのよ。ね、シリア?」 突如話をふられたシリアだったが、まるでそれを予測していたかのようにゆっくりと頷く。 「……でもっ!」 「……あーあー、うるっさいのよ!王子サマ!」 シリアが頷いたのを見ても納得しないフェイルを見て、今まで黙っていたミルカがヤレヤレと言った感じで口を挟む。 「ネイとシリアが勝算があるって言ったらあるのよっ! 今までもそれで勝ってきてるのよっ!」 「…………」 フェイルは納得いかないが反論の言葉が見つからず思わず目をそらした。 「いい? ネイがそこが一番やりやすいって言ってるの。そしてそこはシリアが選んだのっ! 二人がベターだと言ってるんだから、きっとこの方法が一番安全なのよ。新参者の考えなんてとっくに通り越してんの!」 「……う……」 フェイルにとってミルカの言葉は痛かった。 新参者の考え。 確かに、今回戦うのはネイだ。そしてNotFriendsのメンバーの中で一番彼女を理解してるのはシリアだろう。 それはフェイルにもわかる。 そんなシリアが選んだ場所。ネイのことを一番よくわかっているシリアが選んだのだから、きっと最善であるのだ。 ミルカの言葉でそれに気がづくことができた。 しかし、なぜかそれを認めるのは悔しかった。 ミルカも今、同じような想いを抱いている。このわからずやの王子サマがいなければ、今のようなことを口にしなくても良かった。 口に出すと思い知らされてしまう。シリアが自分よりもネイに近い存在であることを。 ミルカはネイが好きなのだから。 そしてフェイルは気がついていない。悔しいという感情は、ネイが好きだから沸き上がってくるのだと言うことを。 「話はまとまったってことでいいのね?」 「…………」 ネイから目をそらし、コクリと頷く。 「……話を進めるわ……」 自分は彼女のために何ができるだろう? 自分など足下に及ばない強さを持つ彼女のために何ができるだろう? 答えは見つからなかった。 3機のSPは警備によく使われる、ガリスというSPだった。完全無人のSPで、AIによって動く。 性能的にはさほど高くはない。魔石エンジンも、魔石を8つまでしか処理できず、現在出回っているSPに比べれば性能は低い。 しかし、生身の人間と戦うには、一機でも充分過ぎるほどの性能だろう。 ネイの退路は失われている。一度下に降りてしまったら最後。エレベータは、GNのコントロールルームで操作しない限り動くことはない。 GNコントロールルームを続く扉はハンドルを回すことによって閉開する。SPの攻撃をくぐり抜けてこの場から脱出しようとしても、ハンドルを回している最中にやられてしまうだろう。 つまり、三機のSPを沈黙させない限り、ネイは進むことも戻ることもできない。 「すぅ……」 ネイは大きく深呼吸をするとともに、フェイルが運んでいたものを包む白いシーツを取り払った。 現れたのは車輪付きの移動砲台。小型の戦車のようなそれは、ギリギリまで軽量化され、砲身とジェネレータ部分以外は、鉄柱のみで構成されている。重量は約二十二キロ。 簡易プラズマガン。魔石を1つだけ搭載できる、小型魔石エンジンを積んだそれには、セイリュウが込められている。 ネイは簡易プラズマガンから伸びるコードをマニュに繋ぎ、照準を合わせた。 「ターゲットロック」 ロッシャル戦争の終局までの数ヶ月間、ロッシャル帝国と戦った連合軍に勝ち目は無かった。 しかしロッシャル戦争開始以前までは最強と言われていた国家、アリムは降伏をしなかった。 少ない物資、兵。それのみで強大な国家に立ち向かおうとしていた。勝利を掴もうとしていた。 その時に開発されたのが、今見れば冗談としか思えない兵器の数々。曲げられない意志と誇りが生み出した兵器は、『玩具』だと言われた。 不幸なのは、そんな玩具のような装備を渡され、無謀な任務を命じられて戦場に駆り出される兵士たちだ。 もちろん本物の戦場は、そんなものが通用するほど甘くはない。玩具を武器とし、戦場に出た兵士たちは、ことごとく命を失っていった。 この簡易プラズマガンはその玩具の一つ。SPの絶対数が少なくなったアリムが、生身でSPに対抗しようと造った兵器。 理論上はこれでSPを撃破できる。しかしあくまで理論上。実現できるとは限らない。 不安定な構造。安定しない照準。運がよいか、人知を超えた鋭い感性を持つものしか、SPに命中させることは難しい。 しかし、物は使いようだ。 ドォォォオオオン! ネイが簡易プラズマガンを放ったのは、三機のSPが本格的に起動する前。動かない目標であれば、命中させることはさほど難しくない。 三機並んでいたうち、ネイから見て右側のガリスの頭が、プラズマに貫かれる。無人機だとしてもSPの基本構造は同じ。魔石エンジンは頭に積んでいる。ここを壊してしまえば機能停止は免れない。 先制攻撃は無事成功を収める。しかし、これからが問題なのだ。簡易プラズマガンはしばらく使えない。小型魔石エンジンでの処理能力で、SPを一撃で沈められる出力までエネルギーを充填するには、10分以上の時間が必要だ。それまでは他の装備でやり繰りせねばならない。 ガリスのローラーフットの音。 いよいよ本格的にネイを排除しにいくサインだ。 ネイは臆することなく、右腕に装備したパネルのようなに触れた。 モーター音とともに、ネイの身体がゆっくりと動き出す。パネルがその装置のコントローラーの役目も果たしていた。 ローラーブーツ。 左右併せて重量は4キロ。バッテリーで動くローラーで、素早い走行を可能にする。ただし使いこなすのはきわめて難しい。絶妙なバランス感覚が必要となる。 ネイがローラーブーツによる走行を始めるとともにガリスの攻撃が始まる。 両腕に装備された二門のプラズマガン。 対SP戦の時よりもプラズマの出力は抑えられているが、人間がまともに受ければ絶命することは必至だ。 しかも出力が抑えられているので、必然的に弾切れを起こす確率が低下している。 おそらく3秒に一回のペースでプラズマを撃ち出したとしても、20分やそこらの戦闘で弾切れを起こすことはないだろう。それにこの出力ならば、壁や床に命中しても少し表面が焦げる程度だ。 「………………」 出力を抑えられたプラズマは、ネイのいた場所に次々と煙を上げている。 まるで氷の上を滑っているかのようになめらかに、そして素早く動いていなければ、鉄の焼ける臭いではなく、蛋白質の焦げる異臭が漂っているはずだ。 しかし、いくらローラーブーツを使いこなしていると言っても、車輪を使っているため、移動方向が限られる。それでは二機のSPが放つプラズマをいつまでもやり過ごせはしない。 『ネイッ!』 突如耳元で怒鳴り声がした。 正確にはマニュが受信した音声。耳に取り付けられているマニュからの声は鼓膜を直接叩き、不快感を催す。 しかしそれどころではなかった。 プラズマが迫っていた。 一定のリズムで撃ち出されるプラズマの一つが、ネイの進路上に降り注ごうとしていた。ローラーブーツでは避けきれるものではない。それを察知したフェイルが叫んだのだ。 「うるさい」 ネイは応答するとともに跳んだ。いや、跳んだと言うよりも飛んだと表現するべきかもしれない。背中に背負った装置から吹き出す赤い炎は、まるで翼のようだった。 コンパクトバーニア。小型魔石エンジンを積んだ『玩具』の一つ。人を飛ばすのを目的として造られたそれは、飛ばすというよりは吹き飛ばすと表現した方がしっくりくる。勢いよく吹き出すスザクの炎が、人を吹き飛ばす。背中で爆発を起こし、その爆風で吹き飛ばすものだと思えばいい。人が感じる衝撃を明らかに無視した設計だ。 コントロールは左手にもっているスティック状のもので行っている。重量は十二キロ。 油断すれば鞭打ち症になりかねない衝撃。例え鍛えられた体だったとしても、使い道を誤れば自滅は免れない。 しかし、ネイはいつものように平然と使いこなす。出力。噴射方向。すべてを把握してもこうはいかない。体が覚え込んでいればこそできる芸当だ。 「どう? ミルカ。何かわかった?」 バーニアに吹き飛ばされた身体を悠然と地に着け、ローラーブーツで走り出すネイは、珍しく息が切れていた。 しかし、動きを止めるわけにはいかない。この間も二機のSPは、横に並んでネイと一定の距離を保つよう動き、プラズマを撃ち続けている。相手が人間であれば、ネイのその尋常ならざる戦闘に驚愕し、動きを止めているかもしれないが。 『ある程度はね。二機は違うAIを積んでるから気をつけて。向かって左側が、モンシア社の開発したAI。動く目標をロックすると、ただただ追撃と発砲を繰り返すのみ。その上かなり粗悪だから誤動作も少なからず起こしてる。多少の学習能力はあるみたいだけど、目に見えない程度よ』 ミルカがシップに残ったのには大きな意味がある。ミルカはAIのスペシャリスト。AI搭載機の動きなどのデータから、AIのさまざまな特徴、そして弱点を解析できる。もちろんミルカの頭だけでそれをやるのではなく、シップに用意されているそれ用のマシンが必要だ。 ネイのマニュから送られてくる情報からAIを解析し、ネイに有効な情報を与えるのがミルカの仕事。 限られた装備では、闇雲に戦うのは非常に危険だ。 『向かって右側は、センコー社のAI。こいつは結構優秀。学習能力に重きを置いているみたい。相手の移動速度、移動方向なんかの情報からパターンを解析して、後に生かしてくるわ。 それゆえの『変なクセ』も認められるけどね』 AIは、学習能力があるかないかにより、大きく性能が変わってくる。決められた動きしかできない単純なAIよりも、経験を生かしてより効率的な動きを導き出せるAIは、使い込めば使い込むほど性能が上がって『使える』物へと成長する。 「……先に倒すなら馬鹿のモンシア社より、センコー社の方がいいってわけね。 ……で? 変なクセっていうのは?」 広いスペースをフルに活かし、追撃と発砲を容赦なく浴びせるSPから逃げ続けるネイ。しかし通信しながら避け続けるには厳しいのか、避けの動作が大げさになりつつある。 『いつもはテキスト通りに左右交互に撃ち出すんだけど、『二発の連射のあとに一拍置いて、三発の連射』というコンビネーションのあとは、必ずと言っていいほど左で四回撃ち続けるわ。それが有効な手段だと勘違いしてるみたい』 SPは通常、両腕にプラズマガンを装備していて、連射をするときは左右交互に撃つ。片腕のみで連射をしようとすると、次のプラズマを撃つためのリロード時間がブランクとなり、速い連射ができない。片腕のみで撃つよりも、両腕の方がより早い連射ができる。 それもあり、左腕で四回撃ち続けるというクセは、大きな弱点であると言えよう。 連射速度もさることながら、どちらの腕から攻撃がくるかわかっていれば対処はしやすい。 「OK」 ネイはうなずき、背負っていた直径十センチ、長さ五十センチほどの、筒状の物を両手で持つ。 それのレバーのような部分を動かすと、鈍い音とともにボウガンに変化した。それに右足に取り付けてあった鋼鉄製の太い矢をこめる。ただでさえ重いボウガンに太い矢をこめると、筋肉の筋がミチミチと悲鳴をあげるぐらいの重量となった。 ネイの細い右腕が支えきれるものとも思えないが、彼女の腕は良質な筋肉の固まりだ。 ドンッ! ドンッ! ドンッ! (一……二……三……) 敵に後ろを見せて逃げ続けているネイだが、先刻とは違う。攻撃のチャンスを虎視眈々と伺っている。 ドンッ! ドンッ! (一……二……) ネイは敵の攻撃パターン。特にセンコー社のAIを積んだガリスに意識を集中させている。 ドンッ! ドンッ! (一……二……。) こういう時に限って望む攻撃パターンは来ないもの。時間が経つにつれ募ってくる焦り。時間が限られていればなおさらだ。 魔石エンジンを積んでいないローラーブーツは、早い段階でバッテリー切れを引き起こす。もって後10分。 それがなくなれば、ネイはSPの攻撃をかわしきることはできないだろう。 ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! (一……二……三……四……) 二発のあとに三発の連射。それ以外の場合は二発の連射がくるのをまた待たねばならない。 苛立ちと焦り。普通ならばそれに支配されてしまうところだろう。しかしネイは違う。かといってこの二種の感情が存在しない訳ではない。焦りも感じているし苛立ちもしている。しかし、彼女はそれ以上に強い意志で平静さを保ち、戦っている。 ドンッ! ドンッ! (一……二……) ドンッ! ドンッ! ドンッ! (一……二……三……。来たっ!) 敵に背を見せて攻撃を交わし続けていたネイだが、コンパクトバーニアの右翼だけを軽く噴かすことにより素早く反転する。ローラーブーツは先の移動の影響を受け、ネイを後方に運んでいた。 センコー社のAIを積むガリスが、左腕を構えた。それと同時にネイは左手のコントローラーを操作する。 ドウッ! 今までとは比べ物にならないほど強い噴射。赤い翼が床を焦がし、ネイは空高く舞い上がった。 照明が近くなり、ネイを照らす光が強くなる。光を反射する鋼鉄の素材を多く装備したネイは、キラキラと輝いているように見えた。 ドンッ! ……ドンッ! やや遅い四連射が開始する。 空中での回避行動は地上よりも数倍難しい。二機のうち一機のパターンがわかっていても、やりすごせるものではない。 ドンッ! パターンのわかっていないモンシア社のガリスの放ったプラズマが、ネイの側面を突いた。バーニアを噴射したとしても間にあわない角度。避けきれない。 プラズマがネイに直撃する直前。何かが放電するような音が響いた。 その次に先の音よりも遙かに大人しい音が響く。 明らかにネイにプラズマは命中していた。しかし、ネイは傷一つ無い。 ただネイの左側面に、グリーンのエネルギー体が膜状に広がっていた。 ハンドシールド。小型魔石エンジンを積んだ玩具の一つ。 背中のコンパクトバーニアに積まれたもう一つの魔石エンジンから、ゲンブのエネルギーを取得し、左腕に装備した装置がバリアを張る。 その出力はSPのプラズマを一回中和できるかできない程度しかなく、一回使えば5分以上は使用不可能となる。 重量は二キロ。 簡易プラズマガン、ローラーブーツ、コンパクトバーニア、そしてハンドシールド。それらはSPの特徴的な装備と酷似している。 SPの装備を人間にも取り付け、SPに対抗する。なんと馬鹿げているのだろう。 玩具と表現されても仕方がない。しかし、こんなものを使い、戦い抜かねばならない人間がいたのは事実。そして……生き抜いた人間がいるのも事実。 コンパクトバーニアを巧みに噴かし、微妙な加速と方向転換でプラズマをかいくぐる。身体が天井に近づいていく。 ネイはガリスの頭上付近まで昇り詰めたところでボウガンを構えた。 「ロック……シュート」 極太の矢が放たれる。エネルギーを纏った矢は猛スピードでSPの頭を捉えた。 バチッ! だが突き刺さることはない。バリアが衝撃を吸収し、矢の威力を殺した。 通常の実弾兵器では、SPに傷を付けることはできない。威力を殺され装甲に辿り着く前に弾かれる。バリアが薄ければ貫けるが、このSPのバリアはそこまで薄くはない。 火薬を使う銃でも、レールガンであっても結果は同じ。だから実弾兵器であっても、プラズマを一緒に撃ち出すのだ。つまりボウガンなどではSPに傷をつけることなど到底できない。 だが、ネイがそんな無意味な行動をとるわけがない。 極太の矢はバリアに衝突し、威力を殺されるとともに激しく発光した。放ったのはただの熱エネルギー。それ自体に破壊力は無いが、エネルギーを中和する性質を持つバリアは、そのエネルギーさえも中和する。そして中和すればそれだけバリアが薄くなる。それこそが目的。 そこで矢の形態が変化した。太い矢は尻から4つに裂け、それは十字型の爪となりSPの頭に振り下ろされる。ボウガンの衝撃とエネルギーで薄くなったバリアは引き裂かれ、爪の進入を許してしまった。四つの爪はSPの頭をガッチリと掴む。 こうなったらもうバリアは意味がない。バリアは敵の攻撃を己の身に近づけないために張るもの。取り付いてしまったものはどうにもできない。 十字爪の中心部で独特の回転音が鳴った。回転しながらうねるそれは、工事用の小型ドリル。SPのバリアが厚く装甲が硬くとも、取り付き、ドリルによって徐々に削ればいずれは貫ける。 これはネイが対無人SP用武器として考案した『玩具』、クラッシャーボウガン。重量は8キロ。 徐々に頭を抉っていくクラッシャーボウガンは、人間が乗っているSPには通用しないだろう。取り付いた直後に、SPのアームで取り外してしまえば良い。しかし、AIにそんな判断はできない。まさに対無人SP専用武器と言える。 数秒後、SPが機能を停止する。ドリルがエンジン部を貫いたのだ。 それとほぼ同時に宙に舞っていたネイが地に足を着ける。 「残るは一機……」 矢を打ち、用途を失ったクラッシャーボウガンを投げ捨てる。 あとは簡易プラズマガンのエネルギーが充填されるのを待ち、それを使って残りを片づければいい。性能が粗悪な簡易プラズマガンだが、相手は一機のみ。 ネイの実力なら仕留めることができる。 残ったガリスは仲間が二機ともやられているのにも関わらず、何の変化もなく、同じようにネイに対しての攻撃を続けていた。 すべては計画通りだった。まず簡易プラズマガンでの先制攻撃で一機撃破。次に防戦に移り、AIの解析。その結果を活用してクラッシャーボウガンで二機目を撃破。 そう、まさにここまでは計画通り。そしてここまでくれば、後は今までよりも幾分か楽な仕事だ。 ただし、イレギュラーが起こらなければの話。 ドンッ! そのプラズマはネイから大きく外れ、あさっての方向に走っていった。ただの撃ち損じとだけ表現すればいいはずなのだが、その言葉では済ますことができなかった。 簡易プラズマガンに命中したからだ。 「なっ……!?」 ネイは自分を狙ってくることを計算に入れて戦っていた。簡易プラズマガンにプラズマが撃ち込まれないように細心の注意を払っていた。それなのにも関わらず、簡易プラズマガンは破壊された。 『この馬鹿AI!』 ミルカはキーボードを両手で叩いて喚いた。 誤動作だった。なければないほどいいとされるそれが、イレギュラーを誘発した。 簡易プラズマガンが破壊された今、ネイの武器は二丁のハンドガンのみ。一つは麻酔銃。一つはレーザー銃だ。両方ともSPにダメージを与えることなど不可能だろう。 重量制限があったため、クラッシャーボウガンの矢は一つしか持ち込んでいない。 攻撃手段が失われた。今まで順調に進んでいたのにも関わらず、一気に状況が最悪の方向へと転がった。 ローラーブーツのバッテリーはあと5分。それが無くなればプラズマを避けることもできない。だからなんとしてもその時間内に、残る一機を仕留めなければならないのだが、その手段は失われてしまった。 この閉鎖された空間で助けは望めない。五分後の死は約束されたも同然である。 『ネイっ!』 マニュから、また不快に感じるほどの叫び声が響いた。 「うるっさいって言ってるでしょっ!?」 先ほどは静かに言ったが、今回は怒鳴りつけた。 『………………!』 フェイルはネイの怒鳴り声を聞いたのは初めてだったので、一瞬たじろいでしまう。怒りの感情はぶつけられたことがあったが、怒鳴りつけられることはなかった。 ネイにはいつでも余裕があったのだ。しかし今はそれを失っている。 『ネイっ! ネイっ! 大丈夫ですかっ! ネイっ!』 それを察したフェイルはさらに声をかけ続ける。 「チィッ!」 『ネ……』 ネイはフェイルとの通信を遮断し舌を打った。今の状況下、ただ闇雲に声をかけるだけであろうフェイルとの通信など、何の役にも立たないと判断したからだ。 その間も攻撃は止んでいなかったが、一機で、しかも性能の低いSPの攻撃をかわし続けるだけなら、ネイなら難無くこなせる。 (どうするっ?) ネイは攻撃をかわしつつ頭をフルに回転させていた。 ミルカもシリアも打開策を必死で探していたが、武器が無いというのは致命的だ。 見えない光。絶望。 幾度と無く味わってきた状況。ネイはそれらをいつも切り抜けてきた。 (……今回はダメかもしれないわね……) こう思ったことも何度もある。しかし彼女は今の今まで生き抜いている。 彼女は独りで生きていこう思っていた。人に頼らず、人に関わらず、人を遠ざけ生きていた。その生き方は孤独で……そして過酷だった。特に戦時中であればなおさらだ。 特務部隊。そこがロッシャル戦争中の彼女の居場所だった。独りでの行動を望む彼女は、軍にあってはそこしか居場所がなかった。そこが一番居心地が良かった。 特務部隊は基本的に独りで行動する。 伝令を受け、ほとんど人と接触することなく任務をこなしていく。任務をこなしても誰がねぎらってくれるでもない。死んでも誰が弔ってくれるでもない。しかし彼女はそこでしか生きられなかった。 それこそが彼女の望む生き方だったのだから。 誰の助けも借りずに生きていく。それは強くなければできないことだ。 だから彼女は強さを欲した。そしてここまで強くなった。しかし、今だ心は満たされない。 『NotFriends』 シリアと結成したそのチーム。 初めて誰かと一緒にいてもいいと思った。いたいと思った。これからも一緒にいたいと思っている。 あれだけ独りで生きていくことを願った自分がだ。 あの願いはなんだったのだろうと自分に問いかければ、すぐに答えが返ってくる。彼女はわかっている。わかっていて今の生き方を変えられない。 人を怖れていた。人との関わりあいを恐れていた。だから独りで生きていこうと思った。弱い心が生み出した願い。それを叶えるために手に入れた強さ。 そんな自分なのに……なぜこんなことをしてるのだろう? 命を危険にさらし、なぜ戦っているのだろう? (……気に入らない……) 「……シリア。ガリスの詳しい設計図はある?」 『すぐ用意するわ』 ネイは落ち着きを取り戻していた。 自分が何を欲し、何を目的としているかを思い出したからだ。それとともにひらめいた。 『データが見つかった。すぐ送るわ』 「サンキュ」 データを受信したマニュが映し出したガリスの設計図には、ネイの狙い通りのものがあった。 (強さは弱さを補うためにある) ネイは飛んだ。先にあるのはSP。 『何をするのっ!?』 ミルカはそれを見て思わず叫んでいた。生身でSPに突っ込む。自殺行為としか思えない行動を目の当たりにすれば無理もないだろう。 『黙って……!』 それをシリアが制止する。ネイが自殺などしないことをわかっているシリアは、少しでもネイの集中力を殺ぐものを取り除くことに努めたのだ。 ネイはシリアに対する感謝の気持ちを抱きつつ、バーニアをさらに強く噴かす。 やがて、必然的にネイとSPは衝突した。 バチバチバチバチィィィィイイッ! 激しい電子音。 ドンッ! そして銃声。 そこで勝負が着いた。 |