Not Friends

第7話 強き弱者

 フェイルは泣いていた。涙が止まらなかった。拭っても拭っても溢れる涙はどうすることもできなった。
 ネイの戦いを最後まで見守った彼は、泣かずにはいられなかった。
「……あんた……、何泣いてるの?」
「わかりません……わかりません……。でも……ネイの戦いを見てたら涙が止まらなくなって……」
 かけられた声に震える声で答える。
 エレベータのドアが開くその時までに、フェイルは泣き止もうと思っていた。しかし、その涙は止まらず、ネイの姿を見たその時には、さらに大量の涙が溢れていた。
 あれだけ大量に持っていった装備のほとんどを失い、綺麗だった肌は所々軽い火傷を負っている。しかしその表情だけは変わらない。
 フェイルはあの一瞬の光景が脳裏に焼き付いて離れなかった。華麗で鮮やかに見えるその一瞬。しかし、それは表面上だけだ。ネイにとっては身を削るような、生死を賭けた一瞬だった。


 赤い翼を纏い一直線にガリスに向かうネイ。猛スピードで向かってくる相手というのは、狙いがつけにくいものだ。寄せ付けまいと放つプラズマは、ネイをの身体をかすめることもなかった。
 ネイとガリスとの距離が限りになく零に近づいたとき、その一瞬は始まった。

 バチバチバチバチィィィィイイッ!

 激しい電子音。
 グリーンのエネルギーが膜状に広がった。ネイを守護するべく用意されたハンドシールド。しかしネイは、それを自分の身を守るためには使わなかった。
 発生したばかりの膜状のエネルギーは、すぐにガリスのバリアとかち合った。互いが互いを干渉しあい、打ち消し合う。
 そしてガリスの覆うバリアに、人一人が進入できるほどの小さな穴が開いた。そこでガリスとネイの距離が零となる。
 ネイは重力に逆らい、ガリスの人でいう腹の部分に足をつけて着地した。重力に勝るコンパクトバーニアの恩恵を受けられるのは一瞬だけ。ガリスを守るバリアが消えているのも一瞬だけ。その一瞬に勝負を決めねばならなかった。
 迷わず、しっかりと、一点に狙いを絞り、ハンドガンのトリガーを引く。

 ドンッ!

 熱線が迸り、空気を焼いた。熱で空気が歪むその現象は、普段は目に止まらない。それを捉えることができるほどネイの集中力は研ぎ澄まされていた。
 ネイの銃口の直線上にあるのは、ガリスの首の一部分。バリアという強い力で守らなければならなかった弱さ。一辺が二センチにも満たない穴。
 通気口。魔石エンジンの熱暴走を避けるために空けられた、熱の逃げ道。ネイの照準はそこを捉えていた。
 熱線の行方を最後まで見守る時間は無い。トリガーを引いた瞬間。賽は投げられているのだ。見守ることに大きな意味はない。
 ネイはガリスの腹部を蹴り、コンパクトバーニアを噴かした。そこで長い一瞬が終わる。

 勝負は着いた。

 ネイの放った熱線はガリスの内部に入り込み、魔石エンジンを焼いた。


 フェイルはネイが勝利した瞬間から涙が止まらなかった。限られた装備で、しかも一度は窮地に陥りながらも、僅かな可能性を活かして勝利を掴んだ。
 ネイはフェイルが知る誰よりも強い。それを目の当たりにして感じたもの。

 それは痛み。

 『人間不信』と銘打たれたマシンの存在を知ったときに感じた痛みと、同種の痛みだった。フェイルにはそれが何であるか理解することはできない。しかし、感受性の強さゆえ感じ取ってしまうのだ。
「……胸が……なんだか締め付けられて……それで……」
 なぜ泣いているか、フェイル自身がわからないそれを、ネイは察した。
 フェイルが自分に触発されて泣いているのだと。
 自分の抱えているものを感じ取り、それに耐えられずに泣いているのだと。
「でかい図体して泣いてるんじゃないわよ」
 ネイは泣くことはなかった。おそらくネイが強くなければ、泣いていたかもしれない。いや、強くなかったのであれば、フェイルをここまで泣かせるほどの痛みを抱えることなどなかっただろう。
「……?」
 ネイの手がフェイルの頭に触れた。
「まだ仕事は終わってないのよ。テンションが下がるから泣きやみなさいよ」
 逆立った青い髪がチクリと刺さったが、ネイは不快に感じることはなかった。


「誰だっ! 誰だっ! 誰だぁぁああ!」
 頭を激しく降りながら頭を掻きむしる。数日間風呂に入っていない彼の頭からは、バラバラと白い粉が飛び散っていた。
 手足のように使いこなしている五台のマシンと、電気ポットのみにエネルギーを供給しているため、光源はマシンのランプとディスプレイのみ。部屋の空気は歪みきっており、人間の老廃物が醸し出す悪臭と、ツンと鼻につくソースの香りが混ざり合った臭いが漂う。
 そこは人が生活しているとは思えない場所だった。
 しかし、彼はその空間にいて不快に感じることはなかった。そこの空間で、すべてのことができると思っていたからだ。

 しかし、それは間違っていた。

 彼のマシンにアタックがあった。彼が設計した最高の壁にして最高のしもべ、PSを破り内部に進入しようとしたそのスクリプトは、対応ソフトを入れていなければ防ぎきれなかった。しかもそのスクリプトは、彼が用意したものだ。全世界に広まったPSを、しもべとして利用するために用意した言葉。
 彼しか知り得ないもの。それは絶対の自信の源であり、すべてだった。
「何なんだよ。誰なんだよっ! おかしいだろっ!
 ええっ? しかもFDがめちゃくちゃじゃないかよっ! なんなんだよっ! これはっ! なんだなんだなんだなんだ! 教えろよ! 誰か教えろよ!」
 もともと独り言の激しい彼だが、もうそんなレベルで済ますことはできなかった。ドラッグでも服用しているかのような行動を繰り返す。
「私が教えてあげるわ」
 わめき散らすようにしてばらまかれている彼の問いに答えが返ってきた。
 いつの間にか開かれたドアの向こうには、一見男に見えるほど凛々しい女の姿があった。キリリとしたその目は、振り向いた彼の目を正確に射抜いている。
「初めまして。『SHOT』さん」
 どこか芝居がかった口調で話しながらゆっくりと歩み寄ってくる。胸にズシンと突き刺さるような声で『SHOT』の名を呼ばれた彼は、心臓が止まりそうになった。恐怖で喉が詰まり声が出なかった。
「だ、誰なんだよぉ……おまえはぁ……!?」
 やっと絞り出した声は、先の独白とは比べものにならないくらい小さい。
「私が誰かなんてのはどうでもいいんじゃない?」
 SHOTの額にひんやりとしたものが突きつけられた。
「あ、あっひゃっ!?」
 ディスプレイの中ではよく見るもの。仮想空間ではこれを使い、仮想空間に生まれた命を奪って楽しんでいた。しかし、額に感じられる温度が、これが現実の銃であることを実感させる。
 SHOTはもう何年も忘れていた感覚を思い出した。
『これは現実だ』
 今まで彼は夢の中にいた。『桃源郷』に住み、すべてをマシンから供給されるもので満たしていた。
 夢から覚めた頭は、一気に現実を感じ始める。
「CGとは随分顔の作りが違うわね?」
 マシンの光のみに照らされた顔は、お世辞にも整っているとは言い難い。
 離れた目とだらしなく開かれた口。低い鼻。唯一、切れ長と言えなくも無い目と天然パーマが、ビデオメールの『SHOT』を感じさせた。体型は過度の栄養分の偏りにより、妙な肉の付き方をしている。年齢は見た目だけなら三十歳前後だ。
「……すいませんっ……俺……」
「謝るの?」
「ひぃっ!」
 特に言い咎められた訳でも無いのに、目を閉じ悲鳴を上げる。
「謝るってことは自分の行動が間違っていたことを認めるって訳?」
「すいませんっ! すいませんっ! 許してっ! 殺さないでっ!」
 彼の頭は、命を奪われないようにすることだけに使われていた。まともな会話ができるような状態ではない。
「……別にあんたを殺しに来た訳じゃないわ」
「え?」
 その言葉を受けたSHOTは、恐る恐る目を開きネイを見上げる。銃口は向けられていなかった。
「聞きたいことがあるのよ。答えてくれるわね?」
「あ、は、はい……。何でもっ!」
 彼はすでに現実に戻っていた。絶対的な力を行使できると思っていた仮想空間だからこそ、横柄で自信家の人間でいられた。現実世界に戻った彼は、人に媚びへつらい、人の感情を逆撫でしないよう細心の注意を払う、そんな人間だった。
「なぜ、こんな事件を起こしたの?」
「そ、それは……」
「戦争を終わらせたいってためだけじゃないんでしょ?」
 女の問いに彼は答えられなかった。今の彼は『SHOT』ではないのだ。
「……あんたはね……多分、今回の事件を起こさなければずっと一人で生きていけた。
 仮想空間ですべてを満たすことができたんだから。
 GNがすべてのカーコという国に住み、そのGNを掌握する力を持っていたのよ?」
 まるで彼のすべてを知っているかのように語り出す女。そしてそれはすべて当を得ていたので、彼は言葉を無くしてしまう。
「その力をひけらかすことがなければ向かってくる敵はいなかった。きっとその力を自分を守ることだけに使ったのなら、敵はいなかったはず。
 それなのになぜあんたは力を使って、敵を引きつけるようなことをしたの?」
「…………………………」
 彼はガタガタと震えた。
 銃を突きつけられた時とはまた違った恐怖を感じていた。
「……喋れないのかしら? だったら頷くか首を振ってくれるだけでいい。
 あんたは……人と接することが苦手ね? だから仮想空間に入りこんだわね? そしてそこで何者にも屈しない強さを欲したわね? 誰も自分に介入できないように、近づくことができないようにするために」
 彼は答えるつもりはなかった。しかし身体が勝手に反応する。
 コクンと頷いた。
「……でも……、耐えられなくなったんでしょ? その生き方に」
 恐怖の中に不思議な感情が沸いてくる。
 それは喜び。
 自分を理解してくれる。自分の考えを察してくれる。人はなぜかそれに喜びを感じるものだ。
「……自分の存在を相手に知らしめたかった。だから自分の最も誇れる『力』を全世界に示そうとした」
 SHOTは、まるで催眠術にかかっているかのように、トロンとした目でゆっくりと頷く。
「あんたと私はきっと似てる」
 心が通じ合う。それは一人でないことを強く感じさせる。
「だから気に入らないの」
 しかし、彼女はそれを認めない。
「私、自分が嫌いなのね……きっと」
 再び女は彼の額に銃口を突きつけた。
「あ、ああ……」
 蜜に浸かっているような時間が音を立てて崩れ、代わりに絶望が象られた。
「……私もね。自分に似てる。それだけの理由であんたと関わろうとは思わなかったわ。きっとそんな人間は結構いるもの。
 だけど……あんたはやりすぎた。はしゃぎすぎた自分を見てるみたいで胸くそが悪いのよっ!」
 睨み付ける女の視線は、彼の全てを射抜くように突き刺さった。その凄みに気圧され、彼の頭は完全に白一色になっていた。
「似たもの同士のよしみで……、私が裁いてあげる」

 ドォン!

 その乾いた銃声は、非現実的なこの部屋の中において、もっとも現実の色に帯びていた。


 『Not Friends』と書かれたシップ。そこが彼女の居場所。弱さゆえ、強さを欲し、その強さがゆえ痛みを持つ彼女。
「ネーイっ! おかえりーっ!」
「おかえりっネイ。」
「おかえりなさいネイ」
「……おかえり……ネイ」
 四つの声が彼女を出迎えた。自分のことを愛しているという女。自分を尊敬し、慕ってくれる少女。自分の痛みを感じ取り、涙を流してくれた青年。そして、もっとも自分に近く、それでも不快に感じない少女。
「……ただいま」
 照れくさい。
 その随分と懐かしい感覚に心が熱くなった。
 頭をポリポリと掻き、ゆっくりとシップの中に入る。
「お土産は?」
 ネイがシップに入るや否や、絡みつくように抱きついてくるミルカ。ネイは懐からデータディスクを取り出し、それを押しつけながら引き剥がした。
 ネイの裁き。それはSHOTから力を奪うこと。
 GNサーバのセキュリティホール。彼の作ったプログラム。それを数枚のディスクに納めた後、全てのマシンを破壊してきた。
 SHOTに使った銃とは違う、ガリスを仕留めたレーザー銃を使って。
 SHOTに使ったのは麻酔銃だった。
 もし彼の計画の第一段階が実行された場合。帝国によってカーコごと消されるか、そうでなくても本腰で捜査を始めたGNPに捕まり、死刑の判決を下されたことだろう。
 ネイは結果的に彼の命を救ったことになる。しかし、彼にとってどちらが厳しい裁きだったかはわからない。彼は、彼のすべてである五台のマシンを失い、GNを掌握できる力を失った。
 すべてを失った彼は、どう生きていくのだろうか?
 生き抜くことができるのだろうか?
 それはわからない。わからないが、ネイは彼が生き抜いてくれることを祈っている。
「おおっ! これでGNは私たちのものねっ♪」
 データディスクを喜々として受け取るミルカ。
 SHOTの力。
 GNを掌握する力を手にしたネイはさらに強くなった。
 強くなればなるほど、内に眠る弱さは見えづらくなる。その弱さがどうしようもない疼きを生み出しているとしても、誰にも感じ取れなくなる。
 ネイはそうなること望んだ。しかし……。
「………………」
 黒いサングラスの向こうに、揺れる瞳を感じた。
 弱さを感じ取ってくれる人間のすぐそばにいたいと願う自分がいる。

 多くの矛盾を抱えている。割り切れない答えを探し続けている。多くの不安定さを持っている。
 しかし彼女はそれでも強い。いや……だからこそ強いのかもしれない。


次回予告


 フェイルです。
 ジェイル……おまえは何を考えているんだ。何が目的で戦火広げるような真似をする?
 なぜ血の繋がった父親に『不適切』なんて言葉を贈るんだ。僕はおまえがわからない。なぜだジェイル?
 兄弟だというのに……同じ顔をした双子だというのに……。

 次回『NotFriends』。第八話「血の楔」。
 NotFriendsの意味……ですか?僕は照れ隠しみたいなものじゃないかなと思ってますけど……。


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