Not Friends

第7話 強き弱者


「何かわかった?」
「ん〜? いまいちねぇ」
 ミルカはキーボードをバチバチと叩きながら答える。
 フェイルとリンが買い出しに行っている間、他のメンバーは作戦室で情報収集に努めていた。
「SHOTのメールファイルは手に入ったけど見る?
 桃源郷のSHOTファンサイトで拾ったのよ」
「飽きれるわね。一日も経ってないのにもうファンサイトができてるなんて」
 ネイは特に見るとは言わなかったが、ミルカは口調から察してデータを転送する。
「ビデオメール……」
 受け取ったメールを開くと、ディスプレイに青年のバストアップが映しだされた。
「ネイ」
「ん」
 シリアが声をかけると、ネイは画像をスクリーンに映すよう操作した。今のは自分も見るというシリアの意思表示である。
 映ったのは切れ長の目をした二十代前半の男。短めに切りそろえられた髪に、柔らかなパーマがかかっている。
 ホートウ系ではもっとも好まれる、鼻が高く彫りは浅い顔立ちだった。
「随分とまたいい男につくったもんよねぇ」
 ふぅ……とため息をついて言う。今映っている男は、人が作り出した仮想のCGキャラクター。これらのCG技術は恐ろしいほど発展し、実際の人物と見比べても遜色無い。
『ロッシャル帝国とサガ同盟……』
 CGとは思えないほどリアルに口を動かし、低くよくとおる声で『SHOT』が話しはじめる。
「……ちなみに音声パターンは、ジェイル帝王とジェダ代表をミックスさせて作り出してるみたいよ。無駄なことで才能使ってるわよねぇ」
 ミルカは終止呆れ顔だ。
 ネイとシリアはそれに同意するでもなく、黙ったままスクリーンを見続けている。
『〜両軍が殊勝な判断をしてくれることを切に願う』
 画面上のSHOTは、メールの内容をすべて言い終えた後にニヤリと笑った。
 それとともに画面がフェードアウトしていく。
「技術レベルはかなり高いわね」
 ネイの感想はその一言だけだった。シリアは何も言わず情報収集に戻っている。
「そのSHOTのファンサイト、チャットルームはある?」
「あるわよ。かなり賑わってるみたい。
 十室ほど用意されてるけど、どこも二十人以上はいるわ。ROM参加者を含めると嫌になるほどいるわね」
 ミルカは端末を操作しつつ、顔をしかめた。
「……そう……。それじゃちょっと揺さぶってみてくれない?
 GNサーバとPSのことを話題に出して」
「……なるほど、OK。引っ張り出してやるわ」
 ミルカはネイの指示通り手近なチャットルームに入った。ミルカが引っ張り出そうとしているのはSHOTだ。
 SHOTのようなクラッカーは、自分の行動が世間にどう見られているかを気にする傾向がある。ファンサイトのチャットルームにROM参加者(会話に参加せず、会話を見ているだけの参加者)として潜んでいる可能性が高いとネイは読んだのだ。
 ミルカはそれを理解し、引っ張り出すと言った。こういう仕事はミルカが一番得意である。

管理人:ネイネイさんが入室しました。

「ちょっと待って。ネイネイってなによ」
「まぁまぁ、気にしない気にしない」
 片方の眉毛をあげるネイの一言を笑顔でかわし、カタカタとキーボードを打ち続ける。

ネイネイ:こんにちはぁ皆さん。はじめしてネイネイでぇす。
ポテチ:こんにちはぁ〜。はじめましてぇ。>ネイネイさん
ヤッキー:こんにちは。>ネイネイさん

 参加メンバー全員が一気に挨拶を済ませ、チャットルームはいっきに「こんにちは」で埋め尽くされる。
 そのあとは、ミルカが入る前にしていたSHOTのCGの話題に戻った。

テム:ほんと、あのCGの出来はすごい! 実写かと思いましたよ。
ムーニン:あんな人が実在したら最高なんだけどなぁ☆
ノンノン:あの声も素敵ぃ。ジェダ様LOVE(はぁと)。
ポテチ:ノンノンさんってば親父好き?(笑)
チサチン:アチシもオヤジ大好きぃ。>ノンノンさん
ムーニン:わたしはジェイル様の方がいいなぁ☆
ノンノン:わたしジェイル様も好きぃ。
テム:ノンノンさん誰でもいいんですか(^^;

 くだらない会話が積み重なっていくのをただ黙って見ているミルカ。新参者が話題を振ってはいけない。さりげなく会話に乗らなければ変に思われてしまう。

ヤッキー:それにしてもすごいですよねぇ。どうやったらFDをごまかせるんでしょう?
ガウ:GNPはGNサーバ管理者だって言ってますけど。
ポンコ:違うでしょ。それは。
ネイネイ:そうですよね。動機がわかりませんし、文面があまりにも挑発的です。だからわたしは、GNサーバにセキュリティホールがあるんじゃないかなぁと思ってるんですよ。

 FDをごまかすという話題が出ると、ミルカは絶妙なタイミングで今のメッセージを入力した。

ムーニン:えー? GNってセキュリティホールがあるような複雑な作りじゃないんですよねぇ?
ヤッキー:そうですよ。GNサーバの通信制御は、余計な機能をいっさい持っていないんですよね?
テム:たとえ穴があってアドレスをごまかすスクリプトを送り込んだとしても、サーバはそれを実行できないでしょう。受けとったデータをチェックして送り込む以外能が無いんですから(笑)。

 先ほどのくだらない会話とはうって変わって、よく考えられた会話が飛び交う。こういう場所に集まって発言をするような人間は、ある程度の知識をもっているのがほとんどだ。
 中にはお祭り気分で話に入ってくる者もいるが、そういうのは大抵この手の話題になると発言が少なくなる。
「作成者が仕込んでおいた」
 会話の流れを見ていたネイがボソリとつぶやいた。
 その言葉に最初はギョッとしたミルカだが、すぐに納得したように頷いてチャットに発言を再開する。

ネイネイ:作成者が作り込んでいたとしたらどうでしょう?

 今まで止まることの無かった発言が数秒間止まった。それほどミルカの発言は重い意味を持っていた。

ヤッキー:……つまりGNを設立した、「GNサービス」が犯人だと?
テム:いや、それは考えられませんよ。自社システムのセキュリティホールを、みすみす露呈するような真似をするとは思えません。
 信じられないくらいの損失に繋がりますよ。
ガウ:いや……会社を辞めさせられた人間だったら考えられなくないですか?
ポンコ:なるほど。それだったら考えられないことじゃない。
ネイネイ:その可能性も高いですけど、戦時中に開発されたんですから、GPっていう可能性もありませんか?
ヤッキー:GP……。そうですね……GPという可能性もありますね。
ムーニン:あのぉ、GPって何でしょうか?
テム:GPについては……ガウさんがお詳しいですよ。
ガウ:どうしてそこで私にふるんですか(汗)
ノンノン:私もわからないんです。ガウさん教えてください。
ガウ:……わかりました。皆さん、ストレートフラッシュという映画はご存知ですよね?
ムーニン:知ってます。世界的に有名な映画ですし。高額な医療費で難病を治す、凄腕の無免許医のお話ですよね?
ノンノン:私も知ってますよ。あの映画大好きなんです。
ガウ:それなら話は早い。ストレートフラッシュのプログラマ版がGP(ゴーストプログラマ)です。
 要は企業から高額の金をとってプログラムを作る、凄腕のプログラマですよ。
 しかもデータのやり取りのみで、企業はプログラマのデータを一切入手できないという暗黙の規約がありました。
 もちろん危険です。
 しかし企業としてはそれでもGPに頼りたかった。GPに社員十人分の報酬を与えたとしても、普通の社員二十人分の働きをしているんですからね。社員十人を首にして、GPを使ったほうがどう考えても低コストだったんですよ。
 戦時中は資金難でしたので、多少危険でもGPを使ったんですね。
ポテチ:危ない匂いがプンプンしますね。
ガウ:そう、危ない……というか実際に大きな事件になりました。凄腕のプログラマっていうのはだいたいがクラッカーでしたので。
ヤッキー:じゃ、作ったプログラムにセキュリティホールを作ったり、ウィルスを入れ込んだりしてたわけですか。
ガウ:はい。それでもGPが衰えることはなかったんです。
 そういう行為を”仕込み”と言うんですけど、”仕込み”をするGPは数えるほどしかいませんでしたので。
ムーニン:だいたいわかりました。今もGPっているんですか? 今ってそんな話、噂にもでてきませんよね?
ガウ:今はいません。GNが普及し、完全に姿を眩ますことが不可能になってしまったからです。
 クラッカーは自分の面がわれるのをヨシとしませんから。
ネイネイ:でも、そのGN自体にその”仕込み”があったとしたら?

 再び発言が止まる。ミルカの発言の意味を参加者のほとんどが理解したからだ。
 もし、GNの開発にGPが加わっていたとして、FDを転送しなくても済むような”仕込み”がされていた場合。今回のようなメールを送ることができる。

管理人:ソースさんが入室しました。

 発言が止まったチャットルームに、新たな参加者が現れた。
「ビンゴ」
 親指を立ててウィンクをするミルカ。
「おそらくね」
 ネイは相変わらずだ。
 今のやり取りは、引っ張り出すのに成功したという意味だった。
 もちろん、今入室してきたの参加者が、『SHOT』である確証はない。しかし二人のカンは、この『ソース』という参加者が『SHOT』であると告げていた。 


 変わらない明るさ。変わらない匂い。
 彼はいつものようにカップやきそばで腹を満たし、ディスプレイに映るもので他のすべてを満たしていた。
「へへ……。おもしれぇ」
 独り言をつぶやき舌なめずりをする。昼食のカップやきそばのソースと青のりの味がした。
 彼は『SHOT』のファンサイトのチャットルームにアクセスしている。彼の興味を引く発言があったからだ。

ネイネイ:ソースさんは私の推理、どう思いますか?
ソース:悪くないと思いますよ。GNサーバ管理者を犯人扱いしているGNPなんかとは、比べ物にならないくらい鋭いです。
ノンノン:ネイネイさんって、探偵さんみたいですね。

「余計な発言するんじゃねぇよ。馬鹿が」
 彼は眉間にしわを寄せて毒づいた。

ネイネイ:ふふ、そんな堅気な商売じゃないですよ。>ノンノンさん
ムーニン:ええ? じゃあどんなお仕事を?

「そんな話はどうでもいいんだよっ!」
 ここで声を出してもチャットルームには届かない。それがわかっていて……いや、そうでなければ彼は声にだすことはない。
 そういう人間なのだ。彼は。

テム:でも、FDをごまかしてGNサーバが使えたとしても、基地を爆破するなんてことできるんでしょうか?
ガウ:コンピュータをハッキングして、自爆装置を起動させれば可能は可能ですけどね。
ポテチ:でもハッキングをするなら、PSを破らないと不可能ですよね。
ヤッキー:パーフェクトセキュリティという名は伊達じゃないですよ。そう簡単に敗れるとは到底思えません。

「ふふ、そうだ。そうなんだよ。PSは完璧なんだよ。誰にも破ることなんてできない」
 目をギラギラと輝かせてチャットルームを見守る。興奮して少し汗が滲み出ている彼の額は、ディスプレイの光を反射し、テラテラと光っていた。

ネイネイ:あそこまで自信があるんですから、破ることができると思いますよ。
ガウ:おそらくそうでしょうね。私の考えですが、PSがこれだけ長い時間破られなかったのは、GNサーバの恩恵だと思います。
 PSを破ったとしても、クラッキングができないから、PSを躍起になって破ろうという者が現れなかったんでしょう。

「何だぁこいつぁ? 生意気なこと言ってるんじゃねぇよ!
 ……ははぁん。さてはこいつクラッカーだな。そうだぁ、そうに違いない。GPのことに詳しかったのものそれが理由だなぁ。
 へっへっへっ」
 ディスプレイを怒鳴りつけたかと思えば、すぐさまニヤニヤと笑う。
 喜怒哀楽、すべての感情の波が激しい。

ネイネイ:それもあるとは思いますけど。でもそう簡単にPSが破れるとは思えません。
 ヤッキーさんの言う通り、パーフェクトの名前は伊達じゃないです。

「いいねぇ、いいねぇ。いいこと言うねぇ、ネイネイちゃん」
 彼はすっかりネイネイという発言者を気に入ってしまっている。
 彼は頭のいい人間が好きだった。逆に頭の悪い人間は虫ケラ以下に思っている。しかし、自分以上の能力を持っている人間は嫌いだった。

テム:ではPSも、GNに”仕込み”をしたGPが作ったと考えればどうでしょう?
ヤッキー:GNに”仕込み”をしたGPと、PSをつくったGPは同じ人物で、GNと同じようにPSに”仕込み”している。テムさんはそうお考えなのですか?
テム:はい、でももしこれが本当ならただ事じゃありませんよ。
ネイネイ:GNを掌握してるも同然ですからね。

「だろぉ? そうなんだよ。
 ただごとじゃないんだよ。
 嬉しいねぇ。そこまでわかってもらえるなんて。アホばっかりでガッカリしてたんだよ俺はっ!
 がぁっはっはっは」
 ネイネイの発言は、彼を上機嫌にさせていた。
 彼こそが『SHOT』。GNとPSに”仕込み”をすることに成功し、GNを掌握できうる力を持つ男。
 
テム:何か阻止する方法はないんでしょうか?
ヤッキー:このことをGNPに伝えるとか。
ネイネイ:おそらくそれは意味がないでしょう。あくまでこれは憶測に過ぎませんし、相手にしてもらえないと思います。
ソース:そうですよ。きっとそのくらい計算に入ってますよ。そうでなければ今回のような大胆な行動はできませんって。

 発言の少なかったソース……いや、SHOTが発言をし始める。
 別の人間としてSHOTを褒め称える。
 自画自賛という行為なのだが、SHOTはそれに気がついていない。
 今まで計算高くことの成り行きを見守っていたが、ネイネイの発言によってのおだてられ、のぼせあがり、気分が高揚してしまって冷静さを失っているようだ。

ネイネイ:大胆不敵ですよね。よっぽど自信あるんでしょう。
 実際GNPがこの事実を知り得たところでどうにかできるとは思えません。
 GNPはGNとPSの機能に頼りきっていますからね。
ポテチ:それこそが黒幕だっていうんですから……。
ネイネイ:それを作り、”仕込み”までしているSHOTはすごい人間ですよ。
 サガの運命を左右できるんですから。
 もしかすると本当の意味でサガを制しているのは、ロッシャルではなくSHOTなのかもしれません。

「あ〜はっはっはっはっ!
 そうだよ。その通りなんだよ。俺が本気を出せば世界そのものを変えられるんだよ」
 彼は最高の気分を味わっていた。ネイネイの発言にあることを証明しようとして今回の行動を起こしたのだから、のぼせ上るのも無理はない。

ソース:GNとPSを作り上げた時点で、彼はサガの支配者だったわけですね。

 だから彼は気づかなかった。
 自分がこのチャットの参加者の一人にのせられていることに。
 ソースとSHOTが同一人物だということに気がついている参加者がいることに。
 そして、GNとPSが事件の核であることを、今の発言をしてしまったことにより、その参加者に確信させてしまったことに……。
 仮想空間で交わされる会話は恐ろしい。
 相手の顔色が見えず、声色もわからない。現実で会話を交わすよりも、遥かに真意を隠して会話を交わすことができる。
 この性質を理解していない時点で、彼はGNを掌握しているとは言えないだろう。


−GNPはメールをブラフメールだと判断し、GNサ−バ管理者を逮捕した。
 管理者は容疑を否認しているが、GNの性質上それ以外考えられないという結論を出し……−

「バカ……」
 ネイは頭を乱暴に掻いた。
 これは問題のメールが届けられてから、二日後のGNPの動きを書いた記事だ。
 この二日間、ネイ、ミルカ、シリアの三人は作戦室に籠もり、GNサーバの情報収集とPSの解析に全力を注いでいたが、芳しい結果はでていなかった。
「ネイ。帝国の動きでヤバイ情報を掴んだわ」
 例のごとく機械のように情報収集をしていたシリアが、珍しく大き目の声で言う。
「……まさか」
 ネイが眉をひそめると、シリアは無表情で頷く。
「どうしたの?」
 二人の様子に気づき、ミルカが会話に入ってくる。
「……SHOTによって基地が爆破された場合、帝王は実力行使に出る意向みたいよ。さすがと言っていいかもね。確実すぎる処置だわ」
「え? え?」
 具体的ではないネイの言葉では、話がまったく見えていないミルカには理解できない。
「帝国は私たちと同じ推測をし始めたみたいなのよ。
 ……いい?
 どのGNサーバが使われたのかはわかっているわけよね」
「ええ」
「そのGNサーバと有線で繋げている人間のうち誰かが犯人」
「そうよね。私たちの推測だとそういうことになるわ。
 あのGNサーバと有線で繋がってるのはヒーランよね」
 ここまではミルカも充分すぎるほどわかっている。カーコのヒーランに犯人がいるというところまでを突き止めたのは、ミルカ自身だからだ。
「そ、だからそこに実力行使」
「……それって……」
 話の内容を掴んだミルカは、顔色を失った。
「そ、ヒーランごと犯人をドカーン」
 ネイは手で爆発を表すジェスチャーをして言った。
「そんなことしなくても、ヒーラン全域を強制調査とかすれば……」
「そうでもないのよ。
 まず、カーコは同盟についてるから帝国は手を出せないでしょ?
 同盟に助言するにしても、同盟が言うことを聞くとも限らない」
 ネイの指摘に思わず「あ‥…」と声を漏らすミルカ。
「それに、強制捜査なんて派手なことをしたら犯人はすぐに証拠を隠すと思うわ。相手は情報戦に長けてるもの」
「……だから、いきなりドカーンってわけ?
 でもそんなこと本当にやるかしら?」
 うーんと唸るミルカに対し、ネイははっきりと言い切る。
「あの帝王さんならやりかねないんじゃない?」
 テレビで見たジェイルを思い出すと、言葉を失ってしまった。
 やりかねないとミルカも判断したのだ。
 作戦室のスピーカが鳴ると、ナーバスになっていたミルカはビクリと反応した。
 悪い知らせは続くもの。そんな迷信が頭に浮かんだせいもある。
「ネイ。PSの解析が済んだみたいですよ」
 しかし、スピーカから響いたフェイルの声は、ミルカの悪い予感を拭い去るほど明るかった。


 ネイたち三人が作業中、フェイルはPSの解析に使ったマシンルームに閉じこもっていた。マシンの管理を任されていたのだ。
 任されたとは言っても、実際にフェイルがやることはほとんどない。マシンが正常に動いているかのチェックと、解析が終わったかどうかのチェックのみだ。それらはただモニターをチラチラと見るだけで済む。
 フェイルはこの二日間退屈で仕方がなかった。しかし、自分に与えられた役目を投げ出すわけにはいかないと、きちんと言われるままに続けていた。
「っちゃあぁ……。こりゃまずいわ」
 ミルカはPSの解析結果を見てすぐに、苦虫を噛んだような顔になった。
「あるスクリプトを送り込めば、潜ませたプログラムが走って簡単に相手のマシンに入り込める。このPS自体がマシンに入り込むサポートまでしてくれるみたい。間違いなく人為的に開けられ穴ね」
「そんなっ」
 フェイルは、ミルカの言葉に情けない声をあげる。
「PSはサガのあらゆるところで使われているんですよ?
 まずいじゃないですか!?」
「そのとおり。GNサーバをFDなしで扱え、あらゆるマシンをハッキングできる。
 脅迫通り、自分の爆破できる基地すべてを爆破させるというのが実行されたら……、ほとんどの基地がやられるわね」
 ネイの口調は淡々としているが、内容は恐ろしい。フェイルの顔色はみるみる青くなった。
「そんな、しかしなぜ……PSは四年以上も使われているんですよ? なぜ今まで誰も気がつかなかったんですか!?」
「隠し方が巧妙なのよ。多分出回ってるプログラム解析ツールじゃ到底見つけられないわ。
 ま、この子をごまかすことはできなかったみたいだけどね」
 そう言ってミルカは解析に使ったマシンの端末を優しく撫でる。
 出回っている解析ツールでは見つからない”仕込み”もすごいが、それを見つけることができたこのマシンもすごい。
「そうだ……、ずっと気になっていたんですよ。このマシン……なんなんですか?」
「ふふん♪
 これはネイに頼まれて私が開発した、プログラム解析用マシンよ」
「プログラム解析のためだけに造られたマシンなんですか?」
 ここ数十年、プログラム解析ツールは基本的にソフトウェアであるのが普通だ。汎用マシンに色々なソフトウェアを入れたほうが、スペース的にもコスト的にも安くつく。それだけのために作られたマシンなど、博物館にしかないかもしれない。
「そうよ。ソフトもハードもすべてプログラム解析をするためだけに設計してあるわ」
「すごい……でもなんでここまでのものを……」
 フェイルの考え方の方が普通だ。プログラムの解析のためだけにここまでの物を造っているほうが普通ではない。
「プログラムは人間が作るものだからよ」
 フェイルの質問に対する解答者が、ミルカからネイに変わる。
「え? どういう意味ですか?」
 フェイルは意味がわからず聞き返したが、ネイは答えなかった。
「で、これからどうするの?」
 会話が途切れたところで、ミルカが話を本題に戻す。
「そのスクリプトを使えば、犯人はわかる」
「え?どうやって……」
「ヒーランのGNサーバ利用者すべてにそのスクリプトを送り込むのよ」
 即答するネイの言葉に、ミルカはポンと手を打つ。
「なるほどぉ、ハッキングに失敗したマシンの所有者が犯人ってわけね!」
「そういうこと」
「ちょ、ちょっと待って下さい。ハッキングは重罪ですよっ?」
 先のプログラム解析マシンの話がまだ完結していなかったため、取り残されていたフェイルだが、話が危ない方向に進んでいたので黙って見てはいられない。
「なぁにを今更いい子ちゃんぶってんのよぉ」
 ミルカが片方の眉だけあげてフェイルを睨み付ける。
「……いえ、そういう訳じゃなくてですね。GNサーバを使わないとスクリプトは送り込めないわけですから、FDから僕たちがハッキングをした証拠が残ってしまいますよね?だとしたら捕まってしまうじゃないですか」
「……そ、それはっ……!」
 フェイルの言うことはもっともである。いくらSHOTを捕まえるためとは言え、犯罪行為は犯罪行為だ。ばれてしまえば罪に問われるのは必至。
「そのとおりね」
「む……」
 フェイルだけならば屁理屈をこねて怒鳴りつけるところだが、ネイが入ってきては反論できない。
「だからGNサーバのセキュリティホールも解析して、FDをごまかせる術を手にいれてから実行するのが一番なんだけど……。PSと違ってGNサーバシステムは手元にない。解析することなんてできないわ」
「じゃあどうするんですか?」
「要はFDを必要としない場所からスクリプトを送り込めばいいのよ。」
 また遠回しな言い方だったが、ミルカとフェイルはすぐにピンと来る。
「GNサーバ!」
「そ、どこでもいいからGNサーバを乗っ取ってそこからスクリプトを送る」
 GNサーバならアドレスをごまかしてスクリプトを送り込むことができる。だからこそGNPは、サーバ管理者を容疑者扱いしたのだから。
「でもGNサーバの警備は厳重です。そう簡単に乗っ取れるものでもないと思いますが……」
 フェイルの言う通り、GNサーバは重要な場所。容易に乗っ取れるものではない。
「簡単ではないけどできないことはない。どっかに乗っ取りやすいのがあるかもしれないし」
「お誂えなのがあるわよ。ネイ」
 そう発言したのは、今まで黙っていたシリアだ。いつものようにネイの考えを先読みし、的確に準備している。
「データはある?」
「作戦室に」
 作戦室の方を指さすシリアに、ネイはゆっくり頷いた。
「じゃ、十分後に作戦室に集合ってことで。
 みんな、いい?」
 ネイは気の張った状態でメンバーに指示を出す時、一人一人をしっかりと見据え、必ず同意を求める。
 この時、首を横に振るものはおそらくいない。その力強い口調、視線、表情がそうさせる。
 この人間の指示に従えば問題ないという気になる。
 彼女は強い。その強さが人を惹きつける。
「あ……、ネイ」
 マシンルームから出ていく途中、フェイルがネイを呼び止めた。
「何?」
「さっきの……人間が作るものだからって……」
 フェイルはどうしてもあの言葉が気にかかっていた。人間が作るものだからどうだというのだ。
「……このマシン名を調べてみるといいわ」
 少し考えてからそう言って、部屋を出ていくネイ。相変わらず素っ気無く、しかし心に響く声だった。
「マシン名って……」
 自分以外誰もいなくなった部屋で、端末を操作する。
「………………」
 マシン名はすぐにわかった。そしてネイのあの言葉の意味も理解できた。
 人間が作る物だから信用できない。いや……人間が作る物の前に、ネイは人間自体を信用していないのだ。
 ネイがミルカに依頼して造ったプログラム解析マシン。
 その名称は『人間不信』。
 皮肉の効いた、しかし笑えないその名称。それを知ったフェイルは、胸がギュッと締め付けられる痛みを感じた。



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