Not Friends

第7話 強き弱者

 暗く狭い部屋。彼はこの空間で何でもできると思っていた。
 光源はディスプレイと、マシンの所々にあるランプしかない。
 音はディスクの読み込み音。そしてマウスを動かす音、クリックする音。
 臭いはソースの香り。安く下品なソースの臭い。彼はこの臭いがからみついたソバを美味そうに啜っている。お気に入りのカップ焼きそばだ。
 先の音に、ソバを啜るズッズッという音が加わる。

 カタカタカタカタカタ!

 急に激しく鳴り響くキーボードを叩く音。
「へっ……へへ……」
 彼はニヤニヤと笑った。この空間で何でもできることを今証明しようとしているからだ。
 彼の操るマシンは一台では無い。5台のマシンを一人で使いこなしていた。彼は作業に一段落をつけると、世界情勢が過激に書かれているサイトに繋いでいたモニタに目を向ける。
『また戦争が始まる。何回過ちを繰り返しても気付くことの無い、帝国と同盟のアホ野郎ども。少しは学習能力が欲しいモンだ』
 その文章を見た彼はまたニヤニヤと笑う。
「まったくだ……。そのアホ野郎どもに思い知らせてやるぜ。
 力の使い方をな……。
 へっへへ……へぇっへっへっ……、はぁっはっはっはっはっ!」
 彼はさも愉快そうに大声で笑う。まるで世界をこの手にしているかのように豪快に。

 ズッズッ……。

 ひとしきり笑ったあと、彼は青のりの張り付いた唇を舌で拭い、また焼きそばを啜った。


「ぐぅ……!」
 フェイルは向かってくるプラズマを避けるため、ウィングバーニアを噴かす。
「避けの動作が大きい」
 確かにフェイルのモーリガンは、今のプラズマを避けるための動作としては若干無駄な動きをしていた。ただし、これはあくまでネイと比べてだ。一般の兵士がこれだけのことができれば、エースになれるほどいい動きと言える。
「はい!」
 モーリガン二機による戦闘、パイロットはネイとフェイルだ。ネイはハンデとしてビャッコとゲンブの魔石を減らしているが、それでもネイの方が優勢であった。
 ネイの駆るモーリガンは動きに無駄が無く、人間が操っているとは思えないほど正確な動きをしている。それでいて、機械にはマネできないようなトリッキーな動きも見せた。
 彼女は間違いなく、フェイルが知るSPパイロットの中で、最高の操縦テクニックを持っている。
 勝敗は2回続いたプラズマガンの銃声と共に決まった。
 一瞬のスキをつき、ネイがフェイルのモーリガンの頭に、三発のプラズマを叩き込んだのだ。
「はぁ〜……また負けてしまいました……。
 やっぱりすごいですね。ネイは」
 フェイルは深いため息と共にマニュを外し、コクピットのようなカプセル型の装置を出た。それとほぼ同時に、向かい合うように設置されている同型の装置からネイが出てくる。
「……でもこのシミュレータのAIもすごいんですよねぇ……。AIとは思えないほどパターンが豊富で予想がつかなくて。確かミルカが作ったんですよね?
 あ、リンから聞いたんですよ」
 一方的に話すフェイル。
 ネイは話に耳を傾けてはいるが、反応は示さない。
「驚きましたよ、ミルカがAI作成のエキスパートなんて……。
 でもこのAIもかなりのものですけど、やはりネイにはかないません」
「……………………」
 フェイルの誉め言葉に、ネイは沈黙をもって応える。
 ここ最近、ネイとフェイルはこのシミュレータを使ってよく模擬戦を行っている。このシミュレータはミルカとシリアが作ったもので、実戦に限りなく近い戦闘が行えるマシンだ。
 ネイはフェイルとの模擬戦をあまり断らない。今までネイは、ミルカかシュミレータのAI相手に訓練をしていたのだが、フェイルはミルカともAIとも違う動きをする。
 操縦技術自体はミルカの方が大きく勝っているのだが、同じ相手とばかり模擬戦を行っているよりも実力がつく。いくら基本技術が優れていても、所詮実戦は訓練ではない。どんなことが起こるかわからないものだ。多種多様な状況に、臨機応変に対応できる戦闘技術を持った人間が生き残れる。
 もっともネイほどの腕前ならば、よほどのことがない限り生き残ることができるだろうが。
 フェイルはネイの反応がいまいち良くないのにも関わらず、誉め続け話し掛け続ける。彼はお世辞ではなく本気でそう思っている。だからこそ反応が良くなくても話し続ける。相手を喜ばすためだけの言葉ではないのだ。
「どうしてそんなに強くなれるんですか?」
 ネイに対する思いをひとしきり話し終えた後、ポツリとつぶやくように言う。
 フェイルはネイの強さに憧れていた。
 自分にネイの強さがあったら。
 そう何度考えたかわからない。そんな気持ちから出てきた、何気ない質問。
 こんなものはほとんどが無視されていたので、今回もそうだと思っていた。だが、ネイはフェイルのほうに振り向き、こう言った。
「弱いからよ」
 弱いから強い。
 強さと弱さ。対義語であるその単語が同居するその一言。
 そのまま受け止めるのならば明らかにおかしい。しかし解釈によっては正しいとも言える。
 自分のことを強くないと思っている人間は、今よりもっと強くなろうとする。
 そういう意味だと解釈すればうなずくことができるし、このような解釈の仕方は、フェイルのような人間が好む前向きな解釈の仕方だ。
 この解釈の仕方は正しくもあり、間違ってもいる。
 ネイは自分のことを弱いと思っているから強くなろうとしているのは事実。しかし、それだけではない。
「そうですか」
 フェイルはその『しかし』を考えず、それで会話を完結させてしまう。そのため、このあと小さく漏らしたネイの独白を、聞き取ることができなかった。
「……どこまで強くなればいいのかしらね……」


 陸用シップ「NotFriends」はチェイを抜けカーコに入った。
 カーコはホートウの南端に位置する小国。人口は約二億人と多い。
 ホートウとは、チェイ国を中心とした周辺の数十カ国の名称。黄色人種が八割を占め、今一つ経済成長が良くないというのが特徴だ。
 しかし、著しい経済成長を遂げて、先進国と呼ばれるにふさわしい国が二つある。
 その一つこそがこのカーコだ。
 カーコは、然したる特徴のない国であったが、ロッシャル戦争時に急成長した。
 カーコは、別名『GNサーバ国』と呼ばれる。GNシステムのサーバが多数存在しているのが、その理由だ。
 GNとはグローバルネットワークシステム。ロッシャル戦争時に全世界に普及し、今現在も使われている。
 このGNが全世界に普及した理由は、戦闘形態が変わったためだ。
 SPが主力兵器であるロッシャル戦争時は、対レーダー弾などの強力なジャミング兵器が多用される。そのためロッシャル戦争以前に使われていた、電波による通信方法がほとんど機能しなくなってしまった。
 それに代わる通信技術として登場したのがGNだ。GNはジャミングの影響を受けにくい電磁波で通信を行う。当時では切望されていた通信方法で、軍はすぐに導入に踏み切った。しかし、その電磁波を生成する装置は、その性質上巨大なものになってしまい、それを設置するには大きな施設が必要であった。
 その施設がGNサーバであり、カーコにはそれが多く建設されているのである。
 カーコはロッシャル戦争の開戦当初、ロッシャル帝国に制圧され、GNの試験運用地区として利用された。
 これによりカーコは、GN技術のエキスパートが集まる国となる。そして、GN技術を管理運営することにより、戦時中、終戦後共に莫大な収益を上げ続けた。ロッシャルに早めに征服されたおかげで、先進国の仲間入りができたわけである。
 そのカーコは今、サガ同盟に組みしていた。開戦当初は中立を保とうとしたが、ロッシャル帝国に圧力をかけられたのだ。
 しかしカーコはそれに屈することはない。カーコ政府は自国の技術力と、それの重要性をよく理解していた。どちらに味方するも良し。ならば協力を強制する帝国よりも、サガ同盟に協力した方が多く収益を得られる。
 もし、サガ同盟が劣勢になったら、帝国に高い条件を出して協力してやればいいのだ。
 収益を上げ続けてきたこの国は、すっかり『商売上手』になってしまったと言えよう。
 だから戦時中の今にあっても、カーコは力のある豊かな国だった。
 しかし、そんな国がゆえの問題もある。豊かな国は貧困の緊張感が無く、緩やかに腐敗していく。
 退屈さと豊かさは人を歪め、その歪み方は戦場で戦う人間の歪み方とはまた違う。
 陰湿で、狡猾で、無神経で、冷酷で、不道徳で。そして何より、自分本意だ。
 カーコはそういった人間が生まれやすい国になっていた。
 GN技術の発展はそれに拍車をかける。今回の事件が良い例だろう。


「……まずいわね」
 ネイは作戦室のモニターの前で独りごちた。
「どうしたの?」
 そこに居合わせ、それぞれ違う理由でマシンを使っていたシリアとミルカはすぐさま反応を示す。
 普段は無口であるネイの独り言は、何かあった時のサインだ。
「これよ」
 ネイは今見ていたものをシリアたちのマシンに転送した。
 それを受けた二人は、今までしていた作業を中断して目を通し始める。
「何これ?」
 ネイが転送したのはニュースの記事だった。

− ○月×日。一通のGNメールが、全世界の主要機関に送られてきた。帝国の本拠地である、ロッシャル国の「カイザーズ」や、サガ同盟本拠地、アリム国の首都「シンリア」。そして各国の首相のいる機関。
 『ここに送れば、各国の首脳の目に触れる』というアドレスはすべて抑えられていた。
 内容はこうである。

『ロッシャル帝国とサガ同盟。双方に要求がある。その要求とは戦争を今すぐやめることだ。
 くだらないことをやるのはやめろ。
 人の命が失われる派手な喧嘩をしなければ気が済まないのか?
 動物じゃないんだ。話し合いで解決しろ。どうしても戦いたいんだったらスポーツでもカードでもなんでもいいだろ? 人間なら頭を使え猿が。
 一週間待つ。
 一週間以内に要求が聞き入れない場合は、帝国と同盟、両方の軍用基地を一つずつ破壊する。それでも要求が受け入れられない場合は、俺が破壊できる軍用基地すべてを破壊する。
 こういう場合、「これは脅しではない」とかなんとか言って、先に基地を爆破して力を見せ付けたりするものだが、俺はそんなことはしない。
 すべて穏便に済ませたいからな。
 本当に強い奴ってのは、こういう風に力を使うんだよ。少しは俺を見習え。
 では、両軍が殊勝な判断をしてくれることを切に願っている。

SHOT』

 ただのいたずら。内容だけならそうとれるメールだが、それで片づけられることはできない。
 なぜなら、送り主がわからないからだ。−

「……送り主がわからない?」
 ミルカがここまで読み終わったところで声をあげた。露骨に眉間にしわが寄っており、キレイな顔が台無しだ。
「どう思う?」
「やばい感じはするわね」
 ネイが意見を求めると、シリアはボソリと呟くようにして言った。相変わらず表情にも口調にも大きな動きはなかったが。
 送り主不明。GNにおいてそれはあり得ないことだ。
「GNってさぁ、今までのネットワークシステムと違ってセキュリティは完璧なんじゃないのぉ?」
 ニュースを読み進めつつミルカが言う。彼女の言うとおり、GNはセキュリティ面において完璧を誇っていた。
 GNでデータを転送するときはGNサーバを介さなければ不可能だ。そこがセキュリティを向上させる要因となっている。
 GNネットを利用するには、まず個人マシンをGNサーバと繋げなければならない。無線でデータのやりとりができるのはGNサーバどうしでだけ。『個人マシン−GNサーバ』間は完全な有線で、GNケーブルと呼ばれるケーブルで繋がれている。
 このケーブルはセキュリティ向上に一役買っていた。
 GNネットにデータを送る『上り』には特筆すべき規制はないが、その逆の『下り』はGNサーバで生成できる電磁波によるデータしか転送できない。
 GNサーバはかなり巨大な装置。おいそれと造れるものではない。つまりデータ転送を行うには、一度GNサーバにデータを送り、電磁波に変換しなければいけないわけだ。
 建物の警備でも、入り口が少なければ少ないほど守るのが容易である。GNはまさにそれで、GNサーバのセキュリティさえ固めてしまえばいいシステムになっている。
「らしいけどね」
「でもさぁ、GNを使ってアドレスをごまかすのって、かぁなり難しいと思うんだけどねぇ。どうしたって足がついちゃうでしょ?
 FDがくっついていない情報は問題外で弾かれるんだし」
 ミルカの言うFDとは通知元情報(FromData)のことを指す。通知元情報はどのラインを使ったかを示す情報で、GNサーバはそれを受けると、本当にその情報が正しいかどうか確認するための確認通知を行う。そしてそれに応答があった場合のみデータの転送を行うのだ。
 これによってほぼ確実に、どこから通知したかわかるようになっている。
「じゃ、このメールの送り主は?」
 今までモニタに向かっていたネイが、ミルカの方に体ごと向けて問う。その瞳はいつものように鋭く輝いている。
 ミルカは特殊な光線に打ち抜かれたような気持ちなった。
 意見を求めてきたときは同時に試されている。ここで的外れなことを言ったら、意見を求めた相手の自分への評価は下がってしまう。しかしその逆ならば評価は上がる。
 ネイに好意を持っているミルカとしては、是が非でもネイの満足する答えをしたかった。
「この記事によるとデタラメなFDがついていたのよね?
 だとすると……、考えられるのはGNサーバ管理者。サーバから直接データを送ることは可能だったはずだから、メチャクチャなアドレスをつけることも可能だろうし。
 ……とっ」
 ピピッ。
 答え終えると同時に新しいニュース記事がネイのマシンから転送される。
「妥当な線よね。GNPもサーバのシステム管理者を重要参考人として取り調べているらしいし」
 ネイが送ったデータは、GNPの捜査方針だった。GNPはGN警察。読んで字のごとく、GN系の事件を解決するべき結成された組織だ。
「あ……、発信元のGNサーバは割れてるんだ……」
 ミルカは今受け取ったデータを読み進めていく途中で呟く。
「じゃ、システム管理者って線は薄くなるわねぇ……」
 続けてうーんと唸る。
 足がつくのがわかっているのにも関わらず、あんな脅迫メールを送信するとは思えない。
「……GNサーバのシステム管理者じゃない。これはどっかのクラッカーの仕業だと思うわ」
 ミルカが新しい推測をしている最中で、シリアがズバリと答える。それを聞いたネイは満足そうに頷いた。
 ミルカはおもしろくない。
 ネイの今の表情は、本来ならば自分に向けられるはずだったのだ。トンビに油揚げをとられたような気分になる。
「じゃあ何? GNサーバのセキュリティが破られたって?
 そりゃ大変だわ」
 口調を荒げて、ツンとそっぽを向く。
「……そう。大変なのよ。GNサーバにできることが少ないのは知ってるでしょ? 受けたアドレスに通知を送る。送り返されたか認証する。認証されたらデータを送る。それ以外の機能は一切持ってないそうよ。GNサーバを直接触らない限りね。その低機能さゆえに、受けたデータによって何か特殊な処理をするなんてことは有り得ないはずなの。
 それが起こった」
 深刻な事態。眉間にしわを寄せているネイがそれを証明している。先ほどまでぶうぶう言っていたミルカも、黙ってそれを受け止めた。
「多分穴があるのよ。GNシステムに」
 決定的なその一言に喉がゴクリと鳴った。
 完璧をうたっていたGNシステムのセキュリティ。その完璧さ故に全世界に広まっていて、使用者は安心しきっている。そこにセキュリティホールがあったとしたら大事だ。
 部屋の空気が重くなる。
「ご飯できたよぉ」
 空気の重くなってしまった部屋に、絶妙なタイミングでリンの場違いな放送が入った。


 リンは昼食の献立が不満だった。
 食材をろくに仕入れることができなかったとは言え、すべて缶詰めとレトルトに少し手を加えただけのものというのは、NotFriendsの炊事担当としては遺憾なのであろう。
 それにジェイルが帝王になってから、フェイルはどことなく意気消沈している。リンとしては、せめて体力だけでもつけてもらいたい。
「……栄養のバランスが悪いなぁ」
 それに場所も場所だ。
 モニターや、リンには到底理解のできない機械やらがごろごろしていて、テーブルや椅子も金属。無機質で温かみがない。
「……しかたないのはわかってるけど……」
 口を尖らせてテーブルに昼食を並べていく。
 その途中、テーブルの中心に置かれた瓶詰めが目に入り、さらに口を尖らせた。
「ビタミン剤。カルシウム剤……。味気ないよ……」
 指でビシッと瓶詰めを弾く。あまり力は入れていなかったので、ユラユラと揺れるだけだった。
「仕方ないですよ」
「えっ?」
 ニコニコとした表情で部屋に入ってきたのはフェイル。
 リンは顔がカーっと赤くなるとともに、なぜかいつも見られたくないことをしている最中に現れるフェイルを少しだけ恨んだ。
「でもさぁ、そんな深刻な事態でもないんじゃないの?
 GNサーバに穴があったって。いたずらメールが流行るくらいよ」
「そうとも言いきれないわ」
 続いて、ネイ、ミルカ、シリアが会話をしながら現れる。といってもシリアは一言も喋っていないが。
 全員が揃ったところで、おのおのがだらだらと席につき、席につくと同時に食事が始まる。
「ごめんねネイ。量が少なくて」
「問題無いわ」
 ネイは『量が少ない』とはいい難い昼食を頬張りながら答えた。
 およそ他のメンバーの四倍はあろう。
「で……、そうとも言いきれないって?」
 なぜこんなに食べているのに太らないんだろうという僅かな疑問を抱きながら、ミルカが先の会話を再開させる。
「何の話ですか?」
「あんたには関係ないわよっ!」
 フェイルはいつものように会話に入ろうとするが、いつものようにミルカに噛み付かれた。
「関係ないことはないわ」
 口にたくさんものが入っているのにも関わらず、普通に言いのけるネイ。それに反応するのもミルカだ。
「なっ!? 何でよ!」
「だってそうでしょう?」
 確かに関係ないことはない。そうなのだが。
「……そういえば最近仲良いわよね。毎日二人で模擬戦なんかしちゃってさ」
 ミルカはネイほど理知的で冷静な考え方はできない。
 苛立ちと最近の不満を織り交ぜ、吐き捨てるように言う。
「え?」
 しかし、これに反応を示したのはネイでもフェイルでもない。リンだった。
 ここ最近、フェイルがリンの食事の支度を手伝いにくる回数が減った。その理由がネイにあるのだとすれば、フェイルに好意を抱いているリンの胸中は穏やかではない。
 それに気がついたミルカは、失言してしまったと後悔した。
「そうですかね。はははは」
 さらに追い討ちをかけるようにフェイルが嬉しそうに笑う。それを見たリンは目に見えて悲痛な表情になった。
「勘違いしてんじゃないわよ馬鹿っ! 模擬戦は色んな相手とやった方が実戦に役に立つからあんたともやってるだけよっ!」
 ミルカはリンの心情に気がつかないフェイルを怒鳴りつける。
 リンもフェイルも驚いたように目を見開き、フェイルはまた「ははは、そうですよね」と照れ笑いを浮かべ、リンは幾分かホッとしたような表情を見せた。
「それがわかってるのに、さっきはなんであんなことを言ったんだか」
「う……」
 そこでネイの一言。ミルカは例のごとく何も言えなくなる。
「……私たちが話していたのはこの事件について」
 ミルカが黙ったところで話を唐突に元に戻す。フェイルはその切り替えについていけなかったが、部屋に備え付けられていたモニターに問題の記事が映ったため、否応無く頭が切り替えられた。
 モニターの操作は、いつのまにか携帯端末を取り出していたシリアが行っている。
「差出人不明のメールですか」
 フェイルが読み進む速度で、画面がスクロールしていく。
「……あんたは誰の仕業だと思う?」
 フェイルが一通り読み終えたのを見計らってネイが聞いた。
「GNサーバ管理者、もしくはその関係者としか考えられないと思います。GNのセキュリティは完璧です」
「なんでそう言いきれるのよ? それにもし仮に管理者や関係者が犯人だとしたら動機は?」
 その答えを聞いたミルカは、さっきの自分を棚に上げてきつく問いただす。
「……それは……メールの文面にある通り、終戦を希望して」
「いまいち現実味にかけるわね」
 ふぅ……とため息をついて一言。さっきのストレスを解消しているかのように意地が悪い。
「その可能性もなきにしもあらずだけどね。
 だけどやるのならもう少しましなやり方をすると思うわ。だから犯人はクラッカーだと踏んでるの。」
「そんな馬鹿な。GN上で、個人マシンを使ってそんなことができるはずがないですよ」
 一端の知識を持っているフェイルはすぐさま否定した。
「……そうかしらね。完璧なものなど存在しない。
 GNにもセキュリティホールがあるのかもしれない」
 しかし、フェイルの否定の言葉をものともしないネイの目を見ると、それが否定できないもののような気がしてくる。
「でも……たとえそうだとしても、この脅迫文にあるようなことができるとは思えません。
 まさかPSにもセキュリティホールがあるなんてことは……」
 PS(パーフェクトセキュリティ)。
 ロッシャル戦争終戦間際にシレーテッド社から発売されたパッケージソフト。
 ウィルス、ハッキングを完璧に駆除、ブロックすることができるソフトとして一世を風靡した。
 その勢いはとどまることを知らず、今では『PSをインストールしていないマシンは無い』と言われるほどの、圧倒的なシェアを誇っている。
「……PSね。どうも胡散臭いのよね。アレ」
「胡散臭いですか?」
 聞き返すフェイルに、ネイは何も答えず考え込む。
「……ミルカ。PSを解析できる?」
「え? うん。多分ね。
 結構時間かかるだろうけど。あの子を使えば……、まぁ早くて二日くらいかな」
「悪いけどお願いできる?」
「え、いいけどさ。どうしたのネイ?
 仕事じゃないのに随分執心してるじゃない」
 ネイは世界事情に興味を示さないわけではないが、仕事でなければ自分が何か手を出すようなことはない。
 今までのネイを知るミルカにとって、今日のネイは『ネイらしく』なかった。
「あのメール。ただのブラフとは思えない。多分送信者はよほどの自信があるのよ。
 GNサーバだけでなく、PSも対処できなければあそこまで高慢なメールは書けないと思うわ。
 そしてこの二つを対処できるとしたら、GN全てを掌握できる。
 基地の自爆装置を作動させることも造作無いはずよ。
 GNを掌握するすなわち、世界を手にしたようなもの。下手すりゃこのクラッカーに世界を乗っ取られるわ」
「そんなっ! そんなこと許されるはずがないっ! 世界の危機じゃないですかっ! なんとかしなきゃ!」
 ネイの言葉を聞いたフェイルが、顔を真っ青にさせて言う。
「ネ、ネイ?」
 ミルカは、フェイルとは別の意味で顔色を失っていた。
 世界の危機を救う。
 フェイルならわかるが、ミルカの知るネイはそんな正義感で動く女ではない。
「……そうだ。このことをGNPに訴えて!」
「おそらく信用されないわ。GNPが本格的に動くのは多分、双方の基地が一つずつ爆破されてから」
 冷や汗を浮かべるフェイルに無表情のままで推測を続けるネイ。
「そんな馬鹿なっ!」
「信用できないなら、そういう事件をまとめたデータベースを見せてあげるわ」
 そしていつものように何も言えなくなるフェイル。思い当たる事件が自分の頭の中にも多数存在したからだ。
「……確証はなくて悪いんだけど……。もし、この推測が正しいのなら、このクラッカーが実力行使に出る前になんとかしたい。
 金が出るわけじゃないけど……。協力してくれない?」
「もちろんですっ!」
 即座に力強く同意するフェイル。続いてシリアが僅かだが頷く。
「え、あ、な、なんだかよくわからなかったけど……、私ができることなら協力するよ」
 最初から話がまったく見えていなかったリンは、みんなの顔色をキョロキョロと見まわしながら同意する。
 残るミルカだが、ずっとネイを見つめていて何も言わない。
「……一つ聞いていい?」
「ええ」
 ネイは睨むような視線を向けるミルカを、正面から見据えて頷く。
「今回、この事件に首を突っ込む理由は?」
 ミルカは納得がいかなかった。いくら惚れこんでいるネイの頼みでも、自分が納得しなければ力を貸す気にはなれないのがミルカという女だ。
 フェイルを仲間に入れるのを受け止めたのも、自分が何らかの形で納得できたからだ。
「……この『SHOT』ってヤツが気に入らないからよ」
 あまりにも自然に口にしたその理由。
 それはあまりに単純でわかりやすいものだった。
「あっはっはっはっはっ!
 OKOK!
 私もこういうネクラなヤツ、気に入らないしねぇ♪」
 自分勝手で軽率とも言える『気に入らない』という理由は、ネイの感情の産物。
 理知的で合理的なネイがたまに見せるこういう感情が、ミルカはたまらなく好きだった。
 何だかよくわからないまま、つられて笑うフェイルとリン。
 今までの話の内容は理解できなかったが、リンは嬉しかった。その日の昼食は冷め切ってしまったが、なぜだか暖かく感じたからだ。


 先進国だというのに、カーコの街は人通りが少ない。車はそれなりに走っているが、歩行者は数えるほどしかいなかった。
 いわゆるオフィス街とも違う、風俗店でもないのに悪趣味なほどギラギラと輝いている看板だけが賑わう町並みは、どこか不気味だ。
 そんな場所で、逆立った青い髪に優しい瞳を持つ青年と、三つ編み少女の二人組みは目立ってしょうがない。
「あんまり人がいないんですね」
 居心地の悪さを感じ始めていたリンは、心細そうにフェイルに声をかける。
「カーコの人は外出することが滅多に無いって言いますからね。『桃源郷』のショッピングサイトで、外出せずにどんなものでも手に入りますし」
 フェイルは町並みをキョロキョロと見まわして言った。
 英才教育を受けていただけあって、どの国がどのような生活体系なのかは把握している。ただ、資料で見ているだけなので、知っているだけだ。
 わかっているわけではない。
「『桃源郷』って……何ですか?」
 リンは初めて聞く言葉だった。
「GN最大のサイトのことですよ」
「サイトって、ホームページですよね?」
「うん。カーコの人は『桃源郷は、GN上に作り上げられた一つの世界だ』なんてことを言う人もいるんですよ。
 『およそ現実世界でできることは、すべてディスプレイの中で展開させてみせる』なんて、カーコ政府は自信を持って言ってます。
 確かに旧時代のサイトや、他国のサイトとは比べ物にならないほど完成されていますし、情報収集。希少商品の入手なんかはお手のもの。
 他にも結婚式や葬式も、このサイト上で行ってるんですよ」
 まるで教科書を読んでいるかのようにすらすらと解説をする。
「結婚式やお葬式まで?
 ……でも、それって画面上で行われるだけなんですよね。
 なんだか……ちょっと」
「僕も違和感がありますよ。
 でもGNに小さいころから慣れ親しんでいれば平気なんですって」
「……そうなんですか?
 私はやっぱりいやだなぁ。
 なんだか味気ないです」
 言ってすぐに、テーブルに置いてあったビタミン剤やカルシウム剤が思い浮かぶ。食べるというよりも、摂取すると言ったほうがいいような、合理的な食事。
 体の方は満足しても精神の方は満足しない。
「そうですね。
 ……あ、ここじゃないですか?」
 フェイルはリンの言葉に頷いてから、数十メートル先の建物を指差した。
 他の建物とは明らかに違うそこは、発展前のカーコをイメージして造られたのだろう。
「街にデパートが一つしかないなんて……」
「カーコの人はGNで買い物は済ませてしまいますからね」
「そういうのを利用するのもいいんですけど、やっぱり実際に手にとって、自分の目で見て買い物はしたいです。
 特に食材は。
 あ、今日はお野菜が安い日みたいですよっ」
 顔をほころばせつつ小走りでデパートへ駆けていくリン。そんな少女の後ろ姿を見たフェイルは、このデパートの名前が忌まわしく思えた。
『時代遅れ』
 それがこのデパートの名前だ。このデパートは、食材の買出しをしたいと言ったリンのために、桃源郷で検索をかけたのだが、そのコメントはひどいものだった。
『老人や時代の流れに乗れない人間の溜まり場』。
「どうしたんですかー?」
 そんなことを考えているうちに、すでに入り口付近に付いているリンが手を振ってフェイルを呼ぶ。
「……そんなことない。
 この国が少しおかしいんだ」
 フェイルは誰にでもなくそう言って、リンのもとへ走っていった。




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