Not Friends

第6話 蠢く世界

 世界。これがいったい何であるか?
 これに明確に答えられる人間はそうはいないであろう。

 世界、それは宇宙全体であったり、地球全体であったりする。だからここでは世界を、生きている人間が生存できる場所と限定させてもらうことにする。
 しかし、範囲を絞ったとしてもその範囲は膨大である。そして、世界をこのように定義付けたとしても、世界は一つではないといえる。
 それぞれの人間がそれぞれの世界を持っているのだから。
 同じモノを触れたとしも、聞いたとしも、見たとしても、感じ方は千差万別。同じモノだと表現してしまったのだが、これは本当に同じモノだといえるのだろうか。同じモノだと定義するものは何だと訊かれても、非の打ち所の無い答えと言うのは出ないはずだ。
 だから同じモノと表現されるモノも、それは人の数だけ存在しているのではないだろうか。
 しかしこれは哲学での理論であって、実際は同じモノを本当に同じモノだと表現し、そして納得している。そうでなければこの世界の動き方は説明がつかないだろう。
 様々な人間が動くことで、一つのこの世界が動いているのだから。
 多くの人間が動くことで、動くこの世界。いや世界は動いているのではなく、蠢いていると表現したほうが的確なのかもしれない。世界は人間という幾億の触手によって動いている虫のように不気味なもの。少なくても今のサガは、そう表現してもおかしくないのだから。


 この世界、サガは60パーセント以上が海であり、人が生活できる陸は、七つの大陸と大小様々な多くの島から成る。
 七つの大陸の内、もっとも大きな大陸はレイツ大陸と呼ばれ、赤道より北に存在しており、場所によって様々な気候が見られ、様々な風土が存在する。そこにはロッシャル帝国、五つ国の連合のオーベ、チェイ等がある。
 二番目に大きな大陸がトイラ大陸。ここもレイツ大陸と同じような大陸で、様々な気候が見られる。そこにはかつての事実上サガの覇権を握っていたとも言えるアリムがある。アリムの北方にはガリエがあり、国はこの二つだけだが、二つとも面積は小国の十倍以上はある。
 レイツ大陸の南方にあるのがラージ大陸。そこのほとんどは砂漠で、国は二十以上存在する。そしてトイラ大陸の南方にはベコナ大陸があり、そこはほとんどが密林。国はラージ大陸と同じく、二十以上存在する。
 最後に、ラージとベコナに挟まれるように存在しているのがライクス大陸。大陸といってもそこは一つの国で、大きな島国と表現してもいい。気候は安定していて、ベコナやラージとは比べものにならないほど過ごしやすい。他にはムーンやネシール等の大小様々な島国があり、それと人が生活するのに適さない北極大陸と南極大陸がある。
 と、細かく挙げていけばキリが無い。五十億人以上もの人間がそこで生活しているのだから、複雑になるのも無理はないのかもしれないが。そして争いが起こるのもまた仕方のないことなのかもしれない。
 多くの国があり、多くの人間が生き、大小様々な多くの動きがあるサガ。
 今回はその複雑に蠢く世界を、様々な視点から見ていこう。


帝国暦1年 5月25日 サガ同盟拠点 アリム国首都シンリア


 整髪剤によってガッチリと固められた、オールバックの茶色がかった黒髪。太めの眉毛と細く吊り上がった目が特徴的な、少し皺の刻まれている凛凛しい顔立ち。硬い素材を使っている軍服。
 ジェダ・シャウェイ。
 サガ同盟代表者は少しの隙も感じさせない。
 彼は全世界放送を乗っ取り、全世界に向けて反帝国の意志を表明しようと、シンリアの放送局にいた。詰め襟を正し、何度目かの深呼吸をする。
「代表、放送の準備が整ったようです」
 そんな彼の耳に、始まりの合図を報せる言葉が届く。
 そう、すべてはここから始まる。彼は心の中でそう呟き、報告にきた側近のレイルに「始めてくれ」と低い声で言って、目を閉じる。
 そしてその三秒後、サガすべての放送機関は彼専用のものになった。
「サガに生きるすべての皆さん。突然のご無礼、お許しいただきたい」
 ゆっくりと目を開き、落ち着いた声で語り始める。
「私の名前はジェダ・シャウェイ。今日この場にこのような形で現われたのには訳があるのです。
 今、世界を間違った方向に進ませようとしている存在がいるのは皆さんご存じのことでしょう。
 この世界を手にしていると思い込んでいる滑稽な人間。
 ロッシャル帝国帝王、ジェイル・ロッシャル・カイザーズのことです」
 この時彼は、公共の場で絶対的な支配者に対する暴言を口にした最初の存在になった。
 彼を含めた多くの支配された人間が、抑えこんできた反抗の意志。それを全世界放送という大きな舞台で具現化する彼に、共感、好感を覚えた人間は少なくないだろう。
 2年という間、支配という縄で縛られ続け、さらに今、その縄を強められようとしている。この状況を打破したいと望みながら、それを実行に移すだけの行動力も実力もない人間たちは、彼の登場を間違いなく喜んでいるはずだ。
 ジェダはまさにそこをついた。今ならば、ロッシャル帝国を打ち滅ばせる。
 彼は全世界への言葉を紡ぎながら。そんな想いで胸を熱くさせていた。
「我々の生きる愛すべき星、サガの名を、自分の力を誇示するために自国の名前に変えようなどという、正気とは思えないことをするような人間に、この世界を任せていいものでしょうか?
 ……いいえ。いいはずがありません!」
 ドン。
 語気を荒げるとともに、机に拳を叩きつけて大袈裟な音を響かせ、一時言葉を止めて静寂をつくる。意識をこちらに向かせるための初歩的な技だ。そして視聴者の意識がこちらに向かっているだろうと思われる絶妙なタイミングで再び口を開いた。
「だから私、ジェダ・シャウェイは、サガ同盟の代表者として立ち上がったのです!
 サガ同盟とはその名の通り、真にサガを愛するもの達が集まってつくられた同盟であります。
 我らサガ同盟は、国籍、人種、階級、信仰、そんなものを越え、我らのこの星、サガを愛している人間ならば誰でも受け入れます!
 我々の愛すべき星、サガを生きる皆さん! 立ち上がってください! そしてサガを間違った方向に進ませようとしている諸悪の根源。ロッシャル帝国を討ち滅ぼしましょう! そして、サガを真の平和へと導くのです!」
 用意していたテキストをすべて読み終えたジェダ・シャウェイは、独特の緊張感と、大きなことを成し遂げたという達成感によって、心身とも熱くなっていた。
 本来ならば一息つきたいところだが、まだ自分の姿が全世界に放映されているために、気を緩められない。
「全世界へのアクセスを終了しました」
「代表! すばらしい演説でした!」
「これなら帝国に対する力を得られそうです」
 パチパチパチパチパチ……。
 放送が終わったという合図と共に、自分を称賛する声と拍手が彼の耳を心地よく刺激する。
「フ……」
 ジェダは満足気な笑みを浮かべながら立ち上がると、すぐさま表情を堅くする。
「すべては始まったばかりだ。
 ……レイル!
 サガ同盟に加わる意志のある国、団体を調べろ。そして見つけしだい、会談を設けるのだ」
「はい。わかりました」
 ジェダの命をうけたレイルはすぐに行動に移す。
「そう、すべてはこれからだ」
 自分より随分若いにも関わらず、迅速かつ適切な働きをするレイルの辣腕ぶりを横目で見ながら、ジェダは自分に言い聞かせるように独白した。
 サガ同盟。ロッシャル帝国に反抗する勢力が動きだしたこの日。誰もが戦争が始まることを確信した。



同年 6月1日 ロッシャル帝国 カイザーズ城内


 帝国の軍服に身を包んだ初老の男が、玉座に座っているジェイルに対して跪く。
「ジェイル様。ガリエ、アリム、アッザム諸国に加えて、チェイ国、オーベ連合のレンチ、ライン、ベイルがサガ同盟に加盟したようです」
 初老の男。ジェイルの側近のテルガが玉座に座っているジェイルに対して、サガ同盟の動きを報告する。
「……そうか。引き続き、サガ同盟の動きを調査し、随時報告しろ」
 ジェイルはどっしりと玉座に座ったままで、次の指示を出す。それを聞いたテルガは、納得できないような表情を浮かべる。
「どうした? まだ何かあるのか?」
 テルガは、自分が下を向いていたにも関わらず、表情を読み取られていたことに驚きながらも、自分の中にあったわだかまりを遠慮がちに言葉にする。
「ジェイル様。まだこちらからは動かないのですか?」
 彼は不安だった。
 サガ同盟が動きだしたあの日から、帝国はサガ同盟に対して何もしていない。その間に、サガ同盟は着々と力をつけていた。特に今回加盟したチェイや、オーベ連合の三国はかなり国力があり、敵には回したくない存在だった。彼が不安を覚えるのも無理はない。
「言いたいことはわかるが私から動くつもりはない。弱者が強者に挑戦するのが世の中の常だ。
 強者である我々はどっしりと構えれば良い」
「しかしながらジェイル様!
 チェイはともかく、オーベ連合の軍事力は侮れないものがあります。ぜひご検討を!」
 ジェイルが自分の要求を受け入れるつもりをないとわかったテルガは、必死に食い下がるように言う。そんなテルガを前にしても、表情も姿勢も変えないジェイル。
「ご検討をお願いします!」
「テルガ。ただ単純に勝つことが目的ならば、おまえの言うとおりサガ同盟は早めに潰しておくのが得策だろう。
 しかしこれは我が理想を叶えるための戦いだ。今は敵対する勢力を明確にすること。そして我らの力をわからせることが重要なのだ」
 もう一度強く言うテルガに対し、ジェイルは毅然とした態度を崩さぬまま諭すように言った。
 それを聞いたテルガは、夢から覚めたように目を見開き、再び頭を深々と下げる。
「申し訳ございませんジェイル様! 少し歳をとりすぎたせいか弱気になっていたようです。私は目先のことだけを考え、我らの崇高なる目的を忘れていました。ジェイル様の気も知らずに出すぎたことを……どのような処罰も受ける所存であります!」
「……テルガよ。頭を上げろ。おまえの私に対する忠誠心はよくわかっている。それゆえのことだろう?
 ……これからも自分の意志を率直に伝える人間であってくれ。おまえの意見によって私が助けられることもあろう」
 テルガは荘厳な声色での慈悲深い言葉に、もう一度深く頭を下げずにはいられなかった。
「こんな老いぼれに勿体のないお言葉。
 このテルガ! これまで以上の忠義をもって、ジェイル様に一生お支え致します」
「ああ、頼むぞテルガ」
 帝王の名は伊達ではない。
 彼の言葉は、人を奮い立たせ、優秀な兵士を魅了することができる。
 もちろん、彼が帝王だからだという理由だけで人が従うわけではない。強い意志、それを担う能力。かといって人の話を聞かないような頭の堅い人間ではなく、部下の意見を聞き入れることのできる柔軟さを持っている。
 加えて見惚れてしまうような容姿。彼自身の魅力が帝王という地位を絶対的なものにし、人を惹きつけるのだ。
「ジェ、ジェイル様!」
 そんな彼の魅力は兵士だけではなく、異性を惹きつけるのにも充分すぎるほどのものがある。
 遠慮がちに王室に入ってきた彼女も、彼の魅力に心酔している一人だ。
「シータか……。どうした?」
「は、はい。あ、あの!」
 シータと呼ばれたこの女、年令は十七歳。貴族の人間でも、特別に容姿がいいというわけでも、能力があるという訳でもない。ごく普通の少女。つまり一般人に過ぎない。そんな少女がこの場にいることなど、普通は考えられないのだが、彼女は帝王に面会することを許されている特別な一般人であった。
「実戦にも使える私のSPが完成したんです。
 ですから、何かあれば私も戦えます!」
 シータは真っ赤な顔でジェイルをチラチラと見ながら、慣れない敬語を使って必死に喋る。
「そうか……。ちょうどいい。おまえにやってほしいことがある」
 シータの申し出に少し考えてから答えるジェイル。
「は、はい!
 何なりとお申し付け下さい。ジェイル様のためなら私、何でもします!」
 シータはジェイルの言葉に過剰な反応をして、軍人のようにビシッと背筋を伸ばした。もちろんまだあどけなさが残る少女でしかないため、格好はついていない。
「NotFriendsという賞金稼ぎチームを捜しだし壊滅させろ」
「NotFriends?」
 聞き馴れない単語を耳にしたシータはオウム返しに聞き返す。
「そうだ。ただし奴らはもうこの国を出ていて、今何処にいるのかはわからん。それを捜しだすのは容易なことではないだろう。さらに戦闘能力は並外れたものがあるらしい。
 ……大変な仕事だ。やってくれるか?」
「もちろんです!
 私、ジェイル様のためならどんなに大変なことでもします!」
 憂いの表情を浮かべつつジェイルが命じたことを、シータは意味もとらえないまま即座に受け入れる。
 敬愛してやまないジェイルの命令だ。断る理由はない。
「ああ、任せたぞシータ」
 任せる。
 その言葉を耳にしたシータの胸は、心の底から込み上がる熱いもので一杯になった。
「は、はい!!
 早速そのチームを捜しだして壊滅させてみせます!」
 シータは自分に出せるかぎりの大声を張り上げ、足早に王室を出ていった。彼女にとって、ジェイルのために何かするのことは最高の幸せ。
 シータにとってジェイルは絶対的な存在。彼女のなかではジェイルは神のような人間であった。だからジェイルの言葉は絶対で、冗談ではなく、死ねと言われれば躊躇いなく自分の喉元を刃物で突くだろう。
 そこまでシータはジェイルに心酔しているのだ。
 もちろんジェイルはそんな彼女に特別な感情を抱くことはない。彼とってシータは、一人の部下に過ぎないのだから。
 そんなジェイルも特別な感情を抱いている人間が二人だけいる。一人はジェイルの祖父にあたる初代帝王ダグス。そしてもう一人は、双子の兄であるフェイルである。
「フェイル……。早く出てこい」
 ジェイルは誰もいなくなった王室の中で、少し口元を緩めながら呟いた。
 フェイルがNotFriendsにいることを、ジェイルはNotFriendsと交戦した暗殺部隊の報告から感付いていた。しかしジェイルはフェイルを確実に仕留める策をとることをしない。彼の目的がフェイルを殺すことではなかったからだ。
「こんな敵では役不足だ……」
 帝王は部下から受け取っていたサガ同盟の戦力情報を見ると、吐き捨てるように言った。
 フェイルを生かし、強敵として目の前に現れることを求める。彼は何を望んでこの戦いを始めたのだろうか?
 それはきっと彼にしかわからないことだろう。



同年 6月2日 チェイ国 陸用シップ『NotFriends』休憩室


「こんなところでティータイムなんてイヤよねぇ……」
 ミルカは機械的な休憩室で紅茶を一口飲んでから、チョコチップクッキーを口の中に放り込む。
「確かにそうだよね。
 この部屋、ダイニングに比べるとどうしても冷たい感じがするもん。
 オーブンも前よりも性能が低いから、クッキーもいまいちうまく焼き上がってないし……」
 テーブルの向かいに座っていたリンがホットチョコレートを飲みながらうんうんと頷く。
「充分美味しいですよ、リン」
 リンの隣に座っていたフェイルがクッキーを咀嚼しながら言った。
「あんたねぇ……料理に妥協は禁物なのよ!
 より美味しいものを求めてこそ料理の腕は上がるの!」
「は、はぁ……すいません」
 ミルカに強い口調で言われたフェイルは、申し訳なさそうに謝ってからカフェオレをストローで啜った。
「……本当にまた始まるんだね……戦争……」
 突如独白のようにリンが言う。ほのぼのした雰囲気がその一言によって一気に引き締まった。
 その言葉にミルカもフェイルも答えようとしない。うまい言葉が見つからなかったのだ。
「どんどん生活が変わっちゃって……。
 どうなるのかな……私たち……」
 リンの手に持っているカップが小刻みに震えていた。今まであったものが無くなったことを実感するとともに生まれる不安。
「大丈夫ですよ。きっと……」
 フェイルは何の根拠もないその言葉に口にしたとき、自分の中にも大きな不安が募っていることに気がついた。

 ネイたちはロディのいるアリムに向かってシップを走らせている。彼女達の目標はサガ同盟と接触すること。
 少なくとも自分達に敵意を持っていないサガ同盟に接触し、情報を得るためだ。
 今の彼女たちに明確な目標は無い。ただ生きるためだけにシップを走らせている。いや、ただ生きるためというのは、これ以上無い明確な目標だと言えるかもしれない。
 沈黙に包まれている休憩室に機械音が起こる。放送が流れる前の音だ。
「みんな、司令室に集まって……とうとう始まるらしいわよ」
 スピーカから流れるネイのその声に、三人の顔がさらに強張った。




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