Not Friends

第5話 戦乱の足音

 歴史の中で戦争と呼ばれる事象は数えきれないほど多い。
 戦争とは、特に、国家が自己の意志を貫くために行う、他国家との武力闘争を示すのだが、それはつまり大規模な争い、多くの命が奪われる争いを示すのだろう。
 その戦争はだいたいが略奪する側と略奪される側に別れる。国という大規模な組織が、ほかの国の領土等を略奪するために軍を動かし、その対象となった国はそれを防ぐために戦う。略奪する側が悪とされるのが普通であるが、そもそも領土というものがどのようなものかということを考えると、一概にはそうとも言えないのかもしれない。
 領土、つまりこの国家の領域を構成する部分。サガの一部分を、国という組織が所持しているとされる場所である。その国はその権利をいつ手に入れたのであろうか?
 そしてその権利をどのようにして手に入れたのであろうか?
 それは権利という言葉を生み出し、それをその国がそうだと決めただけなのであろう。
 それ以前に、国という一つの集団となるまでにも数えきれないほどの争いが起こったのは間違いない。
 奪い合いによって争い、多くの命を失い、そして様々な形でまとまって……。
 そんなことを繰り返して国というものができた。それを考えると、国と国が争うのは、必然的であると言えるかもしれない。
 そうであるからこそ世界大戦と言われる、世界の半分以上が戦場と化す大規模な戦争も行なわれたのだ。
 しかし人類は学習する生物らしい。二回目の世界大戦が終わった頃、ある哲学者がこんなことを言った。
『戦争は皿によそったスープを奪い合うようなものだ。スープの皿を持った相手から、皿を無理やり奪おうとすればスープは零れてしまい、奪えたとしても手に入るスープは少ない。さらにそのスープの皿を奪い返そうとすれば、さらにスープは零れる。いずれは皿自体が壊れてしまう可能性だってある。このような行為を繰り返すのは、愚かしいとしか言いようがないのではないか?』
 人類の多くがそれに近いことを考え、それを防ごうとするために努力をしたらしい時代があった。
 『平和』と表現されるその時代。その時代は国という存在がある程度固まった時代でもある。争いが起こらないがゆえ、この国はこれだけの領土を持っているということが明確になってきたのだ。
 その頃も小さな紛争は絶えなかったが、歴史の中で最も大規模と言われる、世界大戦レベルの戦争はしばらく起こらなかっし、大半の国は『平和』であったので、人類の努力が成功を収めた、いや成功しようとしていた時代だったのだ。
 80年続いた平和な時間は『黄金の80年』とも呼ばれたが、人類の歴史から見れば本当に短い期間しか続かなかった。
 そしてその80年の平和にピリオドを打ったのが、初代ロッシャル帝王ダグスなのだ。

 現在帝国暦一年。80年とまではいかないが、終戦後の2年間は『平和』であるとされている。この『平和』は世界全体、いやロッシャルがそうだと決めたことであって、全人類が今を『平和』だと思ってはいない。
 しかし時が経ち、歴史の本に帝国暦一年のことが綴られるとしたら、この時代は『平和』であった。と書かれるに違いない。だとすればこの『平和』という言葉は、ひどく曖昧なものだと言えなくもないだろう。
 もし全世界の人間に、今が平和かと尋ねたとしたらどういう結果が出るのだろうか?
 一番多い解答はおそらく、『わからない』であろう。ロッシャル戦争は三十年も続いた。今の若い世代は、『平和』という時間を過ごしたことが無いのだからわかり得ることが出来ないのだ。


 笑顔の少女がいた。無垢な笑顔の少女がいた。それを見ている自分がいた。
 笑顔の少女を見ている自分はひどく苛立っていた。
 少女が笑顔でいるのが許せなかった。
 ……いや、笑顔だった自分が許せなかったのだ。
 笑顔の少女は過去の自分。そしてそれを許せないのが今の自分。苛立っていた少女は笑顔の少女に歩み寄り、手を振り上げ、怒りの感情を込め振り下ろすが、ブンという虚しい音を響かせるだけだった。
 過去の自分にその手は当たらなかった。そこに何も無かったかのように、過去の自分を通りぬけていくだけだった。
 少女はその勢いでバランスを崩してしまう。まだ笑顔の過去の自分は、今の自分の滑稽さを嘲笑っているかのように見えた。
 過去の自分の声は聞こえなかったが、少女は過去の自分がこう言いながら笑っているのだと感じた。『私を消せるわけがない』と。
 そう感じたとき、少女の意識が別の空間に移った。必要最低限の物しかおかれていない殺風景な部屋が視界に入ってくる。
「……………………」
 ホッと一息ついて再び目蓋を閉じる少女。
 少女は夢を見ていた。過去の自分の驚くほど鮮明でリアルな夢を。
 見たくないものを無理やり見せられる。これは拷問に近い。しかし人は夢を見ることを避ける術を持たない。それを見せているのは自分なのだから。
 少女は全身に汗をびっしょりとかいている身体を起こし、肌に張りつく服を脱いで、いくら洗っても汚れの落ちない作業着に着替えた。
 そして少女はサングラスをかける。
 それとともに少女の見える世界が黒く濁った。


 ロッシャル帝国第一王位継承者。フェイルが城を出てから10日間が経ち。そして世間でいう影武者……フェイルに賞金が懸けられてから9日間の時が流れている。
 影武者は未だ姿を眩ませているということで、今も賞金が懸けられていたが、彼が賞金首として捕まることはまずありえないであろう。
 彼が特殊な場所にいるからだ。
 特殊な場所。NotFriendsと書かれたトレーラーはカイザーズから一定の距離を保って走り続けていた。
 帝国の出方を待つというのが今の彼女たちの姿勢だったからだ。
 つまり、帝国が何も行動を起こさない限りは平穏な日々が続く。色々と事件は起こっていて、平穏とは言い難い毎日を送ってはいるが、少なくとも生活が一変するようなことは起きていない。

 フェイルは、ここでの生活に少しずつ慣れてきていた。そしてこのチームのメンバーとも少しずつ会話を交わし、接し方がわかってきたように思えている。
 ……ただ一人をのぞいては。
 その一人とはこのチームの最年少者、シリアのことである。ネイもミルカも変わった人物なのだが、少なくても会話をすることはできる。
 しかしこの少女とはそれさえもできなかった。
 話したことといえば、呼び方についてぐらいであり、他には会話らしい会話をしていない。それどころか彼女の声を聞いてない日の方が多いというのが現状である。
 人間らしいと表現するのはおかしいかもしれないが、一般的な考え方を持っている真面目な青年は、このままではいけないと思っている。
 すなわち、一緒に生活するのだから、もっと打ち解けなければならない。フェイルはそう思っている。
 そして優しく、真面目で世話焼きな所があるフェイルは、この問題を解決する努力を惜しまないタイプの人間であった。


 戦闘ブロック一番SP格納庫。
 シリアはネイのモーリガンの右脚部の整備をしていた。いつもはネイもいるのだが、ネイはSPのパーツの買い出しに出ている。
 機械音だけが響く無機質な雰囲気を醸し出す格納庫。シリアはそこで無表情のまま仕事を続けている。
 彼女は生き物では無く、機械なのではないかと錯覚を起こすほどに、この場所に溶け込んでいた。
「シリア? ここにいたんですか?」
 そこに人間らしい表情を持ったフェイルが入ってくる。シリアはその声が聞こえないかのように何の反応も示さない。
「さっき通路ですれ違ったとき聞いたんですけど、ネイは買い出しに行ったんですね」
 感情のこもった声(といっても普通に話しているだけだが)で反応の無い相手に喋りかけ続ける。そしてそれこそ機械のように作業を続けているシリアに近付いていく。
「……何か用?」
 これがシリアの最初の一言だった。その声にフェイルは足を止める。
「いや、ハハハ……大した用はないんですけど……」
 愛想笑いをしながら再びシリアとの距離を縮め始める。
「……………………」
 シリアはそんなフェイルに目もくれず作業に集中した。
「一人では大変じゃないですか? 手伝いましょうか?」
 整備しているシリアの間近まできたフェイルは笑顔で言う。
「……必要ない」
「そ、そうですか……」
 まるで感情のこもってない声で答えるシリア。フェイルはその声に少し気圧されたが、引き下がる訳にいかなった。
 シリアとの仲を少しでも良くしたいフェイルは、とにかく2人で話がしたかった。
 フェイルがこう思ったのは、この前の呼び方についての会話で、シリアに子供らしいところがあると感じたため。子供らしい、つまりは人間らしいところがあるのだから、じっくりと二人で話をすることで、必ずシリアと打ち解けることができると思っていた。
 だからフェイルはその機会を窺っていたのだ。
 しかしシリアはほとんどネイと一緒にいるために、二人で話す機会はまず無い。一人でいる時もあるようだが、それは自室にいる時ぐらいだ。自室に突入するにも、部屋を訪ねる口実も見つからないし、もしなにか口実を見つけて訪ねたとしても、門前払いをくらうだけであろう。
 だからネイが買い出しに出ている今こそ、無理なくシリアと二人きりで話すチャンスだと思っていた。そしてこんなチャンスは滅多にないので、簡単に引き下がる訳にはいかない。
「ネイは何を買いにいったんでしょうか?」
 話題を変えて再び話し掛けるフェイル。
「……答える必要はないわ」
「……そ、そうですか……」
 しかしまた軽くかわされてしまう。
「ああそうだ! リンに聞いたんですけど、シリアはメカニックとしての腕はこのチームの中では一番なんですよね!」
 めげずにまた話題を変える。
「……答える必要はないわ」
「……そ、そんな」
 フェイルはこの後も何度もシリアに話し掛けたが、シリアは同じ言葉を繰り返すだけで会話はまったく弾まない。
「……もしかして僕のことが嫌いなんですか?」
 そんなシリアの態度に気を落としていたフェイルは、ポツリとそんなことを呟いた。
「……好きでも嫌いでもない」
「……………………」
 初めて返ってきた違う答えに、何も言えなくなってしまうフェイル。好きでも嫌いでもないというのは、何とも思われていないということである。
 それならば嫌いと言われたほうがまだいい。嫌いという感情を抱かれているのなら、少なくても自分は意識されているのだから、自分の行動次第で相手の感情を変えてもらえる可能性がある。
「そ、そうですか……」
 しばらくの沈黙の後、何度となく使ったその相づちを、また使うことでその場を凌ごうと努めた。
 しかしそんな努力はなんの意味も持っていなかったかのように、また沈黙が訪れる。
 しかしフェイルはあきらめてはいない。シリアとの仲を少しでもよくすることが良いことだと信じて疑わなかったからだ。
「あの、シ、シリア……」
 フェイルは何も言葉が思い浮かばなかったが、とりあえずなにか喋らなくてはいけないという気持ちから名前を呼んでしまう。
「……いつまでここにいる気? はっきりいって邪魔なんだけど……」
 初めてシリアがフェイルの方に顔を向ける。しかしその言葉はあくまで機械的で感情がこもっていない。もちろん表情も少しも崩れていない。
 そんなシリアの態度に、フェイルは初めて苛立ちを感じてしまった。
「本当に嫌なんですか? さっきから答える必要がないとかどっちでもないとか……。そんな話し方ではあなたの気持ちが伝わってきません!」
 フェイルは言ってしまってから後悔した。相手が少女であること思い出したからだ。
 年上の自分は寛大な態度で接しなければいけないという考えを持っていたフェイルにとって、今のは軽率な行動以外の何ものでもない。
 しかしシリアは、フェイルのその一言にも何の反応も示していない。フェイルはそんなシリアが、人間ではなくロボットなのではないかと本気で疑ってしまう。
 そしてまた訪れるしばらくの沈黙。
「……結局……何の用?」
「……え?」
 沈黙の中、不意に口を開いたシリア。フェイルは驚きを隠せなかったが、しかしすぐ平静さを取り戻し、会話をしようとする。
「ええーと……」
 しばらく考えるフェイルだが、下手な小細工が通用する相手ではないことを痛感していたので考えることをやめた。
 代わりにゆっくりと深呼吸をする。
 本音で話そう。
 こっちが本音で話せば、相手も少しは心を開いてくれるはずだ。道徳的なその概念を信じて疑わないフェイルは、何の迷いもなく実行に移す。
「僕はシリアと会話がしたいんです。そして少しでも理解を深めたい」
 フェイルはシリアの顔を真っすぐに見据えて言う。これはフェイルが本音を話すときの姿勢である。
 その真剣な眼差しと落ち着いたその口調は、フェイルが本気であることを相手に疑わせない力を持っていた。
 しかしこれは意識的にやっているわけではない。無意識的にやっているのだ。それがフェイルのすごいところなのかもしれない。
 そして普通の人間ならば、本能的に心を動かされてしまうだろう。だが目の前の少女はそんな言葉でも表情を変えない。いや、本当は表情が少し変わっているのかもしれないが、大きなサングラスのせいでそれは確認できない。
「……私はあなたと話なんてしたくない」
 フェイルの言葉、誠意ではシリアの心は動かせなかった。頑ななまでに心を閉ざす少女は、口調を変えずに拒絶の意志を言語化する。
 フェイルはその言葉が耳に入ると共に、顔を悲しみの色に染めた。
「……そう……ですか」
 何度も使った相づちを再び使うフェイル。その口調にはまったく力がこもっていない。
「……でも……一つだけなら……」
「え?」
「一つだけなら……質問に答えてあげるわ」
 そんなフェイルにかけられる少女の一言。相変わらず感情はこもっていないが、明らかに今までの言葉とは違う。
「その代わり、それを聞いたらおとなしく帰って」
 シリアは続けてそう言ったが、フェイルは嬉しかった。
「ええ、それでもかまいません」
 フェイルは満面の笑みを浮かべて答える。シリアはそんなフェイルから視線をそらした。
 照れ隠しではない。シリアは本当にフェイルの笑顔を視界に入れるのが耐えられなかった。
 その笑顔が、夢の中の自分の笑顔とダブッて見えたからだ。
 無邪気で笑うことに何の疑問も抱いていない。そして笑顔でいられるのが当然だと思っている。
 サングラスごしでも眩しいくらい輝いている笑顔。消せない笑顔。
「……じゃ、どうぞ」
 シリアはその不快の元を経つため、用件を早く済ますよう促す。
「え? ああ、はい」
 戸惑うフェイル。予想外の展開だったために何も思いつかないのだ。
「ええと……」
「無いなら帰って」
「あ! 待ってください!
 えーと……そ、そう!
 シリアはどうしてサングラスをかけているんですか?」
 シリアが急かすせいで、思い付きの質問を口にしてしまう。フェイルはこんな単純な質問をしたことを後悔したが、この質問はシリアにとって重くのしかかるものだった。
 サングラスをかける理由。
「……かけずにはいられないから」
 それがシリアの答えだった。
 彼女の嘘偽りのない本当の気持ちだった。しかしフェイルにはその言葉の意味がわからない。
 もちろんこの言葉の意味を理解できる人間などそうはいない。いや、ネイ以外に理解できるとは思えない。
 圧倒的に少ないシリアの言葉。しかしその言葉の一つ一つの質量は、他の人間とは比較にならないほど重い。そんな言葉を受け取れる能力は、今のフェイルにはないのだ。
「それってどういう意味ですか?」
「質問は一つ」
 素直にぶつけた疑問も即座にいなされる。
「帰って」
 フェイルが何か言おうとしたところで、打ち消すようにシリアが言う。フェイルは抗議の声をあげたくなったがグッと堪えた。
「……そうですね。約束は守らなければいけませんから。
 ……お邪魔しました」
 フェイルは笑顔でそうしめくくり、格納庫を後にするため歩きだす。
 カンカン……という渇いた足音がだんだんと遠ざかっていく。
 シリアはその足跡の主を横目でチラリと見てから作業に戻った。
 再び機械音が格納庫に響く。まるでここで何も起こらなかったかのように。



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